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佐々木とピーちゃん 異世界でスローライフを楽しもうとしたら、現代で異能バトルに巻き込まれた件 ~魔法少女がアップを始めたようです~ 作者:金髪ロリ文庫

第一章 ~異世界と異能力~

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レシピ

 上司とのやり取りを終えた後は、総合スーパーに向かい仕入れを行った。


 ちなみに本日は一人での作業だ。


 色々と身の回りが忙しなくなってしまったので、今後はピーちゃんを屋外に連れ出すことも控えるべきだろう。少なくとも人目のある場所では、普通のペットとして接しないと不味そうである。本人にもその旨、合意を頂戴した。


 おかげで楽しかった仕入れの時間が、少し寂しくなった。


 そうして迎えた異世界入り。


 いつもの魔法で自宅から異世界の拠点にひとっ飛び。


 そこから徒歩で副店長さんの下まで向かった。


「……と言う訳で、取り急ぎ問題が片付きました。ですが向こうしばらくは、突発的に忙しくなる可能性がありまして、一方的なご相談となり申し訳ないのですが、そのあたりご理解を頂けたらと」


「わざわざご説明下さりありがとうございます。まずはササキさんが無事に戻られたことに安堵しております。今後についても承知しました。無理なことをお願いするつもりは毛頭ありませんので、末永くお付き合いできたら幸いです」


「ありがとうございます。とても助かります」


「あれだけ素晴らしい品ですから、その製造も大変な手間でしょう」


 副店長さんには、商品の製造過程で問題が発生したと伝えさせて頂いた。まさか素直にあちらの世界での出来事を説明する訳にはいかないので、こればかりは仕方がない。当面は製造ラインが安定しない云々、ご説明させてもらった。


「それで早速なのですが、今回見て頂きたいのは……」


 場所はいつもの応接室、そのソファーに腰掛けてのやり取りだ。


 正面のローテーブルに、日本から持ち込んだ品々を並べていく。砂糖やチョコレートといった定番商品については、商会へ足を運んだ時点で他の担当者に受け渡した。この場に残っているのは新たに持ち込んだ品々だ。


 前回に引き続き、アウトドア製品で攻めてみた。


 色々と持ってきたけれど、目玉となる商品は二つ。弓矢を利用した狩猟と併せて、釣りも同じような層の貴族に人気がある趣味とのことで釣具を一式。また、現地での連絡手段として、トランシーバーと乾電池のセット。


 それぞれ機能と使い方を副店長さんにご説明した。


 食いつきが良かったのはトランシーバーだ。


「……ササキさん、これは凄いですよ」


「たしかに便利な品ではありますが、先程ご説明した通り、利用には燃料が必要です。この小さな金属を一つ使って、一日と少し動かすことができます。金属の中に収められている力がなくなったら、何の役にも立たないので注意して下さい」


「そうだとしても大したものです。ですがこれは狩猟などではなく、戦の為の道具ではありませんか? 仮にそちらの燃料が一つ金貨百枚であっても、買い求めるだけの価値はありますよ」


「そうですね、元々は戦の為に開発された道具です」


「そのような物を我々に売ってしまって、よろしいのですか?」


 怖ず怖ずと言った様子で問い掛けてくる。


 後々問題になったらどうしよう、とか考えているのかも。


「数には限りがありますし、燃料の金属も有限です。また、仮に分解して中身を解析したとしても、恐らく同じものを作ることは困難だと思います。なので少数であれば販売しても問題ないと判断しました」


「なるほど……」


 ワンセット数千円の安価なトランシーバーだけれど、こちらの世界では価値があるようだ。その開発に携わった過去の偉人一同に感謝しつつ、自分やピーちゃんが異世界で贅沢する為の資金源として、ありがたく利用させて頂こう。


 そして、トランシーバーや釣具以外の商品も、それなりに需要があるとのことで、持ち込んだ品々については、丸っと引き取ってもらえることになった。おかげで今回も在庫を抱えずに済んでホッと一息である。


 気になる買取価格は、込み込み金貨五千六百枚とのこと。内三千枚は三セットのトランシーバーと、これを動かす為の乾電池五十本である。過去最高のプライシング。おかげで手持ちの金貨が一万枚近くまで膨れ上がった。


「この度も素晴らしいお取り引きをありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ素早いご対応を恐れ入ります」


 ローテーブル越しに頭を下げて、取り引き終了のご挨拶。


 そこでふと、これまで気になっていたことを訪ねてみることにした。


「ところで一つよろしいでしょうか?」


「なんでしょうか?」


「こちらの商会の代表の方はいらっしゃいますか?」


 いつも副店長さんのマルクさんが相手をして下さるので、一度も顔を見たことがなかった。日本では数日の期間ながら、こちらの世界では数ヶ月近い時間が経過している。ご挨拶くらいした方がいいのではないかと考えた次第だ。


「代表のハーマンは、大きな商談を行う為に首都まで足を運んでおります。そして、今年一杯は戻る予定がありません。もしも急ぎのご用ということであれば、手紙を出させて頂きますが、いかがしましょうか?」


「いえ、それなら大丈夫です」


「よろしいのでしょうか?」


「もしもいらっしゃるようなら、ご挨拶をと思いまして」


「そういうことであれば、こちらに戻った際には是非お願いします」


「ありがとうございます」


 自動車や新幹線といった高速な移動手段が存在しない為、他所の町と行き来するのにも時間が掛かることだろう。ピーちゃんに瞬間移動の魔法を頼めば、サクッと行って帰ってくることができるかもだけれど、当面は保留だ。


 能力者云々で乱れた生活習慣が落ち着くまでは控えておこう。


 仕事にさえ慣れたのなら、商社勤めより自由な時間は増える筈である。




◇◆◇




 副店長さんと別れた後は、シェフの人に会って話をした。


 飲食店の経営状況は相変わらず順調とのこと。レシピも大半を消化したそうで、同日は彼のお店でご飯を食べさせてもらう運びとなった。書き入れ時から外れて店が空いた時間帯、店の奥まった場所にテーブルを用意してもらっての食事だ。


 二人がけの控えめな円卓、対面には卓上にピーちゃんの姿がある。


『これはなかなか美味いな。経験のない味だ』


「こっちの世界だと、香辛料の種類が少ないからかな?」


 我々が食しているのはスープカレーだ。


 日本で流通している一般的なカレーライスは見た目がよろしくない。いきなり出しても食べてもらえない可能性があった。そこで先んじてスープカレーを提案したところ、これが存外のことウケているそうな。


 ただし、利用しているスパイスの大半は、砂糖やチョコレートと一緒に日本のスーパーから持ち込んでいる。なので一日十食の限定商品とのこと。今後は現地の食材での再現を検討したい。


『肉が柔らかくて美味い。ピリピリしているのもいい』


「たしかにこの肉の柔らかさは堪らないね」


 完成度は想像した以上だった。


 もしかしたら辛いだけのスープになってしまうかも、などと考えていたのだけれど、ちゃんとレシピ通り作って下さったようだ。おかげでまだ見ぬ他のレシピ料理についても、今から期待してしまう。


 ちなみにピーちゃんの分はお肉多め。


「あの、い、いかがでしょうか?」


 食事を取っていると、シェフの人が我々の下までやってきた。


 いつものエプロン姿である。


「とても美味しいです。こちらが考えていたとおりですよ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「こちらこそ見事に再現して下さり、ありがとうございます」


 シェフの人のおかげで、ピーちゃんに多少なりとも報いることができた。フレンチさんとは出会いこそ酷いものであったけれど、結果的にはこうしてお誘いして良かった。お店の経営も商会の副店長さんと協力して、まるっと面倒を見て下さっている。


 当然、お礼をするべきだろう。


 事前に用意していた金貨の包みを差し出させて頂く。金貨を束にして紙とテープで止めたものだ。流石に裸で渡すのが申し訳なく思えてきたので、それっぽくデコってみた。おかげで大河ドラマにある江戸時代の小判みたいな感じ。


「こちらは先月分のお給料となります」


「あ、ど、どうもありがとうござ……え、あの、これはっ……」


「レシピを再現して下さったお礼も入っております」


「……ほ、本当にもらってしまっていいのですか?」


「どうぞ、お受け取り下さい」


 金貨も三十枚となると、結構な厚みがある。


 こちらのお店の収支については、商品の持ち込みと併せて、商会で副店長さんから共有を受けている。先月は金貨百枚の黒字だったという。自分はこれといって何もしていないのに、金貨百枚が懐に入り込んできた。当然現場にも還元したくなる。


「こ、今後も誠心誠意頑張らせて頂きます!」


「是非よろしくお願いします」


「はい!」


「それと来月からは、店の利益に見合った額をご自身で計上して下さい。今後こちらのお店の経営に関してはフレンチさんにおまかせします。月に一度、報告だけ上げてくだされば結構です」


 いちいちお給料を渡しに行くのも面倒である。それにこちらの都合で会いに行けない場合も、今後はちょくちょく出てきそうだ。そう考えた時、お店のことについては、もう全部彼に任せてしまった方が無難だと思う。


 ハーマン商会さんのサポートもあるから、きっと大丈夫だろう。


「え、それって……」


「いつも丸投げで申し訳ありませんが、お店を頼みます」


「は、はいっ! ありがとうございます!」


 しかしなんだ、自分が努力した訳でもないのに、こうして畏まられると居心地がよろしくない。どれもこれもピーちゃんのおかげである。当の本人が目の前に鎮座している手前、シェフの人に持ち上げられると、どうにも居心地が悪い。


 めっちゃ美味しそうにお肉を啄んでいらっしゃる。


「すみませんが、あとは勝手に楽しませて頂いても構いませんか?」


「え? あ、は、はいっ! それでは失礼いたします!」


 それとなくお伝えすると、彼は厨房に戻っていった。


 ここ最近はピーちゃんに苦労ばかり掛けてしまっているので、こちらのお店のご飯で少しでも気分を良くしてくれたら嬉しい。同店の存在は彼の為と称しても過言ではない。当面は今くらいの感覚で、ゆっくりと運営してもらえたら幸いだ。


『しばらくはこの店で食事を摂りたい』


「それは僕も同意見だよ」


『他にも色々とレシピを渡したのだろう?』


「そうだね」


『それらはこれと同じくらい美味いのか?』


「個人的にはそう思うけど」


『貴様、なかなかやるじゃないか』


「ピーちゃんに満足してもらえて嬉しいよ」


『神戸牛のシャトーブリアンは残念だったが、これはこれで良いものだ。他にも色々と控えているとあらば、当面は楽しむことができるだろう。これであちらの生活が落ち着けば、我々の生活もしばらくは安泰だな』


「早いところ落ち着くといいんだけどねぇ……」


 ご満悦な文鳥の姿を眺めて、こちらも心が暖かくなるのを感じた。

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