01 闇オークションの妖精(1)
きらびやかで賑わう繁華街とスラムの境界線上に小さなオペラハウスがあった。今宵はこの会場でオークションが開催される。入り口では招待状と数字の書かれた木札が交換されていく。
しかし中へ入る人はみな顔の上半部を仮面で覆い、普通のオークションでは無いことがわかる。
『闇オークション』
主催者に選ばれた者だけが参加できる不定期開催の裏取引の場である。
今宵の目玉商品を一目見ようと会場はほぼ満員の状態で、現在はその前座のオークションが行われ活気に満ちていた。前の持ち主不明の大粒のダイヤモンドだったり、有名作家の公表されていない幻の絵画であったり、闇実験で作られたキメラだったり――――と違法すれすれの表に出せない物ばかり。それでも珍しさや美しさから高値で買われていく。
そんな商品が紹介されている煌びやかな舞台の裏では、ひとりの女性が体を強張らせ耳を澄ましていた。目にはリボンをまかれ、手首には頑丈な鉄製の錠がつけられていた。
「大変お待たせしました!本日の目玉商品をご紹介しましょう」
司会進行を務める競売人の声を合図に女性は手錠を引かれ、抵抗することなくステージの中央へと足を進める。目隠しをしていても分かる好奇の視線を全身で受け止め、背筋を伸ばした。
するりと目隠しが外され、女性はスポットライトの眩しさで顔を逸らす。しかしすぐに明るさに慣れ、観客席に顔を上げた。その瞬間、会場にはどよめきが広がった。
「十八歳に成ったばかりの乙女でございます。これほどまで状態のよい乙女にはいないでしょう。まさに妖精のような美しさではございませんか? 奴隷を欲しい方は是非――――」
競売人の説明に観客は息を飲み、再び商品を注視した。
肩口の長さで揃えられたミルクティーのような甘い色の髪はふんわりと小さな顔を包み、光を反射する深く青い瞳はラピスラズリのように輝いている。白いシンプルなワンピースからのぞく肌に青白さはなく、健康状態の良さがうかがえる。
何よりもこれから自分が売られるというのに震えることなく背筋を伸ばし、観客席を真っすぐ見つめる気高さが女性を商品として魅力的に見せていた。
――――はぁ……私の人生はどこまで悪くなるのかしら
絶望よりも呆れた気持ちでステージに立っている女性はエリィ。彼女はどんどん高くなっていく値段を聞き流しながら、自分のこれまでの生い立ちを振り返った。
エリィのはじめの名前はエリアル・アレンス――――ユースリア王国の伯爵家の長女として生まれた。田舎の貧乏伯爵家ではあるが、家族は両親の他に兄と妹がおり、仲は良かった。
十歳の時には伯爵家令息のひとつ年上のフィル・マレットと婚約を結んだ。数年連続で見舞われた領地の不作に困窮していたアレンス伯爵家が、貴族として残っていくため必要な援助を受けるための政略結婚だ。
フィルの落ち着いた茶色の髪に、翠色の涼しげな目元、鼻筋が通った整った容姿がエリアルの幼心に淡い気持ちを芽生えさせたのは一瞬だけで、すぐに消え去ることとなる。
同じ伯爵家だとしても上下関係は明白で婚約者のフィルはエリアルに何でも命令するようになった。「俺の婚約者ならこれくらいできるようになれ」と要求されたレベルは十歳の少女には高く、急速にエリアルの心は冷静さを取り戻した。
争いを好まないエリアルは微笑みを張り付け、懸命にフィルの婚約者として励んだ。
――――まだフィルだって子供だもの。大人になれば気持ちはなくてもレディ扱いしてくれるはずだわ
そう信じてみたものの、王立学園に通うようになった十六歳を迎えても状況は変わらなかった。しかしお家のためにはフィルの完璧な婚約者として振る舞わなければならない。
この時フィルは第二王子クリストファーの近衛騎士の候補として行動していた。エリアルは合わせるようにクリストファーの婚約者である公爵令嬢ルルリーア・エイベルの取り巻きの一人になった。
目立たぬよう、いつも輪の端っこを定位置として控えめに侍る姿に華やかさはない。しかしフィルの我が儘を聞くよりはずっと楽で、エリアルは影に徹した。
異変に気が付いたのは入学して半年が経った頃だった。第二王子の集団の中にひとりだけ令嬢が混ざっていたのだ。
ふわふわのストロベリーブロンドをハーフアップにした、大きなアメジストのような紫の瞳を持つ美少女――――セシル・ダルトンは男爵家の娘だった。
セシルはクリストファー王子だけでなく高位貴族令息の側近たちとも親密な雰囲気で笑顔を振り撒く。側近たちの中にはエリアルの婚約者フィルも含まれていた。
下位の男爵令嬢のマナーを無視した行動は学園の令嬢の怒りを買った。初めは口頭注意だったものが、物理的制裁に移っていくのに時間はかからなかった。
エリアルはただそれを定位置の影から傍観していた。全員と結ばれることは現実的ではなく、そのうちひとりに絞られれば落ち着くだろうと、制裁の仲間には加わらなかった。
「ルルリーア・エイベル!これまで目を醒ますだろうと信じ目を瞑ってきたが、もう我慢できない。男爵令嬢であるセシルを見下し、行ってきた非道な行為は目に余る。そなたの行動は将来の王子妃として見過ごせない!」
「クリス様、私の自覚が足りなかったのです。ルルリーア様を怒らないで――――」
「セシルは優しすぎる。危なく大ケガをする可能性もあったというのに…………だからこそ、ここで処罰を下さねばならぬのだ」
公爵令嬢ルルリーアの前でクリストファーとセシルは身を寄せ合う。強い眼差しを放つルルリーアから二人を守るように側近たちが一歩前に出る光景はまさに恋愛劇場。エリアルが異変に気付いて更に半年が経った、クリストファー王子の卒業式での出来事だ。
――――セシル様はクリストファー殿下を選んだのね。愛称で呼んでいるし、私とフィルの関係は変わらない…………ということね。それならいいわ
どこかの恋愛小説で読んだことのあるような茶番劇を、エリアルは冷めた目で眺める。ルルリーアはクリストファー王子が指摘していた通り、セシルに対して嫉妬していたことは知っていた。しかしマナー違反をしたのはセシルが先であり、セシルに同情する気にはなれない。
――――でも証拠もなしに、全ての悪事をまとめてルルリーア様の責任にするなんて雑すぎるわね。王子がこんなんで大丈夫かしらこの国
不敬なこと考えながら、ひっそりため息をつこうとしたその時――――
「クリストファー殿下!このルルリーアは真実を申し上げます。わたくしは確かにセシル様に嫉妬していましたわ。しかし悪事を働いていた真犯人はわたくしではございません。エリアル・アレンス様ですわ!」
「――――はい?」
突然の名指しにエリアルはぽかんと口をあけた。
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