バレバレなんじゃないですか?
意識を失った麻也ちゃんを抱きとめると、
「しばらく休んでな、随分とひでえ顔色だ。人質の解放とあの青びょうたん陰陽師の尋問は俺と猫の嬢ちゃんでやっとくから」
唯空が俺の肩をポンと叩いた。
気付いていなかったが、手に薄っすらと汗をかいている。
呼吸も乱れているし、魔力の感覚もおかしい。
何とか自分の体内魔力回路を制御して呼吸を落ち着けていると、
「う…… うん」
麻也ちゃんの意識が戻る。
「大丈夫か」
俺が麻也ちゃんの瞳を覗き込んで確認すると、
「えっ、うん、その、大丈夫」
顔が徐々に赤くなり、恥ずかしそうに目をそらされてしまった。
瞳の奥にはもう影は存在しなかったが、身体が少し震えている。心配になってサーチ魔法を展開したが、やはり上手くいかない。
解析結果には『恋心♡』という文字が点滅するだけだ。
かなり大きな問題があるのだろう。
「頭痛や寒気や、体の痺れはないか」
魔力操作をあきらめ、触診に切り替える。
手首や首筋に手を当て心拍や体温を確認すると、心拍数も上がっているし体温の上昇も確認できた。心音を確認するため胸の防具を外して耳を寄せると、ドクンドクンと大きな音が聞こえる。
「やっ、えっ、なに」
麻也ちゃんの顔は更に赤くなるばかりだったが、
「だだだ、大丈夫だから、あたしは。それより……」
まだ涙の残る瞳で麻也ちゃんが見上げてきた。
「俺なら問題ない」
「ぜんぜんそんな感じに見えないから、そ、そうよ、あたしがママの闇を徐々に抜き取る時だって、凄い寒気や悪寒が襲ってきたんだから…… あんなふうに全部……」
「俺は、賢を極めしケイト・モンブランシェットの弟子にして、その業と意志を継ぎし大賢者だ。この程度でへこたれるような体も精神も持ち合わせてはいない」
この程度の闇は何度も体験した。実際、心の破損具合も致命傷ではないはずだが……
魔力の感覚がおかしい。
まるで意図的に、誰かが少し方向性をズラしたような感じだ。
唯空の言う、下神の『呪』が原因なのだろうか。
俺が悩んでいたら、
「あたし絵本の中にいる白馬の王子もアニメのスーパーヒーローもいないって、分かってから、頑張らなきゃって、叔母さんだって妖狐族を守るためには、他人になるママをどうするか分かんなかったし、だから、ひとりでずっと…… 」
まるでまた流れ落ちる涙を隠すように、麻也ちゃんが俺の首に手をまわす。
「俺は王子でもヒーローでもないが、大賢者様だ。必ず加奈子ちゃんも麻也ちゃんも救って見せる」
麻也ちゃんの背に俺が腕を回すと……
「これって、もしかしてラブラブ?」
「若いってのは素晴らしいもんだな」
春香と唯空の声が聞こえてきた。
「ななな、何、勝手に抱きしめてるの! あ、あたしが気を失ってるスキに」
麻也ちゃんが俺の首に手をまわしたまま慌てて叫んだが、
「しかも、バレバレなんじゃないですか?」
「ツンデレってのは素晴らしいもんだな」
春香と唯空の突っ込みが聞こえてくる。
ツンデレって何だ?
俺がその態勢のまま悩みこむと……
麻也ちゃんは俺から慌てて手を放したが、顔は更に真っ赤になった。
× × × × ×
捕らえられた
「喝!」
唯空が大声で叫ぶと、会議室に集められていた人質三十名余りが全員眠りから覚めた。
唯空いわく、
「暗示など気合で何とでもなる」
らしい…… そんな話は、俺の師匠ですらしなかった。
人質は皆無傷だったが、操られていた三人の美少女と共に念のため稲荷に避難してもらった。
「やつは三階にいるのは芦屋のジジイだけだって言ってたが……」
「ありゃあ、もうひとり居るな。明らかにジジイと違う気配がしやがるし、やっこさんそれを隠そうともしてねえ」
唯空が天井を見上げてため息をつく。
「魔族軍とかの大将ですか?」
春香が可愛らしく首を捻った。
「俺たちを誘ってるつもりだろう」
その気配は魔族特有のものだったが、どうしても引っ掛かることがあった。
「唯空、下神は元々潤沢な資金を持っているのか」
「いや、ここ数年で突然金持ちになりやがった。弟どもの調べじゃあレアメタルや神話級の魔道具を派手に売り飛ばしてるそうだ。それから銅やアルミを仕入れて、中古や処分済みのパソコンやスマホをかき集めていたと聞いたが……」
そうなると、上にいる人物が絞られてくる。
俺が日本に帰ると決意して、魔王討伐の暇を見ては日本での資金になりそうなものを集めていたら、
「大賢者様の祖国ではこんなクズ鉄のような物が希少なんですか」
とか、
「こんな安物の魔道具が、価値が出そうなんですか」
とか。
聖女アンジェが俺を手伝うと言って、買い物に同行しながら質問を繰り返していた。
それに魔王を討伐した際、異世界転移を可能にする扉は一枚しかなかった。
以前師匠から聞いた話では、
「この扉を開くには多くの人間の強い『念』が必要じゃ、その為には一万を超える人間を殺して『怨念』を集めるか、それと同等の『慈悲』や『愛』を持つ人間を
そんな才能を持つ人間がいるとも思えなかったが、アンジェは聖女としての資質だけは一流だった。
それに最初に襲撃を受けた時、謎の人物が
「やはり下神の後ろにいるのは、俺の知り合いのようだな」
俺がサーチ魔法でもれてくる魔力を分析しようとすると、足元が揺らいだ。
「こ、こっち来ないで!」
麻也ちゃんが俺をそっと支えてくれる。
言葉と行動にズレがあるのが気になるが……
「狐の嬢ちゃんの『呪』を飲み込んだせいで、お前さんの『呪』も活性化したみてえだな。ジジイ特有の『少しだけ思いをズラす』呪いは自覚しにくいし、感覚や認識を阻害する。特に妖力はその影響を受けやすい」
唯空が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「何か対策や解呪の方法はあるのか」
「対策は簡単だ、勘や経験と言った感覚を捨てて、目で見た物や耳で聞いたものを信じろ。そこまでジジイの『呪』は届かねえからな。解呪は…… ここまで進んじまったらあのジジイを殺すか、直接解呪方法を聞くしかねえだろう」
「分かり易くて手っ取り早い方法だな」
俺が苦笑いすると、
「じゃあ因縁をぜーんぶスッキリさせるために、早速三階へ行きましょう!」
春香が元気よく手を上げ、俺を支えていた麻也ちゃんが頷く。
「俺の勘が当たっていれば、上にいる奴は知り合いだ。唯空も麻也ちゃんも春香も、危険だからここで戻ってくれ」
正直、この状態で他人を守れるかどうか不安だ。
「まだろくに働いちゃいねえからな、嬢ちゃんたちだけ待機させて俺は連れてってくれ」
唯空は俺に近寄ると、
「それにその知り合いとやらは、最近俺が追っかけてる奴かも知れねえからな」
小声で耳打ちしながら、ニヤリと笑った。