エピローグ
「ええっ!? 私を次の教皇様にですか!?」
俺の言葉を聞いたイーシャが目を丸くする。
あれから数日後、俺は教会へ赴きイーシャを尋ねた。
そしてお願いしたのだ。教皇になって欲しい、と。
「うん、色々あって空席になってるから、どうかと思ってさ。イーシャは歌い手としても人気もあるし、悪くないと思うんだけど」
「いやいやいやっ! そんなの不可能に決まってるじゃないですかっ! 私に教皇様なんて務まるはずがありません!」
ブンブンと首を左右に振るイーシャ。
うーむ、やはりイーシャの性格では快諾しないか。
ダメ元でこんな事を頼みにきたのには理由がある。
あれから毎日毎日、信徒たちが俺に会いに来ては教皇になってくれと嘆願するのだ。
これには参った。あれは俺じゃないと何度言っても、いいえ、あなた様に間違いありません! 是非我々を導いてください! ……なんて涙ながらに訴えてくるのだ。
何度か押し問答をした結果、俺が次の教皇を選ぶという事でとりあえず納得してくれた。
教皇ってそんな誰でもなれるのかよと思ったが、皆で支えるし、俺が選んだ人物なら文句も言わないらしい。
というわけでイーシャに頼んでいるわけだが――
「絶対無理ですっ!」
……と力強く否定されてしまった。
俺としては知り合いでもあり、しかも魔術に興味のないイーシャが教皇になってくれれば、教会のツテで手に入れた神聖魔術の本なんかをホイホイ見せてくれそうでとても嬉しいのだが。
「ロイド様、いくらなんでもこんな普通の女に大量の信徒を束ねる教皇は務まらないですぜ。断られるのも当然でさ」
「むぅ、いかにイーシャたんと言えど教皇の座は荷が重いと言わざるを得ないでしょう。いえ、そうなれば無論私も全力で推しますが……」
グリモとジリエルが苦言を呈す。
確かにイーシャの性格的に、教皇になって欲しいと言われてはいそうですかと受けるとも考えにくい。
そう思っていたからこそ、俺は秘密兵器を連れてきている。
俺の後ろで控えていたサリアが一歩踏み出す。
「ねぇイーシャ、私と初めて会った時のこと、憶えてる?」
「サリア!? ……えぇと、確か教会の演奏会でした、よね」
少し考えて、イーシャが答えた。
「おおっ! それならよく憶えていますよ! 十年前、サリアたんの伝説が始まった日ですね! 子供とは思えない素晴らしき演奏に皆が咽び泣いていたものです! 私も思い出しただけで涙が……」
ジリエルが思い出に浸り、涙ぐんでいる。
どうやらサリアの演奏は昔からすごかったらしい。
「あなたは演奏を終えて帰ろうとした私に声をかけてきたわよね。目をキラキラさせながら、今の演奏すごかった! 私にも教えて! ってさ。まぁ私は教えなかったけど」
教えなかったのかよ。冷たい。
遠い目をしながらサリアは続ける。
「……でも、あなたは諦めなかった。何度無視しても私が演奏している横で気にせず歌い始めるんだもの。何だろうこの子はって思ったわ。――でも、何故だか嫌じゃなかった。気づけば私の隣には、いつもあなたがいた」
そう言ってサリアは歩き出す。
向かう先はピアノだ。
そっと椅子を引いて座ると、鍵盤に指を滑らせていく。
ぽろん、ぽろろん、と室内に美しい音が響き始めた。
突然の行動に目を丸くするイーシャだったが、不意に何かに気づいたかのように歌い始めた。
――♪
古い歌だった。子供が好んで歌うような童謡。
しかし二人の演奏にかかれば、それは既に別次元に昇華されたものである。
繊細で、荘厳で、伝統と格式さえ感じさせるような曲調。
ステンドグラスに照らされ演奏する二人の姿は美しい絵画のようだ。
俺は言葉を失い、その様子を見つめていた。
――♪
しばし余韻に浸りながら、今度はイーシャが口を開く。
「あの時の歌……思い出しましたよサリア、私が歌う理由、それは世界中に私の歌を届ける為――」
こくり、とサリアが頷いた。
「以前、私はあなたに聞いたわ。なんで私と一緒に歌いたいの? と。そうしたらあなたは、私の歌にあなたの演奏を乗せれば、聴いてくれる人はもっと増える。教会に入ったのも出来るだけ多くの人に私の歌を聴いてもらう為。そうやって少しずつ聴いてくれる人を増やしていって、いつか世界中の人に歌を聴いて貰うの! その為に私は歌っているのよ! ってね。なんて自分勝手な子だろうと呆れたけれど、同時にすごいとも思った。目的のためには手段は選ばない豪胆さ、まっすぐに前を見つめる瞳。――そんなあなただから、私は今まで共にいたのよ」
「……そう、でしたね。幼き日の言葉で少々恥ずかしいですが……」
照れ臭そうに頬を赤く染めるイーシャ。
「いいじゃない。なっちゃいなよ教皇に。そうしたら世界中にイーシャの歌声が届く日も随分近くなるわよ。そしてその時は私が隣で演奏をしてあげるから、安心なさい」
「サリア……」
サリアの言葉にイーシャは涙ぐむ。
そして、頷いた。
「……わかりました。私、なります。教皇に」
まっすぐに前を向くイーシャ。
その表情は希望に満ち溢れていた。
◇◇◇
「それにしてもサリア、よくあんな昔のことを憶えてましたね。私はすっかり忘れていましたよ」
「忘れるわけないじゃない。……あなたはその、私の数少ない友人なんだから」
照れくさそうに頬を掻くサリアを見て、イーシャは嬉しそうに口元を緩める。
「サリアっ!」
サリアに抱きつくイーシャ。
「わ! な、なに?」
戸惑うサリアに、イーシャはだらしない笑みを浮かべる。
「なんでもありませんっ! えへへっ」
「んもう」
サリアは少しだけ困ったような顔をしつつも、それを受け入れるように腕を回す。
互いに抱き合うその姿は、まるで仲の良い姉妹のようだった。
「おおおおお……っ! サリアたんとイーシャたんが抱き合って…なんだこれは、素晴らしい。そして美しい……! まさに奇跡、神はここにいた!」
むせび泣くように声を震わせているジリエル。
何か知らんがかつてない程にキモい。
「ロイド様、大丈夫なんですかい? こんなキメェ奴を側においちまってよぅ。見てくだせぇよあの下品な顔をよ」
「うーん、でも神聖魔術を使う為には仕方ないしなぁ」
キモいのは同意だが、基本的には悪い奴ではなさそうだしな。多分。
それに天界の知識とか、色々便利そうではあるし。
ともあれ、イーシャが教皇になってくれそうだしよかったと言ったところか。
◇◇◇
大歓声に包まれる中、イーシャの戴冠式が行われた。
本来ならば前教皇から賜るもののだが、何故か俺がやることになった。解せぬ。
跪くイーシャに冠を被せると、美しい金髪がふわりと揺れる。
立ち上がったイーシャが信徒たちに手を振ると、新たな教皇の誕生に大歓声が巻き起こった。
やれやれ、これでひと段落といったところか。
しかし魔術を求めて新たな教皇の誕生に立ち会うとは、妙な繋がりが出来てしまったものである。
それにしてもやはり魔術というのはやはり奥が深い。
神聖魔術に魔物の合成か。
まだまだ底は見えないが、それもまた良しである。
新たな
――次は何をやろうかな。
俺はワクワクしながら、新たな教皇を祝福するのだった。
これにて第三部完となります。
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