今宵の撲殺炎は一味違うぜ
転移先はビルの正面にある駐車場を選んだ。
「クイーンさんの姿が見えない」
麻也ちゃんが心配そうに空を見上げたが、
「ビル全体…… 上空まで全部、結界がかかってる」
春香は嫌そうに顔を歪めた。
「これから侵入するが、その前に装備の点検だ」
春香は手慣れた感じで最近使用している洋風の扇子や新しく自作した式神をチェックしたが、麻也ちゃんはそれを見ておたおたするだけだった。
「これも戦闘の基本なんだ、備えあれば患いなしってね」
俺は麻也ちゃんに近付き、少し悩んでから……
ナックルガードのついたグローブと革の胸当てを収納魔法から取り出し、補強魔法をかけてサイズの調整をする。
「ねえ、これは?」
「このグローブは伝説の
麻也ちゃんは少し顔を歪めてそれを受け取る。
「……そう、あ、ありがとう。で、もうひとつのこれは?」
「
俺がブルンブルンの胸を確認すると……
グローブを装着した麻也ちゃんの見事なアッパーカットが飛んできた。
× × × × ×
結界に侵入すると、そこは戦場だった。
嗅ぎなれた血の匂いと聞きなれた叫び声に混じり、火薬の匂いと銃撃音が聞こえる。
一階の受付フロアには自動小銃を構えたスーツ姿の男たちが椅子や机でバリケードを作り、剣を振り回す魔族軍やそれに使役された巨漢のオーガ兵を射撃していた。
バリケードの中まで進むと、カウンター奥の受付事務所に負傷した人々が寝転がっている。麻也ちゃんと春香が走り寄ると、
「
聞き覚えのある声が耳に入った。
「
「お前は…… そうか、アリョーナの奴が言ってたな。此処の用心棒になったって」
「それより」
麻也ちゃんが慌ててグローブを外し、血だらけのロン毛兄弟の治療を始める。
「本山の動きがおかしくってな、俺たちはこのビルを見張ってたのさ」
「本山?」
「上の方じゃ下神と対立する連中と調和を主張する連中で割れててな。調和を唱える奴らの金遣いが派手になりやがって、おまけに最近変な仕事ばかり押し付けてくる」
それで唯空たちは独自に調査を始め、その元凶がこの件にあると突き止めると、
「いきなり奇襲をかけられた」
唯空は歯を食いしばりながら怪我で倒れた弟たちを見つめる。
ひとりは片脚がねじれているし、もうひとりは革ジャンの隙間から内臓がはみ出していた。
麻也ちゃんは何度も回復魔法を使ったが、ロン毛の容態は改善に向かわない。革ジャンの中に入れていた血だらけの手をとりだして、小さく震わせと、
「あたしじゃ無理…… お願い、助けて」
俺を見上げて、ポツリとそうもらした。
「よく頑張った」
俺は麻也ちゃんの頭をポンと叩いて、受付事務所を見回す。
そこには治療に走り回る春香と、二十人を超える負傷者がいた。
「唯空、他に怪我人は?」
「一階にいた奴は全部俺がここにかき集めた、二階と三階の奴らは人質になってるみてえだ」
俺はその言葉に頷くと事務所の奥に温泉稲荷への転移ゲートを作り、フロア全体に回復魔法を展開した。
「そんな…… 信じらんない」
麻也ちゃんの呟きと同時に、怪我人の全てが回復を始める。
「過度の回復を避けるために力を抑えた。念のため麻也ちゃんと春香は怪我人を転移させてくれ」
唯空が意識の戻ったロン毛に近付く。
「大丈夫か、左門!」
「ああ、兄者…… 嘘のように痛みが消えた。これで俺も浄土に向かうのか」
麻也ちゃんがえぐり取られていた腹部が蘇生したことを確認して、
「まだ浄土には行けないみたいですよ」
涙を溜めた目で微笑んだ。
「なんと、俺は仏道の修験者だが天使に会ってしまった」
ロン毛がニコリと笑って、麻也ちゃんの震えていた手を握る。
麻也ちゃんを落ち着かせるための彼なりの優しさだったのだろうが、唯空がもっていた杖で「ゴツン」と頭を殴る。
「兄者、何するんですか」
「動けるなら左門も怪我人の搬送を手伝え」
「俺、右門なんだけど」
ロン毛は麻也ちゃんの手を離すと、脚の治ったもう片方と春香に近付き、
「手伝うよ、ねえキミの名前は?」
「ああ、それは俺が持つから少し休んでて」
二人でニコニコと笑いかける。
「なかなか出来る男だな」
そのバイタリティに感心していると、
「心から感謝する。情けねえ話だが、今生の別れを覚悟していた」
唯空が俺に深々と頭を下げる。
「これはアリョーナさんとかわした契約の一環で、仕事なんだ…… だから頭を上げてくれ」
唯空はフンと鼻を鳴らして頭を上げると、
「うちの弟どもと同じで、素直じゃねえヤローだ」
顔をそむけて小さく呟いた。
「ここの魔物は全て俺が討伐する。今戦闘中の人たちを連れて、唯空も避難しろ」
「それは右門と左門に任せる。二階には同門の退魔士もいるみてえだし、三階にはあのジジイの気配がする。俺がいれば戦い方の参考にもなるだろうし、おめえにかけられたジジイの『
唯空は落ちていた笠を拾い上げて被ると、
「それにな、今宵の撲殺炎は一味違うぜ」
笠の隙間から、俺に向かってニヤリと微笑んだ。