開催、ゴーレム武闘会!
「イドという少年、ですか。……申し訳ありませんが私の記憶にはございませんね」
あの後、俺たちはすぐに解散した。
タオに用事があったのもあるが、俺もイドのことが気になってそれどころではなかったし丁度よかった。
ホテルに着くとすぐに俺はシルファにイドという少年について記憶にないか聞いてみた。
だが外れ。
俺が関わった相手は決して忘れないシルファが憶えていないということは、恐らく俺が単独で出会った相手か。
だとするといよいよ見当がつかないな。
一体何者なのだろう、そう思案しているとゼロフが読んでいた新聞を俺の前に置く。
「ロイド、お前が言っているのはもしかしてこの少年か?」
ゼロフが新聞の記事を指差すと、そこには俺が先刻見た仮面の少年、すなわちイドが写っていた。
そこにはバートラムのゴーレム操縦者として今回の大会にも出場するとでかでかと書かれている。
なになに……三年前に彗星のように現れたバートラム一の天才魔術師、今度はゴーレム戦に挑む……か。
うーん、やはり記憶にないな。
三年前って言えば、俺は錬金術に手を出してた頃だったか。
当時は引きこもって殆ど外出もしなかったし、全く接点が思い浮かばない。
「まだ子供にも関わらず、ゴーレム製造に着手するや、その点再生をいかんなく発揮。この国の錬金術を数世紀は進めたと言われている神童だよ。吾輩たちのディガーディアにもイド少年の発明した技術を多数使っており、ゴーレム操縦者としてもかなりの腕を持っている。前大会の覇者で、今大会の優勝候補の一人だな。……それでこの少年がどうかしたのか?」
「あーいや、ちょっと気になって。あはは……」
そんなすごい人物と知り合いかも、なんて言えるはずもないので笑って誤魔化しておく。
しかしそこまでの人物を忘れるはずがないんだがなぁ。不思議だ。
「ふむ、イドとロイドは同い年くらいか。ライバル心でも芽生えたのだろうか。だとしたらいい傾向だな。ロイドが錬金術師を志すのにいいきっかけになるかもしれない。大会まではまだ日数があるし、ゴーレムの操縦法を教えてもいいかもしれないな」
ゼロフが何やらブツブツ言っているのを放置して新聞記事に目を走らせていると、フェスの目玉であるゴーレム戦の対戦表が載っていた。
トーナメント表の一番下にはゴーレムの所有国と操者の名が書かれており、ゼロフ駆るディガーディアは一番左端、そしてイドは一番右端だ。
「ほう、こいつは面白ぇ。順調に行けば決勝は奴と戦うってわけだ」
「また会える、とはこういう意味だったのですね。普通に戦えばロイド様に勝てる者などいるはずもありませんが、ゴーレム同士となると……これは分からなくなってきましたね」
グリモとジリエルがトーナメント表を見て盛り上がっている。
俺が操縦するわけではないのだが……確かに楽しみだな。
「ふふふ、滾ってきたなロイド! 目指すは優勝、完璧な調整を持って臨むぞ!」
「はいっ! ゼロフ兄さん!」
いてもたってもいられず、俺とゼロフはディガーディアの元へ駆ける。
大会までは一週間、そこから決勝まで三日間、それまでに最高の調整に仕上げてみせるぜ。
◇◇◇
どん、ぱん、どん、と空砲の音が青空に響き渡る。
ゴーレム武闘会の会場はここ、バートラム中央大広場。
周りにはゴーレムの活躍を一目見ようと多くの観客が押し寄せていた。
各ゴーレムは事前に広場に設置され、誰にも見られないよう暗幕の中で整備している。
そして本日ようやくそれが取り払われるのだ。
「すみませーん、そろそろ時間ですので暗幕を取り払いますがよろしいですかー?」
暗幕の外で声が聞こえる。
どうやら時間切れのようだ
「わかっている。すぐに出る」
声を上げ、立ち上がるゼロフ。
時間ギリギリだが、何とか調整は完了した。
俺もまたゼロフに続き外へ出る。
うっ、久しぶりの太陽の光が眩しいな。
ずっと暗幕の中でディガーディアの整備をしていたので、光が目に沁みるようだ。
ゼロフも同様らしく、顔を顰めている。
「あー……眠いなロイド」
「えぇ、でもその甲斐あって万全とも言える仕上がりになりましたよ」
「うむ、我らがディガーディアが太陽の元に現れるぞ」
係の者たちが暗幕を取り払うと、逆光を浴びながらもなお輝くディガーディアの勇姿が露わになる。
それを見た観客たちが大きな歓声を上げた。
整備には俺たちだけでなくアルベルトたちも加わり、何十回もの調整を行われた。
ピカピカに磨き上げられた機体は完璧と言える仕上がりだ。
ゼロフもまたそれを見上げ、満足げに息を吐く。
「うむ、何度見ても素晴らしいな。惚れ惚れする出来映えだ」
「ゼロフ兄さん、他のゴーレムの暗幕も取り払われるようですよ」
広場の各所で暗幕が取り払われ、他チームのゴーレムも左から円を描くように姿を現していく。
――雄牛のような二本角を頭から生やし、分厚い毛皮を羽織ったゴーレム。
巨大な斧と盾が勇猛な戦士を思わせる。
――長い金髪を二つに束ね、長いスカートを履いた女の子……を思わせるような風体のゴーレム。
持っているのは杖だろうか。何とも言えぬ異色さを放っている。
――巨大な魚を模した姿のゴーレム。
魚の口の中に顔があり、下半身はまんま魚だ。
両手に持った三つ又槍でバランスを取っている。
しかし何故魚……地上戦が出来るのだろうか。
――巨大な翼を持ち、他のものよりも細く小柄なゴーレム。
鳥の顔面に強靭な脚と鋭い爪を持っている。
もしかして飛べるのだろうか。期待大だ。
――まるで城のように巨大なゴーレム。
城壁のように組み上げられた巨岩の塊は古典的ゴーレム像を思わせる。
地面に突く程の巨腕がいかつい。シンプルに強そうだ。
――武闘家のような細身のゴーレム。
細身というか、どうも他のゴーレムと駆動系が違うように見える。
というか足元にいるのはタオとその祖父じゃないか?
一体どういうことだろう。後で聞いてみるか。
――そして、最後は獅子の姿をしたゴーレム。
黄金の立て髪としなやかな体躯、すらりと伸びた両手足から伸びる鋭い爪。
恐ろしく無駄のないボディバランス。かなりの機動力がありそうだ。
「……ん?」
その足元に立つイドが観客に向けて手を振ると、おおおおお! と、今日一番の歓声が会場を包む。
「ふん、あれがイドのゴーレムってわけですかい。しかしすごい人気ですな。流石は前大会優勝者ですぜ」
「それだけでもなさそうだ。他のゴーレムと比べても、一段と出来が良いように思える。大きな口を叩くだけはあるようですね」
「おう? あのガキ、生意気にもガンつけてやがるぜ? 舐めくさりやがってよぉ……!」
「ふむ、受けた視線を外すのは負けを認めるも同じ。我が全霊をもって応じるとしましょう」
グリモとジリエルが睨み返すが、イドは全く動じる様子はない。
というかイドは俺を見ているようだ。
自分のゴーレムを見せつけて、どうだ? とでもいいたいのだろうか。
確かにいい出来だが俺のディガーディアも負けてないぞ。
俺の意を悟ったのか、イドはまた微笑を浮かべる。
――決勝で会いましょう、そう言った気がした。
「やれやれ、ずいぶんと余裕そうだねぇ?」
すぐ横から声がした。
貴族風の男が俺とディガーディアを見て鼻で笑う。
「私はルゴール、君たちの初戦の相手だ。君のそのゴーレム、確かにかなり強そうだが……私のマギカミリアには強さも美しさも到底及ばないな。ま、せいぜい引き立て役として頑張ってくれたまえ! はーっはっはっは!」
高笑いしながら去っていくルゴールとやら。
何やらブツブツ言っていたが一体何だったのだろうか。まぁ何でもいいか。イドとのゴーレムバトル、楽しみだな。