51話: 俺を愛せばいい
勝った!あの毒親に勝った!
いや、今となっては元親か。
「良かったね伊織。すぐチーナちゃんに連絡してあげなよ」
勝利のガッツポーズを掲げる俺の肩に手を置いて、エマが伝えてくる。
そうだった。チーナやみんなにメッセージを送らねば。
今は授業中、流石に通話は出来ないからな。
そう思ってスマホを開いてメッセージを打っている間、オリバーさんが詳しい結果を話してくれた。
「とりあえず、大勝利だ伊織。鏡紗季の親権は喪失、お前は晴れて私の息子だ。使い込まれたお前の金や、雄一の遺産の法定相続分も返って来る」
「"あの人"はこれから借金生活ですか?」
「残った遺産と購入した高級品を全部売り払えば、ギリギリ支払える額だそうだ。と言っても、これからは自分で働いて稼がないと生活できないだろうがな」
「世間に毒親と知られた後で、尚雇ってもらえればですけどね」
ハッハッハッ!
ハイテンションで笑い合いながら、打ち終えたメッセージをチーナ達に送る。
真っ先にチーナからおめでとうと返ってきた後、総司以外からも続々と返信が返ってくる。まったく、授業中にスマホいじるなよな。
総司は安定の既読無視。あいつ、学校サボって外のマスコミに混ざってたりしそうだな。
そんなことを考えていると、少し離れたところから、半狂乱な女性の声が響き渡って来た。
元母だ。
「どうしてよ!!!どうして私から詩織を奪うのよおおおお!!!」
外の廊下に、奴の叫声が轟く。
心地いい音じゃないか。SAN値が回復する。
「さて伊織。
「そっすね。行きましょう」
俺とオリバーさん夫妻は、役員について離れた別の待合室へ。
そこには、弁護士につかみかかる元母と、泣き崩れる詩織。そして見たことのないグラサンの男と、スーツの女性がいた。
「返して!私の家族を返してええ!」
「だ、大丈夫です。親権を失ったからと言っても、法律上は親子ですから」
「俺はもう違うけどな」
弁護士が元母をなだめているところに、俺は声をかける。
親権喪失と言っても、法的に親子で無くなる訳では無い。それでも親は、自分の子供を取り上げられたような気持ちになるそうだ。
そして特別養子は普通養子と違い、実親との法的親子関係は解消される。
つまり俺はもう、このクソ野郎の子供では無くなった。
当然、父さんとの法的な繋がりもなくなるが、きっと許してくれるだろう。
「伊織。あんた、あんたねええ!」
それを聞いた元母は俺の存在に気付き、ふらふらと近づいてきた。
お、どうした一般ウーマン?
「あんたのせいで、あんたのせいで私は独りになったのよ!!!」
そう叫ぶと、右手を大きく振り上げて俺に叩きつけてきた。
がっ!
だがその手は、俺に当たる前に空中で静止した。
オリバーさんが、腕を掴んで止めたのだ。
「うちの子に暴力を振るうとは、いい度胸じゃないか」
「離して!!こいつは私が産んだんだから、どうしたっていいでしょ!!」
もはや正気では無い。元母は髪を振り乱しながら、尚も狂気的に叫び続ける。
「どうして、どうしてあんたは私から全てを奪うの!!夢も詩織も、全部あんたのせいで!!」
夢?俺があんたの夢を奪ったってのか?初耳だ。
もしかしたらそれが、俺が虐げられていた理由かもしれない。
まあそれは、後で審判の様子を聞けば分かるはずだ。
とにかく今は、このクソ野郎を弄んでやろう。
「俺はずっと、あんたらから虐げられてきた。その17年間の恨みを返しただけだ」
「私は何も間違った事はしてないわ!」
「じゃあ……俺を大切に思っていたか?」
「あなたが私を大切に思って無いのに、大切に思えるわけ無いでしょ!!!!」
「その言葉、そのまま返してやるよ!」
さも当然だ、とでも言わんばかりの元母の言い様。親なら、子供がどれだけやんちゃをしても愛し続けるべきだろうにな。
俺は唇を歪めて、元母にある事を問いかける。
「なあ、親権を取り戻す方法……知りたくないか?」
「……は?」
予想外の俺の言葉に、目を丸くする元母。
その瞳には、蜘蛛の糸を目の前に垂らされた地獄の罪人のように、希望が浮かんでいた。
親権喪失。
それは、子に対しての親権を"永久"に剥奪されるという審判。
だがそれは、条件によっては覆ることがある。
「詩織を……返してもらえる……教えなさいよ……早く教えなさいよ!!」
「その為に、何でも出来るか?」
「当たり前じゃない!!子供の為なら、なんだってできるわよ!!」
言ったな?
俺は冷徹にほくそ笑むと、その条件を教えてやる。
「親権を取り戻す方法は単純だ。喪失の原因が解消されたと家裁に判断されれば、返って来る。つまり……」
そして俺は、あえて優しく微笑んでみせる。
「俺を愛せばいいんだ。もはや自分の子ですらない俺をな」
「……は?」
「本当の事だ。調べてみればいいさ」
「そんな……」
できないよな?俺を大切に思うなんて。
一度希望を持たされた元母は、更に深い絶望を浮かべ、その場に膝をつく。
だが俺は、追い打ちをかける。
「なあ、何でもするって言ったよな?なら、親としてちゃんと我が子を愛して見せろよ!詩織だけじゃなく、俺の事もな!やったな?俺を愛せば詩織も愛せる。欲張りハッピーセットだ!!」
そしてその煽りに対して、元母は遂に言ってはいけない言葉を口にした。
「そんなの……無理よ」
やったな。
「だってよ詩織!お前の大事な母さんは、お前より自分のプライドを優先したぞ!お前を取り戻す為に、俺を受け入れる事すら出来ないんだとよ!」
「そん……なぁ……」
「ーー!違うの詩織!これは……」
慌てて否定してももう遅い。
「信じてたのに、信じてたのにいい!」
「待って、詩織!」
詩織は泣きながら部屋を飛び出し、スーツの女性が「シオン!」っと慌てて追いかけて行った。多分、詩織のマネージャーなのだろう。
待ってろ詩織。お前の地獄はこれで終わらせないからな。
続きは学校だ。
俺が視線を元母に戻すと、詩織を追いかけ損ねたそいつは、力なく言葉を発した。
「ねえどうしてよ。私はあんたのお金しかとってないのに、どうしてそんなにも……」
「は?金しかとってないだと?ふざけるな。あんたは俺の全てを奪ってきたんだ。だからお前の全てを奪ってやったんだよ。まあ、最後は自分の意思で切り捨ててたけどな」
「そんなこと……」
「サキ、もうそのくらいにしよう」
自覚のないクソ野郎が、力なく言葉を続けようとする。
だがそれは、意外な人物に妨げられた。
部屋にいたもう一人の人物。
サングラスをかけた、いかつい見た目の男だ。
彼が元母の両肩に手を置くと、元母はついに諦め、ガクッと頭を落とした。
やり遂げた。
もうこいつは、二度と俺に牙を向けられないだろう。泣き崩れるその姿から、俺はそれを確信した。
俺は、勝ったのだ。
「ところであんた、誰っすか?」
「初めましてだね、伊織くん。私はサキの元マネージャーの、高崎だ」
見た目の割に誠実そうに話すその男は、奴の元マネージャーらしい。
総司が会ってきたというのも、この人物なのだろうか。だとしたら俺を騙ってたのバレたじゃん。
「俺のせいで事務所潰れるんすか?怒ってます?」
「確かに我々の事務所はもう終わりだが、私個人として君を責めることはないよ。むしろこれは、私とサキが招いた結果だ。君には悪いことをしたと思っている」
「あんたが撒いた種だってことか?その件に父さんは何か関わってたのか?」
「それを含めて、君に渡したいものがある」
そう言って高崎さんは、一冊の本を俺に差し出してきた。
いや、本と言うには少し薄い。これは……日記だ。
「これは、サキが引退する直前に書いていた日記だ。病院に捨ててあったのを私が回収しておいた。これを読めば、大体の事情は分かるだろう」
「そいつが几帳面に日記をつけるなんて思えないんですけど」
「こう見えて、昔はまめだったんだよ。君を産んでからは、随分と変わってしまったようだが」
とりあえず日記は受け取っておき、再度高崎さんに視線を戻す。
「これ、たぶん公表しますけど、いいですね?」
「好きにしてくれていい。それじゃ、私は最後の仕事に行くよ。伊織くん、本当にすまなかったね」
「はぁ……もういいや。そいつ連れてってください」
そう言って高崎さんは、元母を立ち上がらせると、そのまま部屋を出て裁判所の玄関の方へと歩き出した。無論、元母を連れて。
最後の仕事……それは、マスコミへの対応。
項垂れた元母は、高崎さんにふらふらとついて行く。
少し離れてついていくと、外には凄まじい人数のメディアが集まっていた。
二人は連れ立って、その中へ歩み出る。
「あっ!今本人が裁判所から出てこられました!」
「サキさん!審判の結果をお聞かせください!」
「子どもへの虐待、その真偽はどうなんですか!」
ニュースの生中継、新聞、週刊誌など様々な記者が怒涛のように押しかけ、フラッシュが焚かれるのが見える。
屋内にいても、凄い喧騒だ。
これであいつは、社会的に終わりだろう。
俺にしてきた事を、これから存分に悔いるがいいさ。
そう思った時、俺はふと渡された日記を思い出した。
まだ手に持ったままのそれを開くと、そこには確かにあいつの字で日々の出来事が綴られていた。
パラパラと流し読みして内容を把握した俺は、日記をパタリと閉じて、また報道陣に目を向ける。
「どうだった、伊織」
オリバーさんが日記の内容について聞いてきたので、俺は振り返って答えた。
「安心しました。やっぱりあいつは、正真正銘のクズです。これで心おきなく縁が切れます」
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さぁ、3章もぼちぼちクライマックスですね!