初戦が終わって
試合が終わり、ボロボロになったラオカンフーからタオが下りてくる。
タオは全身汗だくで、焦燥しきっているようだ。
「あれだけボロ負けしたんだ。きっと落ち込んでるだろうぜ」
「慰めて差し上げるべきです!そうすればタオたんの熱い抱擁が受けられるやも……!」
グリモとジリエルの言葉にふむと頷く。
確かに、イドと直接戦った感想が聞きたいよな。
駆け寄って声をかけようとすると、気づいたタオがこちらを向く。
「や、ロイド」
にっこりと、満面の笑みを浮かべるタオ。
その表情は普段と同じ表情、いや明るいほどである。
「残念無念、負けちゃったあるよ! やー世界は広いね」
どうやらそこまで落ち込んではいないようだな。これなら色々聞けそうである。
「うん、相手が強かったしね。仕方ないよ。それよりちょっと話さない? さっきのゴーレムについて聞きたいことが――」
「ごめん、急いでるから」
タオは俺の言葉をバッサリと切り落とすと、物陰に駆けていった。
トイレだろうか。不思議に思ってこっそり覗き込んでみると、タオが背中を震わせていた。
「く……そぉぉぉぉ……っ!負けた!負けちゃた……!手も足も出なかった……っ!」
拳を壁に叩きつける音がドン、ドンと音が響く。
「……ゴーレム越しでも分かる。あの子は強い。生身だったら相手にすらならなかったはず。世界は広い。アタシもまだまだ功夫が足りないね」
決意に満ちた言葉だった。
その迫力にグリモとジリエルがごくりと息を飲む。
「……ま、そりゃそうですな。あんなガキにやられて悔しくないはずがねぇ。あの小娘ももっと強くなるはずですぜ」
「美しく可愛らしいだけが花ではない、ということですね。タオたんハァハァと言ったところでしょうか。むふふ」
二人が何やらブツブツ言っている。
ふむ、どうやらタオは反省中みたいだな。
魔術の実験でも失敗はよくあること、次に繋がるのが重要だ。
また改めて聞いた方が、事細かに聞けるだろうな。
俺はそう思い、その場を後にするのだった。
「いやー中々見応えのある試合だったねぇ」
いきなり声をかけられ振り向くと、ルゴールが数人の男たちと連れ立っていた。
「あぁ、彼らはゴーレムの搭乗者さ。色々話を聞いてたら盛り上がってねぇ。一緒に来ることになったのだよ」
ルゴールの脇にいた男たちが俺に興味深げな視線を送ってくる。
「ほう、君があのディガーディアの……」
「こんな幼いのによくぞあれだけの……」
「ど、どうも……」
彼らの俺を見る視線に妙に熱がこもっている気がするが、気のせいだろうか。
「誰かと思えばルゴールじゃないか。こんなところで会うとはね」
会話に入ってきたのはアルベルトだ。
ルゴールと握手を交わし、互いに肩を叩き合う。
「アルベルト!それはこちらのセリフだよ。忙しい君がどうしたんだい?」
「大事や弟の晴れ舞台だからね。執務なんかやってる場合じゃないさ」
仲良さげに話す二人を見ていると、ディアンがこっそり耳打ちをしてくる。
「あのルゴールってのは北の大国、シューゼルの第一王子なんだぜ。少し変わり者だがあぁ見えて出来る男でよ、あいつが国の経済を任されてからシューゼルの経済は発展続きだ。まぁあいつに言わせればゴーレム製造の為らしいがな。アル兄とは歳が近いから、各国会議でよく一緒にいるんだ」
「そうなのですか。勉強になります」
よく考えたら普通の人間がゴーレムを作れるわけないものな。
ラオカンフーのように見るからに低コストならともかく、ゴーレム作りはとにかく金と設備が必要だ。
そういえばルゴールが連れてきた者たちも、父チャールズに連れられて行ったパーティで見たことがある顔ばかりである。
「そうだ!よかったら今日の夜、皆で親睦を兼ねたパーティをしないかい?勿論手配は僕がするからさ」
ルゴールの提案にアルベルトが頷く。
「それはいい。皆に自慢の弟を紹介するいい機会だ」
「おおっ、そりゃいいぜアル兄! ゴーレム談義も出来そうだしよ! ゼロフ兄も勿論構わねーよな?」
ディアンが話を振るが、ゼロフは難しい顔のまま首を横に振った。
「悪いが吾輩は遠慮させてもらうよ。華やかな場はあまり得意ではないのでね。ディガーディアの整備もあるし、ロイドに任せるよ」
「ちょ、待てよゼロフ兄。おーい!」
「では失礼させてもらう」
ディアンが止めるのも聞かず、ゼロフはスタスタと去っていくのだった。
その夜、パーティが開かれた。
どこぞの高級レストランを貸し切って開かれたパーティには俺たち以外の関係者も多くおり、百人近い人が集まっていた。
アルベルトはここぞとばかりに俺を色んな人たちに紹介し、ディアンは他国の技術者たちと親睦を深めていた。
シルファは給仕に大忙しで、レンは時々つまみ食いをしては目を輝かせていた。
過去形なのは、つまりそういうことだ。
俺はパーティ会場を抜け出し、ディガーディアの元へ来ていた。
「いいんですかい? 勝手に抜け出しちまって」
「アルベルトたちがいれば問題ないだろう。それに俺はしがない七男坊、いなくなっても気にする人なんていないさ」
「そのようなことはあり得ません」
即座にジリエルが否定する。
全く天使ってやつは何もわかってないな。七男坊の扱いなんて適当なもんだぞ。
現にこうして好き勝手やらせてもらっているしな。
そんなことを思いながらも吊るされた暗幕を開けると、中は煌々と照らされている。
「ゼロフ兄さーん!」
作業中のゼロフに声をかけると、驚いたようにこちらを向く。
「ロイド? 一体どうしてここに……?」
「もちろん手伝いに来たんですよ。はい、お夜食です」
パーティ会場から持ってきたバスケットを見せると、ゼロフの腹がぐぅぅと鳴った。
「……頂くとしよう」
ゼロフは無愛想にパスタを受け取ると、もそもそと食べ始めた。
「……ふぅ、やはりパスタはいい。手軽に腹が膨れるからな」
「ゼロフ兄さんはいつもこればかり食べてましたからね。それよりゼロフ兄さん、今やっている改修作業はレオンハートの結界対策ですよね?」
俺の言葉にゼロフを驚いたように目を丸くした。
「……あぁ、よくわかったな。その通りだロイド」
「あはは、あの試合を見れば誰でも思いつきますよ。その対策としてこちらも結界術式を付与して、中和させることで攻撃を当てようとしているのですよね?」
ディガーディアの腕部には、防御用として結界装置が取り付けられている。
それを調整して中和機能を追加させていたのだろう。
考える事は俺も同じだ。
「ラオカンフーを融解させた攻撃、あれを見た者は毒液か何かだと思い、結界と見破った者は誰もいなかった……その上吾輩がやろうとしていることまですぐに気づくとは、やはりロイドを連れてきてよかったな」
ゼロフが何やらブツブツ呟いているが、それよりも気になることがある。
付与に使う魔髄液に余剰がないのだ。
あれは製作に手間がかかるし、今からでは量を用意するのが難しいのでレオンハートの強力な結界を中和する程の出力を得るのは難しいだろう。
ならば元々使われているものを削って使い回すという手もあるが、そうすると他に歪みが出る可能性があるんだよな。
「お前も気づいたか。そうだ。魔髄液がないのでこれ以上の改修は出来ないのだ」
「うーん……困りましたね……」
敗退したゴーレムから削り出して分けて貰うとか。
いやそれだと純度を確保出来ないだろう。
強力な術式を編み込むには、高純度の魔髄液が必要だ。
あのイドを相手にするには、そこらで手に入るものでは難しいだろう。
うんうん唸りながら考えていると、暗幕の外で動く気配に気付く。
「お困りのようですね」
「この声……!」
慌てて飛び出すと、外にいたのは仮面の少年、イドであった。
「こんばんは。よい月夜ですね」
「こんな夜更けに一体何の用だ? 偵察にでも来たのか?」
ゼロフの問いにイドは首を横に振る。
「いいえまさかまさか。そのような事をするはずがありません。ですがあなた方が何にお困りがはわかります。ずばり僕のレオンハートに取り付けられている結界を中和するつもりなのでしょう? ですがその為の魔髄液が不足している。違いますか?」
「な……!?」
まさしくピタリと言い当てられ、言葉を詰まらせるゼロフ。
だが直ぐに気を取り直してイドに詰め寄る。
「貴様、やはり盗み聞きを……」
「だから違いますよ。それを証拠にほら、これは僕からの贈り物です」
パチンと指を弾くと、小型のゴーレムが木樽を担いで持ってきた。
それを開けたゼロフは目を丸くした。
「これは……魔髄液か! しかもかなりの高純度だ!」
驚くゼロフの横から、木樽の中を覗くと中には並々と魔髄液が注がれている。
しかも俺が作るものと大差ない程の高純度だ。
「ディガーディアには対結界用兵器が搭載されていないようでしたからね。ロイドが僕のゴーレムを見れば、すぐに対策を思いつくはずです。ですが材料がないことにはどうしようもないと思い、持ってきたんですよ。受け取っていただけますよね」
「……解せないな。何故吾輩たちに協力する? こんなことをしても貴様には何のメリットもあるまい」
ゼロフの言葉にイドは口元に笑みを浮かべる。
「メリット? ふふふ、もちろんありますよ。だって全力を出したロイドと戦えるんだ。これくらい喜んで用意させていただきますとも。それこそが僕の生きる意味なのだから!」
生きる意味、とはまたなんとも大きく出たものだが……やっぱり憶えてないんだよなぁ。
何度か『透視』の魔術で仮面の下を見てみようと試みたが、結界のせいで上手く見えないのだ。
そんなことを考えていると、イドが俺に視線を向けた。
「僕の顔が気になりますか? ロイドが全力を尽くし僕のゴーレムに勝つことが出来たら、この仮面外し素顔を見せてあげますよ」
「へぇ、大盤振る舞いをしてくれるじゃないか。だったらもう一つ頼んでいいかい?」
イドはぴくんと眉を動かすが、すぐに余裕の表情を取り戻す。
「この状況でまだ欲しがるとは……なんとも強欲ですね。ですがそれでこそロイド。いいですよ、他に何が欲しいのです? 僕自身の生命でも差し出しましょうか?」
「へぇ、よく俺の言おうとしたことがわかったね」
イドはゴーレムや魔術に関してとても優秀だ。
配下に加えれば、俺の役に立ってくれるに違いない。
是非とも欲しい人材である。うん。
だがイドもゼロフも、何故か驚いたような顔をしている。
「……ふふ、そうですか。その程度で施しを与えたと思うなどぬるすぎる。自分と戦うには生命を賭ける覚悟で来い……ということですか。なるほど、覚悟が足りなかったのは僕だったようだ」
「吾輩の弟ながらなんとも豪胆だ。当然ブラフだろうが、あれだけ調子づいていたイドがすっかり黙りこくっている。全く大したものだ」
イドとゼロフがいきなりブツブツ言い始めたが、一体どうしたんだろう。
特に変な事は言ってないと思うんだけどな。
「いいでしょう。僕の全てを賭けてロイド、あなたに挑みます! 決勝戦、楽しみにしていますよ」
「お、おう」
イドはそう言って、去っていく。
何だかわからんが色々とありがとう。
この魔髄液は大事に使わせて貰うとするか。