この手の中のもふもふを、守りたい
キラーエイプで食事を終えた後は、少し移動して昼寝をする。
今度は俺も中に入って、ちょっと大きめの岩のドームを作り、周囲を十体のゴーレムに警護させた。
これまでは、少しでも早く人里に辿り着きたいと思っていたが、今は人化スキルのレベル上げが先決だ。
こんな姿で人里に近付いたら、間違いなく討伐対象にされるだろう。
六頭のフォレストウルフに囲まれて、最高のもふもふシチュエーションなのに、堪能できるのは肘から先だけなのが残念すぎる。
仕方がないのでサンクとシスを抱えて、もふりながら昼寝した。
三時間ぐらい、ガッツリと昼寝した後は、のんびり歩きながら西を目指す。
レベル9に上がった探知魔法と千里眼を使うと、たしかに西の方角に集落があり、そこから先は幾つもの集落が点在するようになる。
そして、森を抜けた先には、石積みの城壁に囲まれた大きな街がある。
クラスメイト達は、そこに連れて行かれたのかもしれない。
歩いて二十日と言っていたのは、城壁のある大きな街までで、一番手前にある集落ならば十日も掛からないだろう。
ただし、その集落に至るまでには、多くの魔物らしき反応がある。
ここまで魔物や獣の姿が少なかったのは、この辺りまでが赤竜の縄張りだったからだろう。
中には魔蜥蜴よりも大きな反応があるが、空間転移のレベルも9まで上がっているので、今すぐにでも移動は可能だが、いずれにしても人化のレベルを上げないと話にならない。
人化のスキルの発動と解除を繰り返していると、ほんの少しずつだが人になる範囲が広がっている気がする。
ステータスに表示されるレベルは1から9だが、表示されないだけでコンマ以下でも変化しているようだ。
ただ、スキルを発動すると人間になり、解除すると竜人の姿に戻ってしまうので、赤い鱗に包まれた姿がデフォルトなのだと思い知らされ、ちょっと気分が凹んだ。
まだ、そんな経験は無いのだが、将来的に普通に結婚して、普通に子供が作れるのか不安になってくる。
というか、日本に戻る方法はあるのだろうか。
こちらの世界に呼び出された後、説明らしい説明も無く能力を鑑定され、そして……俺は置き去りにされた。
俺への態度からして、今回の召喚はオタクの藤吉先輩が言っていたハードモードなのだろう。
とりあえず、俺はこちらの世界でも余裕で生きていけそうだが、クラスメイト達は大丈夫なんだろうかと思ったが、今何も出来ないので考えるのはやめた。
歩き始めて一時間ほど過ぎた頃、三十頭ほどのゴブリンの群れが近付いて来た。
先程、三頭のゴブリンが近付いて来て、五十メートルほどまで近付いた所で離れて行ったのだが、どうやら仲間を呼んで戻って来たようだ。
「鑑定……しょぼ、ゴブリンしょっぼいなぁ……」
ゴブリンの魔力や体力などの数字は10から15ぐらいで、魔狼のアン達は勿論、人間の兵士よりも低い。
ただし、ゴブリン達は原始的な武器を手にしていた。
石器時代の人類が使っていたような、石斧や石の穂先のついた槍を携えている。
どうやら、数に任せて襲いかかり、隙を見て子狼を攫おうという魂胆のようだ。
攻撃は、正面からの力押しを仕掛けてくるようで、探知魔法には伏兵の反応は無い。
ヒタヒタと向かって来るゴブリン達に対して、こちらはゴーレムを六体、四つん這いの状態で前面に並べた。
アン達もゴブリンの存在に気付いているようで、毛を逆立てて低く唸り声を上げている。
こちらが足を止めると、20メートル程の距離をおいてゴブリンの群れも動きを止めた。
「ギャッ!」「ギャッ!」
「ギャギャッ!」「ギャギャッ!」
群れのボスなのだろう、一番身体の大きなゴブリンが鋭く叫ぶと、群れが復唱するように叫び返す。
最初は歌うように長閑な感じだったが、叫び声は徐々に熱を帯び、やがてデモ隊のシュプレヒコールのようになった。
「ギャギャギャッ!」「ギャギャギャッ!」
「ギャァァァァァァ!」
牙を剥き、目を血走らせたゴブリン達が、迸るように叫び、武器を振り上げて走り始めた。
自らを興奮状態にして恐怖心を麻痺させ、いわゆる火事場の馬鹿力を発揮するつもりなのだろう。
ズゴォォォォォン!
ゴブリン達が疾走を始め、速度が上がりきったところに、一斉にクラウチングスタートを切った六体のゴーレムが突っ込んだ。
まるでダンプカーが事故を起こした時のような凄まじい衝突音が響き、突っ込んで来たゴブリン達が宙に舞う。
そのまま六体のゴーレムは、ゴブリンの群れに突っ込んで、丸太のような太い腕を振り回して暴れ回った。
接敵から三十秒と経たずに群れは崩壊し、ゴブリン達は悲鳴を上げて逃げ出した。
「あっ、ゆるパクするの忘れたよ。まぁ、いいか……」
ゴブリンを鑑定してみたが、目立ったスキルは何もなかったので忘れていたのだ。
竜人の身体になる前だったら、せっせとゆるパクしていただろうに、俺も贅沢になったものだ。
「キューン……」
「ん? どうした、キラーエイプじゃ物足りなかったのか?」
アン達が鼻を鳴らして、ゴーレムたちが撲殺したゴブリンどもの死体を食べたがっていた。
「キューン、キューン……」
「あぁ、もしかして魔石か?」
「ウォン、ウォン!」
「あれ、キラーエイプの魔石……そう言えば、ゴリゴリ音がしてたような……まぁ、いいか」
食って良しと頷くと、アン達は散らばったゴブリンの死体を爪で引き裂き、器用に魔石を取り出して食べ始めた。
アン達が魔石を漁っている間、サンクとシスをもふって待つ。
サンクが女の子で、シスが男の子。
子狼の頃からメスの方が少し身体が大きいようだ。
成体であるアン達よりも毛が柔らかくて、ふわふわしている。
もっと撫でろとじゃれついてくる姿は、大きなぬいぐるみのようだ。
「そうだな、ここは随分と危ない場所みたいだし、お前達が大きくなるまで俺が守ってやるか……」
「キャン! キャン!」
ゴブリンの魔石を堪能したアン達が戻って来たので、口の周りを水属性魔法を使って洗ってやってから先に進むことにした。