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異世界帰りの大賢者様はそれでもこっそり暮らしているつもりです 作者:木野二九

第四章 それでも大賢者様はささやかな幸せを願う

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Season1 Epilogue

 あたしの家には、秘密がある。


 それはあたしのパパが実は妖狐だったとか、この世界には公にされていない異能の力があって、それを国や組織が秘密裏に管理してるとか、そんなありふれた問題じゃない。


 小さな廃れた商店街のどこにでもある制服を扱う小さな服屋の二階。

 昔あたしのお爺ちゃんとお祖母ちゃんが使っていた部屋に、それはある。


 畳の上には引きっぱなしの布団があり、古いローテーブルの上には使い込まれたチェスセットが置いてあり、その奥のクローゼットの扉を三回連続でパタンパタンと動かすと、魔法のキーが外れて、それは開く。


「やあ、麻也ちゃんどうしたの?」


 クローゼットの中に入ると、三十畳はありそうなフローリングの部屋の中央に、同時に十人は座れる大きな円卓があり、そこに並ぶ中世の王が座るような椅子に優雅に腰かけた、ファッション雑誌のモデルのような男が話しかけてきた。


 ハリウッド映画の魔法使いのような漆黒のローブの下は、中世ヨーロッパの騎士のような服で、それを嫌味無く着こなしている。


 部屋の天井は高く、壁は円卓に沿うように円形になっていて、十枚以上の扉がついている。


 そしてそれぞれの扉が違う収納魔法の部屋や、転移魔法で作った別の空間につながっていて、中にはこの男が造った『異世界トンネル』などと言う物まであって……


 どうやら気軽に異世界との行き来が可能になったそうだ。


 そしてこの男が倉庫と呼んでいる場所には、一度だけ足を踏み入れたことがある。この男が異世界で封印したとんでもない魔道具や呪術物が散乱し、ダンジョンで発見したものや、国王や貴族から譲り受けた金銀財宝も無造作に置いてあった。


 以前マフィアさんに売ったレアメタルなんか、入り口に適当に積み上げてあったから、本当にゴミかと思った。


 なにせ広さは東京ドーム数十個分になるらしく、本人も何があるのか、良く把握していないらしい。


 これらを本人は収納魔法と呼んでいるが、この男の力と技術の桁がズレてるせいで、もう別次元の魔法になっているそうだ。


「クイーンさんがネット通販で頼んだお取り寄せ高級ケーキセットが届いたから、持ってきた」


 あたしが抱えていた大きな保冷箱を見ると、その男の後ろの何もない空間からピンクの髪でゴスロリドレスを着た幼女が飛び出す。


「麻也、一緒に食べよー!」


 この甘いもの大好き幼女は、異世界で伝説の魔女と恐れられていたそうだけど、今はあたしの魔法の師匠で、悩み事を聞いてくれる数少ない親友のひとりだ。

 声を聞き付けたのか、壁の扉が一つ開き、


「じゃあお茶用意するよ、何人分?」


 元クラスメイトの猫又がメイド服姿で現れて、保冷箱の中のスイーツを覗き込み、満面の笑みをもらす。


 こいつは今もこの空間の一室に住んでいるが、普段は以前所属していた陰陽師の『戦闘巫女部隊』から離脱した娘たちのリーダーをしていて、この男が所有している温泉街の旅館なんかの手伝いをしている。


 どうやら猫又こと春香も、このケーキを狙ってるようだが、


「とりあえず十人分頼んだから、あと数人増えても大丈夫なんじゃないのかなー」

 クイーンさんの言葉に、


「じゃあ、アンちゃんも呼んでくるね」

 違う扉に向かって、走り出す。


 するとフワフワの赤髪でやたら胸の大きな中学生ぐらいの女の子が、ミニスカートのセーラー服にルーズソックス姿で現れて、


「大賢者様、お茶会にお呼びいただき大変光栄です」

 優雅に腰を折って挨拶する。


 彼女は元異世界の聖女様で、有名な貴族の出身でもあるそうだから、格好は微妙だがそのふるまいには気品が感じられた。


 今は若返ってしまった体に馴染むことと精神的な療養を兼ねて、この収納魔法の中の部屋に住みながら、あたしの叔母さんの温泉稲荷で湯治している。


 異世界人にとってもその温泉は魔力的な効果があるようで、モーリンさんという魔導士の女性と一緒に、良く温泉稲荷に出かけていた。


 どうやらその世界にはお風呂自体が存在しないようで、彼女たちは「こんな心身ともにリフレッシュできる治療方法があったなんて」と、感心していた。


 モーリンさんの話では、数人の友達を連れて行ったら、ビジネスとして異世界からの客を受け入れないかと、各所から引き合いが来ているそうだ。


「どうアンジェ? 調子は」

 男が巨乳ルーズ少女に話しかけると、嬉しそうにパーッと顔をほころばせ、


「おかげさまで、順調に癒えております。全ては大賢者様のおかげです」

 片ひざを折り、まるで胸を強調するように腕を組んで、神に祈るように深く頭を下げた。


 おかげで高級レースのパンツも見えちゃってるけど……


「じゃあこの電話が終わったら、みんなでお茶にしよう」

 男はそのパンツと胸をチラ見しながら、いそいそと魔法で改造したスマートフォンを空中に展開した。


 この元聖女様もなかなか侮れなくって、あの格好もパンチラも絶対狙ってやっている。


 電話の相手はアリョーナさんと言うロシア系マフィアの人で、今この街の温泉街と商店街を合わせた町興しと、異世界との通商にてんやわんやらしいが、


「もうね、佳死津(かしず)一門から最大戦力の唯空(ゆいくう)門下が抜けて、この街に居ついて、下神(しもがみ)一派が空中分解して、戦闘巫女集団がこの街にいて、しかも伝説の妖狐族も含めて、皆あの男を慕っている。それで異世界とも交流が出来れば、日本…… いやこの世界の裏社会を牛耳るのも夢じゃないわ! そう、今があたしの人生最大のチャンスなのよー」


 以前そんなことを叫びながら、鼻息も荒く、額に汗をかきながら美しい顔を上気させていたから……

 もう、過労死しないか心配だ。


 春香が紅茶を用意してあたしがケーキを並べると、電話を終えた男が嬉しそうにテーブルに視線を移し、


「じゃあ、いただこうか」


 自分の目の前にあったショートケーキを頬張った。

 フォークを器用に動かし、愛おしそうに生クリームの上の苺を眺めている姿は、可愛いと言えば可愛い。


 そして……


「麻也ちゃんは、その、後遺症とかない?」

 心配そうにあたしの瞳の奥を覗き込む。


「さあ、何が後遺症なのか分かんない」

 あたしは高鳴る胸の鼓動を隠すように、目をそらした。


 この男に恋したのが、どのタイミングなのかあたしには分からない。


 あたしやママにかけられた瞳の呪いを解いたとき?

 それとも龍神様を操り、大賢者と名乗りながら、さっそうと敵に向かっていったときだろうか?


 認めたくないが、ひょっとしたら初めて逢ったとき…… その瞳の奥にあった悲しみと優しさと力強さに、もう心を奪われていたのだろうか。


 恋なんて病だと思う。

 もし後遺症があるのなら、きっとドキドキが止まらなくなるこの心だ。


 そしてこの恋という病が、いつかふっと消えてしまうのか、それともあたしの心をつかんで離さなくなるのか、それすら分からない。


 あたしが黙り込んでいると、


「麻也ちゃんのママとも、もっと上手く付き合う方法を探さなきゃいけないし…… 今回の件で良く分かったが、どうも別の場所でも異世界とこの世界はまだつながってる。あの下神が使っていた現代兵器と魔法を合わせた武器や戦術、スマートフォンなどの技術流出を考えると…… うむ、魔族の動向を含め、もう少し探りを入れないといけないな」


 そう言いながら頬杖をして、スラリとした脚を組み替えながら優雅にティーカップを傾けた。


 異世界や妖狐の記憶を失ったママは今まで通り暮らしているが、この男とママは小学生が読む少女漫画のようにじれったい。


 今朝も目玉焼きのお皿を受け渡したとき、手と手が触れて、お互い顔を赤らめていた。


 最大のライバルであるママがそんなんだから、危機感が少なくて精神衛生上は助かってるけど。


 どうもあたしが恋した相手は、使えきれないほどの富にも興味がなく、歴史に名を残すような名声や権力にも興味がなく、おまけに女に奥手で……


 選ばれし者の知と力を持ち、努力家で、心の中に揺ぎ無い強い意志を持ち、大賢者と呼ばれて多くの人の尊敬と愛を集めているが、


「うむ、なかなか小さく尊い幸せをつかむと言うのは、難しいものだな」

 そんなことを言ってため息をつく。


 春香が男のその言葉に微笑みながら、本物のメイド宜しく円卓に座った人たちに紅茶のおかわりを注ぐ。

 クイーンさんは男の横で嬉しそうに四個目のケーキを丸呑みし、指についた生クリームをペロリと舐める。

 それを見ていたアンジェさんが手を口に当てながら、とっても品良く微笑んだ。


 何だが凄く優雅な昼下がりで、こんな至宝の様な美少女たちに囲まれていても……



 この異世界帰りの大賢者様は、それでもこっそり暮らしているつもりのようだ。




Season1 End

The story continues

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↓こじらせた女子高生が悪役令嬢として活躍する物語です↓
『その伝説の乙女ゲーマーは現実世界の恋愛フラグが回収できない』
 
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