瞳の奥で
二階の結界に侵入しながらフォーメーションの打ち合わせをする。
「春香が先に攻撃を仕掛け、次いで俺がそのサポートに入る。麻也ちゃんと唯空は……」
「それなら、俺にしんがりを任しちゃくれねえか」
唯空の戦力なら間に麻也ちゃんを挟むのは効率が悪いし、今後ろを守る必要はないが、彼なりの考えがあるのだろう。
だったら、任せた方が良いかもしれない。
俺が頷くと、
「ご主人様、見ててくださいね! 新必殺技も山盛りですから、もう、ご期待に沿いまくりです」
春香は洋風の扇子を広げてニヤリと笑った。
非常階段を上って二階の避難口を開けると、薄暗闇の廊下に三人の巫女服少女が佇んでいる。目の焦点は合って無く、手にはそれぞれ日本刀や錫杖や小槌のような物を握っていた。
その後ろには青白い顔の痩せた背の高い白装束の男がひとり。
「佳死津の連中も魔族軍とやらも当てにならんな。なんだ、使い捨てたはずの薄汚い猫までいるじゃないか…… まったく、困ったものだ」
その顔にお似合いの、いやらしい笑みを浮かべた。
男が手を振ると同時に、巫女服の少女たちが春香を襲う。
「みんな、今助けてあげるからまってて」
春香が猫のように俊敏に攻撃を避けると、扇子から紙吹雪が舞う。
「そんな子供だましは通用せん」
痩せ男がもう一度手を振ると春香の紙吹雪が揺らいだが、
「式よ、強く気高く舞え!」
春香の声に紙吹雪が炎を帯び、速度が急速に増す。
何だかネーミングが長すぎて、忘れてしまったが……
あれは、最近春香が特訓していた炎のうんちゃらなんちゃら舞だ!
「くそっ、なんだ!」
痩せ男が叫ぶ。
焦って操作が甘くなったのか、
「春香、首筋に糸がつながっている」
制御を失敗した痩せ男の術式が、確りと見えた。
「サンキューです、ご主人様!」
春香が扇子で糸を断ち切ると、少女たちは力を失いパタリと音を立てて倒れる。
「とどめですー」
不用意に飛び込んだ春香に、後ろで唯空が舌打ちしたが、
「伸びろニョイ」
俺が牽制の突きを入れると、
「ぐげぶっ!」
踏みつぶされたカエルのような声を上げて、あっけなく痩せ男は倒れてしまう。
「ご主人様、そんな……」
春香が近付いて足でガシガシ踏みつけても、男は転がりながら苦しみ悶えるだけだった。
「あたしがやられたふりをして、そこからババビューンと会心の『バーニング・バタフライ・スーパーストリームアタック』で息の根を止める予定だったのに」
その名前の長さに思うところはあったが、
「すまなかった、ただフォローの軽い牽制を入れただけだったが…… ここまで弱いとは思わなかった」
俺は素直に春香に謝った。
「それよりこの娘たち!」
倒れた少女たちに麻也ちゃんが駆け寄る。
サーチすると、やはり巫女服美少女から春香や鬼娘と同じ術式が感知できた。
「安心しろ」
俺が近付こうとしたら、
「まさか、順番におっぱいを揉む気じゃないでしょうね!」
「さすがに三度目だ、もう解除方法は理解してる」
俺が魔法陣を組んで三人の巫女服美少女に振り分けると、自爆術式が消える。
麻也ちゃんが口を尖らせて俺を睨んだ。
すると唯空が、待ってましたとばかりに麻也ちゃんの目を覗き込む。
「やはりこりゃ、下神の『
麻也ちゃんが唯空の言葉に首を捻る。
「解呪方法はあるのか」
唯空の言う下神の『呪』が俺には見えない。
今までは、ただぼんやりと危機を感じていたが……
気付けばそこにある魔術がハッキリと理解できる。
「かなり進行してやがる。生半可な技じゃあ逆効果になりかねねえし、ほっといてもあぶねえ…… 嬢ちゃんの母親を思う気持ちに付け込んだんだろう。あのジジイの
「そんなに進行していたのか」
やはり俺のサーチ魔法にもズレがあるようだ。
「そこに溜まる憎悪を俺が受け取ってもダメか」
なら急がなくちゃいけない。
「そんなことができるなら可能かもしれねえが、お前さんの心が壊れちまうかもしれねえぜ」
唯空は俺を心配したが、その方法が使えるなら迷うことはない。
「大丈夫だよ、もう俺の心は壊れている」
心が更に壊れるより、加奈子ちゃんやそれを守ろうとした麻也ちゃんが、これ以上辛い思いをすることが耐えられない。
震え始めた麻也ちゃんに、俺はゆっくりと近付く。
「加奈子ちゃんの瞳が人の憎悪を吸収する物だって言うのは、さっきの取り調べの時に確認した」
「ママは悪じゃない。災厄なんかじゃない」
「その憎悪が一定量を超えると何かが起きることも、麻也ちゃんが加奈子ちゃんが苦しまないように、今までそれを受け取っていたことも気付いてた。でもまさかここまで進行してたとは……」
自分のうかつさに腹が立って仕方がない。
「ママに手出ししたら承知しないから」
もう、麻也ちゃんの精神もギリギリだったんだろう。
瞳を覗き込むと、いくつかのほころびが見える。
暴力的な行為は、やはり何かを発散したい気持ちの表れだったんだろう。
他人から他人に対する性的な視線や行動に過度に反応するのも、加奈子ちゃんが周囲から受けた視線や言葉の『欲望』が入り乱れて、妙な作用を起こしているせいだ。
瞳の奥では嫉妬や妬みや悲しみが、黒く渦巻いている。
「今まで辛かっただろう、それに待たしてごめん。安心して、麻也ちゃんも加奈子ちゃんも必ず俺が守る」
「ママを、ママを……」
俺が涙を溜めた瞳から、その憎悪を受け取ると、麻也ちゃんは力尽きたように倒れた。
「麻也ちゃんは大丈夫なのか」
この世界の魔術にまだ疎いから、これで良かったのか確信が持てない。
念のため唯空に聞いてみると、
「嬢ちゃんはこれで安心だが…… 俺はやっぱり、お前さんが心配だよ」
唯空は小声でそう呟くと、辛そうな眼差しを俺に向けた。