金の獅子、朱の龍
試合会場の周囲には観客に被害を及ぼさぬよう強固な結界が張られており、その中心では二体のゴーレムが睨み合っている。
期待、高揚、興奮、熱狂、そんなざわめきの中、司会が声を響かせる。
『さぁさぁ皆様お待たせいたしました! あっという間に本日最終試合、トリを飾ってくださる両選手を改めて紹介いたしましょう! まずは虎の方角をご覧ください。バートラム王国が誇る金獅子、レオンハートォォォォ!」
どおっ! と大歓声が鳴り響く。流石の人気だ。
司会は歓声が収まるのを待った後、今度は反対側に手を挙げる。
『そして竜の方角! 何とも珍しい異国のゴーレム、ラオカンフー! 他のゴーレムとは一線を画するスリムな朱色のボディ、その全身に描かれた龍の絵が何ともエキゾチックです! 武道家のような見た目からは身軽な動きが予想されますが、はたしてはたしてーっ! こちらも期待大だーーーっ!』
客席の一角、タオの祖父たちがしわがれた声援を上げている。
タオは困り顔でラオカンフーに乗り込んだ。
他の歓声はまばらに起こるだけ。客席の雰囲気は明らかにイド優勢だった。
ラオカンフーは見るからにイロモノ、しかも相手がイドでは無理もない。
とはいえ簡単に倒されるようなタオではないだろうし……この戦い、目が離せないな。
「ついにイドの試合か。しかも相手もタオとはね。二人がどんな戦いを見せてくれるか、とても楽しみだ」
「おいロディ坊、どっちと当たるかわからねぇんだからよ。しっかり見ておけよな!」
「はい!」
アルベルトとディアンも楽しみにしているようだ。もちろん俺もである。
レオンハートとラオカンフー、二体のゴーレムが一歩前へ出る。
どうやら双方とも準備万端のようだ。
『さぁ! さぁさぁさぁ! 二体とも準備はいいようです! それでは皆様、刮目してくださいませ! 今両ゴーレムが戦闘態勢に移りましたーーーっ!』
客席の盛り上がりは最高潮を迎えていた。
静まり返る一瞬、司会は右手を高く掲げる。
『では両者、構えて、構えて、構えてぇ……始めぇっ!』
そして、掲げていた右手を振り下ろす。
同時にラオカンフーが地面を蹴った。
『最初に仕掛けたのはラオカンフー! お、おおーっ!? なんという速さでしょうか! 凄まじい速度でレオンハートに向かっていくぞーっ!』
その速度に客席からも驚嘆の声が上がる。
ラオカンフーの速度は今までのゴーレムとは比べものにならないほどだ。
装甲が薄い分、あれだけの速度が出せるのだろう。
滑るような動きでレオンハートの眼前に迫る。
「先手必勝ある!」
その流れで裏拳――と見せかけてのしゃがみ込みから繰り出される足払い。
流れるような一連の動きに歓声が上がる。
レオンハートからは姿が消えたかのように移ったはずだ。やるなタオ。
渾身の一撃は、しかしむなしく空を切った。
無防備なラオカンフーの頭上には宙を舞うレオンハートの姿。
『ああっとしかしジャンプ一番、レオンハート跳んで躱しているーっ!』
あの攻撃を初見で躱すとは。
しかもあの回避、反撃にも繋がっている。
レオンハートはラオカンフーに向け、鋭い前爪を振り下ろす――
「く……っ!」
――かに思えたが、レオンハートは何もせず防御の姿勢を取ったラオカンフーの横にそのまま着地した。
その場の全員が何故? と思ったのだろう。客席も静まり返っていた。
「……どうして反撃してこなかった? わざと……? はっ、アタシもナメられたものね。いきなりこんなのに乗せられてやる気もなかったけれど、少し燃えてきたよ」
ラオカンフーは身体を落とし、拳を突き出して構える。
それは普段のタオの構え、そのものだ。
構えだけでなく、遠目に見てもわかるほど機体の隅々に気が充足している。
「――いくよ」
宣言と同時に、ラオカンフーが駆ける。
先刻よりも更に速い。
稲光のような鋭い動きでレオンハートの背後に回り込んだ。
「はあああああっ!」
高速で繰り出される掌底、だがそれもまた寸でのところで躱される。
それでもラオカンフーの動けは止まらない。
掌底から下段蹴り、貫手、肘打ち、回し蹴り、流れるような連撃がレオンハートを襲う。
『速い! 速い速い速い速ーーーい! ラオカンフーすさまじい連続攻撃です! レオンハート手も足も出ずーっ! これは予想外、一方的な展開ですっ!』
司会もまたラオカンフー有利を高らかに叫ぶ。
予想外の展開に観客席は大盛り上がりだ。
「おおっ! あのガキ押されてやすぜ! 偉そうなこと言ってやがったが、案外大したことはないですなぁ」
「しかし不気味だ。何故奴は反撃をしないのでしょう?」
そう、ジリエルの言う通り、レオンハートは全く反撃をしていない。
ラオカンフーの連撃は確かにすさまじいが、レオンハートなら反撃をする隙の一つや二つあるはずだ。
「ふざけてるか! 何故攻撃をしてこないね!?」
その違和感を一番感じていたのはタオなのだろう。攻撃を繰り出しながらも声を荒らげた。
しかしイドは平静そのものといった声を返す。
「……僕はね、ゴーレムが好きなんだ。君のゴーレム、一見ゲテモノに見えるけど、その実とても作り込まれた傑作だ。少し見ただけでわかるほどに作り手の愛情が伝わってくる。……だから壊したくないんだよ」
「だったらどうしてこんな大会に出てるある!? 好きなら自由に愛でてればいいね!」
「スポンサーの意向でね。雇われの辛いところだよ。……それに、戦いたい相手もいる。出来ればギブアップしてくれると助かるんだけどね」
「はっ、冗談! こっちもようやく火がついてきたところよ!」
タオの言葉と共にラオカンフーが力強く地面を蹴る。
土煙が爆発したように立ち昇り、ラオカンフーの姿が消えた。
本日一番の速さ。すごいな。先刻よりもまだ速くなるのか。
しかもいつの間にか、レオンハートは左右の角に追い詰められている。
『凄まじい速度でラオカンフーが迫るーっ! レオンハート逃げ場がないぞぉーーーっ!?』
動けぬレオンハート、決着を煽る解説、観客席からは息を飲む声が聞こえてくる。
「もらったね!」
くるん、と一回転し、繰り出される必殺の飛び蹴り。
躱す場所はない。喰らうしかない。
皆がそう思った瞬間である。
イドの含み笑いが聞こえた気がした。
突如、強力な魔力がレオンハートから発せられた。
『あ、あああああーーーっ! これはーーーっ!?』
絶叫が響き渡る。
見ればラオカンフーの足が融解し、地面に転がっていた。
「おいアル兄! 今何が起きたか見えたかよ!?」
「……いや、僕もよくは見えなかった……蹴りがレオンハートに当たったと思ったら、次の瞬間には溶けていた。例えるなら氷の棒を高熱の窯に突っ込んだようにな……一体何起こったと言うのだ!?」
戸惑うアルベルトとディアンだが、俺はイドが何をしたのかすぐにわかった。
あれは火と水の二重合成魔術『王水幕』。
触れたあらゆるものを溶かすという結界で、攻防一体だが結界の展開範囲がシビアで使い方を間違えれば自らも危険な魔術だ。
それを術式化してゴーレムの装甲に組み込んでいるのか。
難易度の高い合成結界をゴーレムを溶かすほどの出力で使える者が俺以外にいたとは……思った以上にやるじゃないか。
たたらを踏みながら体勢を立て直すラオカンフー、タオはそれでも構えを崩さない。
「くっ! 失ったのは右足だけね。まだまだ戦えるよ!」
ラオカンフーは果敢に殴りかかっていくが、レオンハートは微動だにしない。
「もうやめよう。さっきも言ったけど僕はゴーレムを傷つけるのは好きじゃないんだ」
「だったらそのまま動くんじゃないある!」
どこおおん!と勢いよく叩きつけられる拳。
立ち昇る土煙が晴れた跡にレオンハートの姿はなかった。
「それもごめんだ。でも君は倒さないといくらでも向かってきそうだからね。故に出来るだけ傷つけずに勝たせてもらうとするよ」
宙を舞うレオンハート、その口にはラオカンフーの頭部が咥えられていた。
回避と同時に攻撃に転じていたのか。足を失っていたとはいえ、ラオカンフーに反応する暇も与えないとは。
『あああーーーっ! 一瞬の早技です!ラオカンフー、目にも留まらぬ動きで頭部を切除されてしまいましたーっ! 頭部を破壊されたゴーレムはルールにより敗退となります! という事は……レオンハートの勝利ですーーーっ!』
解説の声と共に、大歓声が巻き起こる。
拍手に包まれながら、レオンハートは眩い陽光を浴びていた。