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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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理想の奴隷生活

「魔力35、体力31、耐久力42、生命力34、火属性魔法レベル5、剣術レベル6! お前、見た目によらず優秀だな」


 周囲を取り囲んでいる兵士達からも、どよめきのような感嘆の声が上がるのを聞いて、樫村一徹かしむらいってつは顔が熱くなるのを抑えられなかった。

 突然連れて来られた異世界で、一徹を待っていたのは予想外の鑑定結果だった。


 真面目で学業成績は優秀、ただしスポーツ全般に関しては、運動神経を置き忘れて生まれてきたのかと思うほど苦手だった。

 それ故に、能力鑑定が行われると聞いた時には、この先に待っているであろう冷遇される将来を思い、憂鬱な気分を抱え込んでいた。


 ところが蓋を開けてみれば、能力値もスキルのレベルもクラストップの数字だった。

 そう、あの益子豪ますこつよしよりも上なのだ。


 一徹の学業成績が優秀なのは、ひたすらコツコツと努力を重ねてきたからだ。

 前日の予習、当日の授業、放課後の学習塾、帰宅してからの復習。


 自分が不器用である自覚があるからこそ、コツコツ、コツコツと毎日の学習を積み重ねてクラストップの成績を残している。

 それなのに、授業は妨害する、ろくに勉強をしているように見えない、親の立場を利用した横暴な態度を隠さない豪に、時折テストの点で並ばれる。


 一徹は、豪はカンニングによって高得点を得ていると思っている。

 本来、非難されるべき人間なのに、クラスのボスであるかのように振舞う豪が、一徹は大嫌いだった。


 学業ならば絶対に負けないと自負していても、腕っ節では絶対に敵わない。

 豪は180センチ近い身長で、その上太ってもいるが、一徹は身長は160センチにやっと届く程度、体重は44キロしかない。


 もしかしたら……この世界なら……あの憎らしい豪をやり込める事が出来るのではないかと考えると、一徹は興奮を抑えられなかった。

 だが、一徹の高揚した気分に、召喚の地を離れる瞬間に冷や水が浴びせられた。


 クラスメイトの麻田兵馬あさだひょうまが置き去りにされてしまったのだ。

 両親を亡くし、新聞配達と奨学金で生計を立てる中でも、地道な努力を怠らない兵馬に、一徹は一目を置いていたし、勉強のアドバイスをすることもあった。


 ろくなスキルにも恵まれなかった兵馬が、魔物が出没する荒れ地に取り残されるという事は、ほぼ確実な死を意味している。

 にも関わらず、兵馬の悲劇を豪は嘲笑った。


「あの野郎……」


 日本では殺人なんて許されるはずもないが、こちらの世界ならば或いは……この時一徹は、豪に対して明確な殺意を抱いた。

 空間転移なんていう馬鹿げたスキルによって、一徹達は街まで連れて来られて、魔法の暴発を防ぐためと騙されて奴隷の首輪を嵌められた。


 奴隷として扱われると知っても、一徹は意外に落ち着いていられた。

 環境に対して不満を口にしても意味は無い、環境に適応する中で最善の道を探れ……というのが一徹の父親の教えだったからだろう。


 一徹の前では愚痴を口にしない父親だが、妻と二人の時には職場の不満を口にする事があった。

 公務員ゆえの理不尽な要求、指示、期限……中学に入ったころに隠れて聞いた父親の処世術は、一徹に老成した考えを植えつけた。


 奴隷としての生活は、日本の便利な生活とは較べものにならないほど劣悪なものだった。

 身につけていた制服も、靴も、下着さえも奪われ、粗末な貫頭衣と薄い革のサンダルが与えられた。


 食事は、朝と夜の二回、ボソボソの固いパンとクセの強いチーズ、それに水だけ。

 当然、一緒に召喚されたクラスメイト達からは不満が噴出したが、一徹は黙々と日課をこなした上で、他にやる事は無いか兵士に尋ねた。


 クラスメイト達からは、兵士達に媚を売っているように見えたようだが、一徹は奴隷生活を楽しんでもいた。

 環境は劣悪だが、クラスメイト達からは不評な厳しい訓練は、一徹にとってはこれまで得られなかった楽しみを与えてくれていた。


 鍛えて強くなる……当たり前のことだが、日本にいた頃の一徹は、筋力トレーニングすら思うようにならなかった。

 それが、こちらの世界に来てからは、訓練によって筋肉痛にはなるが、日を追うごとに筋肉が付き、身体が逞しくなるのを実感できるのが嬉しかった。


 剣や槍を模した棒での振り込み、走りこみや重しを使ったトレーニングが数日続けられた後、クラスメイト同士の手合せが行われた。


「次、イッテツとお前、前に出ろ」


 一徹の相手は、豪だった。

 模範的な態度の奴隷と反抗的な奴隷、チビでガリとノッポのデブ、高レベルスキル持ちと低レベル止まり……対照的な二人を、兵士は意図して選びだした。

 一徹は1メートルほどの棒を選び、豪は2メートルほどの棒を選んだ。


「相手が負けを認めるか、動けなくなるまで続けろ……始め!」


 豪は棒の中程を持ったまま悠々と歩みを進める。


「ガリ勉が、スキルを貰った程度で調子こいてんなよ」

「喋っていて、舌を噛んでも知らないぞ」


 棍棒を正眼に構えたまま、一徹は静かに言い放った。


「こいつ……なめてんじゃねぇぞ!」


 豪は握りを緩め、手の中を滑らせながら棒を突き出したが、一徹は最小限の動きで難無く払い除けてみせる。

 一徹は弓から放たれた矢のように鋭く踏み込むと、豪の左脇を摺りぬけながら太腿を強かに打ち払った。


「がぁ! ぐぅぅぅ……この野郎……」


 大腿骨が砕けたかと思うほどの鈍い痛みに、思わず豪は膝をつきそうになったが、歯を食いしばって体勢を立て直すと、棒の端を持ってブルンブルンと振り回し始めた。


「手前、脳天かち割ってやる! 食らえ!」


 言葉とは裏腹に豪の棍棒は自分が打たれたのと同じ、左の太腿目掛けて振り込まれたが、一徹はふわりと宙に浮かんで躱してみせる。

 着地と同時に再び一徹は鋭く踏み込み、今度は豪の鳩尾に棍棒を突き入れた。


「ごはっ……」


 豪が左手で鳩尾を押さえて蹲ると、一徹は棍棒を持っている右の二の腕を強かに叩いた。


「あがぁぁぁ……」


 豪が手放した棒が地面に落ちると同時に、一徹は遠くに向けて蹴り飛ばした。


「そこまで!」


 無手となった豪に向かって、一徹が棍棒を振り上げたところで兵士が終了を命じた。

 豪の脳天目掛けて振り下ろしたい欲求をグッと抑えて、一徹は棍棒を脇へと下ろして兵士に一礼した。


「おぉぉ……マジかよ、樫村つぇぇぇ」

「どうなってんの? スキルの力?」

「益子君、ぜんぜん駄目じゃん……」


 クラスメイト達がざわつき始めると、兵士がハンドベルを鳴らす。


「静かにしろ。お前らの世界での事なんか、俺達は一切斟酌しない。求めるのは、今、この時点での実力だ」


 兵士は言葉を切ってクラスメイト達を見回した後で、まだ蹲っている豪を見て鼻で笑った。


「ふん……反抗的な態度を取って、楽をしようなんて甘い考えを持っているなら、今この場で改めろ。戦場に放り込まれたら、生き残るのは貴様ら次第だからな! 死にたくなかったら、イッテツのように死に物狂いで強くなってみせろ!」


 町に連れて来られてからの数日、兵士達の言いなりになっている一徹に対する評判は良くなかった。

 だが、日本にいた頃の腕っぷしのランキングが、ガラっと上下逆転するのを目の当たりにして、クラスメイト達の目の色が変わった。


「僕は、日本に帰ることを諦めた訳じゃない。でも、それを実現するには生きていることが大前提だ。僕は生きる、何としても生き残る」


 一徹の決意表明に、兵士達も満足そうに頷いている。

 いくら奴隷の首輪を嵌めていても、強制的に動かしているのと、自主的に動いているのでは成果の上がり方が違ってくる。


 奴隷達が活躍すれば、それだけ自分達が危険をおかさずに済むのだから、兵士達にとって士気の向上は重大な関心事だ。

 そして成果をもたらす者には相応の見返りがなされ、成果を妨げる者には相応の報いが下されていくことになる。


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