OVERLORD -the gold in the darkness- 作:裁縫箱
誠に申し訳ありませんでした。
前も同じことがありましたが、三度目はないと信じて頂きたい。
(いや、ホントにenterを気軽に押してはいけない)
以下、前回のあらすじ。
1、主人公と鎧さんの問答。
2、交渉のできない主人公。
3、戦闘開始。
―――ツアーとの会合より120時間前―――
「で、これが最新の分析結果ということなのかな」
「はい。例の娘を始めとする長命種や、各地の伝承などから集めた情報を、私どもが可能な限り整理、統合、分析したものがそれとなります」
デミウルゴスは、直立姿勢で主の質問に対して丁寧に返答する。主の手元にある資料を作成したのは、別に彼一人ではないが、あいにくと他の二人は今他の場所で仕事中なので、代表して彼が説明することになっていた。
(彼らには悪いですが、これは役得ですね)
後日改めて正式な会議を開くことにはなっているが、それでも至高の存在に自分の成果を報告し、御言葉を頂けるという栄誉は格別だ。
ただ、あまり自慢気な態度をとっていると嫌われるという良識は、彼も持ち合わせているので、この部屋を出た後は気を付けなくてはと自分に言い聞かせる。
第九階層のメイドや使用人の口が軽いということはないが、同僚との間に不和を招くのはよろしくない。特にナザリック地下大墳墓の防衛責任者である彼の立場を考えると、連携不足による防衛力の低下は見過ごせないものがあった。
(御方の安全は何にもまして優先される。それが私の責務なのだから)
パラパラとページを捲っている至高の存在の姿に、彼は今日もまた誓いを新たにした。
やがて読み終わったのか主人は資料を机に置き、湯気を立てているティーカップを手元に引き寄せる。たった今部屋付きメイドが淹れたばかりの紅茶から、いい匂いがデミウルゴスのところまで漂ってきた。
主人は姿を消している他の至高の存在と同様に異形種であるが、飲食は普通にできる。というよりも、その身体機能の大半が人間のものと同じだ。決して老いることはなく、排泄機能などが存在しないという違いはあるそうだが、睡眠などを普通にすることも必要と聞いていた。
しかし、そのことについてデミウルゴスが特に問題を感じることはない。むしろ、そのことを知ったとき安堵したほどだ。主が活動できない時間があるということは、その不足を埋めるために配下が努力する余地があるし、ナザリック内の飲食関係者たちにとっても、存在価値を実感する事が出来る。
主の後ろに控えているメイドの表情を見れば、味覚とは案外重要なものだと、デミウルゴスでなくともわかるだろう。
もし主人が完璧な存在であれば―――。
(いや何を考えているんだ私は。至高の存在が完璧でないなどと、そのような不敬極まりない幻想を―――)
ティーカップを受け皿に戻す主人の前でデミウルゴスは内心戦慄する。
だが、彼が自分の中にある感情を整理する前に、彼の主は口を開いた。
「さて、まずはこの分析結果に対する君の感想を聞こうか、デミウルゴス。この資料では何者かがユグドラシルの勢力をこの世界に呼び出す、或いは具現化していると記されているんだけど、もしそんなことが出来るものがいたとして、その存在をどう思う?」
「……そうですね。愚かだと思っております。不必要に力をばら撒く行為など、余程慢心しているのか、或いは考えなしなのか、そのどちらかでしょう。もし今の時代の混乱を計算に入れているのであれば、警戒すべき相手だとは思いますが」
デミウルゴスは人々の怨嗟の声を子守唄にし、絶望を糧として日々を暮らす悪魔ではあるが、決して混沌を望んでいるのではない。
彼は彼なりの規律をもって、弱者たちを踏みにじる。それは彼の失敗が、彼だけのものではないことを知っているが故の覚悟だ。
その彼から見ると、ユグドラシルの勢力というイレギュラーによって屈折した発展を続けている外の世界は、滑稽というほかない。
力を制御したいのならば、ナザリックが管理している人間たちのように、完全に外部との繋がりを断ち切った上で四六時中監視するような極端な手段でも取るほかないのだから。
主人も同意するように頷いた。
「僕も力の分散に関しての君の考えは正しいと思う。ただ、一部懸念があることも残念ながら事実だ」
「申し訳ありません。当時を知る者を補足出来ればよかったのですが」
デミウルゴスが下げた頭に、主人が声をかける。
「いや。それは君が責任を感じることじゃない。もともとこの世界で長く生きている存在の絶対数が少ないんだからね。そういった手合いには警戒して然るべしだよ」
記録されている限り最も古いプレイヤーは、五百年前に人間を救ったとされる神々だと思われているが、それ以前から生きているものというのは意外と少ない。
寿命という概念がない異形種でも、激しい生存競争にさらされるうちに滅びてしまうというケースが多いそうだ。
そして逆説的に、五百年以上前から今の時代にまで命を繋いでいる存在とは、臆病で逃げ足の速い者か、或いは相当に修羅場慣れした猛者ということになる。下手すればデミウルゴス達100レベルの階層守護者にも勝るほどの。
だからこそナザリックは、それ以外の存在から情報を集めてきたわけだが、今主人の手にある資料を最後に真新しいニュースはない。そろそろ次の段階に行くべきだというのが、デミウルゴスを始めとするナザリックの頭脳派三名の意見だ。
デミウルゴスは主人の瞳に確固たる決意が宿るのを見た。
「しかし、これ以上手をこまねいていては受け身に回りすぎてしまう。君たちの提案通り、ここは適当な者と接触を試みるべきだろうね。それで接触対象なんだけど、僕的には――」
そこで主人は手元の資料に目を落とし、開いていたページに記載された名前を読み上げる。
「ツァインドルクス=ヴァイシオン。彼がいいんじゃないかなって思ってるんだけど、君はどうかな」
その竜王については、他の候補よりも詳細な説明を準備する事が出来たので、デミウルゴスもよく覚えている。
竜帝の息子にして現存する最強の竜王という肩書に縛られた愚者。
デミウルゴスが滑稽と思う筆頭だ。思わず顔に笑みがこぼれてしまう。
「同意いたします。他の竜王がプレイヤーと協調しないのに対し、白金の竜王は表面上誰とでも手を組む理性的な一面がありますから、その分扱いやすいと言えるでしょう」
「そういうこと。向こうとしても時期が来ていることは分かっているんだから、必ず情報を集めようと動くはずだ。あとは僕たちが確保している餌を垂らしておけば一本釣り。楽なもんだよ」
頬杖をついて不敵に笑う主人につられ、デミウルゴスの笑みも深まる。至高の存在と同じ景色を共有しているがゆえの喜びが顔に表れたのだ。
しかしデミウルゴスの喜びに反し、部屋の主は瞬時に笑みを引っ込め、くたびれた表情を見せた。
「ハア~。とまあここまでは順調なんだけどね。実行部隊を誰にするかで悩んでいてさ」
「対応能力や知性などを踏まえると、そうですね。パンドラズ・アクターなどが適任なのでは。次点でコミュニケーション能力の高いアウラ……でしょうか」
「……ああ、あの黒っゔっゔんん。パンドラズ・アクターね。うん。彼は優秀だよね。うん。ハハハハハ」
デミウルゴスとしては別段おかしいことを言ったつもりではなかったが、なぜか主人の表情が引き攣っている。笑いを堪えようとしているのかなんなのか形容しがたい顔だ。
喉の調子も悪いようだし、今度からはお茶にも少し気を遣うよう、メイドたちに言っておいたほうがいいかもしれない。
主の体調を慮るデミウルゴス。
その間主人は何か自分の中の葛藤と戦うような複雑そうな顔で悶々としていたが、決意が固まったらしくやおら声を上げた。
「……いやっ、でも彼はナザリックの財源確保とかそういうので色々忙しいし、ここは別の人にしておこう。うん。アウラに護衛としてシャルティアをつければ戦力的な問題も解決するし、大丈夫じゃない」
「そうですか。ではご命令いただければ、至急部隊を編成いたしますがよろしいでしょうか」
「ああ、構わないよ」
「承知いたしました。万全の準備をもって事に当たらせていただきます」
深々と一礼したデミウルゴスは、報告も済んだことだしそろそろ退出しようと口を開く。
「では私はこれで「あっちょっと待ってデミウルゴス。」……どうかいたしましたか?」
途中で遮られたことで素直な疑問を顔に出しながら、主人を見る。
返ってきたのは満面の笑みだった。
「言い忘れてたけど、竜王には興味あるから僕も分体で現地に行くからね」
分体。世界級アイテムを核とする主人が普段活動する際に使う体。その性能は本体との距離など様々な条件によって変化するが、いくら壊されようと本体には損傷がないため、危険が予想される場所にでも、ある程度リスクを無視して訪れることが出来る。
通常時は最高支配者が気軽に出歩いていると威厳に関わるため、分体であろうと大量の護衛が付き従うことになっているが、特殊な作戦時であればまた話は別だ。
「……畏まりました。何やらお考えがあるようなのでお任せしますが、竜王との交渉も御身が?」
「うん。イイ感じに圧力かけていく形でやるつもり。種はもう蒔いてあるから、少し離れた場所でも問題なく力を使えると思うよ」
「なるほど。御身の実験の一環でもあるわけですか。では白金の竜王には頑張ってもらいたいものですね」
「まったくだよ」
会話が終わり、デミウルゴスは退出の許可を得た後、踵を返して部屋を出ていく。
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―――現在―――
迫りくる黒い蔦を大剣で切り払う。支えを失った蔦の鋭利な先端が、灯っていた紅い光をかき消しながら地面に落ちていき、そして霞のように掻き消えた。
しかし、その様子を確認する暇もなく次の蔦がツアーに迫る。それを空中で身軽に躱し、目標を見失った蔦をもう片方の手に握っていた刀で切断。先ほどと同じように、繭から切り離されたものは形を残さず宙に溶ける。それは繭に繋がっている方にも連鎖するようなので、一度切った蔦は二度と使えないと考えていいだろう。
どうやら初見の印象通り、この相手にはツアーの持っている武器のうち、刃物が有効なようだ。この時点でハンマーを手に構えるという選択肢は無くなった。そして、刃物ではあるが小回りの利かない薙刀も同様に除外される。この結果ツアーは右手に大剣、左手に刀という二刀流で戦うことになった。
切断すれば相手がそれ以上その蔦を操作する事が出来なくなるので、現状これがこの戦いにおける最適解だった。
しかし―――、
「ツッ」
背後から伸ばされた蔦が、鎧の胴を貫く。直ぐに切断するものの、動作を無駄にすることになり、今後が苦しくなることに変わりはない。
見ると、戦闘前まで傷一つなかった白金鎧には、既に無数の穴が開いていた。全て相手の操る蔦に穿たれたものだ。もし鎧に中身があったならば、もう戦うことなどできないほどの致命傷を負っている。
(光衣が意味を為さない。紙を針で刺すように何の抵抗もなく私の守りを無効化してくる。しかし反対に蔦自体の強度は剣を振るった感覚から無いに等しい。……貫通の効果の代償として防御力を捨てているのか?)
何かに特化するには何かを捨てなければならないシステムだったと、
だが、交戦して最初に見た目を疑う光景がツアーを混乱させていた。
(……私の剣が全く届かなかった。あれは一体どういうことだ。確かにあの時は剣に対して魔法を付与していなかったが、……それが違いなのかっっ。)
再び鋭利な蔦が鎧を貫き、思考を中断させられる。
瞬時に対処してその場に留まることを避けるが、もうこれ以上飛行速度を挙げることはほぼ不可能だ。視界を遮る無数の蔦を両手の刃で切り払っていくが、それももう限界に近づいている。
段々と狭くなっていく籠に囚われた鼠。今のツアーの状態を率直に表すと、そういう言葉が浮かぶ。籠の隙間からは常に刃が差し込まれ、ツアーは必死にそれを躱し続けるが、徐々に狭まる逃げ場の中ではそれも長くは続かない。
籠を壊すことは出来ず、従ってこの戦いの結末も決まっている。ツアーの完全な敗北だ。
蔦に左足を穿たれた。
敗北には慣れている。いや、慣れてしまった。
始原の魔法の力が弱まり、世界との接続権が微細に分散して全ての種族に与えられた時から、竜はこの世界の支配者の地位を失った。四百年以上前から生きている竜王たちも長きに渡る戦いにより徐々に姿を消していき、今では両手の指の数を上回るかどうかというところまで数を減らしている。そして四百年前以降に生まれた竜たちはこの歪んでしまった世界の理に縛られ、零落し、人間と戦って命を落とすなど、かつてから見れば信じられないほど脆弱な存在へとなり果てた。
蔦が右足を貫く。
無念だった。同胞たちが衰え、安い誇りを胸に抱いて死んでいく姿を見るのは。
一体どうしてこうなってしまったのか。竜たちが頂点に立つことで維持されてきた秩序が崩壊し、混乱の絶えない世界を見る度にツアーはそう思う。
いや、答えは明白だ。
竜たちは自らの力に驕ったのだ。
世界に選ばれ、優遇され、あらゆることが手の内にあったかつての竜の栄華が頂点に達したとき、その傲慢さに相応しい罰が下された。ただそれだけ。いわば自業自得。因果応報。
下を見ず、上だけを見ていた竜たちは気づかなかった。自分たちを支えていた足場に罅が入っていたことを。
蔦が鎧の右腕を掠め、込めていた
ツアーとて分かっているのだ。竜の衰退はもう世界に決められたことだと。自分たちは『
蔦が左肩を穿つ。損傷に耐えられなくなったため、左腕が千切れていった。
自分とは別の竜の集団が、その運命を無理に捻じ曲げようとしているが、ツアーはそうはなりたくなかった。それでは結局のところかつての歴史の焼き直し。強大すぎる力で理を歪めた父や、あの八欲王と同じことをしようとしているだけ。それでは過去から何も学んでいない。
確かに、彼らの気持ちは分かる。竜であろうと何であろうと、築いていた地位から落とされることは酷くつらい。一度上がった水準を知っていると、それ以下の物事を受け入れることが難しくなるのだ。
だがそれでも、一度決まってしまったことを無かったかのように書き換えることは許されない。世界を、命をやり直すことなどあってはならない。結局やり直した果てが今よりもいい保証などどこにもないのだから、それよりは今を受け入れてしまえば『もしも』の可能性のことを考えなくて済む。いや、大抵はそもそもやり直すことなど最初からできないのだから、受け入れるほかない。それでも受け入れられないものが、英雄と言われるのだ。
だが、始原の魔法は、世界級アイテムは違う。あれは本当に運命を書き換えることが出来てしまう。まるで悪魔の用意した果実のように、竜を、人を誘惑し、この世界を汚させる。
そんなことはもうしてはならないのだ。かつての自分たちのように破滅の未来へ足を踏み入れてはならない。
―――だからこそツアーはぷれいやーを殺す。
―――今の世界を自然な流れのまま維持するために、異物たちを取り除く。
罪滅ぼしでは、ないと思う。これはツアーなりの意地だ。同族たちや、愚かなぷれいやーたちとも異なる道を歩くことで、彼らを否定する。否定したい。
そのために手段は選ばなかった。たとえ理解する事が出来ると感じた相手でも例にもれず殺害した。ひとえに彼の信念を貫くために。
ゆえに―――。
白金鎧の飛行速度を引き上げる。鎧の表面の亀裂が進行した。元々壊れかけているところにさらに無茶をするのだから当然ではあるが、既にツアーは気にしていなかった。
目指すは蔦の根元。ぷれいやーが籠っている繭。
行く手を阻むように大量の蔦が襲い掛かってきたが、それら全てを無視する。鎧に突き刺さった蔦も、力(・)の消費を考えずに放出した白い炎のような輝きに溶けていった。
もう逃げることはできない。逃げてしまったら、これ以上相手に近づける機会は今後訪れない可能性が高い。
ならば、ここでこの鎧の身を犠牲にしてでも
(始原の魔法が
もし自分では倒せないのであれば、次の機会を待つか、世界級アイテムを使うなど他の選択肢を検討する必要がある。
何人ものぷれいやーと対峙してきた数百年の経験をもとにした捨て身の作戦。仲間が少なく、数で勝る相手に不利なツアーが編み出した、複数の白金鎧による情報収集。本体が死ぬわけにはいかないツアーが、不死のぷれいやーを殺すために敗北しても後に繋げるための戦術だ。
蔦を躱して
蔦を躱して
蔦を躱して
蔦を躱して
蔦を躱して
蔦を躱して
蔦を躱して
蔦を躱して
―――視線の先に繭が映った。
鎧の四肢がほとんど欠損した中で、唯一残っている右腕が握っている刀に、最後の力を凝縮させる。
飛行が止まり炎も絶えたので、ここぞとばかりに蔦が一気に押し寄せてくるが、ツアーが右腕を振りかぶるほうが早い。
肩から稲妻のように放たれた刀の白い輝きが、一直線の軌道を描いて繭へと飛来する。
ツアーを抑え込むために大量の蔦を使っていたためか防御は薄く、投擲された刀は繭の中心を貫いた。
ツアーの内面を少しの考察と多量の妄想で描写する回。
色々と評価が分かれている彼ですが、裁縫箱の中ではこんな感じのキャラクターとなっております。
あっそれと、ちょっとした能力解説です。
「種を蒔く」というのは単なる比喩表現ではなく、実際に種を蒔いています。
矛盾が今後出ないと……いいなぁ~。
次回の更新はいつもより曜日的にイレギュラーになるかもしれませんが、気長にお待ちください。