人の中で
「自己は他人との関係で成り立っている。
だから、人生は社会と関わらないと何にも始まらない。」
これはサルトル達が唱えた実存主義の真髄だ。
企業社会の一員で過ごしている時には、そんなことは考えもしないだろう。
だけど自由人となってみれば、「それは、そうだよ!」って思う。
昨日は廃棄物関係の話でクリーンセンターに出掛けた。
廃棄物減量化等推進審議会なるものがあって、その打ち合わせである。
ゴミは私達の生活の象徴でもある。
そのゴミを秩序だって処理できるようになったのは、つい最近の事かも知れない。
勝手放題社会でも「これは一定のルールが必要だな」って思う最初の生活規範だからだ。
これをルーズにしたら、多分私達の生活は収拾がつかなくなるのではないか。
…ってなことを、審議会を通じて発信していこうと思っている。
今日は、街の夏祭(花火大会)委員会、そして庚申様の集まりに出席した。
一夏を集約するような花火大会、その企画運営は並大抵のものではない。
でも手作りで海岸通り発展会が始めた大会も、今年で24回目を迎えている。
たかが花火だが、多くの人達の献身的な努力があって続いているんだ。
夜は、年に4度の庚申様の日で近所の皆さんとの懇親の場である。
近所に住んでいると言うだけで、日頃は会話を交わす機会とてない。
お互いの生活も違うのだが、顔を合わせて話をすることで人はつながっていく。
何でも無いそんな日常の積み重ねが、実は人生の実存なのだろう。
人は、人の中に生きてこそ人になる。
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