▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
異世界帰りの大賢者様はそれでもこっそり暮らしているつもりです 作者:木野二九

第三章 聖者は悲しみを胸に秘める

23/90

瞳の奥で

 二階の結界に侵入しながらフォーメーションの打ち合わせをする。


「春香が先に攻撃を仕掛け、次いで俺がそのサポートに入る。麻也ちゃんと唯空は……」

「それなら、俺にしんがりを任しちゃくれねえか」


 唯空の戦力なら間に麻也ちゃんを挟むのは効率が悪いし、今後ろを守る必要はないが、彼なりの考えがあるのだろう。


 だったら、任せた方が良いかもしれない。


 俺が頷くと、

「ご主人様、見ててくださいね! 新必殺技も山盛りですから、もう、ご期待に沿いまくりです」

 春香は洋風の扇子を広げてニヤリと笑った。


 非常階段を上って二階の避難口を開けると、薄暗闇の廊下に三人の巫女服少女が佇んでいる。目の焦点は合って無く、手にはそれぞれ日本刀や錫杖や小槌のような物を握っていた。


 その後ろには青白い顔の痩せた背の高い白装束の男がひとり。


「佳死津の連中も魔族軍とやらも当てにならんな。なんだ、使い捨てたはずの薄汚い猫までいるじゃないか…… まったく、困ったものだ」


 その顔にお似合いの、いやらしい笑みを浮かべた。

 男が手を振ると同時に、巫女服の少女たちが春香を襲う。


「みんな、今助けてあげるからまってて」

 春香が猫のように俊敏に攻撃を避けると、扇子から紙吹雪が舞う。


「そんな子供だましは通用せん」


 痩せ男がもう一度手を振ると春香の紙吹雪が揺らいだが、


「式よ、強く気高く舞え!」

 春香の声に紙吹雪が炎を帯び、速度が急速に増す。


 何だかネーミングが長すぎて、忘れてしまったが……

 あれは、最近春香が特訓していた炎のうんちゃらなんちゃら舞だ!


「くそっ、なんだ!」

 痩せ男が叫ぶ。

 焦って操作が甘くなったのか、


「春香、首筋に糸がつながっている」

 制御を失敗した痩せ男の術式が、確りと見えた。


「サンキューです、ご主人様!」

 春香が扇子で糸を断ち切ると、少女たちは力を失いパタリと音を立てて倒れる。


「とどめですー」

 不用意に飛び込んだ春香に、後ろで唯空が舌打ちしたが、


「伸びろニョイ」

 俺が牽制の突きを入れると、


「ぐげぶっ!」

 踏みつぶされたカエルのような声を上げて、あっけなく痩せ男は倒れてしまう。


「ご主人様、そんな……」

 春香が近付いて足でガシガシ踏みつけても、男は転がりながら苦しみ悶えるだけだった。


「あたしがやられたふりをして、そこからババビューンと会心の『バーニング・バタフライ・スーパーストリームアタック』で息の根を止める予定だったのに」


 その名前の長さに思うところはあったが、


「すまなかった、ただフォローの軽い牽制を入れただけだったが…… ここまで弱いとは思わなかった」


 俺は素直に春香に謝った。


「それよりこの娘たち!」

 倒れた少女たちに麻也ちゃんが駆け寄る。

 サーチすると、やはり巫女服美少女から春香や鬼娘と同じ術式が感知できた。


「安心しろ」

 俺が近付こうとしたら、

「まさか、順番におっぱいを揉む気じゃないでしょうね!」


「さすがに三度目だ、もう解除方法は理解してる」

 俺が魔法陣を組んで三人の巫女服美少女に振り分けると、自爆術式が消える。


 麻也ちゃんが口を尖らせて俺を睨んだ。

 すると唯空が、待ってましたとばかりに麻也ちゃんの目を覗き込む。


「やはりこりゃ、下神の『(しゅ)』だな。それも芦屋のジジイのとっておきだ」


 麻也ちゃんが唯空の言葉に首を捻る。


「解呪方法はあるのか」

 唯空の言う下神の『呪』が俺には見えない。


 今までは、ただぼんやりと危機を感じていたが……

 気付けばそこにある魔術がハッキリと理解できる。


「かなり進行してやがる。生半可な技じゃあ逆効果になりかねねえし、ほっといてもあぶねえ…… 嬢ちゃんの母親を思う気持ちに付け込んだんだろう。あのジジイの(しゅ)は、人の気持ちの方向性を少しずつ変えるもんだ。それで真綿で首を締めるように相手を落とし込む。今回は嬢ちゃんも知ってて、母親の為にこの瞳を利用してた節もあるしな」


「そんなに進行していたのか」

 やはり俺のサーチ魔法にもズレがあるようだ。


「そこに溜まる憎悪を俺が受け取ってもダメか」

 なら急がなくちゃいけない。


「そんなことができるなら可能かもしれねえが、お前さんの心が壊れちまうかもしれねえぜ」

 唯空は俺を心配したが、その方法が使えるなら迷うことはない。


「大丈夫だよ、もう俺の心は壊れている」


 心が更に壊れるより、加奈子ちゃんやそれを守ろうとした麻也ちゃんが、これ以上辛い思いをすることが耐えられない。


 震え始めた麻也ちゃんに、俺はゆっくりと近付く。

「加奈子ちゃんの瞳が人の憎悪を吸収する物だって言うのは、さっきの取り調べの時に確認した」


「ママは悪じゃない。災厄なんかじゃない」


「その憎悪が一定量を超えると何かが起きることも、麻也ちゃんが加奈子ちゃんが苦しまないように、今までそれを受け取っていたことも気付いてた。でもまさかここまで進行してたとは……」


 自分のうかつさに腹が立って仕方がない。


「ママに手出ししたら承知しないから」


 もう、麻也ちゃんの精神もギリギリだったんだろう。

 瞳を覗き込むと、いくつかのほころびが見える。


 暴力的な行為は、やはり何かを発散したい気持ちの表れだったんだろう。

 他人から他人に対する性的な視線や行動に過度に反応するのも、加奈子ちゃんが周囲から受けた視線や言葉の『欲望』が入り乱れて、妙な作用を起こしているせいだ。


 瞳の奥では嫉妬や妬みや悲しみが、黒く渦巻いている。


「今まで辛かっただろう、それに待たしてごめん。安心して、麻也ちゃんも加奈子ちゃんも必ず俺が守る」


「ママを、ママを……」


 俺が涙を溜めた瞳から、その憎悪を受け取ると、麻也ちゃんは力尽きたように倒れた。


「麻也ちゃんは大丈夫なのか」


 この世界の魔術にまだ疎いから、これで良かったのか確信が持てない。

 念のため唯空に聞いてみると、


「嬢ちゃんはこれで安心だが…… 俺はやっぱり、お前さんが心配だよ」



 唯空は小声でそう呟くと、辛そうな眼差しを俺に向けた。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
主要キャラ設定UPしました
下記をクリックすると活動報告のキャラ設定へ移動します
大賢者様 キャラ設定
 
新作始めました!
↓こじらせた女子高生が悪役令嬢として活躍する物語です↓
『その伝説の乙女ゲーマーは現実世界の恋愛フラグが回収できない』
 
こちらもどうかよろしくです(o_ _)o

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。