ゆるパクしてたらドラゴンに出会った、最強なんて目指してねぇ
森牛のローストを堪能し終えると、今度はサンクとシスのミルクの時間だ。
ここで驚いたのは、アンが母乳を与え始めたのだ。
身体が一番大きいアンと二番目のドゥがメス。トロワとキャトルがオス。
どうやら魔狼は女系の魔物のようだ。
アンが母乳を与えている間に、魔狼達はゴロゴロと寝そべって昼寝を始めた。
太陽の傾き加減だと、3時を過ぎたぐらいの時間に思えるし、ここでのんびりしていたら寝床を作るのが遅くなりそうだ。
「寝るのは今夜の寝床を決めてからだぞ。アンが母乳を与え終えたら移動するよ」
成体の魔狼達は渋々といった感じで起きてきたけれど、子狼のサンクとシスはグッスリと眠り込んでしまっている。
ぐでーっと脱力しきっている姿は、くっそ可愛いけれど、愛でている暇は無いので、トロワとキャトルに背負わせて移動する。
西に向かって一時間ほど歩き、沢から少し上った斜面を土属性魔法で整地する。
斜面を削って垂直の壁と5メートル四方程度を平らに均した。
六体のゴーレムを変形させて、二本の柱と左右の壁、そして屋根を作る。
残り四体のゴーレムは、護衛用に残しておく。
昨日の経験を活かして早めに着工したおかげで、西の空が染まる頃には今夜の宿が出来上がった。
ここに森牛の革を敷いて魔狼達と一緒に横たわれば、寒さを感じずに眠れるはずなんだが、こいつら凄く獣臭いんだよなぁ。
俺自身、昨日から風呂に入っていないし、歩き通しで汗もかいて、頭も痒い。
なので、風呂を作ることにした。
土属性魔法を使えば、デカイ湯船もあっと言う間に出来上がり。
お湯は、水属性魔法と火属性魔法を合成して作り上げた。
出来上がった異世界森林露天風呂に、土属性魔法で作った手桶で掛け湯をしてから浸かる。
脱いだ服は、水属性魔法を操作して、湯船から取り出したお湯の球に放り込んで、洗濯機のようにグルグル回して洗った。
洗いあがったら、風属性魔法と火属性魔法の混合で乾燥し、ゴーレムに預けておく。
「ぬわーっ、極楽、極楽……うわっぷぅ……」
湯船の縁に頭を預けて、夕暮れの空を眺めていたら、それまではお湯を警戒していたアンが飛び込んで来て、盛大にお湯の飛沫が立った。
「お前なぁ……ちゃんと掛け湯、もういいか……」
「ワフゥ、ワフッ!」
アンが飛び込んだの見て、他の魔狼達も飛び込んで来て、あっと言う間にお湯はドロドロになってしまった。
仕方がないので、魔法を使ってお湯をじゃんじゃん追加しながら、片っ端から魔狼達を洗ってやった。
「はぁ、疲れた……って、あれってドラゴン?」
六頭の魔狼を洗い終え、湯船のお湯も入れ替えて、今度こそと湯船の縁に寄り掛かって空を見上げていたら、遥か上空を飛ぶ赤い影が見えた。
千里眼を使って拡大してみると、昼間の魔蜥蜴などとは較べものにならない、正真正銘、本物のドラゴンの姿が見えた。
「うわぁ、かっこいい……そうだ、ゆるパク、ゆるパク、ゆるパク、ゆるパク……駄目か」
遠過ぎるのか、それとも守りが堅すぎるのか、ゆるパクを連発しても全く手応えが無かった。
視界からドラゴンが消えたので、肩まで湯につかって目を閉じる。
まさに激動の二日間の疲れが、お湯に溶けていくような気がしていた。
そのまま眠りに引き込まれそうになった時、急にザバっと顔にお湯が浴びせられた。
「なんだよ……うぁぁ……」
顔を拭って目を開けると、鼻息が掛かりそうな距離にドラゴンの顔があった。
ギョロリとした金色の瞳が、俺を見据えている。
「ふぅぅ……こんなところで、人間が何をしている?」
「しゃ、喋った……」
「当たり前だろう、我は赤竜だぞ。そなた、こんな所でフォレストウルフと一緒に何をしている?」
「えっと、風呂に入っている最中でして……こんな格好ですみません」
「ふん、格好などどうでも良いし、風呂に入ってるのは見れば分かる。なぜこんな場所にいるのだ?」
「あっ、それはですね……」
睨まれた瞬間は完全に食われると思って、風呂の中でチビってしまったが、言葉が通じると分かったので、これまでの経緯を話してみた。
「ほぅ、そなたは境界の渡り人か。今の話からすると、そなたを招いたのはアルマルディーヌの王族であろう」
ここまで来る間、あまり獣にも魔物にも遭遇しなかったのは、この辺りが赤竜の縄張りとされている森だからだそうだ。
ここから人間が住んでいる里に出るには、魔物の闊歩する森を通過しないとならないらしい。
「ふむ、ゆるパクと言うのか……我も聞いたことの無いスキルだな」
「はい、相手に悟られない程度、たぶん十分の一か二十分の一程度、スキルとか魔力値とかを奪うスキルのようです」
「ふむ、だが人間であれば、その程度を奪っても悟られぬだろうが、我のように膨大な力を持つ者では、二十分の一であっても膨大な量だから、悟られるのではないか?」
「そうですね。ですが、悟られる以前に魔法阻害が強力過ぎて奪えないと思います」
「ならば解除してやるから、奪ってみろ。人間は強さを求めるものなのだろう」
「いやいや、奪っちゃったら戻せませんよ」
「構わぬ。一割程度減ったところで、何も影響など無い」
「では、失礼いたします。ゆるパク……うぅ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」
ゆるパクを発動した瞬間、草地で兵士やクラスメイトに対して発動させた時の何十倍、何百倍と思えるスキルや知識、魔力、生命力などが一気に流れ込んで来たが、それは俺の身体のキャパシティーを超えていた。
穴という穴からは血が吹き出し、皮膚は裂け、肉は弾け、内臓さえ飛び出していたように思える。
「ふむ、やはり人の身には過ぎた力であったか……」
絶叫し、湯船を鮮血で染めた俺を見下ろし、赤竜は興をそがれたように呟くと、翼を広げてフワリと夜空に身を躍らせた。
待て、待て、待て、待て……少しは助けようとしろ。
赤竜が去った後、常人であれば身体が弾け飛んで死んでいたはずだが、俺の体は猛烈な勢いで壊れながら、猛烈な勢いで再生していた。
おそらく、赤竜から奪ったスキルの中に、自動再生のスキルが入っていたのだろう。
破壊と再生、全身を襲う激痛は、永遠に続くかと思われたが、突然終わりが訪れた。
赤竜からの奪取が終わると、身体の破壊が止まり、直後に全身の再生が完了。
そのまま俺は、気を失って湯船の底に沈んだ。