全力の決勝戦、前編
そして翌日。空は快晴、風は強め、絶好の物見日和である。
取り囲む多く大勢の観客の視線は会場の中心、対峙する二体のゴーレムに注がれていた。
『ゴーレムファイトも佳境! ついに、ついに決勝戦と相成りなりましたぁーーーっ!』
相変わらずハイテンションの司会が声を上げ、ディガーディアの方へ手を挙げる。
『初出場ながら圧倒的な強さで勝ち進んできたサルームが誇る真紅の竜、その名はディガーディア! 搭乗者はその第三王子、ゼロフだぁーっ! ここまで圧倒的な火力で相手を圧倒してきました! 決勝でもその勇姿が見られるのか!? 乞うご期待です!』
わああああああ! と歓声が上がる。
先日までもかなりの人がいたが、今日はその倍はいそうだ。
「ほう、ゼロフ様もだいぶ人気が出てきたようですね」
「強ぇからだろ。結果を出せばその不愛想さも、客の方からいいように取ってくれるもんさ」
言われてみればジリエルとグリモの言う通り、ゼロフの人気は上がっているように見える。
最初の方は声援にも応えなかったから、結構ブーイングとか多かったっけ。
ゼロフも今では慣れてきたのか、視線くらいは返している。
全く、手くらい振ってあげればいいのにさ。
『対するは――前大会優勝者、我がバートラム最高の錬金術師イド選手駆るレオンハート! 圧倒的な疾さは決勝でも発揮してくれるのでしょうか!? こちらも期待大だーーーっ!』
どおおっ! と先刻よりも大きな拍手が上がる。
やはり向こうのホームだからかな。
地面が揺れるかような声援にイドは手を振って応えている。
『火力のディガーディア、疾さのレオンハート、どちらが勝つか、負けるのか!? 恥ずかしながら私、先日は楽しみで眠れませんでした! さぁ両選手、準備に入ってください!』
解説の指示で準備を始める。
と言っても点検はほとんど終わっている。ゼロフが乗り込んで最終チェックを行うだけだ。
しかしゼロフは動こうとしない。
「ゼロフ兄さん、どうかしたのですか?」
「あぁ、どうもその、腹の具合が悪いのだ……」
ゼロフは苦しげに細々とした声を漏らしている。
「腹痛でしょうか? 強いストレスを受けたせいで胃腸の調子を崩したのかもしれません」
ジリエルが心配そうに言う。
うーん、あの他人を全く気にしないゼロフがストレスなんて考えにくいんだがな。
「ふむ、魔力の残り香がしやすぜ……こいつは何らかの魔術を受けてるようですな」
魔力集中でよく見てみると、その痕跡がぼんやりと目に映る。
辿り着いた先は……
「イド、か」
どうやらイドが魔術をゼロフにかけているようだ。
「こんな体調で決勝戦は難しいだろう。ロイド、お前が代わってくれ」
「ゼロフ兄さん……本当に、いいんですか?」
「このままディガーディアが本来の力を発揮出来ずに負けるよりはマシだ。頼むロイド」
ゼロフはこの戦いをとても楽しみにしていた。
その為にディガーディアを整備し、決勝に備えていた。
自分で戦いたかったはずだ。
苦渋の決断だったのだろう。
俺はゆっくり頷いて返す。
「わかりました」
「お前を連れてきて本当によかったよ。それじゃあ後は頼んだ……うっ、そろそろ限界……」
ゼロフはそう言い残すと、ダッシュでトイレへ向かう。
「ゼロフ兄さん、仇は必ず取ってみせます……!」
「ロイド様、セリフの割に顔がニヤけてますぜ……」
おっと、つい頬が緩んだか。
まぁ少々目立つかもしれないが、ここまでお膳立てされて応えないわけにもいかないだろう。
ていうかゼロフには悪いが俺もやりたかったしな。
『おおっとぉーーーっ!? どうやら選手交代かーーーっ!? ゼロフ選手に代わりそれまでサポートをしていたロイド選手がディガーディアに乗るようです!』
解説の声が響く中、俺はディガーディアの手のひらに載った。
自動で胸元まで上昇し、胸部装甲が開いてコクピットが露になる。
「ロイドー! がんばれよー! お前ならできる!」
「負けんじゃねーぞ! ロディ坊!」
アルベルトとディアンの声援を受け、手を振って返す。
「ロイド様! ファイトです!」
「がんばれーっ!」
「ぶっとばすあるよーっ!」
シルファ、レン、タオにもだ。
いつの間に用意したのだろうか、俺の名が書いた旗を振っている。あまり目立ちたくはないのだが……こうなってはもはや仕方ないか。
ともあれハッチを閉め、起動レバーを前方に倒す。
ヴォン、と起動音が鳴り、ディガーディアがゆっくり立ち上がる。
全方位に張り巡らされた魔導板が外の風景を映し出した。
「ヒュー、何度見てもすげぇですな。こいつはよ。ゴーレムの目を通して、外の風景を魔導板に映してるんでしたっけ?」
「正確にはカメラな。全身に取り付けられているから、人間の目では死角になるところもバッチリ映っているんだ」
「むむむ、私の知らない間に人間の持つ技術はここまでになっていたのですね……」
他にも様々な技術が使われ、このディガーディアは動いているのだ。
その全力、ぶつけさせて貰うとしよう。
「聞こえていますか? ロイド」
頭の中に声が響く。イドだ。
これは『念話』、念じる事で遠くの者と会話が可能な魔術である。
俺はあぁと短く返した。
「ゼロフ様には悪い事をしました。ですがもう術は解いたので、大丈夫だと思いますよ」
「そこまでして俺とやりたかったのか?」
「もちろんです。あなたの操縦したゴーレムに勝たねば意味がありませんので。だからロイド、僕と本気で戦って下さいね……!」
強く念を押してくるイド。
こちらとしても本意ではあるが、その様子はどこか思い詰めてさえいるようだ。
「随分と熱烈ですなぁロイド様。本当に奴のこと憶えてないんですかい?」
「全く憶えはないな」
「不憫な……しかしそれもやむなき事。ロイド様に取っては些事でしょうからな」
「どちらにしろ、勝てばわかることさ」
制御盤を操作しスイッチを入れていくと、徐々に駆動音が大きくなっていく。
歯車の軋む音、動力の回る音、金属の擦れる音。
その全てが束となり、コクピットに騒音が響く。
だが、不快ではない。むしろ心地よい高揚感が身を包むようだ。
俺は口元を緩め、レバーを思いきり倒した。
「ディガーディア、起動」
俺の言葉と呼応するように、ディガーディアが立ち上がり面を上げる。
ぎぃん! と両目が光り敵を睨む。
眼前には同じように戦闘態勢を取るレオンハートが見えていた。
12月2日に二巻が発売されます。コミカライズも発売中!よろしくお願いします。