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奴隷堕ちした追放令嬢のお仕事 作者:長月 おと

本編

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18 新しい仕事(3)

 ユースリア王国の名を聞いて、セドリックは悲劇の伯爵令嬢の話を思い出した。

 だがこの数ヶ月エリィと過ごした中で、彼女がその伯爵令嬢だという可能性を排除していたため、話題に出した意図は特にない。



 確かに所作などは綺麗だが、エリィは真っ直ぐな性格をしているというのが彼の認識だ。嫉妬したとしても影からではなく、正々堂々といきそうだと思ったのだ。

 何より切り替えの早い彼女である。嫉妬する前に見切りをつけるか、諦めて放置するだろうなと推理したくらいだ。



 だからエリィが試着室で国の名を聞いて、動揺していることなど想像していない。



 エリィがアトリエから静かに退席すると、セドリックは仕事モードの敬語から、臣下モードに切り替えた。




「ミハエル殿下、いつまで王子であることをお隠しになるのでしょうか?」

「バレるまでさ。隠している間だけはセドリックは気安く話しかけてくれるだろう?あと少しだけ楽しませておくれよ」



 ミハエルは喉を鳴らし、笑う。セドリックは出そうなため息をお茶で飲み込み、一息ついた。

 この乳兄弟はいつもそうだ。隙があれば昔のように親しくしようと近づいてくる。



 セドリックは王宮魔法師団の幹部候補にスカウトされるほど、元は優秀すぎる魔法使いだった。しかしどうしても服作りがしたくて、ミハエルの誘いを断った過去がある。

 王家に忠誠心の深い父には叱られ、勘当はされていないものの本邸を追い出されるような男。王族と付き合うには相応しくない人間。



 だというのにミハエルはセドリックを見限ることなく、むしろ服飾の仕事を応援してくれた。そしてエリィの素性を相談するなど、頼ればとても喜んでくれる。

 だから忠誠を誓う意味で立場を弁えようとするが、可愛い乳兄弟には意味がない。



「それより何故わざわざミハエル殿下が結婚の式典にでるのでしょうか?閉鎖的体制の我が国は、いつも他国の行事には使者で済ませるのが慣例だというのに」

「あぁ、アビス王国が狙いを我が国からユースリア王国に変えたらしい。ユースリア国から協力要請があってね、話を聞きに行くのだ。一応大国だからアビス王国に負けることはないが、争い自体避けたいのだろうな。我々と関係を密に見せたいのさ。挟み撃ち状態になれば、アビス王国はラグドールにも手を出しづらくなるだろうし、悪くはない」



 アビス王国は新しい王の悪政と不作の影響もあって、ますます治安が悪くなっていると聞く。アビス王国は過去にも資源と魔法を手にいれるためにラグドール王国にちょっかいをだしていた。

 しかし何度攻めても魔法を前に爪痕すら残せない。そのため矛先を次に隣接する自然豊かなユースリア国へと変えたようだ。



「なるほど…………」



 状況を理解し、頷くも素直に支持できない。あれこれ国政について言える立場ではないので、黙っているが乳兄弟にはお見通しだ。


「心配なのだろ?」

「…………はい。ユースリア国といえば第二王子という王族が失態を犯して尻拭いも中途半端。協力にあたり信用ができるのか疑問です」



 ミハエルはうんうんと頷きながら、お茶を啜る。



「だから直接私が出向いて見極める。第二王子の状態も含めてな。どの程度の協力にするのか、しないのか…………敵になりうるのか、ならないのか」



 ティーカップに視線を落とすミハエルの目は王太子としての覚悟の色がのっていた。次期国王として今から各国を見極め、ラグドールを守ろうとする姿にセドリックは頼もしさを感じる。



 ――――杞憂だったか。ミハエルが王になれば、国も安泰だ



 真面目な話をしているというのに、笑みが溢れてしまう。そんな人の礼服という名の鎧を作るのは責任重大だ。それに納期が危うい個人仕立屋のティターニアの服をわざわざ選ぶには、それなりの理由と信用があってこそ。ミハエルが何かを警戒している証拠だ。

 職人として腕がなる。



「安全確保のために礼服には魔法付与をたっぷり付けましょう。ちなみに物理的なものと精神的なもののどちらに力をいれますか?」

「相手は魔法を使えないはず。幻覚や酩酊の攻撃はあるまい。物理的なものを基本にして、精神的なものは魅了の阻害付与で」

「分かりました。では生地なのですが――――」



 セドリックとミハエルは礼服の打ち合わせを進めていった。ミハエルを守れるような服を頭の中で組み立てて提案し、相手の希望もしっかり入れていく。

 デザインを書き上げ、ミハエルから合格をもらった時には既に夕方になっていた。



「一着にこれだけの魔法付与を施せるのはやはりセドリックだけだな。やはりティターニアの服は着ていて安心できるが…………間に合うか?」

「はい。今はエリィが糸切りや掃除などほとんどの雑務を請け負ってくれているので、僕も集中できる環境ですし、間に合わせます」



 するとミハエルは少しだけ驚いた表情を浮かべた。


「仕事を手伝わせるほどまでにエリィを気に入っているとは思わなかった…………着せ替え人形で、飼い猫じゃなかったのか?」

「実は…………奴隷ならもっと働かせろとおねだりされまして、試してみたところ仕事も丁寧だったので任せることにしたのです。これから他の事も教えてみるつもりです」



 そう語るセドリックの表情は柔らかい。


 エリィは分からない事は素直に聞き、行動に無駄がなく、話しかけるタイミングも絶妙だ。主であるセドリックにとても気を配っているから出来ることだと理解はしているが、彼女はそれを悟られないよう自然体で行う。


 しかもエリィは可愛らしい妖精だ。仕事を誉めたら素直に喜ぶ笑顔が眩しく見える。逆に最近は従順すぎてあまり飼い猫らしくないが、居心地のよさは変わらない。ブルーノやシンディとはまた違う、欠かせない存在になりつつある。



「セドリック…………大丈夫か?」

「何がですか?品質は保証しますよ」

「いや、そうではなくて」



 やはり素人のエリィが作業を手伝うことに不安があるのかと検討をつけ返事をするが、ミハエルの歯切れが悪い。

 ミハエルは一度言葉を選ぶために、顎に拳を当てた。彼が言い淀むなど珍しい。



「気に入っているのなら尚更、お前が気を付けないといけないのだからな?」

「それは…………」



 セドリックはドキリとした。


 しかしエリィとは親しくしているが、彼女の方から一線を引いて立場を弁えてくれている。少し触れても顔色を変えず、時には冷たくあしらわれるのが定番だ。優しくしても夜這いメイドのようになるとは思えない。



「大丈夫ですよ。エリィはメイドとは違います。むしろもっと甘えて欲しいくらいですよ」

「…………」

「え、何か違いましたでしょうか?」

「いや、セドリックがそうなら、今はそれで良いんだ。帰るよ」



 ミハエルの含む言い方が気になるが、直接言わないということは自分で気付くべき案件だ。セドリックは追及することを諦め、背筋を正した。



「ではミハエル殿下、本日はご注文ありがとうございました。進捗はその都度お知らせ致します」

「あぁ、頼む。作業に携わるシンディにも負担をかけるな。ブルーノにも宜しく伝えてくれ」



 そうしてミハエルは腰を折ったセドリックとシンディに見送られ、転移カードを発動させ姿を消した。



 セドリックはふぅっと一息付き、シンディが淹れ直してくれたお茶に口をつけた。そしてシンディをチラリと見上げる。


 身近な女性の中で最も信頼し、自分の弱さを見せられる親しい相手だ。相変わらず彼女の表情筋はほとんど動かない。何を考えているか分かりにくいが、恋愛感情を向けられたと感じたことは一切ない。しっかりと上下関係を弁えて、仕事に徹する。



 一方のエリィは表情をコロコロと変えるが、飼い猫を意識していたり、きちんと雑務をこなしていく。そこはシンディとは変わらない。きちんと仕事に徹する、信頼できる奴隷だ。



「――――?」



 急にモヤモヤしたものを感じ、胸の当たりをさする。


「セドリック様、胃腸の調子が良くありませんか?」

「いや、そういうわけじゃないよ」



 シンディに心配されるが、きちんと否定する。モヤモヤするのは胃でなく心の方だ。



 エリィの笑顔が仕事上の作り物だと思うと、なんだか面白くないのだ。本心からの笑顔であって欲しいと願ってしまう。何故かシンディのように無表情でも良いとは思えない。



 ――――奴隷に情を移しすぎているのだろうか。いや、情を移すことは悪くないはずだ。だってエリィは僕のものだ。自由にして良い。ではミハエル殿下は何を心配して…………


 とセドリックは色々考えてみるが、答えは出ない。



「シンディ、僕は庭で散歩しながらスケジュールを考えてくるよ」

「はい。一時間後には夕食ですので、それまでにはお戻りください」

「わかった」



 そしてモヤモヤを流すようにお茶を飲み干し、椅子から腰をあげる。アトリエからでて階段に向かうとエリィの部屋の扉が目にはいる。



 ――――エリィも誘おう



 自然と足先は部屋へと向かい、扉をノックする。


「エリィ、気分転換に庭へ行くんだ。一緒にどうかな?」

「はい!ただいま参ります」


 すぐに扉が開かれ、甘い香りが漂うようなミルクティ色の髪を揺らし、ラピスラズリの瞳で見上げるエリィが顔を出す。

 妖精のような姿を見るだけで、疲れが癒されていくようだ。



「さぁ行こうか。エスコートさせて」

「…………急にレディ扱いとは、どうしたのですか?」

「なんとなくだよ。駄目かい?」

「駄目ではありませんが、貴族が奴隷をエスコートして良いのでしょうか?」



 セドリックが手を差し出せば、不思議がりながら応えて手を重ねてくる。そこには嫌々応えている雰囲気はない。



「手を繋ぐのなんて、ご主人様に買われた日を思い出します」

「そうか。僕で良かったのかな?」

「はい。もちろんです」


 エリィは穏やかに微笑んだ。嘘の笑顔には見えない。その事に安堵し、セドリックはエリィを伴い庭へと出掛けたのだった。


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