義弟は土間にいたのか 大崎事件、7日から鑑定人尋問

西日本新聞 社会面 中島 邦之

 鹿児島県大崎町で1979年に男性の遺体が見つかった大崎事件の第4次再審請求で、裁判のやり直しを求めている原口アヤ子さん(93)の事件当時の供述内容が改めて焦点になっている。一貫して無罪を訴え続けたアヤ子さんの主張を退けた確定判決は、共犯とされた当時の夫ら3人による殺人・死体遺棄の自白を根拠に4人を有罪とした。この自白の信用性に疑義を唱える弁護側は「新証拠である二つの鑑定と、古い供述調書で判決の誤りを立証したい」としている。

 事件当日、アヤ子さんの義弟(被害者、当時42歳)は自宅から約1キロ地点で側溝に転落。路上に倒れていたところを、連絡を受けた隣人2人が午後9時ごろ軽トラックで連れ帰り、自宅の土間に置いて帰った。

 確定判決はこう認定した。当日午後10時半ごろ、泥酔して土間に座り込む義弟を見たアヤ子さんが、日頃の恨みから殺害を決意▽夫と上の義弟を誘って絞殺し、おいも加わり遺体を自宅牛小屋に遺棄した-。義弟が午後10時半に土間にいたことが「犯行の起点」とされた。

 本当に土間にいたのか。アヤ子さんは一貫して否定。当時の取り調べに「連れ帰られた義弟の様子が心配で自宅を訪ねた。土間から見ると、奥6畳間の布団が膨らんでいた。中で寝ていると思い、安心して家に帰った」と供述している。

    ◆    ◆

 弁護団は「午後10時半に義弟が土間にいないというアヤ子さんの説明は正しい。だが『布団で寝ていた』は彼女の見間違い。なぜなら、義弟は既に死亡し、牛小屋に運ばれていたからだ」と指摘する。

 今回、新証拠として提出した埼玉医科大高度救命救急センター長の澤野誠医師による医学鑑定では、義弟は側溝転落による頸髄(けいずい)損傷の影響で、自宅に搬送された午後9時すぎには死亡していた可能性がある。つまり医学的には「生きている義弟」が午後10時半に土間にいることはあり得ないという。「土間にいなかったというアヤ子さんの供述は、医学鑑定と整合する」と弁護団は主張する。

    ◆    ◆

 アヤ子さんの供述を裏付ける当時の証言もある。

 アヤ子さんが午後10時半ごろ義弟宅を訪ねた際、同行した隣人の供述調書には(1)彼女は義弟宅から1分ほどで戻り、戸外で待つ私に「もう寝ちょっど」と言った(2)寝ていたのが土間か布団かは未確認(3)彼女に変わった様子はなかった-。

 後に検察側に有利な証言をする義妹も、事件直後には「アヤ姉さんは『昨夜は義弟宅に行ったが、寝ているようだった』と話していた」と供述している。

 弁護団は、アヤ子さんの供述の信用性を分析した専門家の鑑定書も昨年末、新証拠として提出。鹿児島地裁は今月7、8日に非公開の鑑定人尋問を行う。弁護団の八尋光秀弁護士は「有罪認定の起点である『午後10時半の土間』が崩れれば、確定判決は崩壊する」と強調した。

検察の主張、直接証拠なく

 検察側は一審から「午後10時半に被害者は土間にいた」と主張してきた。1979年の冒頭陳述では「アヤ子は、泥酔して土間に座り込む被害者を見るうちに、酒癖が悪く兄弟に迷惑をかけ、自分とも度々口論していた被害者を殺す絶好の機会、今を逃せば殺せないと思った」と説明。今回、弁護側が提出した澤野鑑定については「鑑定手法が妥当性を欠き、内容も信用できない」と批判する。

 ただ「午後10時半」に被害者が土間にいたことを示す直接証拠はない。(1)「午後9時すぎに被害者を土間に置いた」という隣人2人の説明(2)「殺害のため午後11時ごろ、被害者宅に行くと土間に座り込んでいた」とした夫らの自白-から導き出された推認といえる。

(編集委員・中島邦之)

鹿児島県の天気予報

PR

鹿児島 アクセスランキング

PR

注目のテーマ