犀角独歩@saikakudoppo·2020年6月5日まあ、たまたま近代は日蓮正宗が創価学会を信徒団体として抱え込んだためにカルト的になった 日蓮正宗から創価学会色を除けば、ただの見世物小屋商売だけが残る 中世の一向一揆 比叡山の京都の日蓮系寺院を焼き尽くし 僧は僧兵で武装し、寺院は武器を蓄えて軍事基地 しかし大石寺に武装はなかった https://twitter.com/hokkebu1/status/1268577599682482176…このツイートはありません。119
犀角独歩@saikakudoppo·2020年6月5日いや、見世物小屋商法は明治あたりからですね 昭和30年、創価学会の奉安殿寄進で組織化され その後、正本堂で拡大 同規模の奉安堂にと造り変え いまに至りますね113
犀角独歩@saikakudoppo·2020年6月5日あまり知られていないですが 日寛の六巻抄は戦後 日蓮本仏論はむしろ 大石日応の釈迦日蓮一体の日蓮本仏論 福重照平の別体説で 戸田は当初、一体説で 池田はいつのまにか別体説という変遷です2
犀角独歩@saikakudoppo返信先: @hokkebu1さんたまたま大石寺のどっかから みつかり日亨と戸田が、講義し始めて 創価学会に広がった 戦後のことです それまで大石寺でも存在が忘れられていたようです午前6:25 · 2020年6月5日·Twitter for iPhone