お迎えが来ました
チリのようになって消滅していくギザルム。
それをしばし見送っていると、ふと声が聞こえた。
「ありがとう、レンを、皆を頼む」
そんな優しい声だった気がする。
「どうしたんですかい、ロイド様」
「あぁ、いや。何でもない」
吸魔の剣で吸い取った空間転移の術式、あれはどこか優しさを感じるものだった。
複雑な構成の割に読みやすく、非常に理解しやすい、読む者に優しい術式。
あれだけ丁寧だったからこそ短時間で読み解くことが出来、それに対応する術式を組み上げる事が出来たのだ。
これだけの術式を組み上げるとは……ジェイドか。一度話してみたかったな。
感傷に浸っていると、外が騒がしいのに気づく。
「ロイド様! 外が大変なことになってやすぜ!」
やべっ、そういえば逃げた魔人兵士どもをほったらかしだった。
レンたちと戦っているのだろうか。
だとするとあまりに多勢に無勢、早く何とかしないとヤバい。
慌てて窓から身を乗り出す。
「……なんだこりゃ?」
眼下を見れば、そこでは魔人兵士たちに火の雨が降り注いでいた。
混乱する魔人兵士たちに追撃をかけているのは、数十人のどこかで見覚えのある騎士たち。
彼らが剣を振るうたび、炎が舞い雷が落ちる。
「いけ! 敵を逃すな!」
勇ましい声を上げているのは……アルベルトだった。
騎士たちが手にしているのは俺が作った魔剣だ。
「放て!」
アルベルトの指揮で、騎士たちが一斉に剣を振り下ろす。
発動した魔術の束が天から降り落ちて、魔人兵士たちを焼き尽くしていく。
こりゃ凄まじい威力だ。魔術は同時に放つ事でその威力は二倍にも三倍にもなるのは合成魔術で実証済み。
それはもちろん魔剣でも同様だ。
部隊規模で放たれた魔剣の威力は押して知るべし、である。
炎が、雷が降り注ぐたび、魔人兵士たちは吹きとび、倒れ、ボロボロになっていく。
「なぁグリモ、あいつら一応魔人なんだろ? 魔人に魔術は効かないんじゃなかったのか?」
「奴らは魔人の中でも最下位である十級ですからね。その上人間の身体をベースにしてるから、剣で斬っても死ぬでしょうぜ。あんな魔術を喰らったらひとたまりもないでしょうな」
ふむ、魔人といえども級位によってはそこまでではないんだな。
普通の人間よりは強いのだろうが、アルベルト率いる魔剣部隊には手も足も出ないようである。
「くそっ! 狙うなら指揮官だ! あの優男を狙え!」
炎の隙間を縫って、数人の魔人兵士たちがアルベルトに突っ込んでいく。
だが連中がアルベルトに辿りつく寸前、一陣の風が吹いた。
どがががん! と衝撃音が鳴り響き、吹き飛ばされる魔人兵士たち。
土煙が消えたその場に立っていたのは、拳を構えたタオだった。
「アルベルト様、危ないところだったね!」
「あ、あぁ。ありがとう」
「ふひひ、やはりアルベルト様はイケメンあるなぁ。無理してついてきた甲斐があったよ。こうして恩を売れば親衛隊に取り立てられたりするかも……! そしたら玉の輿も狙えるある♪」
タオが邪悪な顔でニヤニヤ笑っている。
多分アルベルトが街を出る時に偶然出会って、半ば無理やりついてきたんだろうなぁ。
何というか逞しい。
「うおおおおお! ぶっ飛びやがれえええええ!」
魔剣部隊の放つ大魔術に匹敵するような炎の渦が立ち昇る。
あれはディアンだ。
なんでついてきてるのかわからんが、俺の作った魔剣を振るっている。
「行ってちょうだいリル!」
「ウォォォォォン!」
咆哮と共に銀狼が戦場を駆ける。
そのたびに跳ね飛ばされる兵士たち。
銀郎の背中に乗っているのは、アリーゼだ。
おいおい、なんで二人がこんな所にいるんだよ。
「ロイド様、ご無事でしたか!」
扉から聞こえる声に振り向くと、シルファがいた。
その傍らにいたシロが凄い勢いで駆けてくる。
「オンッ! オンオンオォォーーンッ!」
「うわっ!? お、おいシロ!?」
思い切り飛びつかれ、押し倒される。
「くぅーん、くぅーん」
「こら、くすぐったいって」
ペロペロと顔を舐められながら、俺は起き上がる。
シロはハッハッと息を荒らげながら、つぶらな目で俺を見つめる。
「もしかして、俺の匂いを追ってきたのか?」
「オンッ!」
そうだ、と言わんばかりに大きな声で映えるシロ。
「えぇ、その通りでございます」
シルファがそう言いながら、俺を睨みつつ歩み寄ってくる。怖い。超怖い。
「今朝、シロから叩き起こされて連れて行かれた先、ロイド様のお部屋はもぬけの殻でした。慌ててアルベルト様に報告しましたよ。城中を捜索しましたが見つからず、その間もシロはずっと南の方角、つまりここを向いて吠え続けていました。これは何かが起こっているに違いないとアルベルト様は部隊をまとめて出撃しようとしたのです。するとディアン様とアリーゼ様もご一緒なさると申されまして……」
「こんなことになったと……」
しまったな。せめて分身の一つでも置いてくればよかった。
まさかここまで長丁場になるとは思わなかったからな。
夢中になるとつい色々と抜け落ちちゃうんだよな。反省反省。
「全く、ロイド様の事はわかっていたつもりですが……今回の事態、私の想定をはるかに超えていましたよ。ふふ、ふふふふふ……」
「し、シルファ……?」
やべ、怒られる。俺は近づいてくるシルファを前に、思わず目を瞑った。
「流石でございます。ロイド様」
だがシルファの言葉は俺の思いに反したものだった。
恐る恐る目を開けると、シルファの後ろには目に涙をいっぱいに溜めたレンがいた。
「事情はこの者に聞きましたよ。ロイド様の噂を聞きつけたこの者たちが夜中、嘆願しに来た。ロードスト領主の部下である彼らは主の蜂起を知り、止めて欲しいと言ったところでしょうか。ロイド様はその願いを聞き入れ、共にこの邸へと乗り込んだのですね。しかし現れたのは領主の姿をした悪魔。反乱分子をおびき寄せる罠だった。にもかかわらず見事にそれを討ち倒すとは……このシルファ、感服いたしました」
「あ、あー……まぁ、ね……」
思わず愛想笑いが漏れる。
どうやら俺が逃がした後、レンは誰かに助けを求めたのだろう。
そこへアルベルトたちがいて、こうなったわけだ。
それにしても咄嗟にしては上手い言い訳である。
レンの奴、誤魔化してくれたようだな。
「ロイドぉ……うっ、ひぐっ……無事、だった……うぅ……」
「おい、レン……?」
「ボク……夢中で……この人たちがいて、助けてって……ひっく……死ななくて……ほんと……よかっ……た……」
……いや、こんなまともに喋れない状態ではそれは無理か。
恐らくシルファが言葉の断片で読み取ってくれたのだろう。
おかげで上手く誤魔化せたが、その分すごく誤解されてる気がしなくもない。……まぁ結果オーライだ。うん。
「領主を殺し身体を乗っ取ったその手管、恐らく魔人だったのでしょう。それを単独で倒して除けるとは、ロイド様の成長は私の想定の遙か上をいかれておられる。それだけではありません。アルベルト様だけでなく、ディアン様にアリーゼ様までが危険を冒してまでロイド様を助けに馳せ参じるとは、人望までもあるとは。あぁ、素晴らしいですロイド様……!」
何かウットリした顔でブツブツ言ってるが、怖いので目を合わさないようにしよう。
「……帰るか」
「オンッ!」
元気よく返事するシロを連れ、俺は邸を出るのだった。