新たな合金を作ります
「というわけで、新たな合金を作ってみようと思う」
今はもぬけのからとなっているディアンの工房にて、俺は一人のメイドを呼び出した。
紫色の髪を短く整え、浅黒い肌にくりっとした目の少女の名はレン。
かつて暗殺者ギルドに所属していたが、色々あって今は俺のメイドとなっている。
「合金……ってそんなのどうやって作るの? ボクに手伝える事なら何でもするけどさ」
きょとんとするレンの質問に、俺は答える。
「レンの能力を使う」
レンの能力は自身の魔力を変換し、毒を生み出すというもの。
言い換えれば目に見えない極小の物質を操り、新たな物質を生成するということである。
すなわち使いこなせば毒だけでなく様々な物質を生み出すことが可能だ。
現在は俺の教育により能力の幅をは広がっており、一部の薬品などが作れるようになっている。
この能力を使えば、新たな合金も作り出せるはずだ。
「えぇー……無理だよ。やったことないもの」
「俺のために何でもやってくれるんじゃなかったのか?」
「うっ……! そ、それはそうだけど……」
レンはぐっと顔をしかめた後、諦めたようにため息を吐いた。
「…はぁ、わかったよ。わかりました。でもボクには金属の生成なんて出来ないよ?」
「レンにやってほしいのは生成じゃなく測定さ。物質理解の為に液体を舐めたりするだろう? その要領でこれらの金属の硬度を測定し、数値化して欲しい」
そう言ってレンにいくつかの金属板を渡す。
現状使っているカタコント合金より硬いものを作り出さねばならないなら、まずはその成分を数値化することが必須である。
とにかくたくさんの合金を作り、それを片っ端からレンに測定させればいい。
「その合金って誰が造るの?」
「もちろん俺だよ」
手にした素材を合わせるとパチンと火花が爆ぜ、混じり合った。
錬金系統魔術『物質合成』、固体同士を混ぜ合わせて新たな物質を作り出すというものだ。
魔力消費が大きいので乱用は出来ないが、これを使えば高速で合金を作り出せる。
さて、やるとするか。いい合金が生み出せれば、他にも色々な使い道がありそうだな。
俺は机に並べた無数の素材を手に、作業に取り掛かるのだった。
「んー、むむむ……はむはむ。ぺろり」
難しい顔で金属板を撫で回したり噛んだりするレン。
物質への深い理解を得るには味や触感、匂いなどを調べるのが一般的だ。
ちなみに液体の構造を調べる時も同様の方法で行っている。
「ぐおおおお! さ、三十種類だオラァ!」
「ぬぬぬ……なんの、こっちは三十一種だぞ!」
そしてこちらの方では、グリモとジリエルにも合成をやらせている。
二人は普段からライバル心剥き出しなので、競い合うように合成に励んでくれている。
素材の組み合わせは一万を優に超えるからな。俺一人だとさすがに時間がかかる。
「……おいおい、合成速度が異常に早くねぇか!? こちとら三十でゼェゼェ言ってるのに、もう五百種以上は作ってるぞ!?」
「詠唱速度もそうだが、魔力の底がなさ過ぎる……『物質合成』は魔力消費が激しいので我々では数回発動させただけで魔力が切れて休憩を挟まねばならないというのに、ロイド様は全く手を止めていない。恐ろしい方だ……」
二人は何やらブツブツ言っている。
どうでもいいが口より手を動かして欲しいんだけどな。
それから一時間ほど経っただろうか。
ようやく全種類の合成が終わった。
「ふぅ、思ったより時間がかかったな」
一つずつ手作業で行わなければいけない大変な作業だった。
魔術もそうだが、こういった技術は地道な努力に支えられているのだな。
「全然地道じゃねぇと思いやすが……なんなら十段飛ばしくれぇの発展速度でしたぜ」
「えぇ、今回の作業で錬金術の歴史を何世紀早めてしまったのやら……」
「ははは、そんな訳ないだろ」
全く二人とも大袈裟である。
出来た合金の中から使えそうなものを選んだが、それでも数百種以上だ。
これを測定するレンは大変である。
「大丈夫か? レン」
「多分……」
だが俺の心配をよそに、レンは集中していた。
俺が合成していた間に自分なりのやり方を見つけたようで、次々と金属に触れていく。
見ればその金属は、うっすらと溶けていた。
「なるほど考えたな。毒で溶かして成分を抽出しているのか」
「うん、液体の方がボクには慣れているからね。何でも自分の得意な分野に持っていくのは物事の基本だ。運動も学問も、魔術だってそう。だから出来ることを増やし、得意分野を高め、そこで勝負をしろ……ってロイドがいつも言ってるもんね」
得意げな笑みを浮かべるレン。
確かに言ってはいたが、それを自分で考えて実行に移せるとは大したものだ。
わかっていても中々出来ることではない。
「頭を使ったな。偉いぞレン」
「えへへー」
俺が褒めるとレンは花のように笑った。
「ともあれ、これで相当効率化出来そうだな」
「うん、任せておいてよ!」
レンは誇らしげに胸を張る。
ふむ、だがそれでも一人でやったらかなり時間がかかるだろう。
どれどれ、俺も手伝うとするか。
金属を周囲に並べ、風系統魔術『風切』を最弱まで弱めて発動させる。
錐のように鋭く尖った小さな竜巻が用意した金属板にゆっくりと触れ、カリカリカリカリ、と金属を削る音が聞こえてきた。
「ずいぶん弱っちぃ魔術ですな。ロイド様らしくもねぇ」
「ふむ、少しずつ圧を加えているようですね。これは何をしているのですか?」
「強度測定さ。一秒に一段階ずつ圧を上げている。壊れた時がその金属の強度限界というわけだ」
一つずつでは時間がかかるし、とりあえず風の刃を三百枚出して同時に測定していく。
しばらくするとパキン、パキンと脆い金属から割れ始めた。
「うん、だいぶ減ってきたな」
あっという間に合成金属の数は半分以下になってしまった。
そう言っている間にも次々と割れていく。
更に時間が経過し、ついにカタコント合金にヒビが入った。
どうやらこの辺りが限度のようである。
残った他の金属も時を置かずして殆どが砕け散る中、一つだけ耐えているものがあった。
「おっ、一つだけ残ってやすぜ」
「まだまだ割れる気配がありませんね」
「あぁ、当たりだな」
一分経過しても、その金属はまだ穴を穿たれずにいる。
俺は『風切』を解除して、金属を手に取る。
こいつは確かゴールデンスライムの粘液と黒鉛銅、赤魔粉の合成金属だっけ。
赤茶色にくすんだ金属を手に取ると、意外に軽く、そして丈夫だ。
「とりあえずこれは使えそうだな。レン、これを他のと比べてみてくれるか?」
「わかった。……うわっ! これすごく硬い! 今までのよりぶっちぎりだよ!? ボクが測定した中にはこんなのなかったもの!」
どうやらレンが調べたものよりも上のようだな。
これならゴーレムの核にも耐えられそうだ。
一度、ゼロフに見せにいくとするか。
しかし皆のおかげで思ったより早く終わったな。
仲間の力は偉大である。うんうん。
「さて、一応他のも全て測定して……ってもうなくなってる!? あれだけ残ってたのに全部ロイド一人でやっちゃったの!? ……はぁ、やっぱりロイドはすごいなぁ。ボクが力になれる事はまだまだ少ないや」
「あの小娘がやった分の数倍が一瞬で……俺様たちがやったのは何だったんだ。全くよぅ」
「うむ……我々の手伝いなどロイド様の一割ですらない。結局一人で十分だったのではあるまいか」
三人が何やらブツブツ言っているが、まぁあまり気にしなくてもいいか。
ともあれ作業を終えた俺は、工房へ戻るのだった。