竜人って、それはないでしょう!
腹が減った。猛烈な空腹によって意識が浮上する。
深い深い泥沼の底から、網に絡め取られた魚のように引き上げられていく。
「うぅぅ……」
もう朝なのかと呟こうとしたが、皺枯れた呻き声しか出せない。
喉もカラカラに渇ききっていた。
「きゅーん……きゅーん……」
俺が意識を取り戻したことに気付いて、フォレストウルフのアン達が鼻を鳴らして摺り寄って来るが、何かがおかしい。
皮膚の感覚が失われてしまったようで、顔を擦りつけてきたアンのモフモフ感が伝わって来ないのだ。
「ウォーターボール……」
仰向けに横たわった顔の上に、水属性魔法で水球を作って喉を潤す。
どうやら顔の感覚も失われてしまったようで、口が開きにくいし、こぼれた水が顔を伝う感覚も鈍い。
「どうなってんだよ、俺の身体……わっ!」
関節の油が切れたロボットのように、苦労して持ち上げた右手を見た瞬間、俺は言葉を失った。
それは、どう見ても人の手ではなかった。
赤く硬い鱗に覆われ、鋭い爪が生えている。
左手も持ち上げてみたが、柔らかな皮膚は見えない。
「まさか、顔もか……?」
辛うじて感触の残っている手の平で顔を擦ると、ゴツゴツとした感触しか感じられない。
身体を起こして、腹から足へと視線を移していくが、見えるのは赤い鱗ばかりだ。
「これが、ドラゴンをゆるパクした代償か……」
赤竜からの膨大なスキルや魔力、知識を強制的に詰め込まれ、弾け飛びそうな身体を自動再生し続けた結果、受け止めきれるだけの強靭な肉体へと変化したのだろう。
人里まで辿り着くには、魔物が闊歩する森を抜ける必要があると聞いたので、更なる力を欲していたのは確かだが、人としての姿を失うとは思ってもいなかった。
本当は最初から気付いていたけれど、気付かないフリを続けていたのは、太い尻尾が尻から生えているのを受け止め切れなかったからだ。
骨格は人間に近いが、赤い鱗や太い尻尾はドラゴンにしか見えない。
竜人とか、ドラゴニュートとか呼ばれている魔物の姿だ。
水鏡に顔を映して笑みを浮かべてみたが、噛み付こうと狙っているようにしか見えない。
鋭い爪を見せびらかすように、ポーズを決めてみたりしたが、どう見ても正義の味方には見えない。
というか、自分の意思で動く尻尾が、何とも変な感じがする。
「とりあえず、ステータス・オープン……って、偽装の数値が残ってるけど、外見がこれじゃ意味ねぇだろう。ゆるパク・オープン……げぇ、なんじゃこりゃ!」
真実の能力値を見て、俺は口を半開きにしたまま、暫し固まっていた。
全ての数値が1万を超えていた。
魔力値に至っては、1万5千を超えている。
「そりゃ、身体も作り替えられちまうよな……」
成人男性の平均値が20前後だから、750人ぐらいに匹敵する魔力値だ。
つまり赤竜の魔力値は、15万から30万、あるいは、それ以上の値だったのだろう。
「殆どのスキルもカンストしてるし……」
毒作成や糸合成といった特有のスキルは上がっていなかったが、魔法阻害や毒耐性などのスキルはレベル9まで一気に上昇している。
人間のレベルは9までだが、ドラゴンとかは更に上のレベルのスキルを身に着けているのだろう。
意外なところでは、隠形レベル9とか潜水レベル9なんてスキルまである。
「あっ、そうだ! ファンタジーでドラゴンとくれば人化だよ。人化のスキルがあれば、人里に行った時は人間の姿をしてれば良いんじゃん。人化……人化……って、なんでレベル1なんだよ!」
人化のスキルはあったけど、なぜだかレベルは1だった。
もしかして、赤竜は人化出来るけど、殆ど使っていなかったからレベルが高くなかったのかもしれない。
「でも、まぁ無いよりはマシだし、練習を重ねればレベルも上がるはずだ。人化!」
早速、人化のスキルを使ってみたが、元の人間の姿に戻ったのは、両手の肘から先だけだった。
「まぁいいか、これでみんなをモフれるもんな。よーし、みんなおいで、俺が倒れてた間、良く守ってくれてたな」
「キューン、キューン」
アン達が一斉に俺の元へと擦り寄って来た。
ここで気付いたのだが、人間の身体の時でも、アン達に一斉にじゃれつかれても大丈夫だったが、竜人の身体になってからは、チワワにじゃれられている程度にしか感じない。
体力とか耐久力とかの数字も軒並み1万オーバーだったので、フォレストウルフをチワワ扱い出来るぐらいの力があるのだろう。
アン達を心ゆくまでモフった後、竜人の身体の性能を試してみることにした。
幹の太さが一抱えぐらいある木にバックハンドブローをお見舞いしようと思っのだが、先にぶつかった尻尾の一撃で圧し折ってしまった。
倒れ掛かってくる幹に左の拳をスマッシュ気味に叩き込むと、小枝でも払った程度の手応えで真っ二つに折れた。
「うぇぇぇ、この身体ヤバ過ぎだろう……どんな超生物だよ。フ〇ーザ様かよ……」
ちなみに、人化のスキルを発動させ、人の形に戻した拳で殴っても同程度の威力があるようだ。
ちょっと気を付けておかないと、サンクやシスを尻尾で薙ぎ払ってしまいそうだ。
硬い鱗を持つ身体を手に入れたから、寝床の心配は要らなくなった。
ドラゴンのような鋭い牙を手に入れたので、何でも食えそうな気がする。
色々と便利になった反面、失ってはいけないものを失いつつあるような気がする。
「グルゥゥゥゥゥ……」
俺が物思いに沈んでいると、アン達が一斉に唸り声を上げた。
毛を逆立て、牙を剥いて威嚇している方向へと目を向けると、銀色の毛の馬鹿デカい猿がいた。
ゴリラのようにナックルウォークをしている状態でも、身長は軽く2メートルを超えていそうだ。
正面から四頭、後ろから七頭が歯を剥きだしにして近付いてくる。
「そうだ、鑑定……キラーエイプ、魔力値94、体力118、耐久力82、生命力88ってショボイな……って、そうでもないのか」
竜人にリニューアルした自分の身体を較べたら、大した事は無いと思ってしまったが、アン達と較べると、五割増しぐらいの数値だった。
自分達よりも強い魔物が群れで近付いてくれば、警戒するのも当然だろう。
「サンクとシスを真ん中に入れて守れ」
俺が指示を出すと、アンとトロワが前方、ドゥとキャトルが後ろを警戒、サンクとシスは真ん中で大人しく伏せた。
防御陣形を組ませたが、アン達を戦わせるつもりは無い。
「ロックウォール」
土属性魔法を使い、アン達を包み込む岩のドームを作った。
元は土だが、格子状のドームの形になった時点で、岩よりも硬く固めてある。
「キューン、キューン……」
「大丈夫だから、そこで大人しく待ってなさい」
俺がドームの外にいるのに気付いて、アン達が心配そうに鼻を鳴らすけど、全然やられる気がしない。
それよりも、キラーエイプが近付いてくるほどに、闘争の予感に血が沸き立ってくる。
「ゴァァァァァ!」
10メートルほどに迫ったキラーエイプが吠えた瞬間、足元が崩れないように土属性魔法で固め、思い切り踏み込んだ。
頑強な竜人の身体に、更に身体強化を掛けたせいなのか、視界がスローモーションになったように見える。
キラーエイプが吠え終わるよりも早くすれ違い、ドラゴンの如き両手を振るうと、二頭の頭が風船のように弾けとんだ。
驚いた残りの二頭が足を止めて振り向くよりも早く、一気に距離を詰めて手刀で首を薙ぎ払う。
四頭のキラーエイプの頭が、胴体とサヨナラするのに2秒も掛からなかった。
「がぁぁぁぁぁ!」
岩のドームを回り込み、威圧スキルを発動しながら咆哮すると、残り七頭のキラーエイプは恐慌を来たして逃げ出していった。
どうやら竜人のいかつい姿はしているが、魔物からは偽装しているレベルの強さと認識されたのだろう。
倒した四頭のキラーエイプは、三頭をレベルが上がって時間停止の機能も付いたアイテムボックスへと放り込み、残った一頭は俺達の食料となってもらう。
内臓を取り出し、皮を剥いで食べる準備をしていたのだが、味覚というよりも思考がドラゴンに引っ張られているのか、テラテラと光る肝臓から目が離せない。
欲望を抑えきれず、生のままのキラーエイプの肝臓に食らいつき、頑丈になった顎と牙を使って咀嚼して飲み込んだ。
一口食っただけで、身体の中にエネルギーの火が点るようだった。
頷いてみせると、アン達も一斉にキラーエイプの内臓に齧り付く。
俺を守っている間、何も食べていなかったのだろう、凄まじい食欲だ。
我先にとキラーエイプを食い千切る姿は、獰猛な獣そのものだが、愛おしいと思ってしまうのはテイムしている影響なのだろうか。
キラーエイプは骨まで噛み砕かれ、剥いだ皮を残して、この世から姿を消した。