ホームレス
無事に目当ての品々を購入した帰り道のこと。
駅から自宅への道を急いでいると、ふと妙なものが目に入った。コンビニエンスストアに面した細路地の一角で、フリルやリボンに彩られた可愛らしい衣服を着用した子供が、店の廃棄物の収められたケージの前でゴソゴソとやっている。
どこからどうみても残飯漁りだ。
これで漁っているのが見窄らしい恰好の老齢であれば、そういうこともあるだろうと気にも止めなかったことだろう。しかし、何度見返してもゴミを漁っているのは小学生ほどの子供である。それもアニメから飛び出してきたかのような衣服を身に着けている。
ケージに顔を突っ込んでいる手前、相手の表情を伺うことはできない。ただ、スカートから覗く若々しい肌の張りから、相手が背丈が小さいだけの成人であるとは思えなかった。ツインテールに云われた長い髪から、性別は女性と思われる。
「…………」
警察に通報するべきだろうか。
そう考えたところで、ふと思い出した。
我が身は先週からお巡りさんだ。
常に携帯しているようにと持たされた警察手帳は、今もズボンのポケットに突っ込まれている。これがあれば自分のような中年オヤジであっても、安心して歳幼い少女に声を掛けることができる。防犯ブザーを鳴らされることもあるまい。
最寄りの交番まで連れて行くことも可能だ。
「……よし」
義務教育の時分、自身もまた食べるものに苦労した覚えがある。
遠い親類から義理で施される白米に、醤油を掛けただけの食事。キャベツとウィンナーの炒めものや、具のないインスタントのラーメンがご馳走だった。友達の家に遊びに行って出されるオヤツが、日々の楽しみだったことを覚えている。
そうした経緯も手伝い、自然と歩みは動いていた。
「君、ちょっといいかい?」
「っ……」
片手で警察手帳を構えつつ、ゴミを漁る少女に声を掛ける。
すると相手はビクリと身体を振るわせて反応した。
勢いよくケージから顔が上げられて、視線がこちらを捉える。
実はこういうの、憧れてた。
警察手帳をかざして、国家権力を盾にして、偉そうに語るの。だって、絶対に気持ちいい。しかしながら、いざ実際にやってみると申し訳なさが先んじる。別に自分が凄い訳じゃないし、これといって得られるモノもない。
むしろ少し虚しい。
素人童貞にはよく分かる。玄人で童貞を卒業した時のような気分。
「…………」
「少しだけお話を聞いてもいいかな?」
相手は想定したとおり小学生ほどと思しき女の子だった。
クリクリとした大きな目元が印象的な、とても愛らしい顔立ちをしている。しかし、その表情からは子供らしさがまるで感じられない。何故ならば彼女のお顔には、感情らしい感情が窺えなかった。能面のような様相を晒している。
ジッとこちらを見つめる姿は、ホラー映画に出てくる子役お化けのようだ。
一方で外見はというと、パッと眺めた感じ魔法少女。
アニメなどでよく見るそれだ。
浮世離れしたピンク色の髪が人目につく。
フリルも盛り沢山。
ただし、そこかしこが汚れていたり、解れていたり、破けていたりする。匂いも相応のもので、少し近づいただけであっても、ホームレスとすれ違ったときのような悪臭が感じられた。髪の毛も皮脂でべたべたである。一日や二日ではこうはなるまい。
かなり年季の入った残飯漁りの経験が窺える。
「もしよければ、お巡りさんと一緒に近くの交番まで……」
「私のことは放っておいて」
こちらからの問い掛けも早々、彼女はゴミ箱に向き直った。
そして、再びガサゴソとゴミを漁り始めた。
「…………」
まさにプロの仕事である。
寡黙にして淡麗な漁りに妙な気迫を感じる。
おかげで声を掛けることも憚られた。
下手に騒動を起こして、本職のお巡りさんに迷惑を掛けるのもよくない。警察手帳こそ備えても、その立場はハッキリとしない。張り切って交番業務に手を出すのも、本来のお巡りさんたちからすれば迷惑な話だろう。課長からの評価も下がる。
そこで致し方なし。
「これ、もしよかったら食べるかい?」
手に下げたビニール袋から、アイスを差し出してみる。
すぐ近くにある駅前のお店で購入したものだ。本日の夕食後、デザートにと考えていた品である。しかしそれも、コンビニの廃棄を漁る少女を目撃したのなら、自ずと身体が動いていた。ピーちゃんの分と併せて二つ買ったので、自分の分を一つプレゼントである。
相手が成人のホームレスだったら、きっとこんなことはしなかっただろう。
「……補導しないの?」
すると彼女は妙なことを問うてきた。
もしかして、常連なのだろうか。
「補導して欲しいのかい?」
「…………」
ただ、その言葉に首を傾げたのも束の間のことである。
「私に関わらない方がいいよ、お巡りさん」
「っ……」
ふわりと少女の身体が空に浮かび上がった。
両足が地面から浮かび上がり、何の支えもなく肉体が空に舞い上がっていく。
おかげでビックリだ。思わずその姿を凝視である。
「じゃあね」
そして、彼女は短く一言だけ告げて、どこへとも消えていった。
背後の風景が裂けるように、何もない空間に真っ黒な割れ目がジジジと現れて、これが彼女の身体を飲み込んだのである。それこそサイエンスフィクションの映像作品に眺める、ブラックホールさながらの光景だ。
「……マジか」
育児放棄にあった浮浪児かと思いきや、まさかの異能力者だった。