FASHION / TREND & STORY

ミウッチャ・プラダ──事実上、最後の単独インタビュー。

ファッション界をリードするミウッチャ・プラダを駆り立てる生涯のモチベーションとは何なのか。女性のエンパワーメントや最新コレクションで表現した女性らしさとは? などを、率直な言葉で語ってくれた。

単独デザイナーとしてミウッチャ・プラダが行う事実上最後のインタビュー。

2020年2月21日。ミウッチャ・プラダのオフィスに足を踏み入れた私は、これから行うインタビューが歴史的なものになろうとは、予想もしていなかった。偶然か宿命か──ただ形容しがたい何かに導かれて、ファッション界、世界、そしてミウッチャ自身にとって尋常ならざる時期に彼女の心の戸口に立ったのである。このタイミングのおかげで、当日の日付は私の脳裏に永遠に刻まれた。2日後には、ラフ・シモンズを共同クリエイティブ ディレクターに迎えるという革命的な一歩にして世界を震撼させる前代未聞の革新的出来事が発表されることとなる。そして、コロナウイルス危機……。

つまり、このインタビューは、自ら35年間にわたって築き上げ、その驚異的な才能を土台に成長を遂げた世界的企業にしてメゾンの単独デザイナーとしてミウッチャ・プラダが行う事実上最後のインタビューとなる運命にあったのだ。その内容は、ミュウミュウ(MIU MIU)やミラノにある巨大な現代美術の複合施設「プラダ財団」から、彼女が企画したあらゆる文化的プログラム、そして彼女がファッション界にもたらす多大なる影響力にまで及んでいる。ミウッチャを訪問したのは、ミラノ本社で最後の単独ショーとなるウィメンズのショーが発表された翌日のこと。まさに、記憶に鮮やかに残る体験だった。客席から見下ろすのは、階下に沈んだ中庭2つを行き交う女性たち。彼女たちはテイラードジャケットやフリンジスカートをまとっている。まるで闘技場で観覧しているようで、私の目に女性たちは剣闘士のように映った。その後、バックステージでレポーターの群れに囲まれたミウッチャによる次の言葉をとらえた。

「女性らしさとは何か、さらなる力強さとは何かといった問題に対峙する女性たち。本来、女性らしさは、それ自体強みになりうるという考えを提起しました。女性らしさを忘れる必要はありません。私が普段は苦手としている性的な魅力を、一つの道具として用いたのです」

今回のインタビューが特別な機会となるであろうことは、あらかじめ承知している。最近、ミウッチャがジャーナリストと一対一でインタビューを受けることは滅多にないからだ。ともあれ、私はインタビューが実現しないのではないかと気を揉んだ。と言うのも、5月に日本でクルーズショーを開催することを理由にこの申し入れを受けてくれたのに、当のショーがコロナウイルスの影響で中止になってしまったからだ。ところが、寛大にもミウッチャは予定通りに進める意向を示し、プラダ本社にある白を基調としたミニマルでインダストリアルな雰囲気のオフィスに私を招き入れ、長い亜鉛製のミーティングテーブルを挟んで1時間にわたって驚くべき会話を繰り広げてくれた。

早春のイタリアの陽光が降り注ぐなか、ミウッチャは仕事用の制服とも言うべきペールブルーのシャツに飾り気のないネイビーのカシミアセーター、そして細身のクロップドパンツに身を包んでいた。セーターの首まわりを飾るのは、巨大なダイヤモンドをちりばめたヴィンテージのアールデコ調ネックレスで、公職の要人が正装時に着用する首飾り並みに大ぶりの壮麗な一品を、ミウッチャらしくカジュアルに着こなしている。幸福感と未来への明るい期待ばかりが感じられるはずの光景である。しかし、実際には世界は新たな現実によって急速に侵されつつあった。日本と中国にいるヴォーグ編集部の同僚たちは、早くも海外との行き来がままならない状況にある。ミウッチャに、クルーズショーはどうするつもりか尋ねると、「日本の社長は知識人と親交が深いので、多くの場所でさまざまな体験をするつもりだったのよ。ショーの後に、あまり知られていない穴場をめぐろうと思って。具体的な場所については、延期してしまったこともあるし、明かさないほうがいいのかしら」と答えが返ってきた。「半年後になるかもしれないけど、このウイルスの今後の展開次第ね」

それからミウッチャは、窓に目を向け、その後も繰り返し私の頭をよぎることとなる言葉を放った。「今日、ミラノ郊外の小さな街で感染者一人が確認されたとの報道があったのよ」。彼女が心配そうにしていたのも、無理はない。これこそが、その後ウイルスによってロンバルディア州が破壊されることを示す初の兆候だったのである。その日から4週間と経たずに、ミウッチャと夫パトリッツィオ・ベルテッリはプラダ(PRADA)の力を活用して国の緊急事態に立ち向かうべく行動を起こし、ミラノ市内各地の病院に呼吸器集中治療ユニットを6台寄付した。さらに、プラダは医療従事者に配布する医療用全身防護服8万着とマスク11万枚の生産を開始したという。

これには、誰もが意表を突かれたことだろう。しかし、常に世界情勢を気にかけてきた女性の責任感あふれる性格がうかがえる出来事である。さて、このように奇妙な過渡期にあって、ミウッチャは真剣に、注意深く耳を傾け、時折、話を中断して的確な英語の表現を探しながらインタビューに応じてくれた。最初に話題に上ったのは、長年にわたり日本に関心を寄せ続けることとなったきっかけである。

ミウッチャ・プラダと日本を繋いだきっかけとは。

2020年2月20日に開催されたプラダのショー会場。2つ並んだ箱庭のようなランウェイの中央には、世界を両肩で支えるアトラスをコンセプトにしたトリックアートが置かれていた。Photos: Courtesy of Prada

「昔から、日本文学を通じて日本文化に強く惹かれていました。いつの時代でも高く評価されている作家の紫式部による名作『源氏物語』を読み、色彩や花々、そして一つ一つの仕草に込められた意味に、すっかり魅了されたのです。私には、そのような伝統は非常に興味深いものに思えました。三島はもちろん、とにかく多くの作家の作品を読みました。こうして、私は本を通じて日本文化を好きになったのです」

先日、ミウッチャはロンドンのデザイン・ミュージアムで開催予定の回顧展に備え、自らのアーカイブを振り返り、数年分もの作品を見返したと言う。「2013年春夏コレクションは、日本の花々をテーマにしたもの」だとか。ヘルツォーク&ド・ムーロンに設計を依頼した壮麗なる青山エピセンター・ストアが2003年に完成してからというもの、ミウッチャと東京、そして日本文化を繋ぐ無数の糸は、密に編み合わされてきた。東京のエピセンター・ストアから出発した2004年の巡回展「ウェイスト・ダウン」は、スカートをはく楽しさや歓びをテーマにした内容で、エキシビションとショッピングのコンセプトの融合を狙ったミウッチャによる初の「実験」である。

一方、ミウッチャが例に挙げる事柄は、いずれも、はるか昔の少女時代にまで遡る日本文化との長い関係性にまつわるものである。ふと何かを思い出して、彼女は笑った。「そう言えば、下駄を履いていたこともあったわ。騒々しく下駄を鳴らして、ミラノの街を歩き回ったりしてね!」

共にひとときを過ごすなかで、我らの時代における最も偉大な女性の思想的指導者が、生涯のモチベーションや、知識に関する緻密で問いに満ちた探求、そして自らが女性に向けるメッセージについて、個人的に、深く掘り下げながら、力強く語ろうとする姿を目の当たりにして、私は感銘を受けた。後に、近々ラフ・シモンズに関する報道が出ると教えてくれなかったことを不可解に思いもした。報道が出るまで口外しないよう、私に機密保持契約を締結させればよかったではないか。しかし、今は、そうしないでくれて良かったと思っている。おかげで、私たちの会話は彼女に関することに終始する内容となった。何よりも私の頭に深く刻まれたのは、「今こそ、意義あることに価値を置くべき」という彼女の言葉である。

プラダ(PRADA)のコレクションの「意味」するところをひもとく作業は、なかなかデリケートだ。とは言え、実のところ、その意味は明白──衣服とは、社会のあらゆる物事を運ぶ装置であり、社会こそが、ミウッチャがプレイの場とする広々と開けたフィールドなのである。秋冬コレクションのセットの壁は、ウィーン分離派を思わせる花柄の壁紙で覆われていた。「当時は、芸術家や職人、労働者、知識人が一丸となって、良きものを生み出していた時代でした」

このメッセージは、大量生産と過剰消費の時代に生きる私たちの心を鋭く打つ。「私の主な関心事は、創造性と手工業の連携。そして、職人技の価値設定。職人の情熱や手仕事が、くだらない芸術よりはるかに勝っていることだってあるのよ」とミウッチャは、きらりと目を光らせる。そして、「19世紀におけるアーツ・アンド・クラフツ運動は、ぞんざいな物づくりを行う工業化への抗議でした。現在の私も、きっと何かに対して抗議しているんでしょうね。出来の良し悪しなど、誰も気にしていないってことに」と笑う。

「基本的に、私は無知に対して批判的」。

プラダの2020-21年秋冬コレクション

ここで、ミウッチャは「Me Too」運動が始まった頃に発表され、その問題を真っ先に取り上げた2018年春夏コレクションに触れ、かつて、こんな時代もあったと思いをめぐらせた。「夜間に、女性が裸同然の格好でひとり気ままに出歩いても、誰も気にしなかった。ところが、なぜか私たちはますます体を隠すようになっています。60年代は、皆、ミニスカートやシースルーのトップスなどを着て半裸同然で外出していたのに。現在では、とても無理でしょう」。さらに、新作コレクションではパワードレッシングについて考察している。今回も、彼女が重要視しているのは、常に知性で自らを武装すること、そして女性らしさが二面的な力である事実。「男性のようなパワードレッシングを行うのは、たやすい。でも、私が興味があるのは、いかに女性らしさを力強さに変えるか。なぜ、女性は社内会議にセクシーな格好をして出席してはいけないの?  賢く、男性より知識があって、自分の考えに自信があるなら、極端な話、裸のような格好で出席したっていいはずよ」

ミウッチャは、自らの人生経験を通じて、どんな人が相手であれ自分の声で主張することが大切なのだと、若い女性に教えたいと言う。「私は、幼い頃から賢く教養のある知的な人々に囲まれて育ちました。最初の頃は、いつも黙っていたわ。何を言えばいいのかわからなかったから。そこで、勉強や読書、映画鑑賞を通じて、少しずつ知識を蓄えていったのです。知識が増えれば増えるほど、話せるようになりました。今では、すごくお喋りよ!」と大きな笑い声を上げ、次のように続けた。「うちに若い女の子が来ると、こんな話をすることもあります。21歳のあなたが、すごくセクシーな格好をしてディナーに出かけたとして、誰よりも政治や文学、芸術、サッカーに詳しかったとしたら?  あなたの教養の豊かさに、皆、衝撃を受けるわよ。その夜は、女王様のように崇められること間違いなし!」

これは、ミウッチャが若い女性に心得てほしいと切望する重要なメッセージであり、若い女性向けのトークショーや集いの場を持つブランドとしてミュウミュウ(MIU MIU)を構想した理由でもある。「若い女性を引き付けるからには、より得るものの多いブランドにする方法を見出したい─文化的な意味で得るものが多いという意味でね!」

ミウッチャ・プラダを未来へと押し進める原動力とは。

プラダの2020-21年秋冬コレクション

では、次に考えていることは?  ラフ・シモンズの加入に伴う変化を迎えようとする今、ミウッチャは、よりクリエイティブな挑戦、両者の間により多くの火花が飛び交い、共に新たな発想を生み出す楽しさに火がつくことを心待ちにしている。一方、息子ロレンツォ・ベルテッリは、マーケティングとコミュニケーション部門を率いるなかで、持続可能性の実現に向けたあらゆる改善に取り組んでいる。「リナイロン」プロジェクトの責任者も務め、第1弾として再生ナイロン製のバッグからなるカプセルコレクションを発表。現在は、2021年以降、プラダ(PRADA)のすべてのナイロン生地に、持続可能な資源を原料とした糸を使用するという誓いの実現に向けて動いている。また、プラダ(PRADA)は毛皮の使用も廃止した。「おかげで、創造力が高まったわよ!」。こう言って、ミウッチャは、新作コレクションのコートを指さした。一見毛皮のようだが、「実は、シアリング製。美しく見せる方法を考えなければならないので、独創的なアイデアがたくさんひらめいたわ。美しいハンドペイントを施す方法を考えねばなりませんでした。将来、さらに進化するために、さまざまな研究をしているところよ」。

そろそろ時間だ。最後の質問。未来を考えたときに、今後も変わらず自分をわくわくさせるものとは何だと思う?「唯一興味があるのは、学ぶこと。もはや、なんでも好きな服を着るわけにもいかないし、スポーツや娯楽を楽しむ機会も減るし、年齢を考えると恋愛を楽しむ時期も……」と笑いながら、「おしまいかしらね。そもそも、私は若い頃から、学ぶことによって他人より優位に立ちたいと考えていました。それが自分の糧になったし、社会と関わっていたかったから。今は、そこを新たに開拓したい。プラダ財団でも、意義のあることに関するエキシビションを行いたいと考えています」。

ミウッチャは、驚異的な力を持つ人物であり、その影響力はファッション界を超え、はるか先にまで及ぶ。それが事実であることは、この数カ月の間にさまざまな形で証明されている。「重要なのは、目的を持つこと」。ミウッチャは、インタビューを次のように締めくくった。「夢を見ることに興味はない。実現できる夢が好き。何かを考えたら、それを実現させたい。世界が大変な状況になっている今だからこそ、実用性、そして答えに焦点を当てるべきなのです」

Profile
ミウッチャ・プラダ
ミラノ生まれ。国立ミラノ大学にて政治学の学位を取得後、1913年に祖父のマリオ・プラダが創業したプラダ社でアクセサリーデザインを始める。70年代後半パトリッツィオ・ベルテッリとの出会いにより世界的な展開を促進させる。2人の息子がいる。2004年、CFDA国際賞受賞、2005年、タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」選出、2012年The Metで「スキャパレリとプラダ」展開催などその影響力は多大。

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Portrait Photo: Brigitte Lacombe   Catwalk Photos: Gorunway.com Interview & Text: Sarah Mower   Editor: Saori Masuda