第四十六話 凌駕
「イズミ、彼女の情報は登録されてるか」
《該当する
「っ……雪理、彼女は……」
「そう……彼女は私たちと同じ、学生……けれど、私たちに敵対してきている」
現時点での情報で考えうることは一つ、角を生やした金色の髪の女性――ウィステリアは、魔物に憑依されている可能性がある。
《アストラルボーダー》で、角の生えたプレイヤーが襲ってきたことがあった。それをゲーム内では『魔人化』と呼んでいたが、悪魔系の魔物が人間に憑依している状態のことで、正気に戻すには悪魔を追い出すしか方法はない。
『――あなたたちの力を見せてもらっていましたが、ともに来ていただく資格を持っているのはそちらの二人。セツリ・オリクラと、レイト・カンザキの二人ですね』
「「っ……!」」
向こうからこちらに話しかけてきた――そして、貯水塔の上から飛び降り、ふわりと地面に着地する。
(重力制御の魔法……あれほど高位の魔法を使いこなすってことは、彼女に憑依している悪魔は……)
暫定ランクBの、牛頭のデーモンと変わらないか、それ以上――こんな高ランクの魔物ばかりが出現していたら、討伐隊の手が回っていないのも道理だった。ランクCのワイバーンでも、一般の討伐隊員では撃退できないのだから。
ウィステリアの口は動いていない。やはり憑依している何者かが、直接俺たちの心に語りかけてきている。
「世迷い言を。お嬢様も神崎様も、あなたとともに行く道理はありません」
『あなたは運動能力、近接戦闘能力は高いですが、固有の能力を持たない。まだ強くはなれるでしょうが、それはあくまでも人間の範疇です』
「っ……人のことを、知ったふうに言わないでくださいますか」
『あなた自身がよくわかっているはずです。セツリとレイト、二人と自分の間にある差の大きさを』
「……彼女は、私にとって大切な友人です。それ以上侮辱しないでください」
「……雪理お嬢様……」
雪理が剣に手をかけても、ウィステリアは意に介さない――その目は俺たちを見ておらず、光を宿していない。
悪魔を退ける方法は幾つかある。確実な手段は、悪魔が憑依している身体から魔力を枯渇させることだ。しかしそれには、遠隔発動ではなく、ウィステリアに接近する必要がある。
俺のその考えを読んでいるかのように、ウィステリアが唐沢君を手招きする――そして、虚ろな目をしている唐沢君のあごに手で触れる。
『彼は今、私の玩具に等しい状態になっています。こうして傷をつけても痛みを感じない。セツリを無力化するように命じましたが、忠実に遂行してくれました。武器が無くても戦えるというのは、彼の読みの甘さでしょう。それとも、あなたがとっておきのスキルを彼に見せずにおいたか……』
「……奥の手は、仲間であっても簡単に見せるものじゃないわ」
『それは欺瞞です。レイトには、すでに見せているのではないですか?』
「っ……!」
「乗るな、雪理。彼女……ウィステリアには悪魔が憑依している。悪魔系の魔物は、人間を惑わすようなことをして付け入ってくるんだ」
「……そうやって、彼女の中に入り込んだの? 卑劣なことを……っ」
ウィステリアが笑う――冷たい微笑を浮かべながら、彼女は爪を唐沢君の頬に立てる。血が伝っても彼は微動だにもしない。
「……ご命令を……
『侍従の娘を排除なさい。私はレイトの相手をします。足りない駒は用意しましょう』
《ウィステリアが固有スキル『配下召喚』を発動 レッサーデーモンが2体出現》
(召喚魔法を使った……彼女に憑依しているのは、高位の悪魔……!)
『っ……この程度でも
「ぐ……うぁっ……!!」
ウィステリアが唐沢君の身体に触れ、精気を奪う――魔力も一緒に持っていかれた唐沢君は、顔色が蒼白く変わっていた。
悪魔には階級があり、一定の階級以上の悪魔は、配下の悪魔を召喚する能力を持つ。レッサーデーモンを召喚できる悪魔は、少なくとも伯爵級――《アストラルボーダー》においては中盤のボスモンスターに相当する。
「――それ以上、好きには……っ!」
《坂下揺子が格闘術スキル『箭疾歩』を発動》
《唐沢直正が射撃スキル『クイックドロー』を発動》
《唐沢直正が射撃スキル『牽制射撃』を発動》
「く……っ!!」
坂下さんが射撃で牽制される――唐沢君はおそらく『早撃ち』のスキルを持っていて、坂下さんのスキルに反応する形でも差し返してきた。
「――玲人、今の私なら大丈夫! 彼女のことをお願い!」
倒せとは言わずに『お願い』と言った。できるなら傷つけたくない、それを俺ならできると思っている。
難しいオーダーではある――だが、不可能ではない。
「わかった、やってみよう……だがその前に……!」
《神崎玲人が攻撃魔法『Sウィンドルーン』を発動 同時2回発動》
手をかざし、呪紋を2つ発生させる――まず敵の数を減らす、全てはそこからだ。
『
《ウィステリアが特殊魔法スキル『リフレクション』を発動》
悠然と語りかけてくるウィステリア――『ロックゴーレム』と同じ、魔法を反射する半透明の防壁がレッサーデーモンたちの前に展開される。
「――それで、止められると思うか?」
『……!!』
《神崎玲人が特殊魔法スキル『イリーガルスクエア』を発動》
放った魔法に、後から反射壁の相殺効果を付与する。遠隔発動ができる範囲内なら、そういったこともできる――高速詠唱レベル1が必須ではあるが。
「「グォォッ……ァァァ……!!」」
二体同時にレッサーデーモンが風の刃に切り刻まれる。撒き散らした体液ごと途中で消滅して、ドロップ品が幾つか落ちた。
「――玲人様っ!」
《唐沢直正が射撃スキル『ウェポンハント』を発動》
《神崎玲人が特殊魔法スキル『シェルルーン』を発動》
《唐沢直正が射撃スキル『連射』を発動》
『シェルルーン』の防御回数を削り切る勢いで連射される――『ウェポンハント』の効果で、ロッドを取り落とさせようと執拗に狙ってくる。
(敵に回すとガンナーは厄介だよな……射程が長い上に手数が多い。だが他の魔物を排除できる状態なら、遠慮する必要はない……!)
《神崎玲人が弱体魔法スキル『バインドサークル』を発動》
「っ……ぐぅ……!!」
唐沢君の足元に生じた円形の呪紋から、光の輪が幾つも浮き上がる――そして、全身を締め付けて拘束する。
『配下召喚』を連発してくる可能性も考えていたが、ウィステリアは動かない。
それが時間のかかる詠唱のためであることは察知している。レッサーデーモンをけしかけてきたのも、操った唐沢君に牽制を命じたのも、全ては勝利を確定させる技を使うための時間稼ぎだ。
『――あなたと正面から戦うのは得策ではありません。どれほど戦えるかは興味深いですが、この場には幕を下ろすとしましょう』
「――玲人、いけないっ! ウィステリアの眼を見ては駄目っ……!」
《ウィステリアが攻撃魔法スキル『ブラッドアロー』を発動》
《神崎玲人が特殊魔法スキル『シェルルーン』を発動 即時遠隔発動》
ウィステリアは大技の詠唱を続けながら、並列して他の詠唱を行うことができる――
血の塊でできたような矢で雪理が牽制されるが、『シェルルーン』で防ぐ。俺と雪理を狙った矢は防壁に当たって弾け、視界が赤に染め上げられる。
『これで終わりにしましょう……レイト・カンザキ!』
《ウィステリアが固有スキル『ソウルコレクト』を発動》
――高位悪魔の持つ魔眼は、ほとんどの防壁を無効化する。
遮蔽物があっても効果を発揮する魔眼。女性の悪魔が使うそれは、男性に対して絶対に成功するという、反則じみた性能を持っている。
だが、一つ例外がある。
魅了系スキルの効果が出るのは、相手の『魅力』を上回っている場合。
そして俺の持つスキルの中には、瞬間的に魅力を上昇させるものがある――交渉事を有利にするために使用するが、俺は魅了耐性をつけるために使っていた。
『レイト……あなたの魂の色は、どのような色をして……』
《神崎玲人が強化魔法スキル『マジェスティックルーン』を発動》
《神崎玲人が強化魔法スキル『スピードルーン』を発動》
「――あいにく、魂はやれない。奪った魂を返してもらうぞ」
『っ……!?』
高速移動を制御して、ウィステリアの裏に回る。勝利を確信していた彼女の背後はがら空きで、完全な隙が生まれる。
ウィステリアに宿った悪魔を驚かせるのは二度目だ――憑依している人間の感情表現に依存するというから、人間らしい反応に見えるのだろう。
魔神アズラースの配下が使ってくる魅了を防ぐには、装備やスキルによる
レベル9の魔法『マジェスティックルーン』の効果はその中でも破格で、効果時間は短いながら、現時点の俺のステータスで使用すると魅力値が倍になる。つまり、704――これだけの値があれば、俺が知る限り防げない魅了はない。
「知識の欠落を惜しく思う……だったか。その言葉、返させてもらう」
『――あぁぁぁぁっ……!!』
最後の反撃をしようとする前に、俺は既にウィステリアの背に呪紋を描き終えていた。この戦いを終わらせるための、最もシンプルな手段を達成するために。