56話: プロローグ〜平和な日常〜
真面目な話が続いた弊害で、今話は作者のおふざけ回になっております。
テキトーに付き合ってください笑
俺は悩んでいた。猛烈に悩んでいた。
まじで脳が擦り減ってシワが無くなるんじゃないかと言うほど悩んでいた。
何に悩んでいるかって? それは……
チーナにおはようドッキリを仕掛けるか否か
である。
もちろんただおはようを言うだけでは無い。
合い鍵を使ってチーナの部屋に突入し、「おはよう」と優しく揺り起こすのだ。
時刻は6時20分、仕掛けるなら今。
しかし俺はある理由から、行動に移すのを躊躇っている。
俺はチーナを惚れさせると決めた。
だが無論、今まで女を落とそうとした経験は無い。訓練で水に突き落とした事ならあるが、それでときめく女はいない気がする。
要は惚れさせたくても、何をしたらいいか分からないのだ。
そこで、とりあえず今までチーナにやられてドキッとした事をやり返してみようと思い至ったのだが……
俺のおはようドッキリって効果ある?
そう、これこそが今俺が悩んでいる原因なのだ。
朝の開眼1番に俺の顔を見た所で、その日1日ハッピーになれるだろうか?
むしろ怒られるんじゃないか?
寝起きの顔を見られることは、年頃の女子にとって屈辱なんじゃないか?
でもだからといって、このまま何もしないのも違うだろう。
くそぉ! 分かんねぇ!
「どうすればいいんだ……」
『ヨリー。お弁当のおかず、春巻きとコロッケどっちがいい?』
『両方でたのむ』
『どっちかにしてー』
いったい何が正解なんだ……。春巻きか、コロッケか……。
…………………………
『なんでいるんやあああぁ!』
『少し前からいたよ? ヨリが難しい顔してたから話しかけなかったけど』
『起きるの早すぎるだろ!?』
『何言ってるの。もう7時過ぎてるよ』
え、うっそほんとだわ!
どんだけ悩んでたんだ俺、ひくわああぁ。
にしてもさすがは不意打ちーナ。
俺がアホみたいに悩んでいる隙に、彼女は家の対面キッチンを占拠し、いそいそと何か作っていたようだ。
制服エプロン姿……破壊力たけぇ。
『はぁ、朝の大事な時間をかなり無駄にしちまった……。ところで、何してるんだ?』
『今日からお弁当にしようと思って。ついでに朝ごはんも用意したいから、こっちで作ろっかなって』
ズキューン。伊織はときめいた。
通い妻かよ、負けた……。
『え、なんで泣いてるの?』
『チーナが弁当作ってるから』
『それって嬉し涙? 悲し涙?』
『ブレンド』
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うちの学校は、文化祭の時期が比較的遅い。
例年11月の後半に開催されるのだが、今年は色々ないざこざのせいで更に遅れてしまった。
うん、半分くらいは俺のせいだね。
そういう訳で延期となった文化祭は、今週の土日、明後日から2日に渡って開催されることとなった。
直前ということで作業は大詰め。
放課後の今も、皆が教室に残って作業をしている。
「うちのクラスはお化け屋敷か。無難だな」
「お前準備期間ほとんど休んでたから、勝手に配役決めたぞ。文句言うなよ」
「分かってるって。甘んじて受け入れますよ」
ここ3週間学校を休んでいた俺は、もちろん今までノータッチ。
そこで本番のお化け役に回されたのだが、肝心の何のお化けかは聞かされていない。
今日ついにその衣装が完成したということで、今からみんなで着てみようというところだ。
既に何人かは試着しており、ろくろっ首やら河童やらが教室を練り歩いて驚かす練習をしている。
女子は別室で着替えてから、こちらに来るそうだ。
俺はどうせ変な役やらされるんだろうが、まあいいや。楽しそうだし。
「じゃ、かが……コックスはこれな」
「はいよ」
配役監修の細井から俺の衣装を受け取り、広げてみる。
その衣装とは……
「白装束? やけに普通にだな。ノーマルな幽霊か?」
「まあ待てって、とりあえずそれ着てここに座ってみ」
「ん? ああ」
とりあえず言われるまま、制服の上に白装束を着て、示されたボロボロの椅子とテーブルにつく。
「それで、このサイコロ2つ持って」
「こうか?」
「そのサイコロじゃらじゃらさせながら、俺に続いて言ってみろ」
「分かった」
じゃらじゃら、じゃらじゃら。
「足りない……足りない……」
「足りない……足りない……」
じゃらじゃら、じゃらじゃら
「足りない……技能値が!」
「…………"妖怪1足りない"かよ! こんなの誰が分かるってんだ!」
「準備に参加しなかった罰だ! お前には本番盛大にスベって貰うぜ!」
そういう事かよ……。
確かにお化け屋敷って、必ずビミョーに怖くない休憩所的な幽霊いるけどさ。
「ちなみに、お前はクトゥルフ神話技能が1足りなくてロストした設定な」
「うっわ、悲し!」
確かに、それは化けて出そうだ……。
「皆お待たせー!」
そんなこんなしていると、着替え終わった女子お化け組が入って来た。
先頭は秋本。俺と同じオーソドックスな白装束に身を包んでいる。
彼女は当日看板を持って呼び込みをする係であり、実質お化け役ではない。
他にも猫女だとか色々なお化けさん達がいる中、肝心のチーナは……
「妖狐か」
狐憑きの衣装を身にまとっていた。
やばい。めちゃくちゃ似合っている。
以前見たチーナキャットも可愛いかったが、こちらも和って感じでいい。
真っ白フワフワなキツネ耳に尻尾。白ベースに薄紫の生地をあしらった和服。
あれは確か、平安時代の衣服だった気がする。
ただ俺の記憶と違い袴の裾が膝までしかなく、意外と軽装だ。
『どーお、ヨリ?』
チーナが慣れない下駄でトトトっと感想を求めに来た。
手が半分隠れる程の長さの袖を、少し煩わしそうにしている。
なるほど、これが萌え袖か。
『こんな妖狐なら、憑かれてもいいな』
『え……うん?』
俺の正直な感想はチーナには理解出来なかったようで、頭に疑問符を浮かべている。
相変わらずの小首傾げポーズは、小動物のようだ。
いや、今はキツネか。
「クリスちゃん、よく似合ってるな!」
「その服、狩衣ってやつでしょ? 和服も似合うんだね」
「あ、ありがとう」
俺達の会話がひと段落したのを見計らって、他のクラスメート達も賛辞を送り始める。
狐を囲みもてはやす異形の面々。実にシュールな光景だ。
「狩衣の中でも、これは水干と呼ばれるものだ。妖狐って言うからには、玉藻前を参考に十二単がいいと思ったんだがな……」
皆がチーナを愛でていると、衣装担当らしき男子生徒が解説を始めた。
耳にやたらピアスを開けているにも関わらず、ヤンキーには見えない。
こんな奴いたっけ?
「ええっと、ごめん誰だっけ?」
「一条矢月だ。クラスメートだろ、覚えろ」
…………誰だっけ?
なんかどっかの主人公っぽい幸薄顔で、呪術とか詳しそうだけど、記憶にないなぁ。まあいいか。
ひとまずその事は忘れて、俺は話題を衣装に戻すことにする。
「ところで、どうして十二単にしなかったんだ? 水干の方が可愛いからか?」
「細井が、彼女の健康的な脚が見える衣装にしろと……」
「細井くゥん? うちのチーナに何させるつもりかなァ?」
「いだだだ! 肩を握り潰そうとするなコックス! 膝から下しか出てないから普通だって! 十二単は予算が足りなかったんだよお」
「……なるほど」
よもやチーナに劣情を向けたのかとお灸を据えかけたが、そういう事ならと許すことにした。
実際可愛いし、あのくらいの露出なら制服とさして変わらない。
まあ、変な気を起こすやつがいたらぶちのめすけどな。
そんな風にしてしばらくワイワイと感想を投げ合う。
よくよく考えたら、こんな風にクラスで談笑するのは初めてかもしれない。
これが本来の青春の形、当たり前に過ごせるはずの時間。
でも俺にはとっては特別で、尊い時間だ。
詩織に奪われてきたこの幸せ、これから全力で取り返しに行こう。
しかしそんな中、俺は1人だけ不満そうにしている人物がいることに気づいた。
宮本だ。
クラスの輪から少し離れ、頬をリスのようにぷ〜っとさせ膨れっ面。
一体どうしたというのか。
「おい、どうした宮本? お腹でも痛いのか?」
「なんで……なんで私が、座敷童子なのかなああぁ!」
ほんとだ! 自然すぎて気づかなかった。
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玉藻前は化粧前と呼ばれる絶世の美女に化け、鳥羽上皇の寵愛を受けつつ生命力を奪いまくったパパ活妖狐です。
最後は、有名な泰山府君祭という儀式により化けの皮を剥がされました。
※作者は呪術オタ