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背景令嬢は礼儀を説く

思いついたので、ダーッと書いてみました。

 私、アガサ・ゴードンは貴族の子弟の通う学院に籍を置く学生である。貴族と言っても、家柄が古いだけの男爵家であり、派閥争いの中にも入れないため、娘の私も誰かの取り巻きにすらなれないボッチである。だから、私は背景の様に静かに学院生活を送っていた。


 私の楽しみは中庭のベンチでの読書である。図書室で借りた本を開き内容に没頭していると、何かを言い争っている声が聞こえた。


「だから、殿下に近づいてはいけません!」

「そんな!ウォルター様は気にしていません」

「信じられない!名前を呼ぶなんて不敬な!!」

「ウォルター様が良いって言ったんです!」


 数人の女生徒が誰かを囲んでいる様だった。


「とにかく、私たちは忠告しましたからね!」


 囲んでいた女生徒たちは去って行った。残ったのは・・・


(確か、ミア・アイボリー男爵令嬢だっけ)


 彼女は今、時の人である。最近、アイボリー男爵の養女となった庶民出身の編入生。どういう訳か、この国の第一皇子であるウォルター殿下を始め、やんごとなき男子学生たちに構われている。

 どうやら、アイボリー嬢を囲んでいたのは、ウォルター殿下の婚約者である公爵令嬢クリスタル・カール様の取り巻き令嬢たちだった様だ。最近の様子に我慢できなくなって、警告していたのであろう。


 そんなことを考えながらボーっとしていると、アイボリー嬢と目が合ってしまった。こっちに近寄ってくる・・・。


「ちょっと、見てたなら助けてよ!」

「・・・え?」

「多勢に無勢で可哀想だと思わないの!?」

「多勢って・・・3対1でしたよね?」

「人数の問題じゃないわ!」


 人数を問題にしてきたのは貴女の方ですが・・・とは言えない。小心者だから。


「とにかく、囲まれていて可哀想とか思わない?」

「・・・思いません」

「はぁ!?」

「あの方々が言っていたことの方が道理です」

「あの嫉妬した人たちの言い分を支持するの!?」

「嫉妬ではないと思いますが・・・」

「嫉妬じゃないならなんなのよ」

「ただの礼儀の話ですね」

「礼儀・・・?」


 私は仕方なく膝の上の本を閉じた。


「まず、殿下のお名前を呼ぶことは不敬になります」

「ウォルター様が良いって言ったのよ」

「それでもです。貴族の間で異性の名前を呼ぶのは親戚か婚約者だけです」

「そうなの?」

「ええ。アイボリー様は殿下の婚約者でもご親戚でもないでしょう?」

「でも、この学院ではみんな平等でしょう?」

「それでも、礼儀はなくなりません。学院内は平等ですが、無礼講という意味ではありません。現に、先生のことは先生と敬称を付けているではないですか」

「それは、先生だもの」

「殿下は第一王子ですよ。せめて、『様』ではなく『殿下』を付けるべきですね」


 アイボリー嬢は腕を組んで考えている様だった。


「じゃあ、近づくなって言うのは?」

「殿下に婚約者様が居られるのはご存知ですか?」

「ウォルター様・・・殿下から聞いた」

「殿下と2人きりになったことは?」

「あるわ」


 私は溜息を吐いた。


「貴族間では未婚の女性が異性と2人きりになるのは、ふしだらな行為とされています」

「・・・ふしだら?」

「庶民は違うのですか?未婚の女性が男性と2人きりで会っていても問題にはならない?」

「まあ、噂にはなるわ・・・」

「貴女は噂になっているのですよ。殿下の愛人候補ではないかと」

「あ、愛人!?」

「男爵令嬢が殿下と2人きりになるなんて、前代未聞です。それに、殿下には婚約者もいらっしゃるのですよ?庶民では結婚の約束をした男性が別の女性と噂になっても問題ないと?」

「・・・いいえ。大問題よ」


 なんで、私がこんな説明をしなくてはならないのだろうか。アイボリー嬢の顔を見ると、まだ納得がいってないようだった。


「私と殿下が誤解されているのは分かった。でも、学院内は平等なのに、やっぱり変だわ」

「では、貴女の養父は男爵ですよね」

「ええ」

「国王陛下が家にいらして『身分は気にするな』と言ったら、名前を呼ぶと思いますか?」

「・・・呼ばないでしょうね」

「その通り。そもそも、男爵という地位では謁見もかないません。学院を卒業すれば、貴女も私も一生、王族の前に出ることはないでしょう」


 まだ腕を組んで悩んでいる。私はもう帰りたい。


「東の国には『親しき仲にも礼儀あり』という、ことわざがあるそうですよ。貴女は礼儀がなっていない。だから、悪い意味で目立っているのです」

「そうだったのね・・・男爵は『ウォルター殿下は気安い方だから安心しなさい』って言ってたのに」

「え・・・?」


 私は帰ろうとしていたのに、思わず立ち止まってしまった。


「何か変なことを言った?」

「男爵とは、貴女の養父のことですよね?」

「そうよ」

「その男爵が『気安い』云々と言ったのですか?」

「ええ」


 私は頭の中で様々な記憶を呼び起こしていた。アイボリー男爵は成り上がりの男爵だ。王家とのパイプは無いに等しい。それなのに、殿下のお人柄を『気安い』と表現するかしら?社交界にとても詳しいという印象も無い。


(アイボリー男爵は第一王子の派閥だっけ?いえ、ウチと同じく派閥に入れるほどの力は無いはず・・・)


「アイボリー様、殿下のこと以外で男爵に言われたことはありますか?」

「言われたこと?」

「ええ。殿下以外に親しくしている男子生徒のことで」

「そうね・・・あ、マックス様は実は甘いものが好きだから差し入れしてみたらどうかとか、ティモシー様の本の趣味とか聞いたわ」


 マックスとティモシー・・・騎士団長の息子と宰相の息子で、第一王子の将来の側近たちだ。殿下だけではなく側近たちまでとは。これって、まさか・・・。


「ハニートラップ・・・」

「は?」


 アイボリー男爵は第一王子の派閥に入ろうと養女を利用している?それとも・・・。


「第二王子派からの刺客?」

「・・・さっきから何を言ってるの?」


 本人に自覚は無いようだ。とりあえず、私が悩んでいても問題は解決しない。


「アイボリー様、これは大事かもしれませんよ」

「・・・そうなの?」

「私だけでは何とも言えませんが、カール様に直接お会いした方が良いかもしれません」

「カール様って、殿下の婚約者の!?」

「ええ。お会いする時間をお取り願いましょう。お手紙を書かなければ・・・」

「えっと・・・盛り上がってて悪いんだけど・・・」

「何ですか?」

「貴女の名前、なんだっけ?」


 私はアイボリー男爵令嬢に改めて自己紹介をした。


 手紙を出したら、すぐに返事が返ってきた。次の休日にカール公爵邸へ招かれてしまった。念のため、アイボリー嬢は私の家に一旦、来てもらい、我が家から2人で公爵邸へ向かうことにした。


「大きい・・・」


 アイボリー嬢が公爵邸を見上げて呟いていた。気持ちは分かる。ちなみに、迎えの馬車にも「大きい」と呆然としていた。

 案内されて公爵邸内を進んで行くと数々の調度品が置かれている。調度品1つで我が家は吹っ飛びそうだ。


「お嬢様、お連れしました」

「入って頂戴」


 鈴を転がす声とはこのことか。部屋で出迎えてくれたのはクリスタル・カール公爵令嬢であった。


「本日は、お時間をお取りいただき、ありがとうございます」

「突然のお手紙で驚いたけれど、中身を見て更に驚いたの。時間を取るのは当然のことよ。2人とも楽にしてちょうだい」


 椅子を勧められたのでソファにアイボリー嬢と腰かけた。なんだ、このソファは。私のベッドより気持ちいいではないか。


「どうぞ、私のことはクリスタルとお呼びになって」

「ありがとうございます。私のこともアガサとお呼びください」

「わ、私も名前で呼んでください」

「そうさせてもらうわ。早速だけどアガサ様、お手紙に書けなかった部分を説明してくださるかしら?」


 やはり聡明な方だ。私が手紙ではまずいと思ったことが伝わっている。


「はい。実は・・・」


 私はアイボリー嬢が養父に利用されているのではないか。もしかすると第二王子の派閥からの刺客にされているかもしれないという話をした。


「あくまで、推測ですが・・・」

「そうね。深読みのし過ぎと言えなくもないけど・・・私、実はミア様と会って、とても驚いているの」

「驚いている?」

「ええ。ミア様が・・・髪の色も目の色も違うのだけれど、ウォルター殿下の亡くなられたお母様に似ている気がするの」

「え。私がですか?」


 アイボリー嬢が虚を突かれた顔をしている。


「もう、十年も前の記憶だからあやふやだけれど。でも、側妃様を思い出させる何かがあるわ」


 ちなみに、ウォルター殿下は第一王子だが側妃の子。第二王子は正妃の子である。


「殿下が貴女を傍に置く理由はそれなのかもしれないわね。ああ、先日は私の友人たちがごめんなさいね。彼女たちも悪気は無いのよ。むしろ、正義感が強くて・・・」

「いえ。私も誤解させていたみたいで、申し訳ないです」


 クリスタル様が頭を下げるのを見て、慌ててアイボリー嬢も頭を下げる。公爵令嬢なのに、こうやって頭を下げて詫びられるクリスタル様に器の大きさを見た気がした。


「アイボリー男爵の後ろで誰かが糸を引いているかもしれないわね。私もお父様に相談してみるわ」

「私も、男爵に探りを入れてみます」

「いいえ。ミア様は今まで通りに過ごしてくださいな」

「そうですね。アイボリー様が変わった行動をすると勘付かれるかもしれません」

「分かりました。でも、不敬では・・・」

「私の友人たちには話を通しておきます。だから、今まで通りでお願いね」


 クリスタル様が微笑まれた。アイボリー嬢が赤くなっている。


「そう言えば、アイボリー様は男爵の隠し子という訳では無いのですよね?」

「ええ。両親は下町の普通の夫婦でした。両親が亡くなって孤児院に居たのだけど、半年前に男爵がいらっしゃって『女の子も欲しかったから』って引き取られたの」

「男爵には息子さんが居ましたよね?」

「男爵の奥様と息子さんには、最初の挨拶の時にしか会ってないわ。あまり、歓迎されていない雰囲気だったし」

「それなのに『女の子も欲しかった』とは・・・怪しいですね」

「やはり調べてみる必要がありそうだわ。私から連絡するまで2人とも、何事も無かったようにしてね」

「分かりました」


 私たちはクリスタル様に見送られて帰路についた。馬車の中でアイボリー嬢は無言だった。まあ、自分が引き取られた理由がハニートラップのためかもしれないという事実はショックだろう。


「アイボリー様・・・」

「それ!」

「はい?」

「クリスタル様が名前で呼んでるんだから、貴女も名前で呼んで!」

「えっと、ミア様?」

「何?アガサ様」

「思い悩んでいらっしゃる様だったので」

「ああ、殿下って・・・」

「殿下って?」

「マザコンだったんだと思って」


 何とも言えない気分になった車中だった。


 その後、学院では何事もなかったかのように過ごした。ミア様は殿下たちに囲まれて、私は背景の様に静かにしている。でも、時々ミア様と周囲には分からないように目くばせをする。その目くばせが密かに楽しみになっていた。


 そんなある日。いつものようにベンチで本を読んでいるとミア様が隠れる様に、でも慌てて近寄って来た。


「アガサ様。お話したいことがあります」

「分かりました。今日は我が家にいらっしゃいませんか?」

「是非」


 ミア様はアイボリー邸に一度戻られてから我が家にやってきた。私は自室に案内した。


「ミア様、どうされたのですか?」

「アガサ様・・・殿下がクリスタル様と婚約破棄をして私と結婚するとか言い出しました」

「は・・・?」

「私も耳を疑ったのだけど、殿下が『身分なんて気にするな。絶対に君を妃にする』とか何とか・・・」


 ハニートラップの効果覿面である。


「どうしよう。殿下、悪い方では無いんですが思い込みが激しいというか」

「ミア様から愛の告白などは・・・」

「全くもって、してないです!」

「クリスタル様に連絡しましょう」


 まさか殿下も婚約破棄の話を破棄相手に相談されるとは思ってなかっただろう。私とミア様は、再びカール邸に赴くことになった。


「アガサ様、ミア様。知らせてくれてありがとう」

「いいえ・・・ちなみに婚約破棄の話はクリスタル様には・・・」

「寝耳に水よ」


 殿下はどうやって婚約を破棄しようというのか。


「婚約破棄の話もだけど、アイボリー男爵の後ろで糸を引いていそうな人物が居たわ」

「誰ですか?」

「ラザフォード公爵よ」

「第二王子派の重鎮ではないですか!」

「孤児院で名前を聞いたことがあります。沢山、寄付してくださったとか・・・」

「ラザフォード公爵は1年ほど前から孤児院に寄付して回っていたわ。でも、半年前にそれが止まったの」

「・・・孤児院で側妃様に似た子供を探しミア様を見つけた。そしてアイボリー男爵に引き取らせた」

「そうですね。ミア様に殿下を夢中にさせて、醜聞を広めて廃嫡にでもさせようとしたのかしら?」

「婚約者がいるのに男爵令嬢と結婚したいなんて言ったら醜聞ですよね」


 示し合わせたかのように3人のため息が重なった。


「全く、殿下は我が公爵家が御自身の大事な盾であることを忘れていらっしゃるわね」

「確か、クリスタル様のお母様は陛下の従姉であらせられましたね」

「ええ。その縁で陛下から婚約の申し出があったのよ」


 なるほど。側妃の子である殿下可愛さ故の婚約だったのか。


「私と婚約を破棄したら、殿下は王位を継げないでしょうね」

「・・・殿下は私を『妃』にするとか言ってましたが」

「ご自身の立場を分かっていらっしゃらないですね。ちなみに、第二王子はどういった方なんですか?」

「優秀でいらっしゃるけど、野心はないわね。むしろ正妃様が動かれている気がするわ」


 そりゃ、自分の息子を王位に就けたいよね。


「婚約があってこそ、我が公爵家は第一王子派閥なのよね。父は私と殿下の婚約に反対していたと聞いているから、婚約破棄に喜びそうだわ」

「あの、私はどうすれば・・・」

「ミア様は殿下を愛してらっしゃるの?」

「申し訳ありません。恋愛対象では無いです」


 ああ、ミア様の目が遠くを見ている。


「父に相談してみるわ。こちらから婚約解消を申し入れるとか・・・傷を浅くしたいわね」

「あの、婚約解消した場合、クリスタル様は・・・」

「私?そうね。第二王子には婚約者がいらっしゃるから・・・国内は難しそうね。国外の方に嫁ぐ可能性が高いわね」

「そんな・・・」


 あっさり言うクリスタル様に、ミア様はショックを受けたようだった。


「貴族の結婚なんて、そんなものよ」


 動きがあったら互いに連絡する約束をして、公爵邸を辞した。


 そして『動き』は連絡する間もなく唐突に起こってしまった。


「クリスタル・カール!貴様との婚約は破棄する!そして、私はミア・アイボリーとの婚約をここに宣言する!!」


 その声が響き渡ったのは、多くの生徒がランチを取る食堂だった。私は食堂の端の方で本日のランチセットを楽しもうとしていたところだった。


「貴様のミアへの暴言は目に余るものである!」

「・・・失礼ですが殿下、私はアイボリー様に暴言など」

「言い訳するな!俺は確かに聞いたぞ!」

「聞いたとは?」

「貴様がミアをいじめているという話だ!」

「それは、どなたから?」

「廊下で話しているのを聞いたのだ」


 流石、クリスタル様。冷静だ。あれ?ミア様は何処だ?


「では、殿下は噂話で私を侮辱されたということですね?」

「なんだと!ミアに聞けばすぐに分かることだぞ」

「そのアイボリー様は何処にいらっしゃるのですか?」

「惚けるな!貴様が呼び出したのだろう」

「・・・何ですって!?アガサ様!!」


 私は食堂を飛び出した。この学院内で人気が無いところは何処?ミア様がクリスタル様に呼ばれたと勘違いさせられるような場所は何処?


「そうだ!」


 私は学院内の使われていない教会に全速力で向かった。扉を思い切り開く。


「ミア様!」

「う~う~!」


 猿ぐつわをされ後ろ手に縛られたミア様が居た。私は急いで猿ぐつわを外した。


「ミア様!お怪我は」

「だ、大丈夫。クリスタル様は無事?」

「ええ。大丈夫ですよ・・・誰か!誰か助けてください!!」


 私は外に向かって大声で叫んだ。しばらくして、クリスタル様が先生を連れて来てくださった。


「クリスタル様!」

「ミア様!無事で良かった。ごめんなさい。私の落ち度だわ」

「そんな・・・」

「とにかく、ミア様を休めるところに・・・」


 先生に運ばれたミア様と共に、私たちは保健室に行った。


 しばらくすると、勘違い王子御一行が保健室にやって来た。


「ミア!無事だったか。クリスタル、貴様には愛想が尽きたぞ!」

「ウォルター殿下!クリスタル様を悪く言うのは私が許しません!」

「ミ、ミア?」

「クリスタル様は私のことも、殿下のことも守ろうと動いてくださっていたのに・・・最低です!」


 大混乱している第一王子は王宮からの使いに回収されていった。ミア様は身の安全のため、カール公爵邸に行くことになった。


 騒ぎの顛末はこうだ。カール公爵が国王陛下に婚約解消を申し込んだという情報を手に入れた第二王子派が、第一王子を焚きつけて人前で婚約破棄をさせた。本当は外部の人間も来る学院のパーティーで婚約破棄をさせたかったようだが、公爵からの申し入れが予想より早かったのだろう。

 ミア様は婚約破棄の場で証言できないように監禁されたらしい。ミア様が第一王子に気が無いことは、第二王子派から見ても分かったのだろう・・・何故、殿下は勘違いしたのだろうか。


 殿下の傷は、第二王子派が与えようとしたものよりは浅くなったが、それでも傷は傷。クリスタル様とは婚約解消の上、臣籍降下を言い渡される様だ。

 更に、どうしてもミア様に会いたいと希望され、渋々会いに行ったミア様に言葉でボコボコにされたらしい。踏んだり蹴ったりとはこのことか。


「結局、第二王子派の思惑は防げなかったですね」


 紅茶を飲みながらポツリと呟いた。向かいで紅茶を飲んでいたクリスタル様が「そうね」と言った。


「でも、貴女たちのお陰で、国中を巻き込むような大事にはならなかったわ。本当にありがとう」

「そんな・・・全てはクリスタル様が動かれたからこそです」

「貴女たちの情報が無ければ動けなかったわ・・・そうだ。2人に提案があるの」


 クリスタル様がメイドに命じて何かを持って来させた。パンフレットだった。


「私、隣国に留学することにしたの。婚約解消したからこそだわ。2人も一緒に行かない?」

「すみません。先立つものが・・・」

「私も男爵家で立場が微妙で・・・」


 我がゴードン男爵家は貧乏ではないが豊かでもない。娘を留学させるほどの経済力は無い。

 そして、アイボリー男爵家ではミア様の扱いに困っている。ミア様のハニートラップは成功だったが、第二王子派の完全な思惑通りとはならなかった。アイボリー男爵は第二王子派閥には入れたようだが、養女をハニートラップに使ったと後ろ指をさされている。

 ちなみに、ミア様は食堂の一件からずっとカール公爵邸に滞在している。


「金銭面は気にしないで。我が公爵家が出すから」

「そんな・・・」

「今回のお礼よ。それに、2人と一緒だときっと楽しいわ」


 結局、私とミア様はクリスタル様に押し切られるようにして留学することとなった。背景令嬢であった私は、公爵令嬢の友人になってしまったのだ。


 そして、留学先で隣国の王子がクリスタル様に一目惚れし結婚を申し込んだり、それを受けたクリスタル様のお嫁入りに私とミア様が侍女として着いて行く未来なんて。この時は予想もしてなかったのである。

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