産業転換期の地域社会の実像から未来を展望する
戦前戦後の九州・沖縄地方は各県ごとに多様な地域史を有しています。なかでも石炭産業の存在は目をひきます。日本国内には東北や北海道にも炭鉱がありましたが、それらに並んで北部九州地方を中心に大きな産炭地域が形成されていました。ここには宮崎や鹿児島などからも多くの労働者が働きに来ていました。要するに石炭産業のあった地域は九州一円のひとびとを社会に吸収するかたちで戦後の歴史を刻んできたわけです。当然地域によってはとても賑やかな時代がありました。
しかし、1960年代のエネルギー革命を境に地域は疲弊しはじめます。そこでは地域の貧困化など多くの課題に取り組む必要がでてきました。また同時に地域社会で生きつづけるために必要な条件とはなにかを考えることも大事になってきました。このような地域社会の姿の実態解明を通じて、そこに埋め込まれたひとびとの暮らしの価値や学びの意味を読み解き、産業構造の変化が著しく進む現代社会においてどのような未来を展望すべきか日々模索しています。
学びがなぜ注目に値するのか?
産業転換、地域社会、未来という言葉と「学び」という言葉が結びつくことは稀でしょう。しかし、産業の転換とはこれまでの技術や技能だけでは生きていけなくなることを意味し、当然の帰結としてひとびとに新たな学びを要求することになります。仮に要求されることがない場合にも、ひとは新しく学び直すことででしか、産業の転換を乗り切ることは困難です。また地域社会の成り立ちに目を向ければ、図書館や体育館など住民の豊かな暮らしに役立つ施設は元からあったわけではなく、住民の学びたい欲求から生まれてきたのであって、日常のありふれた光景さえひとびとの学びの成果だと捉えることができます。さらに本来学びとは不断の創造的なプロセスなのであり、学びと結びついた教育という営みもまた、新しい価値を創造し、時に矛盾の解決とも関わり合いながら、地域社会をあらたに創造することと深く関わっています。つまり未来の創造にはひとびとの学びは不可欠なのです。困難を前に地域でより豊かな暮らしを成り立たせるためにも学びという営みは重要になるのです。