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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

【悲報】生殺与奪の権を竜に握られた人類、竜国の使者を「田舎者」呼ばわりして追放しようとしてしまう~俺は学院生活を楽しみたいだけだから気にしないけど、俺を溺愛する竜王族の姉は黙ってないかもしれません〜

作者:原案・監修:すかいふぁーむ 執筆:epina

 俺が拳を叩きつけた大岩は、凄まじい爆発音とともに木っ端みじんに砕け散った。



「「「「「……………………は?」」」」」



 それまで俺のことを『田舎者』と馬鹿にしてきた貴族の青少年たちが茫然としている。



「これが『人類』では試験になるなんて。このくらい俺の『田舎』では普通だったんだけどな~……」



 手首をポキポキ鳴らしながら、俺は独りごちた。



「こんな……こんなバカなことがあるかああああああああッ!!」



 出会ってから俺のことをずっと見下してきた貴族のエリート……ビビム・ノールルドが自慢の金髪を振り乱して叫んでいる。



 それを見て俺は、初めて王都を訪れたときのことを思い出すのだった――





 ◇ ◇ ◇





 初めて見る『外』の世界。

 その営みに、俺は胸を高鳴らせていた。


「すっげええええええ! これが王都かーっ!」


 俺の故郷とはまったく違う光景だった。

 並び立つ建物。大通りをゆく見たことのない乗り物。

 そして往来を闊歩する人、人、人!


「いやいや、浮かれてちゃ駄目だ! 俺の役目はとっても大切なんだから……」


 俺は大切な使命を携えて、ここに来ているんだ。

 決して遊びできているわけじゃない。


「王都学院に合格しなきゃ、俺の役目は果たせない!」


 俺の役目は『人類』を見定めること。

 すなわち生かすべきか、滅ぼすべきか。


 というのも、人類が俺たちの故郷の領域に頻繁に侵犯してくるようになったのだ。

 彼らは勝手に木を切り倒して、勝手に村を作り、勝手に俺たちの宝を盗んでいってしまう。

 その土地が俺たちにとってどれだけ神聖なのか、知りもせずに。


 そういうわけで俺の故郷では、意見が真っ二つに割れている。

 だからこそ、唯一の人間である俺が人類を見定める代表に選ばれたのだ。


 俺にはいわゆる人類の『生殺与奪』の権が与えられている。

 もし俺が「人類滅ぼすべし」と口走ったなら、この国の人々は瞬く間に滅ぼされてしまうだろう。

 人間社会のことはよくわからないけど、さすがに同族が殺されてしまうというのはあんまり気持ちのいいものじゃない。

 だから、俺が王都学院で生活して、人類とは共存できるってところを見せないといけないわけだ。


 それになにより『ひとりでいくなんてとんでもない!』と子供扱いしてくるみんなに無理を言って勝ち取った……そう! これは巣立ちのチャンス!

 だから個人的にも、この使命は絶対に成功させなくっちゃいけないんだ!


 とにかく学院入学の時点でしくじるようでは俺を育ててくれたみんなに申し訳が立たない。

 捨てられて死ぬしかなかった赤ん坊をここまで育ててくれたみんなのために、俺は立派にできるってところを見せるんだ!




 ◇ ◇ ◇




「うっわー! すっげ、すっげええええー!」


 王都学院は、王都の中でも一際大きな建物だった。

 入学志願者と思しき人達もたくさん集まっていて、思わずテンションが上がってしまう。


「……入学志願者の受付はこちらですが?」


 学院を見上げていた俺に受付の人が声をかけてきた。

 視線が冷ややかなのが少し気になる。


「家名はどちらですか?」

「……家名? えーと……いや、名前以外にはないですけど」

「ああ、やっぱり平民だったのか。じゃあ、お前はこっちだ」


 急に口調が乱雑になった受付が、俺にバッジのようなものを渡してきた。

 他の入学志願者もつけてるみたいだけど、俺のだけだいぶボロいなぁ……。


「ハッ、田舎者が! お前のような者が王都学院の土を踏むな!」

「は?」


 一瞬、誰に何を言われたのか理解できなかった。


 振り返ると、そこにいたのは金髪碧眼の俺と同じ十五歳くらいの少年。

 なんだかキラキラしてて、思わず蒐集(あつ)めたくなってしまう小さな宝石を散りばめた服を着ている。

 前髪をふわっと手でかきあげて、俺のことを見下すように口端を吊り上げていた。


 当たり前だけど見覚えは、ない。


「……誰?」

「無礼者! ノールルド伯爵家の跡取りであらせられるビビム様だぞ!」


 ビビム様とやらの周りにいた少年たちが、俺を叱責する。 


「僕のお父様は王宮で国王陛下の補佐を務めている。ま、お前のような平民の田舎者では知らなくても無理はないな」


 ビビムが気障(きざ)ったらしく「フッ」と笑い、肩をすくめた。


「初対面ですよね?」


 なんだかいきなり馴れ馴れしい人だなと思いつつ、一応確認してみると。


「当然だ。お前のことなど知らん」


 えー……初めて会った人にこんな口の利き方が許されるんだ。

 ちょっと信じられない感覚だな。


「ところで田舎者って、俺のことです……?」

「そうとも、見ればわかる。丈夫なだけが取り柄の安物の服に、礼節を知らぬ粗雑な歩き方。さぞ俗世から遠い田舎から来たのであろう?」

「まあ、そうですね。そういう基準で言うと、俺は間違いなく『田舎』から来ましたよ」


 初めて会う相手には丁寧に接するのは、俺の『田舎』では当然のならわしだ。

 だけど俺は今、いきなり突っかかってきた顔も知らない男に侮辱されている。 

 うーん、『人類』ではこれが当たり前なのかな……?


「悪いことは言わん。お前のような田舎者は()く失せよ。ここは我ら貴族が通う聖なる学び舎なのだ。お前ごときが出入りできる場所ではない!」

「え、でも平民でも受けられるみたいな感じでしたけど」

「無論だ。受験するだけなら、学院の門戸は誰にでも開かれている……それが王都学院の在り方だからな」


 うーん、言ってることがよくわからないな。

 言い回しもなんだかまどろっこしくて、頭の中に言葉が入ってこない。


「……フッ、僕は忠告してやったからな。せいぜい恥をかかないうちに此処(ここ)を去ることだ」


 どうも右も左もわからない俺を気遣ってくれてるみたいだな。

 鼻持ちならない感じではあるけど、一応は礼ぐらい言っておこう。


「どうもありがとうございました」

「……っ!」


 取り巻きたちが息を呑んだ。

 ビビムもわなわなと肩を震えている。


「貴様、後悔させてやるからな!」


 捨て台詞を残して足早に去っていった。

 取り巻きたちもビビムの後を追いかけていく。


「…………なんで?」


 お礼を言ったのに、なんで怒ったんだろう?

 『人類』って、よくわかんないや。




 ◇ ◇ ◇




 そのあと、試験が始まった。

 最初の学力テストは筆記試験。

 俺はちゃんと読み書きを教わってるし、必要な知識はあると思ってたんだけど……。


 いや、ある程度は頑張った。頑張ったと思う。

 だけど、歴史のこととなると、てんでダメ。

 あと、経済だか経営なんちゃらってのもは、問題自体がよくわからない。


 試験科目が変わる休憩時間には、俺のことを噂するヒソヒソ声が聞こえてきた。

 たぶん俺には聞こえてないと思っているんだろうけど。

 俺から話しかけようとしても無視されるので、放っておくことにした。


 ちなみに噂話の中には「田舎者」「田舎者」と、さっきも散々聞いた呼び名がしきりに登場する。

 「ビビム様に恥をかかせた」みたいなワードも聞こえたから、ひょっとしたらビビムが俺のことを触れ回ったのかもしれない。


 そんなふうに受験者たちからは後ろ指さされるぐらいだったけど、教師からは「田舎者が王都に来るな。身の程を知れ」みたいなことを堂々と言われた。

 さすがの俺も歓迎されてないってことがわかってきたので、大人しくしていることにする。


 なにしろ俺がここで無闇に怒ったりしたら王都が滅ぼされちゃうからね。




 ◇ ◇ ◇




「田舎者! ここはお前のような平民が入れるような学院ではない!」

「早いところ尻尾を巻いて帰ってはどうだ? ハハハハハハハハハハ!!」


 実技テストの会場に入るころには、俺の味方はひとりもいなかった。

 みんながみんな遠慮ひとつない大声で、俺のことを馬鹿にしてくる。

 教官の話によると、俺以外の受験者全員が王国貴族らしい。

 俺が『田舎者』なのはすでに全員に知れ渡っているようだ。


 上に立つ者が下の者を馬鹿にする……これが『人類』の当たり前なんだろうか?


「まあ、いいけど……」


 あざけりの視線が注ぐ中、俺は故郷のみんなを思い出していた。

 確かに学院は期待してたような場所ではなさそうだけど、俺のやることは変わらない。

 そうだ……みんなの期待に応えなくっちゃ!


「おい、アイレン! いや、田舎者!」


 入学試験を監督している教官殿だ。

 この人は他の受験者にはものすごく腰が低いのに、俺に対してだけは当たりが強い。

 ちゃんと名前を呼んだあとに、わざわざ田舎者って言い直さなくても。


「はい、なんでしょうか」

「貴様の先ほどの学力テストの結果だが……惨憺(さんたん)たる有様だ! 特に歴史がな!」


 耳の痛い話だ。


「本来であれば即刻不合格にしてやりたいところだが、王都学院では実技重視だ。実技テストで大きな結果が残せれば入学が許される! もっともお前のような田舎者には到底不可能だろうがな!」


 事前に聞いていた話のとおりだ。

 王都学院の入学試験は学力テストと実技テスト。

 俺は実技が何一つ問題ないから、気楽に行ってくるといいと送り出されたのだ。


 まあ、王都にひとりで行くことについては、めちゃくちゃ心配されたけど。


「ビビム様! どうか、この田舎者に身の程を思い知らせてやってください」

「ふん……当然だ」


 急に声が高いトーンになった教官殿に請われて俺の前に出てきたのは、ビビムだった。


「フッ……田舎者よ。どうして実技テストが学力テストの結果に勝るか、わかるか?」

「えーと、俺みたいなのにもチャンスがあるようにとか……」

「まったく違う。貴族と平民とで埋めようのない決定的な実力の違いが浮き彫りになるからだ」


 ビビムが悠然と大岩の方へと向かった。

 一定の距離をおいて立ち止まる。


 実技テストはあの大岩をなんでもいいから攻撃して、その結果に応じて評価が下されるというものらしかった。

 大岩はかなりの大きさで、学院の庭のほとんどを占有している。

 あちこちに傷がついていて、幾度となく試験に使われてきたことを思わせた。


「平民の努力では貴族の血に勝てない。現実を思い知るがいい!」


 ビビムが左手でルーン文字を刻み、右手の杖を大岩へと向ける。

 杖の先端に魔力が集中して――


「ファイアーボルト!」


 魔力が膨れ上がったところから火の弾が放たれる。

 着弾と同時に炎が弾け爆音が(とどろ)いて……大岩の一部がわずかに(えぐ)れていた。


 ……え、それだけ?


「おお、素晴らしい魔法だ!」

「さすがはビビム様! 普通の貴族では傷をつけるのがせいぜいなのに……」

「フッ……ノールルド伯爵家の僕の力をもってすれば当然の結果だ」


 金髪をかきあげながら、ビビムが俺のところにやってきて口端を吊り上げる。


「さあ、次はお前の番だ田舎者。僕以上の結果が出せなかったら、お前は不合格だ」

「……はあ」


 これが実技テストなのか……なんだか拍子抜けしてしまったな……。

 俺が呆然としてるのを見た貴族たちが「田舎者に見せるにはもったいないくらいだ」「田舎者にはこの魔法の凄さはわからないか」と小声で(ささ)いているのが聞こえてくる。


 それにしても俺の合否の基準とか試験の順番をビビムが決めるって、ありなの?

 念のために教官殿のほうを見てみると。


「ククク……毎年、お前のような世間知らずが学院に入学してこようとしてくる。だが、全員がここでふるい落とされるのだ」


 教官殿もニヤニヤした顔で(うなず)いたので、本当に俺の番ってことでいいのだろう。

 まあ、それは構わないんだけど……俺の中には少なからぬ危惧(きぐ)があった。


「でも、いいんですか? 他の人が試験が受けられなくなってしまいますけど」

「……うん? 何の心配をしている。いいから杖を用意するんだ!」

「いえ、杖はないので素手でやります。魔法じゃなくてもいいんですよね?」

「素手ぇ……? ハッハァッ! 田舎者には杖を買う金もないと見える。さあ、いいからやれ!」


 さっさと不合格になれとばかりに、教官殿が俺の肩を押してこようとする。


「うえっ!?」


 俺がビクともしなかったので、教官殿のほうが変な声をあげながらコケてしまった。


「ははは、何をやっているんだ教官!」

「え、いや、これは……」


 ビビムに醜態を笑われて困惑する教官殿。

 そんな彼らから視線を切って、俺は大岩のほうへと歩きだした。


「これで試験になるんだ。なんだか不思議だな……」


 見たところ、大岩には守護魔法も精霊の加護もかかってないように見える。

 つまり、本当にただの大岩を攻撃するだけでいいらしい。

 でも、そんなことをすれば……。


「ああ、そうだ。危ないのでみんなもっと下がってください!」


 未来の惨状が頭に浮かんだ俺は、みんなを振り返って呼びかけたけど――


「はは、田舎者が何か言ってるぜ!」

「あいつ素手で殴るつもりみたいだぞ! 頭がおかしいんじゃないか?」


 みんな笑うばかりで、俺の言うことなど聞いてくれそうにない。


「しょうがない。できるだけ手加減しよう。あとはみんなが怪我をしないように加護も使って……」


 失敗しないように集中しようと思ってたけど、気を散らすぐらいでちょうどいいかもしれない。

 とはいえ竜技の(カタ)を崩すと師匠に怒られるから、そこはしっかりと。


 大岩に触れられるぐらいの距離に立って、しっかりと見据える。


呼吸(ブレス)――」


 息を吸って。


練気(オーラ)――」


 体に巡らせて。


咆哮(ハウル)――!」


 吐く!!


 一歩踏み込んだ左脚から先、大地が勢いよく沈み込む。


 あ、やべ。

 いつもの癖で震脚(しんきゃく)しちゃった。

 ええい、このままいっちゃえ!


竜の爪(ドラゴンクロー)!」


 俺が拳を叩きつけると、大岩が凄まじい爆発音とともに木っ端みじんに砕け散った。


「「「「「……………………は?」」」」」


 茫然とする受験者たち。


「これが『人類』では試験になるなんて。このくらい竜の国(いなか)では普通だったんだけどな~……」


 手首の調子を確かめながらため息を吐く俺。


「こんな……こんなバカなことがあるかああああああああッ!!」


 頭を抱えて金髪をブンブンと振り乱すビビム。


 なんだか大変なことになってる気がするけど……。


「これで合格ですよね!」


 俺は嬉しさのあまり、教官殿に笑いかけた。


「……え? あ、そうだな……?」


 首をかしげながら受け答えする教官殿だったが、その横からビビムが横槍を入れてきた。


「いや……いやいやいやいや! 待て待て待て待て! 素手で大岩を殴って爆発するわけがあるものか! 貴様何をした……いったい、どんなトリックを使ったのだ!?」

「トリック……?」

「そうだとも! 田舎者の貴様にこんな力があるわけが……! 何か不正をしたに決まってる!」


 そんなことを言われてもなあ。


「つまり、俺が何かズルをしたって言いたいんです?」

「あ……ああ、そうだとも! 例えばそうだ……あの岩に事前に爆発する魔法とかを仕込んでおいて……!」

「それって、あなたが魔法撃った時点で爆発しません?」

「うっ!? だが、いや、そもそもどんな魔法ならあんな爆発が……!?」

「要するに、また見せればいいですよね?」


 大岩の残骸がみんなに飛ばないように加減したので、破片は会場にちゃんと残っている。

 未だに何か喚いているビビムに背を向けて、まだだいぶ大きめの破片に近づいた。


 そして。


「ほい」 


 破壊。

 次。


「とりゃ」


 また破壊。

 次。


「せい」


 またまた破壊。

 えーと、まだまだあるけど……。


「どうです? 足りませんか?」


 俺が振り返ると、ビビムは腰を抜かしてガタガタと震えていた。


「う、嘘だろ……本当に素手で岩を砕いてやがる」

「あの田舎者、いったいなんなんだ……?」


 なんなんだと言わてても。

 俺の『田舎』では邪魔な岩を打ち砕くなんて作業、日常茶飯事だし……。


「ま、まあいい! こんな不正で入学しても入って苦労するだけだ!」


 ビビムはあからさまに顔を青くしながら、すごすごと引き下がった。




 ◇ ◇ ◇




「これは何かの夢なのか? あんな田舎者が……」


 教官は唖然としたまま、アイレンとビビムが言い合っているのを眺めていた。


 王都学院の大岩は、学院創立以前から王都にあったものだ。 

 卒業までに傷ひとつつけられない生徒すらいる。

 それを、いとも簡単に……。


 入り口の方からざわめきが聞こえたのは、そんなときだった。


「今度はなんだ?」


 教官が振り返ると同時に、その全身が硬直した。


 会場の入り口に立っていたのは絶世の美女。

 紅のドレスに身を包み、炎のように赤い瞳をした女性だ。

 朱色と黄色とが混ざり合ったかのような色の腰まで届く長い髪。

 それでいながら肌は透き通るように白く、唇は艶やかな湿り気を帯びている。


 受験者たちの多くが見惚れる美貌に、教官も例外なく心を射貫かれていた。


「試験会場は、こちらでしょうか?」


 あたりに視線を巡らせる美女のところに、教官はすぐさま駆け付けた。


「は、はい! そうですが、入学希望の方以外は入れませんので……いやはや、困りましたな。その、よろしければ私の部屋でお待ちを……」


 教官の緩み切った顔を見た美女は、呆れたように嘆息した。


「いやですね。『人類』には最低限の心理防壁すらないのでしょうか」

「は? なにを……」


 何かを言いかけた教官の横を美女が通り過ぎていく。


「あ、いました。アイレン!」


 そして、ちょうどビビムが引き下がったあたりで美女がアイレン……田舎者のところへと駆け寄ったのだ。


「……どうして、あの田舎者のところに?」




 ◇ ◇ ◇




「アイレン!」

「リリスル!? どうしてここに!」


 ここで見られるはずのない顔に驚いてしまった。

 リリスルは、俺の故郷でとってもお世話になっている『家族』。

 何人もいる『姉』のひとりだ。


「なんだかとても心配になってしまったので、つい」

「俺がひとりで行くって言ったのに……」

「わたしが勝手に来ただけですから」


 リリスルが口元に手をやって、ころころと笑っている。

 どうでもいいけど、周りの視線がとっても恥ずかしい。

 自分が見られるのより、リリスルが見られるほうが照れ臭かった。


「それで、どうでしたか?」

「あ、たぶん合格だよ。ほら、試験もちゃんとできたし」

「そちらではなく。使命の方です」

「いやいや、まだわからないよ! 入学もしてないんだよ?」

「そうですか。まあ焦って決めることはありませんが、人の寿命は短いので心配なのです。寝て起きたらあなたがいなくなってるようで」


 リリスルがこんなことを言っているが、別にシャレでもなんでもない。

 寿命の長い俺の『家族』たちは、一度寝たら本当に百年ぐらい寝てしまったりするのだ。

 だから、俺とは今生の別れになることもある。


 そんなふうに、俺がリリスルと話していると。


「これはいったいどうしたことだ!?」


 他の教師を連れたって、おヒゲの立派なガタイのある老人が試験会場に駆け込んできた。


「が、学院長! 見てください! 大岩が……」


 教官が学院長に駆け寄って報告すると、学院長の目が大きく見開いた。


「先ほどの爆音はあれか! しかし、いったい何が起きればこんなことに」

「イカサマです、学院長!!」


 学院長の前に異様な素早さで滑り込んできたのはビビムだった。


「あの田舎者がわけのわからないトリックを使って、大岩をあのような無惨な姿に変えたのです! どうか、即刻あの田舎者を学院から追い出してください!」


 ありゃりゃ。

 あんなにちゃんと見せたのに、まだ信じてないのか。


「そ、そのとおりです学院長! 学院の神聖なる試験を汚した罪は重い! このまま永久追放としましょう!!」


 教官殿もか。

 困ったな……このまま不合格になったら、俺の使命が果たせなくなってしまう。


「田舎者? 平民にあんな真似ができるわけが……」


 学院長が何かを言いかけて、その視線がリリスルで固定される。


「―――あ、貴女様は……!!!」

「あら、お久しぶりですね学院長。随分とおかわりになられましたが、元気そうでなにより」

「リリスル様!」


 学院長がビビムと教官殿を押しのけて、リリスルの前で(かしず)いた。


「このような人間の学院ごときに、貴女様がいったいどのようなご用向きで……!?」

「ああ、いえ。そうかしこまらずとも。わたしはかわいい『弟』の活躍を見に来ただけですので」

「『弟』殿……?」


 顔を上げた学院長が、俺のほうをまじまじと見た。


「いや、しかし……この者は?」

「ええ、お察しの通り人間ですよ。それでもわたしたちの森で育った家族なのです。ところで話を総合するに、どうやらあそこの()()を割ったのは『弟』のアイレンの模様。しかし、どうもあれら殿方の話がよくわかりませんね。『田舎者』がどうとか……?」

「いやあ、リリスル。それは俺のことだよ」

「……田舎者が?」


 俺の言葉を聞いたアイレンの瞳孔が、すぅっと細まった。


「ふぅん、そうなのですね……」


 あれ、なんかリリスルってば闘気出そうとしてない……?


「とどのつまり、あちらの方々は『弟』を……『わたしのアイレン』を田舎者呼ばわりした挙句……試験で不正を働いたから不合格にせよと、そういうのですか」


 これは、まずい。

 リリスルが『わたしのアイレン』って口走ったときはマジギレ直前だ。

 あとひとつ何かきっかけがあれば、王都は灰になるぞ!


「して、貴方の裁可は如何に? 学院長」


 ギロリ、と学院長を睨みつけるリリスル。


「ごうかくじゃああああああああああああああああああああ!!!」


 学院長はガバッと上体を起こして、王都中に響き渡るのではないかという大声で叫んだ。

 やったあ、合格だー!


「そんな! 何故ですか学院長!? あんな田舎者に!」


 納得がいかぬとばかりに食って掛かろうとしたビビムが、いきなり吹っ飛んだ。

 学院長が思いっきり殴り飛ばしたのだ。


「馬鹿者ぉ! 合格だ合格! 合格に決まっておるわ! 何故ならお前たちが見たのはイカサマでもトリックでもない! 真実だ! それに、こちらの方々はお前たちが侮っていいような御方ではない!!!」


 ずずいっと、俺とリリスルを(たた)えるようなポーズをとった学院長が叫ぶ。


「こちらにおわす方は竜王族! 竜王国の七支竜がひとり、赤竜王女のリリスル様だ!」


 会場全体がシーンと静まり返った。

 かろうじて口を開いたのは教官殿だ。


「…………り、竜王族? あの森に篭もっているという、辺境の田舎者どもですか?」

「お前は教官の癖に歴史も学んでおらんのか!?」

「んなっ!?」


 学院長に睨みつけられた教官殿がショックを受ける。

 はは、俺も歴史がひどいって言われてたから、なんかちょっとだけいい気味だ。


「かつて竜王族を怒らせた国は一夜にして滅ぼされたのだぞ? それをまさか知らんとは言うまいな」

「そ、そんな。あれは大袈裟な伝説で……」

「それは貴族家が勝手に流布して矮小化しようとした結果であろうが! よもや見抜けなんだか!? だからお前は駄目なのだ! もっと本を読め、本を!」


 学院長に凄まれた教官殿がすごすごと引き下がった。


「な、殴ったな!? この僕を――」


 いつの間にか立ち上がっていたビビムが学院長に食って掛かろうとする。


「ああ、殴ったわ! 当然であろう! お前の失言を容認したら一発で王都が吹き飛ぶわ! 累が及ぶのはお前の家だけでは済まんのだぞ。王家、すなわち陛下御身の危機となる! その責任を取れるのか、えぇ? お前ごとき伯爵家の嫡男ごときに!」

「そ、そんな。僕は、ノールルド伯爵家の――」

「それを言うならワシは公爵家ゆかりの者だ! いいから黙れぃ、このスカポンタンが!」


 顔から急激に色を失ったビビムが、がっくりと膝から崩れ落ちた。

 項垂れたまま動かなくなる。


「リリスル様、どうかこのとおり! この老骨の命を欲するのであれば捧げます! ですから……どうか、怒りをお納めください!」


 学院長が土下座をした。

 大袈裟だとは笑えない。

 竜は、ほんの手慰みにでも命を奪う生き物だからだ。

 命を軽んじているからではなく、その重みを誰より知っているからこそ。


「……まあ、いいでしょう。学院長とわたしの縁に免じます。しかし、無礼を許したわけではありません」


 リリスルもかろうじてではあるが、怒りをおさめたようだ。


「聞きなさい、人の子らよ。我らはあなたたちを見定めにきました」


 会場全体に朗々と語り掛けるように、リリスルは口を開いた。


「我らの故郷を荒らす人間たちよ。自然への畏敬を忘れた哀れなる(ともがら)よ。命をかさ増しして数にて(おご)る小さき命たちよ。冗談の類だと笑い飛ばすなら、どうぞお好きに。その代償は血によってのみ(あが)われる。そこには一切の斟酌(しんしゃく)も、忖度(そんたく)も、容赦もないと(わきま)えなさい」


 あれだけ俺を馬鹿にしていた受験者たちが、誰一人として口を挟もうとしない。

 ああ、やっぱり『人類』にもわかるのだ。

 存在としての格の違い、生まれたときから分かたれる命の総量の差が。


「そして、見定める者は人に捨てられ我ら竜王族に育てられた子……アイレンです。彼はあなたたちを見るでしょう。彼はあなたたちを試すでしょう。そして、あなたたち人類が生きるに値するのかどうかを決めるのが彼であると知りなさい」


 その瞬間、俺に注がれる視線にはっきりとした変化を感じた。

 すなわち(あざけ)りから畏怖(いふ)へと。


「あ、終わった……」


 さらば俺の新生活。

 さらば俺の巣立ち。


「さあ。これで貴方を脅かす者はひとりもいなくなりました。使命とはいえ、初めて森の外に飛び立つわけですし。どうせなら楽しんでほしいですからね。ふふふふふ」

「うん……そうだね。たぶん、もう友達はできないけどね……」


 リリスルの慈母のような、それでいて俺に褒めてほしそうな微笑みに……俺は頬をひくつかせながらなんとか笑い返す。


 そして、夢見ていた楽しい学院生活が足元からガラガラと崩れ去ったことを悟るのだった。

他の先生からいただいたプロットを元に書きあげた短編でした。


やや実験的な試みではありますが、


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