▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ログアウトしたのはVRMMOじゃなく本物の異世界でした ~現実に戻ってもステータスが壊れている件~ 作者:とーわ
36/53

第三十四話 異変

 雪理と黒栖さんは、家からお弁当を持ってきていた。うちの妹は学食で摂るスタイルの給食とのことで、そんな中学校があるなら俺も通いたかった。


「玲……神崎君、お昼はそれだけなの? 随分シンプルね」

「購買を見に行ってたから、ついでに買ってきたんだ。でもこのカツサンド、最後の一個だったらしい」

「卒業生が忘れられない味のランキングに入っているんですよ、そのカツサンドは……い、いえ、図書室にあった学校誌に書いてあったんです」

「学校誌か。色々本があるなら、図書室も一度見に行きたいな」


 カツサンドの包みを剥がしてかぶりつく。揚げてからそれほど時間が経っていなくて、衣はサクッとした歯ごたえで、肉もジューシーで柔らかい。食パン二枚分で作ったカツサンドが六個に切り分けられており、一つ一つのサイズもちょうど良かった。


「これはランクインするだけはあるな……恐れ入った」

「それだけだとバランスが悪いでしょう。野菜が嫌いということじゃないの?」

「何でも食べないと生き残れなかったからな……ああいや、好き嫌いはないよ」

「あ、あの、それでしたら……私のお弁当のおかずを、おひとついかがですか?」

「それはちょっと悪いな……黒栖さんの家のお弁当は、かなり手が込んでるし」

「お母さ……え、ええと、母と一緒に作ったんです。母はお料理が上手で、私は少し手伝っただけなんですけど……これとかは、私が作りました」

「じゃあ、それを一つ貰ってもいいかな。代わりにカツサンドは……ボリューミーすぎるかな」

「い、いえっ、ぜひ……一度食べてみたかったんです。等価交換なので、少しだけいただきますね」


 肉巻き野菜に和風のソースがかかっているそれを、黒栖さんが箸で取って差し出してくる。他に手段がないのでそのまま食べさせてもらう――こういうのは恥ずかしがってしまったら負けだ。


「うん、美味い」

「本当ですか? 良かった……」

「じゃあ、黒栖さんもどうぞ」

「は、はい。いただきます……ん……美味しいです、噂以上の味ですね。私が作ったおかずでは釣り合ってないです」

「いや、そんなことは……」

「いえ、釣り合ってないです。玲人さん、もう一ついかがですか?」


 引っ込み思案の黒栖さんが俺にだけ推しが強い――と、いう謎のタイトルめいた文章が頭をよぎる。


 そして黒栖さんに下の名前を呼ばれたことで、何か不穏な気配を感じ、思わず雪理の様子をうかがう。雪理はスンッとしてはいるが、姫君から氷の女王にクラスチェンジしたような表情になっていた。


「……なに? 私は見ていただけで、特に何も思っていないわ」

「あ、あの、折倉さんが最初に玲人さんの栄養バランスのことを気にしていたのに、すみません、差し出がましいことを」

「いいのよ、黒栖さんの作ったお弁当は美味しそうだし、栄養のことも考えられているしね」


 雪理は朗らかに答えるが、なんだろう、この重圧は――雪理の親衛隊のような生徒たちから、言葉にできないような圧を感じる。


 だが黒栖さんのパターンとは逆で、自分から食べさせてくれというのは逆の意味で外圧が増しそうで――なんて、迷ってる場合ではない。要は俺がどうしたいのかだ。


「その……雪理のお弁当も、良かったら分けてくれるかな」

「……そうね、まだ栄養に偏りがあるから。これなら野菜も摂れると思うわ」


 そう言って雪理が出してきたのは、白いスープジャーだった。中にはリゾットが入っている――ご飯ものを温かくするというその発想に、折倉家のお手伝いさんの工夫を感じる。


「いただきます……うん、美味い。色々野菜が溶け込んでるのかな」

「口に合ったみたいで良かった。遠慮なく食べていいのよ」

「じゃあ、俺の方は……雪理はカツサンドとか食べないかな」

「初めてだけど、見ていて興味はあったの。偏食というわけじゃないのよ」


 雪理がカツサンドを食べる光景――それに尊さを覚えたのか何なのか、親衛隊たちの圧力が消える。なんとか敵を増やさずに済んだようだ。


「あ、あの。玲人さん、折倉さんのこと……」

「ああ、名前で呼んで欲しいって言われたんだ」

「黒栖さんも『玲人さん』って呼んでいるじゃない。バディを組んだばかりなのに、気の置けない関係なのね」

「っ……そ、それを言うなら、折倉さんも……玲人さんと、どんなふうに仲良くなったのかなって……」

「それは……」


 折倉さんがこちらを見やる。その少し恥じらっての沈黙を、周囲が意味深なものと捉えないわけもなく。


「私が、放課後に彼を誘っただけよ。彼のことが気になっていたものだから……個人的に知りたいと思ったの」


 言葉が足りないというのは恐ろしい――昨日の放課後『訓練所に』俺を誘い、『実習などを見て』俺のことが気になっていたので、個人的に『俺の強さの理由』を知りたかった。補完するとそうなるはずだが、周囲に誤解が一気に拡散してしまう。


「そ、そうなんですね……私も、玲人さんとペアになったその日に、訓練所でご一緒しました」


 張り合っているわけではないのだろうが、その答えがさらに俺という人間の評価を揺り動かす――元から同じクラス以外にはあまり知られていないので、評価も何もないだろうが。


「あいつをこのまま生かしておいたら、この学園の美少女が根こそぎ持っていかれるぞ……!」

「雪理様、そいつはちょっと見た目はイケメン然としてますが、きっとアリの巣に水を流し込んでほくそ笑む系の闇を抱えてますよ……!」

「私も雪理様の気になる人になりたい……羨ましすぎて頭が沸騰しそう……」


 このままここで食事を続けるのは、周囲の生徒の精神衛生上良くないのでは――そう思いつつも、気にしすぎも良くないので、俺もそろそろ物事に動じないようにしなくては、と考えたりしながら、リゾットの滋味を雪理に見られながら味わうことになった。


 ◆◇◆


 午後の授業の座学、そしてホームルームが終わったあと、俺は黒栖さんと一緒に討伐科の構内に向かった。


 討伐科では午後に『市街実習』が行われているそうで、折倉さんたちが帰ってくるまで待つことになっていたのだが――折倉さんから連絡があるまでどこか座れる場所で待とうか、と黒栖さんに声をかけようとしたとき、それは起こった。


『――朱鷺崎(ときさき)市の複数エリアに、緊急警報が発令されました』


 ブレイサーだけでなく、校舎全体に臨時放送がかかる。辺りは一気に騒然とする――しかし先生が声掛けをしたのか、すぐに校舎内は静かになる。


『該当する地区で特異現出が起こる可能性があります。警戒指定区域は風峰学園附属中学校、北区、西二区、東一区、遠海ヶ浜周辺――』


「っ……!?」


 真っ先に挙げられた名前に、戦慄が走る――風峰学園附属中学、エアたちが通っている学校で間違いない。


 それだけではなく、市内の幾つかの地域に同時に警報が発令されている。


「玲人さん、一度冒険科に戻って、先生の指示を……」

「いや……そうも言ってられない。黒栖さん、できれば冒険科に戻って待機しててくれ。俺は行かなきゃいけない」

「っ……そ、そんなこと……特異現出が起きたら、普通よりも強い魔物が出てくるって言われています……っ」

「大丈夫、危ない橋は渡らない。妹の無事を確かめて戻ってくるよ」

「……簡単に学園の外に出られなくなっているかもしれません。でも、玲人さんなら……分かりました、私は冒険科で待っています」

「ありがとう、黒栖さん。俺のバディが君で良かった」

「だ、駄目です、そんなっ……そんなことを言われたら、玲人さんが……っ」


 深く考えず死亡フラグのようなことを言ってしまった――黒栖さんが泣きついてきて、こんな時なのに思わず思考が止まりそうになる。


「大丈夫、二度と死ぬのはごめんだから。絶対帰ってくるよ」

「……玲人さん……それは……」

「じゃあ、行ってくる。黒栖さんも気をつけて」


 俺は走り出す――一度死んで、どうしてここにいるのかも分からない。そんな俺がもう一度危険に首を突っ込むなんて、自分で自分に疑問を持ちもする。


 だが、例えログアウトした後に初めて目にした妹であっても。俺の記憶が混乱しているだけで、元から彼女が存在していたんだと思う方がいいのかと思うくらいには、彼女の存在は俺にとって大きくなりつつある。


 正門の方向からは先生たちがいて、生徒と何か揉み合いが起きている。俺と同じことを考えて外に出ようとしている生徒がいる――彼らには少し申し訳ないが、今回は一人で抜け出させてもらう。


 目指すルートは普通科を突っ切って西の方向。風峰学園附属中学までの最短距離を行く。俺が今使えるあらゆるスキルを駆使することで。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。