闇の女王と死の谷 その4
先に目覚めたのは俺だった。
隣で寝ている赤い髪の美女は全裸だったから、俺は自分のローブを脱いでその女性を包む。
しばらくすると女性は白銀に輝きながら、少しだけ若くなったような気がした。
心配になってローブを開き身体を確認すると、大きなおっぱいが少し縮んでいたが、張りが増してツンと上向きになったような気がする。
「はて?」
これは素晴らしい事なのか、悲しむべき事なのか。
俺が医学的考察に頭を悩ませていると、足元にあった剣も白銀に輝き、
「我が母リリアヌスがこの世に導きし壊れた少年よ、私は運命を見つめる者アーリウス」
騎士服に身を包む、ちょっと気取った優男が現れた。
何処かローラースケートが得意なアイドルグループの、ボーカルのような雰囲気もある。
「おはようございます」
今の時間が分からないけど…… 俺は目が覚めたばかりだし、たしか業界では夜でもそう挨拶すると聞いたことがあったから、そう言ってみたが、
「や、やあ、おはよう」
優男は少し驚きながら、軽く片手を上げてくれた。
どうやら、とても付き合いの良い人のようだ。
俺も同じように片手を上げると、コホンと咳払いをして体制を整え、神様らしいトークに入る。
「その女の運命がまた転がった。私はそれを最後まで見届けたい興味があるが、このままでは二人ともここで命を失うだろう。少年よ、君は運命を選ぶか」
何だかそれはそれで楽しそうだったので、
「バッチ来いです」
俺が即答すると、
「うむ、バッチ来いか……」
神様は額に指をあてて何かお悩みになったが、
「この後君に力の反流が起きる。いくら壊れていて闇に同化しやすく、優しく強い心を持っていても所詮は人の体。吸収した力が氾濫すれば跡形もなくその姿を消し、その女も消えるだろう」
俺が堪えていた頭痛と寒気を見透かすように微笑むと、
「そこでこの剣の力を抑え込む枷として利用するか、どちらかが姿を消すための道具として利用するか選びなさい」
「枷として利用するとは」
「その剣でお互いを同時に貫きなさい。そうすれば君とその女と二人で常に心の痛みに苦しみながら、寄り添って生きてゆける」
「じゃあ姿を消すのは」
「消しても良い方にこの剣を刺しなさい。そうすれば負の力も同時に霧散して残った命が助かり、その後負の呪いに苦しむこともなくなる」
俺が悩みながら元魔女を見ると、その姿は十代中ほどにしか見えなくなっていた。
「今あの女は死と再生の苦しみから解き放たれ、新たな生を受け取っている。もうしばらくすれば安定した年齢で成長の逆戻りも止まるだろう」
その言葉に安心して、ため息をつくと、
「しかし、この地の魔力を利用したとはいえ、怖ろしい才能だ。我が母が目をつけただけのことはある。確かに父が言う通り、このままこの世から消してしまうには惜しい逸材だな」
そう言い残し、アイドルグループのボーカルのような神様は消えてしまった。
仕方なく足元で輝く剣を眺めながら、今の話をもう一度整理していると、
「うーん」
女性は目覚めたようで、大きく背伸びをして……
自分の体の異変に気付いたのか、その可愛らしい目を丸くすると、
「ななな、何だこれ?」
ペタペタと七~八歳にしか見えない自分の体を触った。
声も言葉遣いも年齢に合わせて戻っちゃったようで、ピンクのロングヘアを震わせながら、アホみたいに大口を開ける。
絶世の美女も良かったが、この姿もこれはこれでありかも知れない。
何だか可愛くって、放っておけない感じがグーだ。
「やあ、どこまで覚えてる?」
俺が幼女に話しかけると、
「そ、その、あたいに求婚してくれたところまでかなー」
どうやら幼女になって、かなり錯乱しているようで、そんなことを呟くと恥ずかしそうにモジモジと体を縮こませた。
そして恥ずかしそうにダボダボになったローブをたくし上げる。
とても可愛い仕草だったから、そのまま見ていたい気持ちになったが、俺の体がそれを許してくれなさそうだ。
神様が言っていた『力の反流』が始まったのだろう。
上手く隠せたと思うが、左手の小指がポトリと腐り落ちた。
まあ幼女が言った誤解は後で解くとして、問題やはり……
さっきの神様トークだな。
「じゃあ、今現れたアイドルグループのボーカルさんは?」
「あいどるぐるうぷ? ああ、アーリウスのことか…… まあその、実は聞いちゃってたかなー」
幼女はバツが悪そうにそう呟くと、俺の足元にあった剣にそっと手を伸ばした。
「どうするつもり?」
「奴ら神々の悪戯に翻弄されるのももう飽きたし、あたいは十分生きた。最後に好いた男にも恵まれたし、やはりもう思い残すことはないかな」
俺がその剣を奪い取ろうとしたら、
「なかなかセンスもあるし、良く鍛錬しているようだけど…… まだまだあたいの足元にも及ばないよ。それにその体は既に蝕まれはじめてるから、急がないとねっ」
幼女は軽くそれをかわし、剣を自分の胸に向ける。
もう俺の体があちこち崩れ始めていて、思うように動かない。
「まって!」
俺が声を上げたが、幼女は迷うことなく剣を胸に突き刺す。
「くそ!」
神様の話では、お互いに同時に貫けば元魔女の命も助かると言っていた。
何とか幼女の背に回り、強引に手を取って更に突き刺す。
「な、なにすんの! やっと楽になれるのに」
俺の胸まで剣が届くと、幼女の悲痛な声が響いたが……
二人は混じりあうように、意識を混濁させた。