生き残った兵馬は街で静かに暮したい
「腕、良し! 顔、良し! 髪の毛、良し! 腹、良し! 背中、んー……たぶん良し! 足、良し! そして、尻尾、無し! 出来たぁ!」
赤竜に出会ってから五日、ひたすら人化と解除を続けた結果、人化スキルのレベルが9に上がり、ようやく人間の姿を取り戻せた。
人間に戻ったが、筋肉が増えたのか制服がピチピチ状態だ。
まぁ、逞しくなるのは良いのだが、水鏡に映った俺の髪の毛は真っ赤に変色している。
人化が出来るのだから、髪の色だって黒に戻せるだろうと思ったのだが、これがなぜだか上手くいかない。
赤竜から受け継いだ魔力とかスキルが影響しているのだろうか。
「まぁ、この危険な森を抜ける間は、むしろ竜人の身体の方が安全だし、そもそも変身を解いたデフォルトの姿なんだけど……おぉ、サンクちゃん来たの、おぉ、シスも来たのかぁ、よーしよしよし、やっぱもふるなら人の姿だよね」
「キャウ、キャウ、キャウ!」
竜人の姿だと硬い鱗が邪魔をして、フォレストウルフ達のもふもふ感が満喫できない。
でも、これからは、フォレストウルフ達と触れあう時には人化して、その手触りを心ゆくまで堪能してやるつもりだ。
「人の姿を取り戻せたから、これで人里へ行っても大丈夫だろうけど、能力は隠しておいた方が良いよなぁ……」
赤竜から、ゆるパクしたことで、魔力の数値とかスキルのレベルとか、とんでもない事になっているので、それを全部明かしてしまうのは色々と不味い気がする。
「どこの世界だって善人ばかりじゃないだろうし、とりあえず、他人の能力を一時的に借りられる、レベルは高くない……程度に話しておいた方が良さそうだな」
俺が早く人里に行きたいと思う理由は、主に食生活の問題だ。
グリーンサーペントのいた湖に立ち寄ったので、魚というメニューが増えたものの、食事イコール肉という状況が続いている。
まぁ、肉の種類も変わってはいるが、おかずオンリーの生活に嫌気が差しているのだ。
ぶっちゃけ、米が食いたいのだ、米が。
ただ、探知魔法や千里眼を使った限りでは、俺の希望が叶う可能性は限りなく低い。
そもそも、田んぼの存在が確認できないのだ。
それでも、麦畑のようなものは確認出来たから、パンは存在しているはずだ。
それともう一つ、調味料が欲しい。
焼いただけでも美味しいものもあるが、日本のバラエティ豊かなグルメ環境で育った者としては、塩、砂糖、醤油、味噌、酢などの主な調味料とコショウなどの香辛料を使った、料理と呼べるものを食べたいのだ。
手ぶらで行っても歓迎されないだろうが、アイテムボックスにはキラーエイプの毛皮も取ってあるし、グリーンサーペントの肉と皮もある。
とりあえず、人里の中へと入れてもらえれば、飛躍的に向上した身体能力を使って仕事はいくらでも出来るはずだ。
最悪、人里に住めなくても、仕留めた獲物や毛皮などを取り引き出来るようになれば、近くの森に家を建てて住むことは可能だ。
人化のスキルの他に、糸合成と操糸のスキルもレベル9にあがった。
蜘蛛を発見したら、無条件でゆるパクを続けてきた成果だ。
本家本元の蜘蛛のように、体の中に糸を作る器官は無いので、体の外で魔力を使って糸を合成する。
糸は極細でもかなりの引っ張り強度があり、操糸のスキルを組み合わせると、直径5センチ程度の木の枝もスパっと切断できる。
糸を撚り合わせて紐や網も作れるようになった。
現在は、布の制作にもチャレンジしている。
竜人化すると……いや、竜人の身体に戻ると、身体が鱗に覆われ尻尾も生えるが、なによりもサイズが大きくなっている。
人化のスキルを使って、全身を人間の状態に戻すと、竜人の時よりも目線が下がるのだ。
人間の時の身長は165センチ程度だが、竜人に戻ると180センチを超えていそうだ。
うっかり、人間の状態で服を着たまま人化を解けば、着ている服は確実に破れるだろう。
「あれ、待てよ。竜人の身体に合わせた服を作るんじゃなくて、人間の時の服を作っておいた方が良いのか?」
人間サイズの服を作っておけば、敵に遭遇したら服が破れるのを気にせず即竜人化して戦い、戦闘が終ったら予備の服を着るというパターンの方が良いかもしれない。
普段は人間の姿で過ごす事の方が多くなるだろうし、当然着替えも必要になる。
「人里の近くまで行ったら、こちらの世界のデザインに似せた服も作っておくか……」
制服のブレザー姿や、日本で着ていた普段着のデザインでは、こちらの世界では悪目立ちする可能性が高い。
それとも、いっそ悪目立ちしてしまった方が、事情を考慮してもらえるのだろうか。
完全人化をマスターしてから、更に三日ほど歩いて、ようやく人里まで半日ほどの距離まで来た。
ここで一旦足を止めて、千里眼を使って里の様子を観察してから接触を試みることにした。
「おぅ、何か森の中の砦って感じだなぁ……って、獣人?」
辿り着いた人里は、森の中に広がる草地を使い、堀を巡らせた中に丸太を組んだ高い塀を築き、その中に里が作られている。
建物の多くは木造で、パッと見ただけだが、日本ほど文明は進んでいないように見える。
里の回りでは、森の伐採が行われていて、切り開いた土地の周囲には堀が巡らされている。
将来的には、そちらの土地にも塀を建てて囲い、里を広げて行くのだろう。
里の様子は分かったが、問題は住んでいる人達だ。
ハロウィンの被り物か、はたまた特殊メイクかと思うような動物の顔をしている。
殆ど獣に近い顔つきなのだが、表情が妙に人間っぽくてCGアニメでも見ているようだ。
ライオン、トラ、ヒョウ、ウシ、ウマ、ヒツジ、シカ……と種類も様々だが争っている様子は見られない。
「と言うか、普通の人が見当たらないような……」
最初に召喚された場所にいた王子と呼ばれていた男や兵士達は、全員普通の人間だったように記憶しているが、この里には見当たらない。
それと、リザードマンのような爬虫類系の人も見当たらない。
里の人々の服装は、和装と洋装を合わせたような感じだ。
上着は筒袖で和服に似た前合わせで、下は男も女もゆったりとしていて裾を絞ったパンツスタイルだ。
布地は、麻とか木綿のような少し目の粗い感じで、革も使われているようだが、自前の毛皮があるせいか全体的に薄着に見える。
足下は、革を使ったサンダルのようなものが主流で、素足の者も少なくない。
里の建物は、一見すると長閑な田舎の人里という感じだが、あちこちに水晶の飾りが施されている。
里の中には水晶を加工する作業場があり、里の人の殆どが水晶の首飾りを掛けている。
作業場には、水晶の原石が置かれているので、たぶん近くで水晶が採れるのだろう。
里の中をグルっと見てみたが、極端に貧しい家は見当たらないところからして、水晶で潤っている里なのかもしれない。
「水晶の加工とかは出来ないけど、用心棒的な仕事ならありそうだな……」
魔物が生息する森の中とあって、里を守る体制は厳重だ。
里の唯一の出入口は跳ね橋になっていて、門の周囲には十人以上の兵士の姿がある。
「どの程度の強さなんだろう? 鑑定……魔力18、体力68、耐久力75、生命力72、剣術レベル6、槍術レベル7、投槍術レベル5、豪拳レベル6、豪脚レベル7……肉体系?」
確か鑑定を行っていた兵士の話では、数値は成人男性の平均で20程度だと話していたが、あくまで一般の成人男性という話なんだろうか。
他の兵士も鑑定してみたが、振れ幅はあるものの似たような数値だった。
気になるのは、魔力の数値が低いことと、鑑定した兵士の全員が魔法系のスキルを持っていなかった。
試しに里の住人も数人鑑定してみたが、やはり魔法系のスキルを持っている者はいなかった。
俺と一緒に召喚されたクラスメイトの多くは魔法系のスキルをもっていたし、最初にゆるパクした兵士も持っていた。
もしかすると、獣人の特性なのかもしれない。
いずれにしても、ここは獣人の暮らす里であるのは間違いない。
「さて、人間の姿で行った方が良いのか、竜人の姿の方が良いのか、どっちだと思う?」
「キャン! キャン!」
サンクに訊ねてみても、元気良く鳴き返すだけで答えは出ない。
果たして、上手く受け入れてもらえるのだろうか。