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日本語が話せないロシア人美少女転入生が頼れるのは、多言語マスターの俺1人 作者:アサヒ

第四章

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66話: 不意打ち

あ〜の〜ひあ〜の〜とき〜あ〜のば〜しょ〜で……

「あれ? あそこにいるのって、ニュースで映ってたシオンちゃんの弟じゃね?」

「ほんとだ! シオンちゃんと一緒に悪いお母さんと闘ってたっていう……」

「隣の女の子……彼女か? めちゃ可愛いゴフッ!」


 その瞬間、室内の客の視線が一斉に俺たちに集まった。

 中にはチーナに目が行って、彼女から制裁を受けている男もちらほら。


 油断した。


 先日の親権喪失騒動の際、俺も少しだけメディアに顔を出したのだが、まさかここまで認知されているとは……。

 そう言えば、俺は読んでいないが週刊誌などにも載せられていたらしい。宮本談。


 あの後随分マスコミに張り付かれたんだよな……。

 嫌な思い出だ。



「なあ。あんたシオンちゃんの弟だよな」


 そんな中、複数いるカップルのうちの1組がこちらに歩み寄ってきた。

 話しかけてきたのは、いかにも軽薄そうな男。隣には彼女らしき女性。

 年齢は、2人とも俺より少し上くらいだろうか。


「いやー、俺の連れがシオンちゃんのファンでさ〜」

「さいですか」


 わざとらしく頭を書きながら、たはーって感じで話しかけてくる男。

 聞いてねえよ。せっかくのデートを邪魔すんな。


 だがその男、どうやら思っていた以上に面倒くさい奴だった。


「それでいろいろ話とかしたいし、今からダブルデートなんてどう?」


 チラチラとチーナに視線をやりながら。


 久々に頭弱い奴が出てきた気がするな……。

 こいつ、彼女がいるくせにチーナにも手を出そうと言うのか。

 とんでもないゲスだ。極めてるな。


 もちろんゲス男の隣にいる彼女らしき女性は不満顔。

 ただその鬱憤を、チーナに対する嫉妬の視線に載せている辺り同情の気持ちも薄れるが……。


「今日は2人で遊びに来たんで、生憎です。そもそも……」


 兎にも角にも、こんな無意味な誘いさっさと断るに限る。

 いつまでも足止めを食らっていると総司達が来てしまうし、周りのカップルもざわざわし始めた。


「そもそも、何のニュース見たか知らないですけど、俺は鏡でもなければシオンの弟でもないんですが?」

「……え? いやいやそんなわけ……」


 俺の予想外の返答を聞いて慌てるゲス男。

 無理もない。事実メディアに映っていたのはおれなんだから。


「俺の姓は鏡じゃないんすよ。なんなら免許証でも見せましょうか?」

「ま、まじか……」

「だから、俺と関わってもシオンとお近付きにはなれませんよ」

「……」


 今の俺の姓はコックスだし、養子に入った時点で戸籍上詩織との姉弟関係は無くなった。

 秘技、嘘はついてません戦法。詩織の十八番である。あいつの真似事とは不本意だが、仕方ない。


 俺の言葉を信じたゲス男は、勘違いによる恥辱で若干赤面している。


「なんだ、人違いか」

「なんか似てる気がしたけどね」


 俺たちの会話を聞いて、周りのカップル達はまた自分たちの時間に戻って行った。

 みんなうまいこと勘違いしてくれたらしい。

 まあメディアに写ったと言っても半月以上前だし、詩織はともかく弟の顔なんて誰も興味は無く、朧気にしか覚えていなかったのだろう。

 逆に、最初に俺に気付いた奴はよく覚えてたものだ。


「ま……まあ人違いだったにしても何かの縁だし、一緒に遊ぼうぜ」


 しかしそのゲス男は、尚も食い下がってきた。

 醜態を晒されて尚この気力。なかなかやりおる。


 でもそれは、人の神経を逆撫でする行為でしかない。


 せっかく今日はチーナとのデートなんだ。

 水を差してくんじゃねぇ。


「俺は今日こいつと"2人で"デートしてるんで……変な気起こさないでくれませんかね?」


 チーナの肩に手を置きつつ、酷薄な眼差しでゲス男を睨みつける。

 俺は自分で思っているより頭にきているのかもしれない。

 俺の様子を見て、目の前のカップルがたじろいだように感じた。


「それじゃ」


 その隙に、俺はチーナの手を引いてさっさとその場を去る。


 いくつかのエリアを素通りし、ひとまず先程のカップルや総司たちと遭遇しない所まで。


『ひとまず、この辺りでいいか』


 そして無心で歩いてきた後、偶然たどり着いた水槽。

 それを見たチーナが……


『あ、イルカ……』


 ポツリと、言葉を漏らした。


 俺たちが立ち止まったのは、一面を覆い尽くす巨大なイルカの水槽。


 床から天井まで広がる水色の世界を、数頭のイルカが優雅に泳いでいる姿は、美に疎い俺にも幻想的に見えた。


 そういや結局イルカショーも見れなかったし、せっかく水族館に来たのに、イルカを見て帰らないというのも勿体ない。


 その旨を伝えようと、俺は振り返ってチーナに話しかける。


『なあチーナ。ここで少し休憩して……』


 だが、俺はその言葉を最後まで紡ぐことが出来なかった。



 優雅に泳ぐイルカを見つめる彼女の瞳から、一筋の涙が流れ落ちたから。



『え……どう、したんだ』


 突然の事に、俺はどもってしまう。

 いや、突然という訳でもなかったかもしれない。


 思い返せば、水族館に来てからチーナは妙にイルカを見るのを避けていたような節があった。

 別にイルカは怖い生き物でもなんでもないし、チーナも怯えている様子ではない。

 彼女にとって水族館は初めてという訳でもない。

 ならどうして……





 そうか、初めてじゃないからだ。





『思い出すのか? ご両親を』





 俺はある回答に辿り着き、そしてそれをチーナに尋ねた。

 少々不躾かもしれないが、ここで聞かないのも不誠実な気がする。


『ごめん……ごめんね……せっかく今日は、ヨリと2人で遊びに来てるのに……』


 そして俺の考えを肯定するように、チーナは涙を拭いながら謝ってきた。

 俺とのデートで、他の人の事を思い出して涙が出た事を申し訳なく思っているのだろう。


『お父さんがね……イルカが好きだったの』


 そのまま、チーナはポツリポツリと家族の話を紡ぎ始めた。

 なんだかんだ、彼女自身の口から両親の話を聞くのは初めてかもしれない。

 俺は黙ってチーナの言葉に耳を傾ける。


『それで、小さい頃から近くの水族館によく連れて行って貰ってたんだ。その度に、イルカは賢くて、優しくて、美しい生き物なんだよ……って……』


 そこまで話して、また俯いてしまうチーナ。


 無理もない。

 言っても、親を失ってまだ半年程度しか経っていないのだ。寂しくて当然だ。

 むしろ今まで弱音も吐かずに頑張っていたと思う。

 言語も通じない外国の地で。


 少しの間の後、チーナは顔を上げ、無理やり口端を上げて明るく振る舞う。


『ごめんね、ヨリ。もう、大丈夫だから。そろそろ次に……』

『チーナ、好きだ』





 何故か言葉が、口をついて出てしまった。








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ラブストーリーは突然に。


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