28 違和感(2)
「突然話しかけて申し訳ありません。ミハエル殿下に聞いたのです。このドレスはセドリック様が作ったと…………だからどうしてもお礼が言いたくて」
セシルは笑顔でセドリックに近づいてきた。トテテ……という音が似合いそうな足取りは、まるで小動物のようだ。セシルの後ろにはクリストファー王子の側にいたはずの騎士がついてきている。二人きりでないことに安心し、セドリックは営業スマイルで迎えた。
「いえ、礼を言われるほどのことをしておりませんよ。僕は自分の仕事をしただけです」
「そんな!こんなにも素敵なドレスが着られるなんて、私とても感動しているんです。嬉しくて、それをセドリック様に伝えたくて。本当なんですよ」
セシルは胸のあたりで手をきゅっと組んだ。大きな瞳で見上げる仕草は、セドリックから見ても可愛く見える。
ちらりと後ろの騎士を見る。さらりとした茶色の髪を後ろに撫で付け、翠の瞳は鋭く、王族の側近にピッタリな端整な顔と体格だ。側にはいるが騎士が話に加わる気配はないため、セドリックはセシルだけに視線をむけた。
「それは仕立て屋冥利に尽きます。では詳しく感想を教えてもらっても?着心地はどうですか?」
「ボリュームがあるのに、重さを感じにくいんです!こういうドレスはダンスには向かないでしょう?でもこれならターンだって出来ちゃうんです、ホラ」
そうしてその場でセシルはくるりと回る。ふわりと淡いグリーンドレスが花開き、レースに施されたビーズがキラキラと光を反射させ星のように輝いた。セシルのピンクブロンドの髪も靡き、妖精の羽根が生えたかのように軽やかで、セドリックは目を瞬いた。
「うふふ、ね?セドリック様のドレスは凄いですわ」
「…………」
セドリックはセシルのドレス姿をじっと見つめたまま言葉を発しない。
――――あぁ、だからエリィは綺麗なんだ
セシルがターンをしたことで、エリィの姿を比較ができた。エリィの方が背筋がのび、ターンにブレがない。セシルのターンなど比べ物にならない程に、エリィは花弁そのもののように舞う。ドレスは本当に重さを知らないといわんばかりにもっと大きく広がり、足先と指先まで使いドレスの魅力を引き出していくのがエリィだった。
しばらく社交界を休んでいて気付かなかったが、エリィはそこら辺の令嬢よりも洗練された動きをしていたのだ。シンディを真似して出来るレベルの動きではない。長年、訓練を重ねなければできない動きだった。
「セドリック様…………その…………っ」
セシルの戸惑う声に意識を引き戻される。無駄に見つめすぎたのか、セシルは頬を染め恥ずかしそうに胸元のリボンをいじっていた。
「失礼。ラグドールにいるモデルが着たときと印象が違うように見えたので、少し考えてしまっていました」
「まぁ、仕立て屋専属のモデルさんがいるのですね!どんなお方なのですか?」
見比べていた視線を不快にするどころか、セシルは興味津々な様子で無邪気に話題に乗ってくる。
「素晴らしいモデルですよ。ミルクティー色の甘い髪色に、ラピスラズリのような深い青の瞳でね。ティターニアのシンボルにしている妖精の姿そのものなんだ」
「ミルクティーの髪色に青い瞳…………」
「どうかしましたか?」
「いえ、私の知り合いの色と同じでしたので少し気になったものですから。凄い偶然ですわ。とても綺麗な方なのでしょうね?セドリック様の素敵なドレスをたくさん着れるだなんて羨ましくてたまりませんわ」
一瞬無邪気さが消えたように見えたが、セシルは変わらず令嬢とは思えないほどの満面の笑みを浮かべていた。
「セシル…………さっきデニスが探していた。そろそろ行ったらどうだ?」
ぼそりと控えていた騎士がセシルに声をかけた。
「そういえば、ご挨拶していなかったわ。ありがとう!行ってくるわ。ではセドリック様、今日は失礼致します。またお会いできたら、たくさんお話させてください。約束ですよ?」
「えぇ、お気をつけて」
セドリックが了承すると、セシルは風のようにバルコニーを去っていった。
――――ティターニアの妖精エリィとはまた違い、ダルトン嬢は気ままな妖精のようだな。あんなに分かりやすいのに、どこか分からない。不思議なレディだ
セシルの背中を見送るが、騎士はセシルを追わずにバルコニーに止まっていた。先程セシルを呼び捨てにするほどの仲だったことから、親密な関係なはずだとセドリックは見当をつける。
「エスコートしなくても良いのですか?婚約者なのでは」
「単なる友人です。彼女は奔放なところがあり、殿下の代わりに心配して見にきただけです…………それより」
聞かれたくない話なのか、騎士はセドリックに近づき声を潜めた。
「モデルの話を詳しく教えて欲しい。髪色や瞳の色だけではなく…………その、性格などは」
「何故です?モデルの話ならば容姿だけで十分では?それにあなたの名前を伺ってませんが」
セドリックがそう指摘すると騎士は気まずげに、視線を落とした。
「大変失礼しました。伯爵家の長男フィル・マレットと申します。そのモデルの髪色と瞳の色が我が国の伯爵令嬢エリアル・アレンスと同じなのです。彼女を探しているのですが、行方不明で手がかりもなく少しでも情報があればと思いまして」
「まさか悲劇の伯爵令嬢の…………」
「――――っ、噂はそちらまで広がってますか」
フィルは奥歯を噛みしめる。セドリックは見極めるように目をほそめた。
「僕のモデルがエリアル・アレンスだとお思いで?」
「すみません。我が国では珍しい組み合わせの色ですから気になってしまい。気分を害したのであれば謝罪いたします」
「そうですね…………仕事が好きすぎて変態の領域ですし、感情豊かでよく笑う女性です。嫌なことははっきりと表現するし、活発で、行動力がありますね。先日はモデルの体作りだと言って、庭で謎の運動をしていました。…………どうですか?アレンス嬢は同じようなレディですか?」
あえて詳しい容姿には触れず、令嬢らしくないエリィの部分をあげていく。嘘はついていない。セドリックの直感がフィルにエリィとエリアル・アレンスを繋げてさせてはいけないと警鐘を鳴らしていた。
「いえ…………エリアルは物静かで、俺の影にいつも隠れているような内気な令嬢でした。目立つようなタイプではありませんが、努力家で、真面目で、勉強もダンスも何でも出来る淑女です。しかし労働とは無縁で、外の仕事はできないでしょう…………探ってしまい、申し訳ありません」
フィルは悔しげに眉間にシワを寄せ引き下がった。しかし彼の瞳は熱がこもり、エリアルへの執念を感じた。どのような関係なのか気にはなるが、変わらず警鐘は鳴り響いているためセドリックも手を引く。
「アレンス嬢の手がかりになれなかったのは申し訳ないが、違うのであればこちらは良いのです。見つかるといいですね。ではミハエル殿下の元に戻るので、失礼します」
「はい。お時間ありがとうございました」
バルコニーにフィルを残し、セドリックはその場から離れる。形容できぬ不安が心の中で渦巻いていく。
フィルの言うエリアルと、セドリックの知るエリィは客観的に聞けば全くの別人だ。しかし何故か以前のように否定しきれない。
「真面目で努力家の深窓の令嬢、エリアル・アレンス…………か」
記憶に刻み込むようにセドリックは呟き、パーティー会場の雑踏の中へと戻っていった。