最強のゴーレム
飛び続けることしばし、バートラムの街が見えてきた。
街の至る所で煙が上がっているようだ。
「くそっ、遠くて見えやしねぇ!一体何が起こってるんだ!?」
「どうやら戦闘のようですね。私もよくは見えませんが」
グリモとジリエルが俺の手から顔を出して目を細めている。
俺もイドがいるかどうか、確認しておくか。
指先で円を描き、バートラム上空と空間を繋げる。
空間転移は強い繋がりを持っていない場所へは飛べないが、一部だけならば制限は軽くなる。
円の中の風景が歪み、ゴーレム武道会の行われていた中央広場が映し出された。
見ればゴーレムたちが巨大な何かと戦っているのが見える。
「な、なんだぁありゃあ……!?」
「ゴーレム、でしょうか。それにしても何という異形……!」
その光景を見て驚愕する二人。
フェスに出ていた数体のゴーレムが向かい合っているのは、一回りも二回りも大きな巨大ゴーレム。
いや、ゴーレムと言ってもいいのだろうか。何百年も生きた大木のような大きく歪んだ巨体、その四肢を覆う触手は木の根のように足元まで広がっていた。
その中央部にはイドの魔力の鼓動が感じられる。
――どうやら間違いなくあそこにいるようだな。
「なんつー不気味な風体だ……邪神が可愛く見えてくるってもんだぜ……」
「地獄の亡者どもが積み重なった蜘蛛糸の塔のようですね……なんとおぞましい……」
確かにあれはすごいな。
本来ゴーレムは金属で作るものだが、あれは魔物などの生体を培養し、繋ぎ合わせて作られているな。
まさに生体ゴーレムとでも言ったところか。
先刻の拠点にゴーレム製作に使うような機械部品ではなく、錬金術用の器具が置かれていたのが不思議だったが合点がいった。
ただあそこで見た跡より、かなり大きい気がするが……
「しかし生体ゴーレムか。当然それなりに強いのだろうが……」
戦いを見ていると、他のゴーレムたちの攻撃をモロに受けている。
あの巨体だと街中では動きにくそうだ。
レオンハートの方がよかったんじゃないだろうか。
まぁあれは俺が真っ二つにしたんだが。
そんなことを考えていると、巨大ゴーレムが向かい合っている一番近いゴーレムを掴み捕らえた。
そのまま握り潰すのかと思いきや、無数の触手が捕らえたゴーレムを無数の触手が飲み込む。
直後、巨大ゴーレムの全身がぐねぐねと蠢き、触手が巨体を覆っていく。
「うおっ! な、何だかデカくなってやがりませんか!?」
「内包魔力が増大していますね。ゴーレムでありながら、まるで生き物のように捕食し、成長しているとでもいうのでしょうか。……なんとも恐ろしい」
巨大ゴーレムは、他のゴーレムも一体、また一体とその身に吸収していく。
その度に内包魔力が大きく、強くなっている。
姿形も目まぐるしく変化しているようだ。
まるで進化の過程を早回しで見ているかのような……
「やぁロイド、やっときてくれたみたいだね」
頭の中にイドの声が響く。念話だ。
「イドか、何をしているんだ? 俺と戦いたいんじゃなかったのか?」
「もちろんですとも。ですが今のタルタロスでは君に勝つことは出来ないでしょう。ですがもう少し待っててくれれば、今度こそ最高の状態で戦えると約束しますよ」
他のゴーレムを取り込みながら、くすくすと笑うイド。
「タルタロスってーと、魔界でも最強の一角とされる神の名ですぜ」
「地獄の門を冠する邪神、ですね。天界にまでその名は轟いております。そのような名を自身のゴーレムに付けるとは……相当自身があるようですね」
邪神タルタロス、古い魔術書にちょくちょく出てくる全てを飲み込み無限に膨張する存在だ。
なるほど、あのゴーレムの特性はまさしくタルタロスそのもの。
……面白い。ゴーレム戦のリベンジマッチというわけか。
「上等、そういうことなら楽しみにさせて貰うとしようか。せいぜい俺が到着するまでに準備を万端にしておくんだな」
「……えぇ、今度こそあなたを倒します。ロイド」
「楽しみにしておくよ」
そう言って念話を切ると、俺はディガーディアの置いてあるバートラム郊外へと向かう。
ようやく目的地が見えてきた辺りで、俺はあるべきものがないのに気づいた。
「ディガーディアが……ない!?」
ここにあるはずのディガーディアが見当たらないのだ。
きょろきょろと辺りを見渡すが、やはりどこにもない。
あんな巨大なものを見落とすはずがないのだが……一体どこへ行ったんだ?
「ロイド様、足跡が残ってやすぜ!」
「神聖魔術にて影を濃く浮き上がらせています。それを追いましょう」
「でかしたぞ。グリモ、ジリエル」
ジリエルの放った光で足跡が鮮明に見える。
あれを追っていけばディガーディアに辿り着くはずだ。
「それにしても一体誰が……まさかゼロフ兄さん……?」
ディガーディアに乗れるのは俺以外にはゼロフだけだ。まさかというか、それ以外ないだろう。
だが足跡の向かう先はあの広場。まさかタルタロスと戦おうというのだろうか。
「……らしくないな」
ゼロフは人と関わり合うのが苦手だったはず。
ゴーレム戦では観客に手も振らなかったし、パーティにも参加しないほどの人嫌いだ。
だからてっきり自分の大事なディガーディアを街から離す為に乗り込んでいると思っていたのだが……戦いの真っただ中である広場に向かうのは理屈に合わない。
「ともあれ追うとするか」
ディガーディアがないとタルタロスとは戦えない。
俺は足跡を追う。
あっさりと追いついたところで俺はディガーディアの背中部に飛びついた。
「ゼロフ兄さん! 聞こえますか!?」
「! ロイドか!? 何故ここに……少し待て!」
ゼロフが声を上げディガーディアが停止する。
俺は背中をよじ登り、ハッチを開いて出てきたゼロフと向かい合う。
どこか覚悟を感じる表情、まさかディガーディアで戦うつもりなのだろうか。
俺は思わず声を荒らげゼロフに俺は問う。
「ゼロフ兄さん、どうしてディガーディアに乗って広場へ向かっているのです!? まさかあの巨大ゴーレムと戦うつもりではないでしょうね!?」
「……そのまさかだよ。吾輩はあの巨大ゴーレムを止める為に広場へ向かっている。この国の民を守るためにな」
「な……第三王子ともあろう方がそのような危険を冒すとは! 一体何を考えているのですか!」
いくら何でも無茶である。
王族たるものそんな軽率に命をかけるのはよくないだろう。
「どの口が言ってるんすかねぇこの方は。王子であるロイド様が日々どれほどの無茶をしていると……」
「そりゃ確かにロイド様に限って言えば命の危険は微塵もありませんが……」
二人が何故かドン引きしている。
何言ってるんだ。第三王子と第七王子では命の重みが違うだろ。
ゼロフはダメだけど俺はいいの。
「しかし何故です? ゼロフ兄さんは率直に言ってしまえば人嫌いな方。そんなゼロフ兄さんが今、手をかけて作り上げたゴーレムとその身を挺して他国とその民を守ろうとしている……なんてのは道理が通りませんよ! すぐに引き返してください!」
俺の言葉に、ゼロフは少し考えて苦笑を浮かべた。
「……ふっ、ロイドよ、お前は勘違いしているぞ。吾輩は別に人嫌いなどではない。ただ人と関わり合うのがどうも照れ臭くてな。誤解されやすいだけなのだ」
「え……そ、そうなのですか?」
「うむ、そんな吾輩にこの街の人々やルゴールら錬金術師たちは優しくしてくれた。吾輩は人見知りだからな。あの時は上手く応えることができなかったが……今こそ時。だからロイド、そこを退け。今、この街を守れるのは我輩とディガーディアだけなのだから」
そう言って強く拳を握りしめるゼロフ。
なんてこった。これはマジな顔だ。
本当にただの人見知りだったとは……そんなゼロフが皆のために戦うというのなら、俺は――
「ゼロフ兄さん……わかりました」
「おお、わかってくれたかロイド」
「はい、ですのでゼロフ兄さん――」
――俺は、ゼロフをディガーディアから突き落とした。
もちろんすぐに風系統魔術で包み、ゆっくりと着地させる。
地面に降りたゼロフは俺を見上げ、声を上げる。
「ロイド! お前何を!?」
「ゼロフ兄さんの意志は受け取りました。ですので後は俺に任せてください」
「あっ! こら、ロイド! ロイドーっ!?」
俺はゼロフの声にかまわずハッチを閉める。
ゼロフの覚悟は立派だと思うが、俺にもイドとの約束がある。
悪いがディガーディアに乗るのは俺だ。
「ロイド、お前は吾輩の身体が恐怖に震えていたことに気づいていたのだな……だから吾輩の代わりにディガーディアに乗り込んだ。……全く兄として情けない限りだよ。しかし吾輩はお前を誇りに思う。勝ってこいロイド、お前ならきっと出来る!」
後方から風に乗って何やらブツブツ声が聞こえてくるが、気のせいだろう。
レバーを倒し、全速前進。追いすがるゼロフを置きざりにする。
待ってろイド。決着をつけてやるぜ。
あけましておめでとうございます。二巻発売中、続刊の為にもよろしくお願いします。