高齢者を中心に、大勢で集まって食事をする「会食」の動きが広がっている。そこには「一人で食べるより、みんなで一緒に食べる方が健康を維持できる」という考え方がある。これにより、精神的な充足も得られる。将来的には医療やICTとの連携で、高齢化社会の課題解決に役立つ可能性が高い。


「あら、いらっしゃい。素敵なワンピースね」
「そお? うれしいわぁ」


「今日も来てくれたのね。お元気そうでよかったわ」
「みんなの作る料理がおいしくてね。楽しみにして来ましたよ」

そんな会話を交わしながら、集まって来るのは65歳以上の男女。東京都北区では、地域のシルバー世代が月2回ほど集まって会食するグループが増加している。

「活動がスタートして16年。10年ぐらい前までは60代の人が中心だったけれど、今は80代の方が目立ちます。最高齢では96歳の男性もいて、いつも元気な顔を見せてくれています」。そう話すのは、この活動を発案して仲間を増やしてきた、北区健康づくり栄養グループ食彩の青田照子さんだ。

(写真1)2015年度の高齢者ふれあい食事会。浮間区民センター(ふれあい館)で開催された時の様子(写真:北区役所高齢福祉課)
(写真2)2015年度の高齢者ふれあい食事会。こちらは健康増進センターで開催されたときのもの(写真:北区役所高齢福祉課)

区内で45の会食グループが活動

青田さんは、高齢期の健康のための食事の質を考えて、栄養面の学習を始めた。ただ、食事には栄養面だけではなく、精神面の充実が必要だと考えるようになった。地方自治体では、食事を用意しづらい人のために、弁当タイプの食事を配食するサービスを行っている。ただ、それでは高齢者が自宅に引きこもったままになる。青田さんは「家から出て来てもらって、みんなで会食する形がいい」と考えた。

当初は有志が集まって、小さな自主活動としてスタートした。参加した人に、次回は調理や会場の準備などの役割を持ってくれるようにと誘いながら、参加型の会食の会として育ててきた。徐々に参加者が増えてくると、新たなリーダーを見つけて新しい会を立ち上げる。これを繰り返すうちにグループが増え、現在では区内に45の会食グループを数えるまでになった。

健康づくり栄養グループ食彩の青田照子さん

青田さんは、「若いうちは孤独を愛するのもいいけれど、年を取ってからの孤独は愛してはだめ。会食に来れば友達が出来ます。おしゃれもして、楽しい会話があって、お互いに『ありがとう』を言って、そういうことが元気のもとになります」と会食の魅力を説明する。

こうした高齢者の会食、食事会の試みは全国的にも広がりを見せている。高齢化社会の進展に向けて、「会食」にはどのような可能性が広がっているのだろうか。

青田さんは会食の活動を始める頃に、東京都健康長寿医療センター研究所(東京都板橋区)による介護予防リーダー養成講座を受講している。そのときから青田さんを応援してきた一人が、同研究所の在宅療養支援研究部長の大渕修一さんだ。「シルバーの会食は、食の未来を考える上で押さえたいキーワードの一つだ」と言う大渕さんに、この活動の効果と意義を聞いた。

――青田さんが始めたシルバーの会食は1年に約3グループ増のペースで拡大してきました。ここまで増えたのはなぜでしょう。

高齢者が誰かといっしょに食事をしたいというニーズは、実は社会の中にマグマのようにたまっているのです。青田さんが具体的な活動として見えるようにした途端に、そのニーズが吹き出すように現れました。

会が増えたのは、もちろん青田さんのマネジメント力によるところも大きい。行政主導で上意下達的にやってもうまくいかなかったでしょう。自主的に、一人ひとりが頭と心を使って伸ばしてきたから、ここまでの活動になりました。

栄養を考えても口に入らなければ意味がない

――健康のための食事と言えば、まず栄養をいかに取るかを考えますよね。集まって食べることが健康長寿にも結びつくのでしょうか。

栄養を考えることはもちろん大切ですが、結局、食べなければ意味がないわけです。そのためには「おいしい」とか「楽しい」ということが必要になります。

子供たちが家から巣立って、さらに配偶者も亡くなった人の食事を考えてみましょう。独りで食べると味気なく、食欲が湧かず、「食が細く」なって食べる量が減るかもしれません。心理学の研究結果でも、独りで食べるときよりも複数で食べているときのほうが食べる量が増えるということが報告されています。

東京都健康長寿医療センター
研究所在宅療養支援研究部長
大渕修一さん

一人での食事は、精神的に寂しいというだけでなく、栄養の量が不足したり、栄養バランスを欠いたりしやすくなります。心と体の問題が表裏一体で生じてくるのです。逆に、誰かといっしょであれば、会話が弾んで楽しくなって食欲が増したり、量が食べられるので食品の種類も増えて、栄養バランスが改善したりすると言えるでしょう。

また、一人で食事すると、好きなものや、高齢者の場合には軟らかいものばかり買ってきて食べることになりがちです。その点、会食で食卓に並ぶのは、好きな物だけではありません。青田さんたちの会食グループでは面白いことに、肉料理を出すにしても、軟らかいものと硬いものと、両方出すように工夫しています。

高齢者の食については、食べる行為だけでなく、食事を用意することも大切です。家族で暮らしているときは、家族の健康を考えて食事を用意するものです。誰かのために、おいしいものを用意しようとか、体にいいものを作ろうなどと考える。それが頭を使い、手を使うことで認知症予防につながり、栄養面でも十分な食事ができる。しかも食事を作った方も作ってもらった方も、精神的な充実がある。会食では、この効果を失いたくないのです。