ゴーレム頼みで息抜きます!
グリーンサーペントを使った取引きは、大成功だった。
穀物や調味料、香辛料を手に入れられたし、里の人達との関係も改善させられた。
グリーンサーペントの肉は、こちらの世界の人間にとって凄いご馳走らしい。
俺がアイテムボックスから、ドカっとグリーンサーペントの肉を出すと、ダンムールの者達が俺を見る目が変わった。
グリーンサーペントは基本的に水の中に潜んでいるので、通常、討伐は十人以上の集団で行うらしい。
そのグリーンサーペントを一人で仕留め、大量の肉を保管しておく空間魔法まで使う実力者として、貴重な食材をもたらす者として認められたようだ。
大量のグリーンサーペントの肉が手に入ったので、ダンムールの里では宴が開かれることになった。
里の中央にある広場には、石を積んでの竈が組み上げられ、グリーンサーペントの肉が大きな塊のまま鉄串に刺されて炙られる。
ナイフで表面に細かい切れ目を入れ、焼き色が付いた所でタレを塗る。
タレが炙られて香ばしい匂いが漂い出したら、表面を削ぎ切りにして食べる。
結論から言おう、調味料は偉大だ。
湖の畔で焼いて食ったグリーンサーペントの肉は美味いと思ったが、里で調理されたものは別次元の美味さだった。
何よりも、特筆すべきは醤油の存在だ。
タレのベースは醤油で、砕いた木の実とハチミツが加えられているそうだ。
醤油が存在しているという事は、当然のように味噌も存在している。
グリーンサーペントの肉と何種類かの根菜を使い、赤味噌仕立ての豚汁ならぬ蛇汁は絶品だった。
身体こそ竜人になってしまったが、日本人である俺にとってソウルフードである醤油と味噌との再会は、この上無い喜びだ。
獅子獣人の里長ハシームの話では、醤油や味噌は境界の渡り人によって、百年以上前にもたらされた物らしい。
詳しい事は分からないそうだが、別の世界からの召喚には、何らかの法則があるらしく、数年あるいは数十年に一度の割合でしか行えないらしい。
境界の渡り人を招くのは王国で、招かれた者は基本的に戦闘奴隷として扱われ、中には王国から逃げ出して獣人達と共に戦った者も居たらしいが、ごく少数の者に限られるようだ。
「里の者共よ、良く聞けぃ! このグリーンサーペントの肉は、ここに居るヒョウマがもたらしたものだ。ヒョウマは人間ではあるが、首輪をされなかった境界の渡り人だ。この先、ダンムールの里に大いなる恵みをもたらしてくれるかもしれぬ。皆も胸襟を開いて、良き隣人として付き合ってくれ!」
「おぉぉぉぉ!」
夕方から始まった宴は、酒が入ったことで大いに盛り上がった。
おれは、里長ハシームの隣に座らされて、里の男共から酒を注がれまくった。
俺の世界の法律では……なんて言い訳では逃れられず、それ飲め、やれ飲めと盃を重ねさせられたのだが、殆ど酔わなかった。
ぐっと盃を空けて、胃袋の落ちた酒がカーっと回っても、状態異常回復スキルが発動して酔いを醒ましてしまうらしい。
俺を酔い潰そうとしていた連中が、逆にグデングデンになった頃、ようやく宴席を抜け出す事が出来た。
酔いはスキルで回避出来たけど、膀胱に溜まり続けていた水分をトイレで放出してから里の入口へ向って歩き出すと、後ろから呼び止められた。
「どこへ行くつもりだ」
声を掛けてきたのは、里長の娘ラフィーアだ。
グリーンサーペントの肉のおかげで里の人達の敵意は緩んだのに、相変わらずラフィーアの視線は刺々しい。
「どこへって、フォレストウルフ達を待たせてるから帰るだけだ」
「馬鹿な、いつ魔物に襲われるかも分からない森の中では、おちおち眠っていられないだろう」
「いやいや、普通に眠ってるけど……別に何の問題も無いぞ」
と言うか、俺はもふもふに包まれて眠りたいのだが、ラフィーアが納得しない。
「里長が部屋を用意しているのだ、つべこべ言わずに泊まっていけ」
「いや、だからフォレストウルフが待ってるんだって……里の中に入れちゃ駄目なんだろう? だったら出て行くしかないじゃん。それに俺は食事したけど、みんなに食事を与えてないし」
「そんなもの、一晩ぐらい何も食わなくても大丈夫だ。つべこべ言わずに付いて……」
俺の制服の襟を掴んで引き摺って行こうとしたようだが、逆に俺に腕を掴まれて踏み止まられ、ラフィーアは驚いたような表情を見せた。
「なに? 力勝負だったら簡単に勝てるとでも思ってたの?」
「貴様……この……」
更に掴み掛ってきた左手も、ガッチリと捕まえてやると、ラフィーアはムキになって振りほどこうとし始めた。
「このぉ……離せ、あっ!」
体重を後ろに預けた瞬間を狙って手を離すと、勢い余ったラフィーアは、尻もちをついて後ろ向きに転がった。
ラフィーアは素早く起き上がると、牙を剥いて睨み付けてきた。
よほど頭にきたようで、毛を逆立たせ、肩で大きく息をしながら殺気を漲らせている。
膝を深く曲げ、頭を低く下げた姿勢は、獲物を狙う猫科の動物そのものだ。
爛々と光る瞳が俺を捉え、僅かな動きすら見逃してもらえないだろう。
ラフィーアの全神経が、俺に向かって収束しているようだ。
「いくぞ……ふぎゃ!」
「何をやっとるんだ、この馬鹿娘が!」
ラフィーアが飛び掛かろうとした瞬間、後ろから忍び寄っていたハシームが頭を張り倒した。
俺にばかり気を取られすぎて、ハシームの存在に気付かなかったのだろう。
「ち、父上……いや、これは」
「いや、これはじゃない……ヒョウマが外に出たいと言うならば、好きにさせてやれ」
「いや、父上、父上……」
ハシームは俺に向って大きく頷くと、ラフィーアの襟首を掴まえて館の中へと引き摺って行った。
館の入口で振り向いたラフィーアが何か言いかけて、またハシームに頭を張り倒されていた。
何と言うか、体育会系の親子だな。
里の入口へと向かうと、既に跳ね橋が引上げられ、門が堅く閉ざされていた。
入口の警護に当たっている者達にも、グリーンサーペントの肉は振る舞われたそうで、入ってきた時のような刺々しい敵意は感じられない。
「悪いが、門は開けられないぞ」
「ちょっと飛び越えさせてもらっても良いかな?」
「あぁ、飛び越えられるものなら構わないぜ」
「では、良い夜を……」
飛行のスキルを使って、門の上の櫓まで飛び上り、そこから堀の向こう側まで飛び降りた。
櫓の上から上がった感嘆の声に、後ろ向きのまま手を振って答え、アン達の元へと急ぐ。
足音を聞いて壁の向こうから顔を出したアンは、俺の姿を見つけると弾むような足取りで駆け寄ってきた。
ドゥ達も後に続いて来る。
「キューン! キューン!」
「はいはい、分かった、分かった、ほったらかしにして悪かったよ」
アン達に顔を舐め回されて、まだ涎でベシャベシャにされてしまった。
里の近くで食事にすると、臭いで魔物を引き寄せそうなので、森に分け入り十分に距離を取った。
制服を脱いでアイテムボックスに仕舞い、人化を解いて竜人の姿に戻る。
アン達の食事にはミノタウロスを使うのだが、群れのボスとして最初の一口は俺が食べる必要がある。
そして、ダンムールの里で久々に人間らしい料理を堪能した一方で、生の内臓に齧り付く快感を味わいたいと思ってしまうのだ。
アイテムボックスからミノタウロスを一頭引っ張り出し、ダンムールの連中が魔石を取り出すために切り開いた腹に手を突っ込んで心臓を掴み出す。
鮮血のしたたる心臓なんて、人間だった頃にはとてもじゃないが口に出来なかったが、今は血を味わいながら噛みしめる。
味はグリーンサーペントの方が上だが、沸きあがる活力はミノタウロスの心臓の方が上だ。
心臓の残りを口に放り込みながら頷くと、アン達が一斉にミノタウロスへと齧り付いた。
皮を剥がせば素材として使えるのかもしれないが、今は面倒なので放置したのだが、アン達は分厚い皮まで噛み千切り、腹の中へと収めていく。
食事が終ったら風呂タイムだ。
もう湯船の構築も、お湯の供給も慣れたもので、アン達もお湯に浸かってくつろいでいる。
東京では絶対に見られない降るような星空の下で入る風呂は、最高の息抜きだ。
何だかんだ、ダンムールの里にいる間は、神経を使って気疲れしていたみたいだ。
風呂からあがったら、アン達を魔法を使った熱風で乾かす。
ゴーレムを変形させて家を作り、キラーエイプの毛皮を敷き、完全に人化してからアン達と一緒に横になった。
「おぉぉ、洗いたてのもふもふ感が素晴らしい。パンツ一丁でも全然寒くないぞ」
アンに寄り掛かり、サンクとシスを抱いて眠りに就く。
新たに警備用のゴーレムを二十体ほど配備したので、魔物に襲われる心配はまず無いだろう。
警備用のゴーレムと言っても、高さ1メートル50センチ程度で、それぞれの間には糸作成のスキルで作った蜘蛛の糸が張り巡らせてある。
この糸が引っ張られたり、切られたりしたら、知らせるようになっている。
知らせが入ったら、まずは護衛用のゴーレムが対応に当たって時間を稼ぎ、その間に俺が目を覚まして敵に対処するという手筈だ。
魔物を仮想したゴーレムを使ってテストも済ませてあり、結果は上々だ。
「じゃぁ、みんな、おやすみ……」
今日は、久々に人と会話したし、里長との面談など神経も使ったせいか、横になるとすぐに眠りへと落ちた。