第四十四話 揺れる市街
《警告 特異現出警報区域に侵入しています ただちに退避してください》
《ご主人様、申し訳ありません。現状、警告の必要はないと認識しております》
「ああ、気にしなくていい。警告があった方が分かりやすいからな」
駅近くの市街地に入ると、近くの建物に避難している人の姿が見られる。地下鉄の駅にも人が駆け込んでいる――入り口に結界が張られているため、逃げ込めば低ランクの魔物は侵入できないだろう。
折倉さんがいるのは、この区域なのか――彼女のコネクターとはあれから接続できず、『現出門』の出現により通信状態が乱れていると警告文が流れていた。
『現出門』とはおそらくあの黒い渦のことだろう。この近くで門が出現している場所は――少し先に見えるビルの上空。
「……あれは……っ」
《――ウイングガーゴイル1体と遭遇 神崎玲人様が交戦開始》
烏のような鳴き声を上げながら、人型の魔物がこちらに向かって飛んでくる――ガーゴイル。元は石像に擬態している魔物で、皮膚が石のように硬く、物理攻撃を99%カットするという特性を持つ。
しかし魔法攻撃の一部が弱点で、衝撃属性ならよく打撃が通る。右手に『
「――落ちろっ!」
「――ガァッ……!」
ガーゴイルが不可視の魔法に捕らえられ、直後に衝撃を受けて爆散する――敵が使ってくる衝撃系の魔法も見えないのが厄介だが、自分で使うとなかなか便利だ。
ガーゴイルが持っていた剣が回転しながら地面に落ちる。魔物本体が消滅しても、持っている武装は消えないということか。
《ウイングガーゴイル ランクE 討伐者:神崎玲人》
《神崎玲人様が100EXPを取得、報酬が算定されました》
《魔像の魂石を1つ取得しました》
(レアドロップがやたら出やすいんだよな……ほぼ確実に出てないか?)
魔像の魂石、竜骨石――エメラルドやルビーも、普通なら2%以下でしかドロップしない。体感ではもっと確率が低いと感じることもあるほどだ。
《ウイングガーゴイルから使用登録済みの武器がドロップされました》
「っ……!!」
ガーゴイルが落とした剣を拾おうとして、イズミが警告してくる。
「……使用登録をしていたのは、誰か分かるか?」
『風峰学年討伐科1年A組 学生番号41002 折倉雪理 様です』
シンプルな意匠の細身の剣だが、訓練用の武器よりも高い性能を持っているのは間違いない。学園外での実習では、この武器を使っていたということだ――そして、ガーゴイルがそれを奪った。
(あのビルの上……折倉さん、そこにいるのか……!)
ビルに近づく――しかし入り口のところで警備員の男性と、ビル内から出てきたオフィスの社員が揉み合いになっている。
「ビルの中に魔物が入ってきてるんだぞ! 俺たちを殺す気か!」
「外にも魔物が出てきています、外に出れば安全というものじゃない! 今は冷静に……っ」
「外のシェルターに入った方が安全に決まってるでしょ!」
「――おいっ、外に魔物がっ……うわぁぁぁっ!」
《レッサーデーモン1体と遭遇 民間人を襲撃》
人間の大人より一回り大きい、全身赤色の悪魔――それは瞬時に転移して、諍いを起こしている人々に向けて魔法を撃とうとする。
《レッサーデーモンが詠唱開始》
(リトルインプより何倍も厄介な……なぜ中学校の時といい、悪魔系の魔物ばかり出てくるんだ……?)
《神崎玲人が弱体魔法スキル『Dレジストルーン』を発動 即時遠隔発動》
《神崎玲人が弱体魔法スキル『サイレントルーン』を発動 即時遠隔発動》
「――!!」
通常の詠唱は音として発しなければ成立しない。『サイレントルーン』でレッサーデーモンが発する音を封じてやれば、魔法の無効化は容易だ。
「――グォォォッ!」
『サイレントルーン』を使った俺の方を排除すべきと見て、レッサーデーモンが爪を振り上げて襲ってくる――だが『Dレジストルーン』で魔法抵抗を下げられている悪魔には、通常の魔法攻撃でも有効打を与えられる。
《神崎玲人が攻撃魔法スキル『ウインドルーン』を発動》
呪紋から放たれた風精の刃が、レッサーデーモンを切り刻む――デーモンが消失したあとに落ちる石を見て、人々が声を上げている。化け物が持っているものだから価値がないと見るか、その逆かで反応が分かれるところだろう。
「――すみません、このビルにエレベーターはありますか!」
「っ……エ、エレベーターなら、各階から降りてくる人たちでいっぱいで……っ」
「そうですか……落ち着いてください、混乱していても事態は解決しません! 魔物は俺たちが何とかします!」
内も外も安全が保証できない――転移してくる悪魔には、立てこもりの意味がないからだ。
可能な限り速く、あの現出門を消すために主要個体を討伐する。折倉さんが苦戦するような相手なら、それに該当する魔物である可能性は高い。
ビルの上までどうやって上がるか――空中に足場を作り、あの高さまで行ったことは無いが、やるしかないだろう。
「――行くぞ……!」
《神崎玲人が特殊魔法スキル『ステアーズサークル』を発動》
意を決して、空中に足場を作り出し、その上に飛び移って、次の足場を作って飛び移ることを繰り返す――三階の高さくらいまで来ると足が竦む思いだが、そんなことは言っていられない。もし落ちたとしてもダメージをゼロにできるが、そんなロスは絶対にできない。
(絶対に失敗しない……上りきる……!)
「――うぉぉぉぉっ!!」
屋上外周のフェンスを飛び越える――そこには。
『アイスオンアイズ』を発動させ、オーラで形成した剣で、レッサーデーモンと戦っている折倉さんの姿があった。
「――折倉さんっ!」
「玲人……っ、くっ……お願い、二人を……っ!」
二人――坂下さんと、唐沢君。『生命探知』でその姿を探す。
レッサーデーモンはこの距離からでも、援護して倒すことはできる。しかし呪紋を発動させようとしたその瞬間。
「っ……!!」
俺に向かって射撃してきたのは、唐沢君――その目は、正気の光を失っている。
「…………」
彼が何者かに操られていることは明白だった。無言で弾を込めるその目は虚ろで、理知的だった振る舞いが失われている。
彼を操っている『何者か』はすぐ近くにいる。その邪悪な気配に、今も見つめられているような感覚があった。