第四十五話 魅惑
『銃射撃』系統のスキルには威力の高い攻撃スキルもあるが、狙った相手の行動をキャンセルさせること、特定の部位を狙撃して行動を阻害するなど、補助的なものが多い。
《唐沢直正が射撃スキル『ウェポンハント』を発動》
唐沢君が使ってきたスキルが、俺は察する――武器を狙うことで取り落とさせるそのスキルを、おそらく雪理も受けている。そして落とした剣をガーゴイルに持って行かれたのだ。
《神崎玲人が弱体魔法スキル『シェルルーン』を発動 即時発動》
防御壁を展開するルーンを使い、弾を弾く。唐沢君が次の弾を発射するまでは流れるように速い――中学時代に射撃全国三位は伊達じゃない、しかし。
(少しだけ動きを止める……!)
《神崎玲人が弱体魔法スキル『ジャミングサークル』を発動 即時遠隔発動》
「っ……!!」
唐沢君の足元に生じた円形の呪紋――それは、効果を発揮すると現在の行動が妨害される。一度発動すると妨害効果はしばらく続き、その時間は相手とのステータス差に依存する。魔物も同じ場にいる以上、麻痺や睡眠などで無力化する選択は取れない。
「――ガァァッ!」
一方雪理は、魔力でできた剣でレッサーデーモンの爪を受け止めていた――しかし。
《レッサーデーモンが特殊スキル『マナドレイン』を発動》
「くっ……ぅぅ……この魔物、私の魔力を……っ」
悪魔系の魔物は、魔力を奪う特殊攻撃を持っていることが多い――レッサーデーモンは雪理の魔力の剣を吸収し、押し切ろうとしている。
「――雪理、俺が隙を作る! その間にこっちに来るんだ!」
「――っ!」
《神崎玲人が攻撃魔法スキル『ウィンドルーン』を発動 即時発動》
『Sウィンドルーン』では範囲が広くなるため、雪理を巻き込む可能性がある。今必要なのはレッサーデーモンに一瞬でも隙を作ることだ。
「ガァッ……!!」
しかしウィンドルーンでも、レッサーデーモンの翼を切り裂くほどの威力はある――怯んでいるうちに雪理はレッサーデーモンに蹴りを放って牽制し、こちらに走ってくる。
「――吹き飛べっ!」
《神崎玲人が攻撃魔法スキル『Sウィンドルーン』を発動 即時発動》
今度は確殺できるスキルを使い、レッサーデーモンを仕留める。駆け寄ってきた雪理は疲労からかバランスを崩してしまう――俺は反射的に彼女を受け止める。
「雪理、固有スキルを使いすぎてるみたいだ。一度解除したほうがいい」
「ええ……ずっと使っていたから、効果が弱まってきているみたい……もう少しで、オーラで作った剣も消えてしまうところだった」
「魔力の回復薬はある?」
「いえ、あいにく今は……」
「じゃあ、これを飲んでおくといい」
「『オーラドロップ』……ありがとう、玲人」
雪理は受け取った数粒のオーラドロップを飲む。枯渇しかけてきた魔力が戻ると、一人で立てるほどには回復した。
「その剣は……取り返してくれたのね」
「ああ、下にいたときにガーゴイルが持っていたのを持ってきた……唐沢君は、誰かに操られてるみたいだな」
「私たちは、ここには救助のために来たの。でも、救助対象だと思っていた人が……」
「――来るぞっ!」
《ペイルデーモン1体と遭遇 神崎・折倉ペア 交戦開始》
レッサーデーモンとは違う、青い肌の悪魔――奴は何かスキルを使っていたのか、『生命探知』でもギリギリまで感知できなかった。
《神崎玲人がスキル『呪紋付与』を発動 付与内容『ウェポンルーン』》
雪理の剣に呪紋を付与する――彼女の魔法に関わるステータスは高いはずで、『ウェポンルーン』の効果が見込めるはずだ。
「――はぁぁぁっ!」
《折倉雪理が剣術スキル『雪花剣』を発動》
「っ……!?」
「――ギァァァォォッ!!」
折倉さんの放った逆袈裟の斬り上げは、ペイルデーモンの表皮を裂き、蝙蝠のような形状の翼まで切り裂く。
「っ……坂下を、返しなさい……っ!」
《折倉雪理が剣術スキル『コンビネーション』を発動》
《ペイルデーモンが特殊魔法スキル『ファシネイション』を発動》
悪魔は人間を誘惑する――《AB》においても、それは例外ではなかった。
ペイルデーモンは『インキュバス』系の魔物だ。女性を魅了する
「そんなことで……私は、乱されない……っ!」
《折倉雪理が剣術スキル『烈風突き』を発動》
「ウゴォッ……!!」
『コンビネーション』からの『烈風突き』は、『ウェポンルーン』でさらにダメージを加速させる。『ファシネイション』を跳ねのけての反撃を読めなかったペイルデーモンは、まともに突きを受けて吹き飛んだ。
――しかし、追い討ちの攻撃魔法で仕留めようとしたそのとき。
(――坂下さんっ……!)
俺の魔法を阻止したのは、突如として姿を見せた坂下さんだった。奇襲の蹴りをロッドで受け止め、さらに追撃の拳を受ける――ガキン、と金属がぶつかり合う衝撃が伝わる。
(坂下さんに何が起きたのかはわかった……それなら対処はできる……!)
坂下さんが『魅惑』を受ける前に奮戦していたことは明らかだった――彼女は左腕に麻痺針を受けたのか、右手だけしか使っていない。ジャケットは破け、黒のトラウザーパンツも大きく破れて、その下の肌が見えている。
俺が反撃に出る前に、坂下さんは大きく飛び退いてバック転をする――そして。
「――ふっ!」
《坂下揺子が格闘術スキル『箭疾歩』を発動》
(速い……!)
折倉さんの『ファストレイド』と同じく、優先度の高いスキル。開いた間合いを一瞬にして詰めながら、強烈な突きを繰り出してくる技。
「はいっ……!」
《坂下揺子が格闘術スキル『穿弓腿』を発動》
続けざまに、瞬時に潜り込んで下から突き上げるような蹴りを放ってくる――何とか反応してロッドで受けるが、さらなる追撃を防ぐために『ヴォイドサークル』を発動させる。
《神崎玲人が特殊魔法スキル『ヴォイドサークル』を発動 即時発動》
円形の呪紋が現れ、坂下さんの蹴りを受け止める――物理攻撃を無効化された瞬間、坂下さんは一瞬だけ次の動きに移るのが遅れた。
(ここで割り込む……っ!)
《神崎玲人が弱体魔法スキル『チャームデルタ』を発動》
坂下さんの目の前に人差し指を差し出し、三角形を描く――指の軌跡には、魔力で形作られた文字が浮かび上がる。
「……一時的な上書きだ」
「っ……!!」
味方が魅了されたなら、こちらも魅了系のスキルを使って上書きしてしまえばいい。
ペイルデーモンと坂下さんの間にあった、魔力的な繋がりが切れる。代わりに俺と繋がるが、彼女の目には光が戻っていた――俺の『魅了』下にあるが、彼女の意志を抑えつけてはいないからだ。
「坂下さんを操ってた悪魔はそこにいる……思い切りぶっ飛ばしてやろう」
「――かしこまりました……っ!」
「揺子……っ、行くわよっ!」
《折倉雪理が剣術スキル『雪花剣』を発動》
《坂下揺子が格闘術スキル『輝閃蹴』を発動》
「「はぁぁぁっ……!!」」
折倉さんが『雪花剣』でペイルデーモンを凍りつかせ、坂下さんがオーラを込めた蹴りを撃ち込む――ペイルデーモンの体力は削り切られて、宝石をばらまいて消滅する。
「はぁっ、はぁっ……お嬢様……申し訳ありません……」
「いいのよ、揺子……まだ戦える……?」
「はい。しかし、直正がまだあの女性に……」
ペイルデーモンは女性しか魅惑できない。唐沢君を操っているのは別の誰か――坂下さんが言っている女性だろう。
《戦闘時間が一定時間を経過 一時撤退を進言いたします》
「いや……まだだ。どうやら、
手駒の魔物を使い尽くしたのか、それとも何かの気まぐれを起こしたのか。いままで姿を見せなかった、金色の髪を持つ女性が、屋上に設置された貯水タンクの上に忽然と姿を現した。
こんな魔物は見たことがない。その角は彼女が人間ではないと示しているのに、生命探知で感じ取れる気配は、人間と魔物のものが混ざりあっていた――黒栖さんとも違う形で。