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美少女にTS転生したから大女優を目指す! 作者:武藤かんぬき
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01――すみれ、4歳


「すー! ちょっとこっち手伝って!」


 母が洗濯場から私を呼ぶ声がしたので、よっこいしょと体を起こしてそちらに向かう。男だった頃には感じなかった首筋をくすぐる髪の感触にも、さすがにもう慣れてきた。

 そう、男だった頃、過去形なのだ。39歳のおっさんだった松田圭史まつだよしふみは、現在4歳女児の松田すみれとして生活していた……と言っても、いきなり4歳の幼女になった訳ではない。





 ブラックアウトして意識を失った後、次に目が覚めた時に目に入ったのは、懐かしいアパートだった。実は前の時に――ややこしいので次からは前世と言うが――我が家は俺が成人して何年かした後、親父が中古のマイホームを買ってこのアパートから引っ越しをしたのである。出来て30年以上経ったニュータウンの一軒家、山の上で交通の便は悪かったがこのアパートに比べれば非常に広々としていて快適だった。


 このアパートは本当に貧乏な我が家にふさわしいボロ家で、隣家の人が電話で話してる声が何を言ってるのかはっきりわかるレベルで聞こえてきたり、現在テレビで見ている番組がわかるぐらいには壁が薄く筒抜けだったのがひどく苦痛だった。あとすぐ傍を線路が走っていて、電車が通ると軽い地震ぐらいの揺れが起こるのもマイナス点だ。


 そんな馴染みのあるアパートの天井が目に入って、ボーッとしていた頭が一気に覚醒に向かった。反射的に体を起こそうと思ったけど何故か頭が重くて、少しだけ浮かんだ頭が再び床に戻ってしまった。床だから頭を打つかもと衝撃を覚悟したが、どうやら布団の上らしい。ボフンと柔らかく衝撃を吸収して受け止めてくれた。


 意識を失う前も病気で体が動かしにくかったが、今感じている動きにくさは別の種類のものだ。なんだろう、筋力が足りないのだろうかとグッと力を込めて自分の手を目の前に持ってきた。


「…………え?」


 思わず言葉を失った。想像していたのは筋張った成人男性の手のひらだったが、目の前にあるのは小さな小さな紅葉みたいな手のひらだった。


 ぐーぱーぐーぱーと何度か握ったり閉じたりしたが、自分の思った通りに動く。どうやら信じがたい事だが、これは自分の手で間違いないらしい。ってそう簡単に納得できる訳もなく、しばらく唖然と開いたり閉じたりする自分の手を見つめていた。


 どれだけ経っても大きさは変わらないし段々と疲れてきたので、右手を布団の上にとすん、と落とす。そう言えば意識を失う前に、変な声を聞いた事を思い出した。


(あの声はやってみるがよいって言ってたよな、もしかして人生のやり直しを? 赤ちゃんに戻って?)


 信じがたい事だが現状を鑑みるに、どうやらそう考えるのが一番すんなり納得できそうだ。だとしたら、もうひとつ確認しなきゃいけない事がある。


 残念ながら赤ちゃんの手足の短さは、姪の世話を手伝っていたからよく知っている。寝転がってる状態で手が股間まで届く訳がないのだ。なので落ち着いてゴロンと寝返りを試みるとうまくうつ伏せ状態になった。


 男性なら経験があると思うが、床にうつ伏せになるとアレが自分と床に挟まれてくにゅっと軽く潰れる感覚があるのだが、今の自分にはそれがない。なんとなく感覚的に息子がいないという事には気付いていたが、これで確定になった。どうやら俺はあの時想像していた通りに女の子になったらしい。


 病に苦しんでいた時は絶望から目をそらす様に女子になるという事を考えていたが、実際にこうなってしまうと喜びと言いようのない不安が心の中を半分半分を占めていた。人生をやり直せるのは嬉しい、しかも記憶を持ってやり直せるというのはかなりのアドバンテージではないだろうか。どういう存在なのかは知らないが、あの不思議な声にしてみればかなりの厚遇をしてくれたのだろう。


 よいしょ、ともう一度寝返りをうって仰向けに戻る途中で緑色の土壁に掛かっているカレンダーが目に入った。生まれた年の翌年の西暦と8月の文字が書かれている。


 男だった自分は5月生まれだったが、誕生日が同じだとすれば今は1歳と3か月に少し足りないくらいだろうか。


 両親は男だった時と同じなのか、姉は変わらずに存在しているのか、とにかく少しでも情報がほしい。もしかしたら白昼夢かもしれないし、精神的にいよいよ追い詰められた俺が妄想や幻惑の類を見ているのかもしれないのだ。


 赤ちゃんの様子なんて普通の独身男性ならわからないだろうが、幸運な事に俺は姉の子供である姪っ子(しかも双子)を生後4か月から中学生まで毎日目にしていたのだ。まったく知らないよりはうまく演技ができるかもしれない。


 そんな事を考えながら、まずは赤ちゃん生活をしながらの情報収集に意欲を燃やすのだった。








「すーはタオル畳んでね、前に教えた通りにね」


「はぁい」


 洗濯場で小さなカゴを受け取り、母も洗濯物がたくさん入った洗濯カゴを持ってリビングへと戻ってきた。間延びした返事をしながら床へと座り、カゴの中のタオルを手に取る。


 単調な作業をちょっと下手な感じを装って続けながら、この体になったあの日から今日までの日々をなんとなく思い返す。


 便宜上あの時聞こえた声の主を神様と呼ぶけど、どうやら神様は本当に性別が反転しただけの過去へと送ってくれたらしく、家族構成も前世と変わりなかった。父方の祖父母と母方の祖母も同じ人物だったし、住んでいる場所も一緒。


 少し違うのは私の顔立ちかな、前は母親に似ていたけどこちらでは父親に似ているとよく言われる。しかも神様がサービスしてくれたのかどうかはわからないけど、前よりも整っていて父親と母親の良いところ取りをした様な感じになっている。特に違っているのは目が細かったのが、こぼれん程に大きな目になっている。少しタレ目気味なのも柔らかい雰囲気を醸し出している。


 前世ではキツイ目のせいで不良に絡まれる事が多かったのでコンプレックスだったが、どうやら今生ではそうならずに済みそうだ。


 可愛いねとか将来が楽しみねとか、近所のおばちゃん達に言ってもらえるのはちょっと嬉しい。思わず自分の中にある理想の女の子になれる様に努力しようと今後の目標を定めてしまう程だ。でも、最近それでちょっとだけ困った事がある。


(……あー、また見てるよ)


 玄関から家の中が見えない様に付けられたアコーディオンカーテンが少しだけ開かれていて、そこからチラリと見えるこちらを睨みつける目。多分その持ち主のほっぺは持ち主の不満を表す様に、ぷっくりと膨らんでいるんだろう。


 前世での姉は、こちらでも俺の2歳上の姉として存在している。母親とはまた違った意味で自分至上主義だった姉には色々と嫌な想いもさせられたが、助けられた事も多い。うまくやっていけるだろうと思っていたし、赤ちゃんの頃はごっこ遊びの様に面倒を見てくれたのだけど、最近はちょっと様子が違う。


 先程も述べたが、現在の自分は愛らしい幼女である。見た目もそこそこだが何より前世の経験が生きたのか愛想もよく、子供特有の癇癪や我儘もほとんどないとなれば周囲の大人たちはそれはもうチヤホヤとしてくれるのだ。別にそれを狙っている訳でもなければもうちょっと放置しておいて欲しいと思わなくもないけれど、好意よりも嫌悪の方をたくさん向けられた前世の事を思えば嬉しいとも感じる。


 しかし俺が生まれるまで家族やご近所のアイドルだった姉にとっては、それは看過できる事ではなかったのだろう。上の子供は下の子供ができると赤ちゃん返りするなんて話はよく聞くけど、妹ばかりが可愛がられて自分は我儘を言って叱られる毎日を不満に思っているのだと思う。小学生の高学年になれば何故そうなっているのかを分析し、相手の良いところを見つけて自分も真似しようなんて考えも芽生え始めるのだろうが、6歳児にそれを求めるのは酷というものだろう。


 姉が一番ショックだったのは、祖父が俺を猫可愛がりする事だろうと思う。前世では俺の事など路傍の石を見るかの如く無関心だった祖父は、唯一の女の子の孫である姉を溺愛していた。どうやら今生でもそれは変わってなかったみたいで、俺が2歳ぐらいになるまでは祖父の中では姉が一番可愛い孫だったのだろう。


 幼女の皮を被った大人である俺にとっては、ジジ馬鹿ババ馬鹿になってる祖父母を手玉に取るなどたやすいのだ。何せ可愛いスペックが高いのだから、ちょっとした事でも彼らは喜んでこちらへの好感度を上げてくれる。前世では嫁姑問題を引き起こしたり様々なやらかしで最期まで色んな人に恨まれながら死んでいった祖母ですら、俺が近くにいる時は嫌われたくないからか良い人ぶって行動するのにはびっくりした。


 そんな事情もあってこちらは特にその座を争うつもりはないが、姉にとって俺は松田家で一番のアイドルを争うライバルなのだ。もしかしたらそのまんま敵だと思ってるのかもしれないけど。


 何にせよ前世の小さな恨みはあれど、中身アラフォーの自分が6歳児の姉と敵対する意図はない。むしろせっかく同性になったのだから、仲良し姉妹としてうまくやっていきたいと思っているのだ。


 鋭い視線にこもった敵対心をビンビンに感じながら、どうにかならない物かと小さくため息をついて畳んだタオルを積み上げる俺なのだった。



小学校中学年ぐらいまではサクサク進めたいと思う所存。

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