▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
奴隷堕ちした追放令嬢のお仕事 作者:長月 おと

本編

10/47

10 ペットの日常(2)

 

 朝食を終えたエリィは書庫へ向かった。この国について学ぶべく、未読の本を選んでいく。セドリックの着せ替え人形業務でない時は書庫で本を読むのが日課になりつつあった。



 今日は魔法についての本だ。

 ラグドール王国の人間でも魔法を使えるのは条件をクリアした者だけ。十二歳より前に教会で洗礼の儀式を受け、神より加護を貰えたものだけが使える。使える魔法は加護の種類と数によって異なる。


 儀式を行う者も選ばれた魔法使いのみで、国によって管理されており、国外にでることは許されない。そうやってラグドールは自国の魔法を守ってきたと書かれている。



 そして椅子に座りながら時折足を浮かせて筋トレするのも忘れない。初回の大量着替えで体力の必要性を実感したのだ。狭い環境でいかに効率よく鍛えるかは、騎士候補の元婚約者の熱弁でよく知っていた。



 ――――まさか自分が実行する日が来るとは思わなかったわ。あの筋肉男の無駄話が役に立つ日がくるとは世の中分からないわよね~



 完全に元婚約者フィルは筋肉だけの男扱いだ。猫のように爪で顔を引っ掻いてやれば良かったと思っている程にどうでもいい。そうして想像の中で小さな復讐をしながら本を読み進め、この国の常識について頭に叩き込んでいく。



「――――?」



 ふと扉が開く気配を感じ、入り口の方向に振り向いた。


「こんにちは」



 そこにはセドリックが霞むほどの美しい容姿をした青年がいた。発光しているのではと思うほど眩いプラチナブロンドに、透けるような水色の瞳の男だ。セドリックの瞳より更に色素が薄い瞳はシルバーにも見える。


『イケメン=厄災』という潜在意識が抜けていないエリィは一切見とれることなく、気を引き締めた。


「こんにちは」


 椅子から立ち上がり、使用人のように頭を下げた。

 青年は警戒するエリィを気にすることなく歩み寄り、妖艶な笑みを浮かべた顔を近づける。



「おや?私を見ても顔を赤らめない女の子がいるなんて珍しいな」

「…………」



 エリィは一切表情を変えず、水色の瞳を見つめ返すのみ。数秒すると青年は諦めたように身を離し、妖艶な笑みから一変、少年のような笑顔を浮かべた。


「ふっ、これはセドリックが気に入るわけだ。君が彼に買われた妖精エリィかい?」

「ただの奴隷エリィでございます。貴方様は本日のお客様でしょうか?」

「あぁ名乗ってなかったな。私はミハエルだ。セドリックとは幼馴染で親友。仕事関係者でもある」

「左様でしたか。奴隷相手に丁寧に接していただきありがとうございます」



 ミハエルはその姿をエリィに知られぬよう値踏みするように観察し、エリィが頭を上げれば元の無邪気な表情へと戻した。



「ミハエル様はどうしてこちらへ?」

「セドリックに頼みごとをしていてね、待っている間ひとりはつまらない。だから話に聞いていた君を見に来たってわけだ。少し話し相手をしてもらえるかい?」

「かしこまりました。私でよければお相手いたします」



 ミハエルは慣れた動作で窓際のソファに腰掛け、長い足を組んだ。



「ミハエル様、何かお飲み物をお持ちいたしましょうか?」

「いや、いらない。君は座らないかい?いいのだよ」

「奴隷ですからお客様と同じ席に着くのは失礼に当たります。恐れ多すぎるのでこのまま奴隷らしく立たせてください」

「――――く、はははは!ねぇエリィ、君は変わっていると言われないかい?」



「なんて失礼な」という言葉を飲み込み、記憶を探るが似たような反応に覚えがあり苦々しい表情を浮かべた。

 不本意である。非常に不本意であるが、しぶしぶ答える。


「セドリック様があまりにも親切にしてくださるので、初日に奴隷の沽券に関わるからやめて下さいとお伝えしたのですが、思い切りセドリック様に笑われたことがあります」

「どれくらい笑われた?」

「お腹を抱えて大笑いされておられました。先ほどのミハエル様の笑い方が控えめに感じるほどです」

「うん、何となく笑いたくなる気持ちはわかる気がする」



 ミハエルは笑いを噛みしめながら肩を揺らした。


 エリィはミハエルの姿を見て初めは王子かと思った。ラグドール王国の王子の姿は見たことは無いものの、髪色と瞳の色は王家の色を有していたからだ。


 だが、ミハエルの態度は全く王子らしくない。コロコロ表情は変わるし、奴隷に対して砕けた態度であるし、貴族を抜けたいセドリックと似た雰囲気を持っていた。無駄に尊大な王子(クリストファー王子)は知っているが、ここまでフレンドリーな王子は見たことも聞いたこともない。



――――ミハエル様もセドリック様と同様に「イケメン厄災」の例外と判断して良いのかしら



 警戒レベルを下方修正し、肩の力を僅かに抜いた。その間もミハイルはソファの背もたれに肘を乗せ、窓の外を眺めながらエリィに問う。



「エリィはさ、セドリックの事どう思っている?」

「素晴らしい主です」

「そうじゃなくて、好きになったりはしないのかい?男前で優しいのだろう?」

「主人に対する敬愛はあれど、恋愛が育まれることはございません。私は奴隷であるということを自覚しています。どうかご安心くださいませ」



 これはミハイルからの警告だと判断し、エリィは腰を折って深く頭を垂れた。



――――恋なんて腹の足しにもならない。気持ちだけでは生きていけないわ



 完全にエリィは恋というものに夢を持てず、荒んでいた。「真実の愛」という「恋狂い」にエリィの人生は壊されたのだ。セドリックに恋などしたら例の男爵令嬢セシルと同類……いや婚姻の権利を持たぬ奴隷が恋など愚の骨頂。完全に他人事だ。



「私は聞いておりませんが、セドリック様ほどの男性であれば将来をお約束している女性のひとりやふたりいると思います。私などペット扱いで満足です」

「いや、色々とツッコミ所が多いのだが?」



 しまった、とエリィは慌てて口を閉じるが完全に手遅れだ。イケメン=浮気は当たり前、という八つ当たり思考が漏れてしまっていた。

 呆れや批難の視線を送られると思ったがミハエルから向けられるのは哀れみの視線で、エリィは違和感に首を傾ける。



「申し訳ありません?」

「…………いや、いい。それより口調は奴隷なのに随分と丁寧だな」

「以前は他国の花屋で接客を経験しておりましたし、あとは侍女シンディ様の真似事です」

「なるほどな。不本意に奴隷落ちした花屋の妖精か…………」



 ミハエルは「うん、うん」と頷きながらひとりで納得し、僅かに顔を引き締めた。



「君は隣国の花屋に戻りたいとは思わないのかい?」

「この様に調べましたが私はすでに奴隷に落ちてしまったので、ほぼ不可能でございますよね?以前の自分を証明する手段を私は持っていません。与えられた環境の中で精一杯生き延びるだけです」


「例えばセドリックが用済みだと宣告してきたら?」

「信頼のおける新しいご主人様の元で働けるように紹介してほしいと頼むだけです」



 エリィはミハエルと視線をあわせ、しっかりと答えた。


 たった二週間ではあるが、セドリックの側は心地よく働きやすいと実感している。不満はあるが、贅沢な悩みであって口にだすほどではない。だが執着するほどか…………と問われれば否だ。エリィは傷付かずに生き延びられればそれで良かった。


「そばにいさせてと縋ったりしないのかい?」

「紹介先があるならば、醜いことはしないでしょう。奴隷だと弁えておりますから」

「変わっているな」



 ミハエルはまた笑いを耐えるように肩を震わせた。「やっぱり失礼な男ね!」とエリィは少しムッとしてしまう。しかしセドリックと似た水色の瞳を見れば、エリィも「セドリック様と同類なら仕方ないわよね」と内心許せたのだ。



 ミハエルは笑いを落ち着かせ深く息を吐くと、ソファから立ち上がった。


「これからもセドリックを頼むよ。君が側に居てあげてくれ」

「セドリック様に捨てられぬよう励みたいと思います」



 セドリックがエリィを捨てない限り、エリィは彼の側にいるのは当たり前だ。ミハエルがわざわざ言った意図は分かりかねるが、きちんと頷きミハエルを見送った。


 エリィは何だか振り回された気分だった。



――――やっぱりイケメンは好きになれなさそうだわ



 そう思いながら、お腹をぐぅーっと鳴らした。

 


  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。