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奴隷堕ちした追放令嬢のお仕事 作者:長月 おと

本編

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14 主の災難(1)

 セドリックのアシスタント業務は翌日から始まった。エリィは当日からでも働く気満々だったのだが、セドリックが手伝いを頼む作業のリストアップをすると言うので諦めたのだ。



 そして一週間がたったアトリエではパチン、パチン、とハサミの刃が重なる音が静かに響いていた。ドレスが傷つかないよう、尚且つ糸の切れ端が残らないように、エリィは仕付け糸を切ってほどいていく。最後にパチンとハサミを鳴らし、デザインを描いていたセドリックを呼んだ。


「できました」

「どれどれ…………うん、重なっていたミシンの縫い目からも糸は抜けているし、切り間違いもないし綺麗だ」



 合格をもらうとセドリックが仕上がったばかりの青いドレスを持ち上げた。すかさず、エリィは箒とちり取りを両手に構える。



 セドリックが呪文を囁いたその瞬間部屋のなかにふわりと風が流れ、ドレスを靡かせる。スカートの裾にたっぷり施された白いレースの揺らめきは遠い北国で見られるというオーロラの様で、散りばめられていたビーズが星のように輝いていた。



 風が止むとドレスの下には手のひらサイズのつむじ風が残り、糸屑が一ヶ所に残った。静電気などで隠れてくっついていた糸屑や埃だ。



「はぁ、相変わらず綺麗な魔法ですね」



 終わってしまったことを残念に思いつつ、魔法の余韻をエリィは堪能する。

 ドレスやタキシードが一着出来上がる度に行われるこの作業は、無機物(ドレス)に命が吹き込まれるような儀式に見えた。



「この程度で感動してくれるとは随分と安上がりだよね」

「魔法を知らない私にとっては奇跡の光景なんですよ。ご主人様はもっと自慢してもいいと思います」

「この年になって魔法を褒められるとは思わなかったよ」



 ふっと笑みを溢しながらセドリックはドレスに皺が出来にくいように丁寧に畳んでいく。ドレスを触れる長い指は壊れ物を扱うように優しく、それもまた魔法を込めているようにエリィの目には映り、何度見ても飽きがこない。



「次にいくから掃除頼むよ」

「申し訳ありません。すぐに綺麗に致します」



 ドレス作りはまだまだ終わらない。催促され、エリィは慌てて糸屑を片付けていく。そして少し心がこそばゆい。



――――やっぱりセドリック様は優しすぎるわ



 出遅れたり、失敗してしまうと怒られた記憶が甦る。それはフィルであったり、アビスでの短期の仕事の雇い主であったり、奴隷商であったり。だから家族以外からの優しさに少し戸惑う。



――――お願いして貰った仕事に集中できないなんて駄目ね



 ゴミ箱に糸屑を捨てて、気合いを入れ直した。そして、すぐさま次のドレスの糸切りを始める。



 ティターニアの服は基本的にセドリックの手から作りあげられる。シンディも手伝う場合もあるが、一部だけ。基本の刺繍入れや量産型の別ブランドのドレスは街にある自前の支店兼工房に任せてはあるが、こだわりのオーダー品は彼自ら作っている。



 デザイン、型紙、仮縫い、縫製など細かい作業をいれたら膨大な仕事量だ。現在は糸切りと掃除だけ任せてもらっているエリィすら手を休める余裕はほとんどない。そんな雑務まで自分でやっていたセドリックの仕事魂に、エリィは改めて尊敬した。



 ちなみに、あまりアトリエに現れないブルーノは使用人業務の合間に経理やスケジュール管理を執務室で行っている。三階メンバーに暇はないのだ。



 早く慣れて、新しい仕事を覚えたい。お世話になっている三人の負担を減らしたいという気持ちで作業を進める。



 しかし新たな疑問も浮かぶ。他の使用人が三階に一切現れないのだ。


 セドリック達は忙しい。聖域であるアトリエの手伝いをしないのはまだ理解できる。しかし洗濯や廊下の掃除など身の回りの業務…………ブルーノやシンディの補助くらいしてもおかしくはないとは思うのだが、誰一人来ないのだ。



 ――――初日に使用人が私を敵視したことを根に持っているのかしら。いえ、私が傷つかないように配慮してくれているのよね、きっと



 さすがに今はセドリックと共にいるとき敵意は隠しているようだが、一部のメイドは一人になったエリィを未だに睨む。彼女はそんな視線に慣れっこだ。

 しかし自分のせいで三人の業務に負担がかかっているのは見過ごせない。


 エリィは休憩のタイミングでセドリックに尋ねてみた。


「他の使用人に何故三階の出入りを禁止しているかだって?あぁ、説明していなかったな…………あまり良い話じゃないが良いのかい?」

「はい。大丈夫です」

「あのメイドたちが三階に来たら、僕の貞操が危ないからだ」

「…………ていそう、とは夜に関する貞操ですか?セドリック様が狙われているということで間違いないのでしょうか?」



 勘違いがあってはいけないと聞き直すが、セドリックは至極真面目な表情で頷いた。



「あの…………にわかに信じられないのですが。ご主人様は男性でいらっしゃいますよね」

「あぁ、僕も信じたくはなかった。だが現実として夜中に部屋に忍び込まれたことがあったんだ。しかも集団で」

「…………」



 当時を思い出しているのか、透き通ったセドリックの綺麗な水色の瞳が濁ったように暗い。眉間には深く皺が刻まれ、トラウマであると無言でも分かる。


 エリィはかける言葉が出なかった。


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