「ボウリングは本当に楽しいのか?」

                       2014年特別号  すみ光保

 「オレの若い頃は・・・」などという年寄りの常套句からわたくしも入っていこう。

 わたくしの若い頃、遙か約45年ほど前、朝霞のベースキャンプでリーグに夢中だった頃の話しであります。  

我がチームはリードオフが、アベ180前後のキャプテン・カテリーナ  
2番手が170アベの米陸軍大佐  
3番手が大佐の奥さんでアベ99点。  
4番手がわたくしすみ光保で177アベ  
アンカーがPBAメンバーのビル・ホッピープロでアベ204  

チーム名はキャプテンの名前をとって‘カテリーナ’  アベ100にもいかない人と、200を越えるプロとが同じチームで楽しみながら勝ちを目標に食べたり飲んだりしながらの毎週楽しみながらの熱戦。  

それはそうだ、全てのリーグがキャッシュプライズで、40週以上のスケジュールで年間を通してのリーグでは優勝が、ン拾万単位となり、個人でもHGやHS、アベランキングなどかなりの金額となる。

だから真剣なのだが、われわれに映る連中の雰囲気はとにかく楽しんでいる姿でした。  
賞金は結果であり、その過程はとにもかくにも楽しもうという姿勢がいっぱい伝わってきたものです。どうも日本人とアメリカ人とはお金に対する感覚が違うようだし、楽しむというスタンスもまるで違う。  

真似する必要は全くないのですが、見習うところはいまでもおおいにあると思います。ましてやテンピンズはアメリカのものです。    

現状の日本における各センターのリーグを俯瞰してみると、少し間違っているのではないかと思うのです。  
傾向としてどこのセンターもアベレージボウラーだけが固まっていて、初心者やオープン客が寄りつきにくい。
ましてやエチケットを知らない客が同時投球しようものなら、あからさまに嫌な顔をしたり、極端な場合怒鳴ったりしている。自分だってはじめはエチケットなど知らなかったはずなのに。

 200以上のボウラーと、100もいかない初心者が一緒にチームを組んで楽しめるのがボウリングであり、リーグであるはずなのに、同じレベルで固まってしまっているのが現状です。

 東京BC時代からハタBC時代までは、だれもが一緒にリーグを楽しんでいたのに、何故そうなってしまったのか?  
それを考えてみると昭和47年のオイルショックを期してわが業界が変わってしまった結果のような気がするのです。  

経営者がボウリングを学んでこなかった。結果お客さまの言いなりになってきた。
営業的にも最悪の時代でしたので、お客さまは神様ということで何でもござれになっていった。
 ボウリングは1レーン5名入ってのファイブメンリーグが基本なのに、それを知らない我が物顔のお客さまに「レーンが空いているのに5人も詰め込みやがって」などの声に迎合して、せっかくのコミュニケーションゲームであるリーグを失ってしまってきたのです。

全て経営者がボウリングを学ばなかったわれわれの責任。  

飲んだり食べたりしながら行うのがボウリングリーグの本来の姿。ボウリングの特質だ。  

飲食はコミュニケーションを促進させる。  1レーン5人入って3ゲーム投げると約2時間半。

この時間真剣に投げながら、順番待ちの時間、仲間と駄べったり、食べたり飲んだりしながら楽しむものなのです。   
いまやどこに行ってもそれがない。終わるとさっさと帰ってしまう。
自分の記録や、順位にしか興味がない。そうした習慣をつけてしまったのはわれわれ経営サイドの責任です。  

昔はレーンが空いていても、1人で投げていると、フロントが他の1人客を連れてきてご一緒に投げていただけませんか?
などと紹介し合い、友達が増えたものでした。

現状は顔見知りの常連同士でもそれぞれがペアレーンを占領して1人でアメリカンで投げている。昔を知っている古いタイプの人間にはどうも解せない。
大きな楽しみを失っているように見えるのだ。
「いまどきの若い者は・・・」の同義語「いまどきのボウラーは・・・」の常套句になってしまう。  

そんな観点から現状を見ると、
『ボウリングって本当に楽しいのですか?』
とつい聞いてしまいたくなるのです。  

“楽しむ”というと、つい罪悪感に襲われるような、右翼的、軍国的、体育会的価値観がいまだに大きく幅をきかせている。
JPBA然り、プロテストを見てご覧。  
もうそこから抜け出しても良いのではないでしょうか? 
昔を懐かしむのではなく、ボウリングの本質である“コミュニケーション スポーツ”としての本来の姿を取り戻したい。

200以上と100以下が同じチームでHDCPリーグを楽しむ。
これがボウリングだよ。  

お客さまにボウリングの本当の楽しさを伝えること。それがわれわれの責任でもあるのです。

<売り上げをあげようとするのではなく、いかにお客さまを満足させるか>

が今後のマネージメントだと思うのです

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「車遍歴 その1」

すみ光保

すみ光保(すみみつやす)

■1935年東京都生まれ。株式会社スミ代表取締役。
1967年にライセンスNo.4第1期生プロボウラーとしてデビューする。ボウリングインストラクターライセンスはマスター。
主な著作は、子供とボウリング(ぎょうせい出版)、ボウリング(ぎょうせい出版)、ウリング(日本テレビ出版)、NBCJインストラクターマニュアル、ブランズウィック発行マニュアルなど多数。

BackNumber

  • 「車遍歴 その1」[2014.04]

  • 「接客とリーグ」[2014.03]

  • 「同居人?」[2014.02]

  • 「お洒落」[2014.01]

  • 「さて来年も野球が見られるか」[2013.12]

  • 「絵について」[2013.11]

  • 「名前について」[2013.10]

  • 「LTBについて」[2013.09]

  • 「入院生活」[2013.08]

  • 「影響を受けた文学など」[2013.07]

  • 「ジャズとの出会い」[2013.06]

  • 「自力では何もできない」[2013.05]

  • 「性と食」[2013.04]

  • 「極楽蜻蛉」[2013.03]

  • 「食い物談義」[2013.02]

  • 「ブリンガー」[2013.01]

  • 「松茸」[2012.12]

  • 「村社会」[2012.11]

  • 「チームリーグをやろう」[2012.10]

  • 「中原正光、プロデビュ-」[2012.9]

  • 「PBAボウラーの思い出」[2012.8]

  • 「出どころを明確に」[2012.7]

  • 「有名人」[2012.6]

  • 「居心地の悪さ」[2012.5]

  • 「理念・ミッション等の欠如」[2012.4]

  • 「オレは第4反抗期だ」[2012.3]

  • 「現在までの我が国ベストプレイヤー5人衆」[2012.2]

  • 「欠点指摘主義からの脱却」[2012.1]

  • 「またまた奨太が凄い」[2011.12]

  • 「LTBプラス」と「ボウエル」について[2011.11]

  • 「本山ボウルのリーグ」[2011.10]

  • 「プロとはなにか?」[2011.9]

  • 「カッコイイとは?」[2011.8]

  • 「有元 勝コーチングセミナー」[2011.7]

  • 「美味快楽」[2011.6]

  • 「ハタBCが終わった」[2011.5]

  • 「人生なんてほんの冗談よ」[2011.4]

  • 「企画について」[2011.3]

  • 「JPBAの問題点考」[2011.2]

  • 「2011年だ」[2011.1]

  • 「リーグが何故ボウリングの戦うシステムなのか?」[2010.12]

  • 「コーチングについて」[2010.11]

  • 「川添奬太と有元勝そして和田省吾」[2010.10]

  • 「リーグの間違いについて」-その2-[2010.9]

  • 「リーグの間違いについて」-その1-“ひとつのリーグは独立したクラブ組織である”[2010.8]

  • 「LTB」ボウリング教室[2010.7]

  • 「ボウリング場の仕事」[2010.6]

  • 「川添奨太プロと契約」[2010.5]

  • 「プロインストラクターのこと」[2010.4]

  • 「55年目なのだ」[2010.3]

  • 「JBP初年度活動報告」[2010.2]

  • 「MOJ」[2010.1]

  • 「先輩親分を撃て」[2009.12]

  • 「リーグ再考」[2009.11]

  • 「和製英語投法からの脱却」[2009.10]

  • 「病室からご挨拶」[2009.9]

  • 「すみ光保の演技論」[2009.8]

  • 「時は経つ・・・開場1周年なのだ」[2009.7]

  • 「われわれは PBAに勝てないのか?」[2009.6]

  • 「ボウリング教室」[2009.5]

  • 「杉本 勝子のこと」[2009.4]

  • 「JBP」のこと[2009.3]

  • 「スーパーボウル高松」の終焉[2009.2]

  • スポーツの語源について[2009.1]

  • 15年振りのLTB[2008.12]

  • フラッシュバック的な思い出深き仲間の振り返り3[2008.11]

  • フラッシュバック的な思い出深き仲間の振り返り2[2008.10]

  • 本山ボウルがオープンして[2008.9]

  • 本山ボウルついにオープン[2008.8]

  • フラッシュバック的な思い出深き仲間の振り返り[2008.7]

  • 本山ボウルオープン間近[2008.6]

  • わが親友、秋元泉のこと[2008.5]

  • ディック・ウェーバー追悼特集[2008.4]

  • 遊びをせんとや生まれけん[2008.3]

  • 結婚について[2008.2]

  • カブスミ創設40周年なのだ[2008.1]

  • 雑談から生まれるもの[2007.12]

  • リーグについて3[2007.11]

  • リーグについて2[2007.10]

  • ボウリングは農業だ![2007.9]

  • ホモジニアスからの脱却[2007.8]

  • 大久保洪基 所感[2007.7]

  • 反省ありき&弊社創設40周年だ[2007.6]

  • 昔々、わが役者時代の頃[2007.5]

  • いい加減止めろよ!古すぎるボウリング理論[2007.4]

  • プロボウリング協会、これ正しい表記なのか?[2007.3]

  • JPBAインストラクタープロはプロにあらず[2007.2]

  • 新年所感 リーグについて[2007.1]

  • 須田開代子 所感[2006.12]

  • 日坂義人 所感[2006.11]

  • 酒井武雄 所感[2006.10]

  • 役に立たないボウリングの話[2006.9]

  • 役に立たないボウリング用語の言語をひとつ[2006.8]

  • 右側優先は間違いだ![2006.7]

  • ストライクマークの由来なのだ![2006.6]

  • ボウリングトレビ[アシバラ][2006.5]

  • もっとお話ししようョ3[2006.4]

  • もっとお話ししようョ2[2006.3]

  • もっとお話ししようョ[2006.2]

  • ちょっといい話[2006.1]

  • JAPAN CUPで感じたこと[2005.12]

  • ポジティブシンキング[2005.11]

  • ○○って言ったヤツはダレだ!?[2005.10]

  • ガルゲンモールって?[2005.9]

  • 常識がない!は、褒め言葉だ[2005.8]

  • 尊敬できるプロはいない!?[2005.7]

  • プロとは何だろう?[2005.6]

  • 投げ方も時代と共に変化する[2005.5]

  • オリコフスキーに狂った男[2005.4]

  • 一流って何だろう?[2005.3]

  • ボウリングちょっとイイ話3[2005.2]

  • ボウリングちょっとイイ話2[2005.1]

  • ボウリングちょっとイイ話1[2004.12]

  • 果たしてプロ協会は変われるか?[2004.11]

  • 当センターの基本的考えあれこれ[2004.10]

  • "らしさ" は否定されなければならない[2004.9]

  • オレは結婚反対論者だ!?[2004.8]

  • オリンピックは時代遅れ?[2004.7]

  • 弊社創設36周年を迎えたけれど[2004.6]

  • 厳しいプロテストをクリアして[2004.5]

  • 常に革新的でありたい[2004.4]

  • 明るく陽気な絶望[2004.3]

  • ボウリングの仲間たち[2004.2]

  • ボウリングは糖尿に効く?[2004.1]

  • ボウリングの歴史をちょこっと[2003.12]

  • 年寄りらしく昔を懐かしむ4[2003.11]

  • 年寄りらしく昔を懐かしむ3[2003.10]

  • 権力に楯突きたいわたくしなのです[2003.9]

  • スーパーボウル高松1周年[2003.8]

  • 年寄りらしく昔を懐かしむ2[2003.7]

  • 年寄りらしく昔を懐かしむ1[2003.6]

  • わたくしって心がまっすぐなのです[2003.5]

  • ハンディキャップについて[2003.4]

  • レイ・ブルースとドン・カーターの名言[2003.3]

  • サービスとはいったい何なのか?[2003.2]

  • お客様とは誰か?[2003.1]

  • ボウリングは木と戯れるスポーツである[2002.12]

  • ボウリングの本質はリーグにある[2002.11]

  • ボウリング場はボウリングをする所じゃない[2002.10]

  • 古いスポーツの概念からの脱却[2002.9]

  • オープンのご挨拶[2002.8]

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