夕暮れ.jpg

苦難の民は陰界と消ゆ

     人面犬の噂     

文町

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kunan.png

Remarks

 

《KP用シナリオ概要》

『人面犬を目撃しました。』

オカルト愛好家の集うインターネット掲示板に投稿された書き込みを見て、探索者たちは噂の現場を訪れた。

そこに待ち受けていたのは、単なる都市伝説などではない――悍ましく冒涜的な世界の断面であった。

廃鉱山[はいこうざん]の深い穴に落ち、地底都市クン=ヤンにさまよい込んでしまった探索者たちは、無事に地上へ帰り着くことができるのか。


 

推奨人数:2~4人

想定時間:3時間

推奨技能:オカルト/人類学/伝承

準推奨技能:ナビゲート、乗馬/動物使い

探索者HO:探索者はオカルトな噂に目がない人間だ。『柳川県清沢村に人面犬が現れた』という噂を聞きつけ、調査に赴くことになる。


 

《シナリオの真相》

柳川県[やながわけん]燻ヶ谷村[くすがやむら]は、明治後期まで金の採掘[さいくつ]が主要な産業であった。外部から来た鉱夫[こうふ]が居着[いつ]き、村は長きに渡って栄えたが、燻ヶ谷鉱山から金が枯渇[こかつ]するとじきに寂[さび]れていく。後には僅[わず]かな住民と、金を採[と]り尽くされてあちこち穴だらけになった廃鉱山[はいこうざん]だけが残った。

鉱山では、通気や物資の運搬などの目的で数百メートルもの深さの穴を垂直に掘り下げることもあり、そんな竪坑[たてこう]と呼ばれる穴や坑道の一つが、時空の捻[ねじ]れによって地底都市クン=ヤンの外れへと繋がってしまう。

鉱山で行方不明者が出ることは珍しくない。過酷な労働環境によって逃げ出す者、あるいは二度と引き上げられない深みに落ち込み、人知れず命を落とす者も多くいたからだ。幾人かの鉱夫がクン=ヤンに紛れ込み行方を眩[くら]まそうとも、彼らを本気で捜そうとする人間はいなかった。

廃鉱山となり人の手が入らなくなると、やがて坑道はあちこちが風化し崩れていく。草木が根を張って、クン=ヤンと繋がっていた穴も殆[ほとん]ど塞[ふさ]がり、山で行方不明者が出ることもなくなっていった。

 

時は流れ、現代。燻ヶ谷村は隣接する深ヶ瀬村[ふかがせむら]と合併[がっぺい]し、清沢村となった。関東地方や東日本を中心にした大きな地震が幾度かあり、燻ヶ谷鉱山では一部の廃坑道が崩落[ほうらく]した。その内に、一つの深い竪坑が地下世界と地上とを再び繋ぐ。その穴から、クン=ヤンの民が家畜として飼いならす、人と獣との悍ましき混血種ギャア=ヨトンの一体が迷い出た。

屍肉を食らうギャア=ヨトンは、食料を求めて人里近い霊園へやって来る。死の臭いを嗅ぎつけて墓を荒らすも、当然墓の下へ肉のついた死体が埋まっているはずもなく、あちこちを掘り返している内に、肝試しに来た中学生グループに発見されてしまう。霊園から逃げ、帰り道を見失ったギャア=ヨトンは山中をあても無くさまよっていた。

 

とある日、探索者はオカルト愛好家の集うインターネット掲示板で、『とある村の霊園に人面犬が現れた』という投稿を発見する。柳川県清沢村に現れたというその人面犬は、牛ほどもあろうかという巨躯[きょく]を持ち、墓の土を掘り返しては屍肉[しにく]を漁っていたのだと。もちろん現代日本において、土葬[どそう]の習慣が多く残っている訳ではない。とりわけ水源に近い清沢村の霊園に屍肉など埋まっているはずもない――水質汚染の恐れがある地域での土葬は条例などで禁止されている――のだが、どうやら墓が荒らされたというのは紛[まぎ]れもない事実のようだ。

探索者は怪物の噂を追って清沢村の山中へ赴き、ついには廃坑道で怪物に邂逅[かいこう]する。驚いた弾みに足を滑らせ、気の遠くなるほど深い穴に落ち、ついに地底都市クン=ヤンへと足を踏み入れてしまうのであった。



 

Characters

 

《登場人物》

金田 哲夫[かねだ てつお]

STR45 CON60 POW50 DEX55 APP55 SIZ45 INT55 EDU45

目星:45 聞き耳:45 追跡:45 信用:40 幸運:50

 

14歳の男子中学生。友人と共に墓地へ肝試しに行ったところ、人面の怪物ギャア=ヨトンに遭遇する。

好奇心は強いが優しく臆病な少年で、精神を病んだ友人に対し強く心を痛めている。一人称は『俺』。

父親は単身赴任中で、母と祖母と三人暮らし。高校受験を控えており、放課後は図書館に直行して勉強に励[はげ]む日々。


 

灰原 鷲作[はいばら しゅうさく]

STR25 CON40 POW70 DEX35 APP35 SIZ40 INT55 EDU70

人類学:60 オカルト:60 伝承(民話):60 信用:35 幸運:45

 

90歳の老人。幼少期から山にクン=ヤンの民の姿を見ていた。

山中でトゥルー金属製の円盤を発見して以来、自宅に数十年間保管し続けているが、その他は神話的事象と無縁の人生を送っている。

一人称は『私』。

妻には20年前に先立たれ、子供はいない。昔は高校教師をしていたが、今は年金で悠々自適[ゆうゆうじてき]の日々。


 

人面犬

その正体はギャア=ヨトン。人間と獣とが交配し生み出された悍ましい家畜生物である。言葉こそ話せないものの、高い知性を持った生物であり、手段さえあれば人間と知的なコミュニケーションを取ることすら可能だ。本個体はもともとクン=ヤンの民に飼育されていたが、赤く輝く廃墟ヨトからンカイへ迷い込んだ際、邪神ツァトゥグァへの信仰に目覚めて脱走した。ンカイにてツァトゥグァの加護を受けたため、通常の個体より遥[はる]かに強靭[きょうじん]な肉体と高い知性を持っている。数人の大人程度であれば軽々と背に乗せ、風のように走ることができるだろう。

 

この個体が首から下げているトゥルー金属製のプレートには不可思議な言語が刻まれているが、ここにはツァトゥグァを称[たた]える言葉が綴[つづ]られている。

クン=ヤンの民の家畜であった頃は人型生物の屍肉を餌[えさ]として与えられていたため、地上に出て人間の死体を漁ろうとしているところを中学生グループに目撃された。



 

Glossary

 

《用語解説》

クン=ヤン(K'n-yan)

人類が暮らす地上から、遥か地下深くに存在する地底都市。青く輝く都市ツァト(Tsath)と、赤く輝く廃墟ヨト(Yoth)などに分かれている。

イグ(Yig)、トゥルー(Tulu)、名付けられざりしもの(The Not-to-Be-Named One)、シュブ=ニグラス(Shub-Niggurath)など様々な邪神が広く信仰されている。かつてはツァトゥグァ(後述)信仰が中心であったが、今ではその信仰は廃[すた]れ、青く輝く都市ツァトにその名の一部を残すばかりだ。

クン=ヤンの民(後述)が暮らすツァトでは、常に青く鮮やかな霧[きり]のようなものが上方に揺[ゆ]らめいており、頭上に青空が広がっているように見える。地上とは異なる植物が繁茂[はんも]し、奴隷や家畜を用いた農業や畜産[ちくさん]なども盛んである。金や銀が無尽蔵[むじんぞう]に採掘できるため、ここでは卑金属[ひきんぞく]のように扱われている。

時間の流れが地上とは異なり、蛇神イグが尾を打ち鳴らす間隔[かんかく]によって時が定められるとも言われている。


 

クン=ヤンの民(K'n-yanians)

地底都市クン=ヤンに生きる人型の種族。容姿[ようし]はアメリカン・インディアンに似ているが、装身具[そうしんぐ]などは人間のいかなる文化とも一致しない。「太古の時代、邪神トゥルーと共に宇宙から飛来[ひらい]した」とクン=ヤンの民の間では信じられているが、その真相は定かではない。

人間を遥かに凌駕[りょうが]する科学力を得て繁栄したが、半永久的に寿命を伸ばす方法を発明してから、少しずつ原始的な生活に立ち返っていく。物質を非物質化したり、人間をゾンビ化して奴隷にしたりという技術を持ち、時にそれを残酷な楽しみのために用いている。常に新しい知識や刺激を求め、同族や異種族と知的な議論を交わしたり、円形闘技場で家畜や奴隷を戦わせたり拷問したりすることで無限の退屈を紛らわせている。

独自の言語で話すこともできるが、基本的なコミュニケーション手段は相手の目を見て感情を伝えるテレパシーのようなものである。


 

ギャア=ヨトン(Gyaa-yothn)

クン=ヤンの民によって家畜化された生物で、農耕や移動手段などに用いられている。人間が悠々と跨がれる程度に大きく、悍ましい外見に反して乗り心地は非常によい。

白い体表に黒い毛皮が生えており、人間か類人猿めいた頭部の額[ひたい]には角、あるいは角の名残[なごり]のようなものがあり、その知性はクン=ヤンの民と複雑なコミュニケーションを行えるほど高い。

この生物のルーツは赤く輝く廃墟ヨトにあり、クン=ヤンの民が発見したときは既にこの姿であった。この獣に人類の血が混ざっていることは間違いなく、ヘビ人間(Serpent People)が遺伝子操作により生み出したのではないかという説もある。


 

トゥルー金属(Tulu-metal)

蛸[たこ]のような頭部を持つ強大な神トゥルーと共に宇宙から飛来したとされる金属。不思議な磁力を有し、同じトゥルー金属とのみ強く引きつけ合う性質を持つ。通常の磁石などには反応せず、他の金属を引きつけることもない。

クン=ヤンの民にとっての貴金属であり、儀礼的・宗教的に重要な器具などはこれで作られていることが多い。また、かつては貨幣のように使われたこともあったようだ。


 

イム=ブヒ(Y'm-bhi)

人間に近似した姿を持つ奴隷階級。多くは拷問を受けて頭部や四肢[しし]をもがれ殺された末に、機械的に蘇生[そせい]され、クン=ヤンの民の奴隷として使役[しえき]されている。

元は出来損ないの奴隷種族や、同族に仇[あだ]なしたクン=ヤンの民、または地上から迷い込んだ人間などである。与えられた命令を忠実にこなすだけの存在であり、自我などは残っていない。一部のイム=ブヒは非物質化の術を施[ほどこ]され、半透明に透けた幽霊のようになっている。魔術的な手段を用いない限り、非物質化したイム=ブヒに触れることはできないが、イム=ブヒ側からは僅かな干渉が可能なようだ。

彼らは、クン=ヤンの民にとって利用価値のない人間や、地下世界から逃げ出そうとした人間たちの無残な末路であり、探索者の未来にもなり得る存在である。


 

ツァトゥグァ(Tsathoggua)

旧支配者の一柱[ひとはしら]。蝙蝠[こうもり]と熊と蟇[ひきがえる]を混ぜたような見た目をしており、大きさはホッキョクグマほどとも言われているが、姿は自在に変えられるのかも知れない。

クン=ヤンよりも更に深みにある暗黒の地底世界ンカイ(後述)に座[ざ]し、平時はそこで生贄[いけにえ]を貪[むさぼ]っては午睡[ごすい]に微睡[まどろ]んでいる。

高い知性を持ち、機嫌が良ければ出会った人間に力を貸してくれることもあるが、彼が空腹であればその限りではない。この邪神が人を喰うと決めたのならば、もはやいかなる交渉の余地もないだろう。人間にできることは、ただ彼の腹が満ちるまで己の順番がやって来ないよう祈ることだけだ。

〔注:この神はハイパーボリアにあるヴーアミタドレス山の洞窟に座するという話もあるが、本シナリオ中ではンカイに棲[す]むと設定している〕


 

ンカイ(N'kai)

ツァトゥグァが支配する暗黒の地底世界。赤く輝く廃墟ヨトの更に地下にあるとされる。

ここに棲む不定形の粘液状生物は、冒涜的な礼拝によって邪神ツァトゥグァを崇めている。地上の光は一切届かないが、それは必ずしも何も見えないということを意味しない。ここで形而下[けいじか]の概念など何ら役には立たないだろう。



 

Introduction

 

《導入》

 

人面犬に詳しい人はいますか

1 :テツ: 2020/09/05(土)14:24:12 ID:X07RtoKaE5

中学生男子です。先週、地元の村の霊園に肝試しに行ったとき人面犬を目撃しました。

人面犬は牛とか熊くらいの大きさで、お墓を掘り返して死体をあさってました。

一緒に行った友達ははおかしくなってしまいました。他にそうゆう方はいらっしゃいますか?

 

2 :現実であった怖い名無し: 2020/09/05(土)17:20:50 ID:cctQ00oRks

2get

 

3 :現実であった怖い名無し: 2020/09/05(土)19:01:58 ID:Dt98TpAlKe

誰か聞いてやれよ

 

4 :テツ: 2020/09/05(土)19:10:11 ID:X07RtoKaE5

誰も知ってる人いないですか?

場所は柳川県のKという場所です身バレが嫌なのでボカしますが。。

 

5 :現実であった怖い名無し: 2020/09/05(土)20:32:25 ID:wTpLMn811a

柳川って村1つしか無くね?

 

6 :テツ: 2020/09/05(土)20:36:01 ID:X07RtoKaE5

全部うそでうs。ここはもう書き込まないでくだあsい

 

7 :現実であった怖い名無し: 2020/09/05(土)21:58:59 ID:Dt98TpAlKe

落ち着けよ


 

オカルトな噂に目がない探索者たちは、『柳川県清沢村の霊園に人面犬が出た』という噂を聞きつけ、その村まで調査に赴くことにした。噂の出処[でどころ]は匿名インターネット掲示板の書き込みだが、投稿者が地元の中学生を自称しており、またそこが人口1500人あまりの小さな村であることから、真相究明の可能性を感じたのだ。

噂の現場は、村内唯一の霊園【きよさわ霊園】であるようだ。村までの電車はないため、バスでの移動になるだろう。

〔注1:探索者の希望があれば自家用車で訪れても構わない。探索の動機は、単なるオカルトマニアたちのフィールドワークでもいいし、民俗学の研究でもいい。雑誌記者や小説家の取材という名目も実にクトゥルフ神話らしいだろう〕

〔注2:清沢村内で探索できる主な場所は《きよさわ霊園》《清沢図書館》《老人の家》《燻ヶ谷鉱山》の4箇所だ。観光地でもない小さな村落[そんらく]のため、旅館や娯楽施設などは揃[そろ]っていないが、コテージ付きのキャンプ場などがあってもいいだろう。沢遊[さわあそ]びやバーベキューなどが出来るはずだ〕


 

柳川中央バスの古い車体が、つづら折りの細い山道を縫[ぬ]うように上っていく。時折、木々の切れ間に遠く、村の人家が見える。ゆったりと走るバスの横を、スポーツバイクが駆け抜けていく。

「えー、次はー、きよさわ霊園前ー、きよさわ霊園前に停まります。お忘れ物のないようにー、ご注意ください」

気だるいアナウンスが流れると同時、バスは山道を抜け、閑静[かんせい]な村の中をのんびりと進んでいった。間もなく目的地に着くだろう。

《きよさわ霊園》へ。

 

・道すがら【人面犬】についてインターネットなどで調べる→

〈図書館〉〈コンピューター〉〈オカルト〉〈人類学〉〈伝承(民話)〉などで判定する。成功すると、下記のような情報を入手することができる。

『人面犬について:1990年前後に日本で流行した都市伝説。犬の体に人間の頭部を持ち、人の言葉を喋るという。そのルーツに関して、とある大学の実験で生み出されたという説や、自殺したサラリーマンの霊だという説など様々である。人面犬の噂自体が、社会実験として人為的[じんいてき]に作られた都市伝説であると主張する人間もいるが、真相は定かではない。変わったところでは、江戸時代にも人面犬の目撃談があり、それは治療目的で梅毒患者[ばいどくかんじゃ]と性交させられた雌犬[めすいぬ]が産み落としたものであるという。』

 

・道すがら【清沢村】についてインターネットなどで調べる→

〈図書館〉〈コンピューター〉などで判定してもいいし、調べるという宣言のみで下記の情報を開示しても構わない。

『柳川県北部に位置する、県内唯一の村。人口は1500人ほどで、主な産業は養鶏[ようけい]や農業、林業など。明治時代後期まで金の採掘が盛んであったが、既に山から金は採り尽くされ、今では全て廃鉱山になっている。』



 

Kiyosawa Cemetery

 

《きよさわ霊園》

燻ヶ谷鉱山の山すそを段々に整えた小さな霊園だ。景観[けいかん]が非常によく、村を出た人間でも最期はここに入ることを希望するケースが多いらしい。小さな駐車場は半分ほど埋まっており、霊園内はそれなりに人気[ひとけ]がある。当然、辺りを見渡しても人面犬らしきものはいない。

 

・墓参りの人間に話を聞く→

墓参りの人間に話を聞くと、何[なに]くれとなく、尋[たず]ねてもいないことまで話してくれる。

「墓荒らしのこと? なんでそんなこと知りたいの。取材? へえ~、今どきは何でも記事にするんだね。テレビでやんの?」

「荒らされたお家――金剛地[こんごうち]さん、この辺じゃいい顔の人だからね、そうとう頭に来てるみたいだよ。それに加えてアレだろ、金田さんちの子がさ、人面犬がやったとか言って、もうカンカンだよ。子どものイタズラにしちゃあ、やり過ぎだよね、人様のお墓を暴[あば]いてさ。また言い訳が人面犬だなんて……小学生じゃないんだから、ねぇ」

「金剛地さんの家? いやいやいや、絶対に行かない方がいいよ。大事なご先祖様のお墓荒らされて、めちゃくちゃ怒ってるんだから。人面犬だなんだって、間違っても言ったらだめだよ。罵声[ばせい]を浴びせられて塩を撒[ま]かれるよ。ね、悪いことは言わないから、やめときな」

「金田さんちの子? ああ、たぶんもうすぐそこの道を通るよ。今日は学校が昼までだから。真っ赤な自転車に乗ってるからすぐに分かるよ」

話を聞いていくと、何者かに墓を荒らされたのは本当のようだ。警察は器物損壊[きぶつそんかい]として捜査しており、荒らされた墓の家は憤慨[ふんがい]しているという。

件の墓は元の状態に戻されているが、周辺の土は真新しい。墓石には【金剛地家之墓】とある。

 

・霊園内を調べる→

【金剛地家之墓】の付近を〈目星〉〈追跡〉などで注意深く観察すると、黒っぽい獣の毛のようなものが見つかる。〈科学(生物学)〉などに成功すれば、これが普通の犬の毛にはとても見えないと気づいてもいいだろう。

霊園を探っている最中に〈目星〉〈聞き耳〉などに成功すると、遠く、木陰[こかげ]から自分たちをじっと見つめている老人がいることに気づく。しかし探索者が近づこうとするなら、すぐに見失ってしまうだろう。

・金剛地家を訪ねる→

村民に場所を尋ねれば、この村でも一際[ひときわ]大きな平屋[ひらや]の邸宅[ていたく]を教えられる。

インターホンを鳴らせば応対されるが、墓の件について触れた途端、すぐにブツリと切られてしまう。それでも粘[ねば]るようであれば、顔を赤く上気させた壮年[そうねん]の男性が大股[おおまた]にやって来て、塩を撒かれてしまうだろう。

金剛地「さっさと消えろ! 今すぐ立ち去らないと、不退去罪[ふたいきょざい]で警察を呼ぶぞ!」

〈心理学〉などで、金剛地は墓荒らしに対して心底[しんそこ]憤[いきどお]っており、それ以上の含[ふく]みなどは何もないと気づいてもいい。いずれにせよ、この場所で情報が得られることはない。

 

・金田少年を待つ→

しばらく霊園の前の道で待っていると、道の先から真っ赤な自転車に跨った少年がやって来る。声を掛ければ停まってくれるだろう。

《目撃者》へ。



 

Witness

 

《目撃者》

金田「ええと、こんにちは。なんでしょうか?」

赤い自転車の少年は、肝試しに来ていた中学生グループの一人、金田哲夫だった。人面犬について尋ねると、保護者や警察にこっぴどく叱られた後らしく、気鬱[きうつ]そうに話してくれる。

〔注:もし『匿名掲示板の書き込みから特定してやって来た』と伝えるなら、彼の顔面は蒼白[そうはく]になるだろう。インターネットは恐ろしい場所である〕

 

金田「頭がおかしいと思われるから他所[よそ]で話すなって、親からメチャクチャ言われてるんですけど……でも、本当に見たんですよ俺たち。肝試しで、友達4人で夜中に家を抜け出して、霊園の前に集合しました。懐中電灯は1本だけで、その方が怖くていいだろうって。いえ、いつもはそんなことないんですけど、この日は妙に冷たい風が霊園の奥から吹いてくる気がして、本当は嫌な予感があったんです。風の音も、まるで誰かが笛をメチャクチャに吹いているようにビュウビュウ鳴ってて。そんな中で俺たち、忍び込みました」

 

金田「ユウマ……あ、一緒にいた友達なんですけど、ユウマが懐中電灯を持ってて、地面とか木とか墓とかを一つ一つ照らしながら進んで行くと、地面に変なものがあったんです。足跡[あしあと]……だと思うんですけど、何かこう、丸太を押し付けて作ったような、丸い足跡でした。象の足みたいな、見たことないけど、そんなイメージです。だから、『これを追って行こうぜ』ってユウマが言って。足跡を辿[たど]って行くと、墓場の一番奥まで続いてました。そこは金剛地さんの墓で、この辺じゃ大きなお家ですから、皆すぐ『ああ、金剛地さんちだな』って分かって。で、ユウマがその墓を照らしたんです。初めは墓の前に、車か何かが停まってるのかと思いました。でも、息遣[いきづか]いが聞こえたので、すぐに違うって気づきました。……4本足の大きな動物、牛くらいの大きさだったかも知れません。でも、絶対に牛じゃありませんでした。毛むくじゃらで、太くて長い脚があって――そりゃあ、この辺りも山奥に行けばツキノワグマやイノシシが出ますけど、そういうのはもっと丸くてずんぐりしてますから――だから、大きな犬かと思ったんです」

 

金田「黒っぽい毛が背中にびっしり生えてたのをよく覚えています。それが墓の前の土を前足で掘り返して、しきりに何か、においを嗅[か]いでいる様子でした。それで、それで……その動物が、こっちを振り返ったんです。その顔、それは……」

一瞬言葉に詰まると、金田少年は突然道の脇の草むらに嘔吐[おうと]する。かなり取り乱したようになるが、落ち着かせると再び話を始める。

金田「すみません……。それが振り向くと、その顔、ニタニタって笑う、人の顔でした。まともに顔を見たのは俺と、ユウマだけだったんですけど、ユウマの方はおかしくなっちゃって……今は底浜市[そこはまし]の総合病院に入院しているらしいです。面会も、ダメだって言われました」

 

金田「それで、その動物……人面犬は、そのまま霊園裏手の山の方へ消えて行ったと思います。ああ、その歩き方……思い出すだけで、また吐きそうです」


 

ひと通り話し終えると、金田少年は再び自転車に跨る。

金田「それじゃあ俺、そろそろ図書館に行きます……。この辺じゃ何か調べたり勉強できたりする場所は他に無くって。一応、受験生なんですよ俺」

 

別れ際、金田少年はふと思い出したように探索者を呼び止める。

金田「そうだ、肝試しに行く前の日、下見[したみ]のために霊園の近くを歩いていた時、お爺[じい]さんに怒鳴りつけられました。山に遊び半分で近づくんじゃない、昔からこの辺りでは神隠[かみかく]しが出るんだって。霊園近くの家に住んでる人ですよ。あれはびっくりしたなぁ」

 

・清沢村や人面犬について調べる→

清沢村には小さい図書館が一つある。郷土史[きょうどし]や古い文献[ぶんけん]などを当たりたいのであれば、向かうといいだろう。霊園からは徒歩で15分ほどだ。もし金田少年に案内を頼むのなら、自転車から降りて一緒に向かってくれる。

金田「わざわざ外の人が行くような所じゃないですけど……小さいですよ?」

《清沢図書館》へ。

 

・老人を訪ねる→

霊園からほど近い場所にぽつねんと建つ小さな一軒家だ。中から微[かす]かに生活音がする。

《老人の家》へ。

Kiyosawa Library

 

《清沢図書館》

清沢村唯一の小さな図書館だ。ここでは人面の怪物にまつわる情報や清沢村の郷土史を調べることができる。

金田少年は学習室で勉強しているようだ。

〔注:閉館時間までであれば、図書館で勉強中の金田少年に話を聞くことができるため、PLが進行に困っていたら彼の口から探索の指針[ししん]を示してもいいだろう〕

 

・【人面の怪物】について調べる→

幾つかのオカルト本から、下記の内容を知ることができる。

『1990年前後に流布[るふ]した都市伝説の人面犬や人面魚を始め、江戸から昭和に掛けて目撃された人面牛の妖怪くだん、ヨハネの黙示録に厄災[やくさい]として登場する人面蝗[いなご]など、獣の身体に人間の顔という存在の話は各時代各地方で生まれているようだ。古代から存在する人面獣身[じんめんじゅうしん]の怪異としては、エジプト神話にある獅子[しし]の身体に人の顔を持つ怪物スフィンクスや、『インド誌』にある獅子の身体に人の頭、蠍[さそり]の尾を持つマンティコアなど枚挙[まいきょ]に暇[いとま]がない。』

 

・【清沢村の郷土史】について調べる→

きよさわ霊園付近の地区について、郷土史の本から下記の内容を知ることができる。

『燻ヶ谷村(現清沢村燻ヶ谷地区)は、明治時代後期まで金の採掘が盛んであったが、既に山から金は採り尽くされ、今では全て廃鉱山になっている。小さな宿場[しゅくば]を中心にして江戸時代から金鉱夫が多く居着いたためか、この辺りの人間の名字には金の字を冠[かん]するものが多い。昭和35年に北部の深ヶ瀬村と合併し、現在の清沢村となった。燻ヶ谷鉱山は廃鉱山となったが、旧坑道が全て埋め立てられている訳ではなく、あちこちに穴が空いたまま放棄されている。歳月[さいげつ]とともに崩れ、草木が繁茂し、殆どの穴は自然と塞がってきているが、依然[いぜん]として竪坑への転落や坑道の崩落、浮石[うきいし]の落下などの危険があるため、廃鉱山への立ち入りは推奨されていない。』

 

・【清沢村に現れた人面の怪物】について調べる→

〈オカルト〉〈人類学〉〈伝承(民話)〉などに成功すると、郷土史の本の中に【人面の犬】という妖怪の話を発見する。

『享保5年(1720年)、燻ヶ谷村(現清沢村燻ヶ谷地区)の牛飼いの家から脱走した雌牛[めうし]が山で見つかった。その雌牛は出産を控[ひか]えていたが、発見されたときには腹が小さくなっていたそうだ。仔牛[こうし]を探し、牛飼いが藪[やぶ]を漕[こ]ぎ分けていくと、洞窟の中に奇怪な獣の姿があった。それは口から血を滴[したた]らせて肉を食らう犬のように見えたが、小山のような体躯[たいく]から伸びる首と頭は、全く人間のそれであった。人面の犬は牛飼いの方を振り返ると、何事か人の言葉のようなものを発したが、それを聞いた牛飼いはじきに気が触れてしまった。伝承によると、その人面の犬は、和人[わじん]より古くからこの地に住まっていた【苦難[くなん]の民】と呼ばれる者のうち、天帝[てんてい]に逆らったものが堕[お]ちる地獄――【陰界[いんかい]】で獄卒[ごくそつ]の責め苦[せめく]にあった挙句[あげく]、ついには畜生[ちくしょう]と成り果てた人間なのだという。』

〔注:【苦難の民】や【陰界】について調べても、上記の文脈[ぶんみゃく]で使用されている資料は他に見つからない〕

 

金田「何か面白いもの見つかりましたか?」

〔注:探索に金田少年を同行させたいという要望があれば、この後の探索に同行させても構わない。彼から新たな情報が出ることはなく、それほど探索の役に立つこともないだろう〕



 

Gray Eagle

 

《老人の家》

金田少年に聞いた老人の家を訪ねると、表札には『灰原鷲作』とあった。呼び鈴を鳴らせば、怪訝[けげん]そうな顔をした老年[ろうねん]の男性が顔を出す。

〔注:霊園で老人の姿に気づいていた場合、この人物が、遠くから探索者たちを見ていた老人であったと分かる。その事について尋ねるのであれば、彼は「見覚えのない人間が霊園を歩き回っていたから、気に掛かって眺[なが]めていた」と答えるだろう〕


 

灰原「どちらさんですか」

礼儀正しく話せば、存外[ぞんがい]気さくな人間であるようで、探索者たちを家に上げると茶や菓子で持て成[もてな]してくれる。

 

灰原「いやいや、こんな爺さんを訪ねてくるなんて、あんたたちも物好きな人だね」

この老人の言うことには、どうやら霊園自体に怪異の噂などは無いらしい。

灰原「人面犬……? はて、おかしな山ではあるが、そんな話を聞いたことはないな……」

 

灰原「墓に入っているのは村の住民ばかりで、恨みつらみで化けて出るような覚えもないね。ただ……墓地の裏手にある山だけは別だ。あそこは昔……鉱山が生きていた頃は行方不明者が多くてね、山には何人が埋まってるかも分からない。さすがに私も自分の爺さんから聞いた受け売りだが、鉱夫たちの間で何か揉め事[もめごと]が起こると、使わなくなった竪坑(たてこう:垂直に深く掘られた坑道)に相手を突き落としていたそうだ。穴はぞっとするほど深くてね……悲鳴なんて一瞬で消えてしまう。わざわざ廃坑道を探そうともしない限り、死体は二度と見つからない」

 

灰原「おかしな話はそれだけじゃない。……私が子供の頃、山で遊んでいるとき、中腹[ちゅうふく]あたりで妙な老人を見たことがある。西部劇[せいぶげき]で見たインディアンのような見た目でね、赤茶[あかちゃ]けた肌や鷲鼻[わしばな]は日本人には見えなかった。陰鬱[いんうつ]な足取[あしど]りで山をゆっくりと歩いていたが、ふと瞬[まばた]きをした瞬間に消えてしまった。恐ろしくなって、私はそれきり山に立ち入ることはなかったが、高校生になって双眼鏡を買い――あの頃は双眼鏡も高くてなぁ――毎日山の中を見ていたんだ。するといつからか、日が沈むと、山に鬼火[おにび]がちらつくようになっていた。私はそれを見ると、たまらなく恐ろしい気持ちになった。しかし何度も双眼鏡を覗き込んでしまう。夜になると、何かに突き動かされるように。ああ、今夜も鬼火が出ている、今夜も、今夜も……と。30歳になった頃、ふと昔を思い出してね、古い双眼鏡を取り出して、また山を見てみたんだ。すると、そこにはあの老人がいた。子供の頃に見た姿と何ひとつ変わらず、陰鬱に山の中を歩き回っていた」

そう言って、灰原は遠くを見る。

灰原「それも、もう60年は前の話だがね。全てが昨日のことのように思い出せる。山は簡単に立ち入るもんじゃない。どんなに小さな山でも、そこは我々人間の論理[ろんり]が通じない場所、異界なんだ」


 

別れ際、何かを言いよどんでいた様子の灰原は、やがて意を決したように口を開く。

灰原「もしそれでも山に行くのなら、お守りを持って行きなさい。私が子どもの頃、老人がうろついていた辺りで拾ったものだ。一つきりしか無いが、何かの役に立つかも知れない」

奥の戸棚から、金属製の小さな円盤[えんばん]を取り出して手渡す。その円盤には見たことのない楔形文字[くさびがたもじ]が刻[きざ]まれており、表面には隕鉄[いんてつ]のような艶[つや]があった。一部に小さな穴が穿[うが]たれ、そこに革紐[かわひも]が通されて首飾りのようになっている。

 

〈鑑定〉〈人類学〉などにより、この文字や刻まれた文様[もんよう]が未知の文明のものだと分かるだろう。

〈科学(地質学)〉により、これが地球上に存在しない鉱物[こうぶつ]――宇宙から齎[もたら]された金属ではないかと分かってもいい。

〔注1:関東大震災の折、坑道の一部がクン=ヤンと繋がったことがあった。その間、クン=ヤンの民は歩哨[ほしょう]を立てていたが、じきに崩落により坑道が塞がると、灰原が目撃した歩哨も姿を消した。現在では、数十年前に塞がった辺境[へんきょう]の入り口など気に留めるクン=ヤンの民はおらず、ただ偶然に迷い込んだギャア=ヨトンの一体のみがこの道を知っている〕

〔注2:灰原に渡される円盤はトゥルー金属製のもの。数は1つしかないため、探索者のいずれかが代表して持つこと。魔術的な力はないが、同種の金属と不思議な磁力によって引きけあうという特性を持つ〕

 

・山へ行く→

《燻ヶ谷鉱山》へ。



 

Abandoned Mine

 

《燻ヶ谷鉱山》

観光用に拓[ひら]かれている――ということもなく、山道の入り口は殆ど整備されていない。

山道は頂上まで続いているようだが、登るに従[したが]って道幅[みちはば]は細くなり、荒れていくようだ。申し訳程度にあった柵[さく]なども中腹あたりから姿を消した。

あちこちに腐食[ふしょく]した立て看板があり、『その付近に古い竪坑が空いていること』を示している。竪坑は金網[かなあみ]などで塞がれているものもあるが、穴を覗き込めば底が見えないほど深い。小石などを落としても、底に当たる音が聞こえて来ることはない。岩肌[いわはだ]は滑[なめ]らかで、手足を引っかけるような出っ張りもなく、穴を降りることは全く現実的ではないだろう。草に半[なか]ばほど隠れているものもあり、よくよく気をつけて歩かねばこの暗く深い穴に落ちてしまうかも知れないと、背筋に冷たいものを覚える。

鬱蒼[うっそう]とした木々は天蓋[てんがい]のように頭上を覆[おお]い、空の青もろくに見えない。風に揺れる梢[こずえ]の隙間[すきま]から僅かに届く光が、奇妙な影を作りながら景色を浮かび上がらせている。

 

山道を登っていく道すがら、〈目星〉〈追跡〉などに成功すると、地面に大きな足跡を発見する。それは蹄[ひづめ]も爪もなく――もちろん人間の足跡とも全く異なった――強[し]いて言うのであれば、象のそれを思わせる丸太じみた足跡だった。

 

足跡に対し〈追跡:ハード〉〈自然:ハード〉〈動物使い:ハード〉〈科学(生物学)〉などに成功すると、これが少なくとも体高[たいこう]1.5m以上、体重400kg以上はあるであろう巨大な生物のものではないかと察してしまう。足跡は熊や猪[いのしし]と似ても似つかず、かつてこのような動物が野山に生息するなど聞いたこともない。0/1の正気度を喪失する。

〔注:足跡を見つける判定は、失敗しても時間を置いて繰り返すのがいいだろう。プッシュ・ロールを試みて失敗した場合は、足を滑らせて竪坑に滑落[かつらく]しかけるかも知れない〕

 

・発見した足跡を追っていく→

足跡はくっきりと地面に残っている。ただ追うだけであれば、技能による判定は不要とする。

《人面犬》へ。



 

Human Head

 

《人面犬》

藪を漕ぎ分け進んで行くと、やがて遠くの木陰[こかげ]、ずんぐりとした獣の姿。それはさながら、サイか象を思わせる巨躯であった。獣は探索者たちの立てる物音に気づいたのか、太い足を奇妙な角度に曲げながら、藪の中を走り逃げていく。

〈目星〉に成功すると、その大きな獣が、首元に黒光りする小さな金属板を下げていたことに気づく。灰原から円盤を受け取った探索者は、それが獣の方へ引きつけられるような、奇妙な磁力を感じるだろう。

 

追い立てられた獣は、やがて一つの洞窟に逃げ込む。洞窟からは弱く風が吹き出しており、どこかへと通じていると分かる。風に変わった臭気[しゅうき]はなく、換気[かんき]は悪くないようだ。

洞窟の入り口付近には、あの獣のものだろうか、黒々とした太い毛がいくつも落ちていた。

〔注:〈科学(化学/薬学)〉などにより、洞窟内に有毒ガスは満ちていないようだと分かってもいい〕

 

・洞窟に入る→

《地の底》へ。



 

Down the Rabbit-Hole

 

《地の底》

洞窟内は非常に暗い。奥から微かに吹く風には、獣臭が混じっている気がする。

そこは、明確に人の手によって切り拓かれていた。地面は平坦[へいたん]に均[なら]され、壁の一部には材木が立て掛けられている。素人目[しろうとめ]にも廃坑道だと分かるだろう。

洞窟の奥に青白い燐光[りんこう]が見えた気がしたが、瞬きの間にそれは掻[か]き消えた。

 

暗い中を進んでいくと突然、金属の円盤が背後に引かれる。思わず振り返ると、そこには巨大な影があった。暗く、正体は判然[はんぜん]としないが、天井に届きそうな巨躯の頭にはサイのような角が生えている。どうにか薄ぼんやりと見えたその口元が、人間めいた唇[くちびる]を吊り上げて、にたりと笑っている気がした。1/1D3の正気度を喪失する。

 

驚き、身構[みがま]えた拍子[ひょうし]に、探索者の足元がズルリと滑る。手で空を掻[か]く抵抗も空[むな]しく、探索者は下へ下へと滑落していく。滑り落ちたその穴はすぐに角度を上げていき、数秒後にはほとんど垂直の落下を始める。

〈科学(地質学)〉の技能を持っていない探索者は全員〈知識:ハード〉をロールする。〈知識:ハード〉の成功、あるいは〈科学(地質学)〉の技能を持っている探索者は、これが鉱石[こうせき]を坑道へ落とすための深い穴、竪坑ではないかと思い至ってしまう。竪坑は深さ数十メートルから数百メートルにも及び、そこへの落下は通常、無残な死を意味すると知っているだろう。岩肌へ身体をぶつけながら錐揉[きりも]み落下し、皮膚は壁に削り取られ、手足は少しずつ千切れ飛び、最後は時速100kmに迫る速度で地底へ叩きつけられる……そのような末期[まつご]が、まざまざと脳裏[のうり]に焼き付いていく。1/1D6の正気度を喪失する。


 

しかし、そのままどれほど滑り落ちていったのか……。穴底へ叩きつけられ、バラバラに弾け、潰[つぶ]れ、原型を留めないほどに爆[は]ぜる無残な死が訪れることはない。時間の感覚がおかしくなる。数時間、あるいは一晩は落ち続けていたのかも知れない。だんだんと傾斜[けいしゃ]が緩[ゆる]やかになっていき、そして下方から青ざめた光が見え始める。やがてこのトンネルの終端[しゅうたん]、探索者は広々とした空間に吐き出される。衣服のあちこちは擦り切れているが、不可解なほどに無傷[むきず]であった。

気が遠くなるほど地下深くであるにも関わらず、周囲は昼間のように明るい。天を見上げれば――青空が広がっている。青ざめた霧に阻[はば]まれ、遠くまでの見通しは利かないが、見渡す限りに奇妙な弦[つる]を巻くシダ植物の生[お]い茂る草原が広がっており、あちこちには小石で舗装[ほそう]された古い小道がいくつも見える。

 

背後を見れば、自分たちを吐き出した穴は依然として壁に空いており、その壁はどこまでも左右に伸びている。終端を見極めようと目を細めても、遠くの壁は青く霞[かす]んで、その輪郭[りんかく]を溶かしていた。

地下にこのような世界が存在するなどと、聞いたことがあろうはずもない。「自分たちはこの世ならざる領域[りょういき]に足を踏み入れてしまったのだ」と悟る。0/1D2の正気度を喪失する。

 

古びた小道が一本、小高い丘に向かって伸びている。奇妙な地下世界を遠くまで見渡すには適しているだろう。

小道を進んで丘の上に立ち、青ざめた草原を見晴[みは]るかすと、地平の彼方[かなた]――青い薄靄[うすもや]に烟[けぶ]っている黄金色[こがねいろ]の尖塔[せんとう]、人ならざる者の住み暮らす荘厳[そうごん]な地下都市の遠影[えんえい]が見えた。

 

ふと、その都市の方角、地平線が揺らめくように動く。目をこらせば、ヌーの群れのような黒い一団が、地平を埋め尽くすように走って来ることに気づく。すぐに重い地響きが足裏に伝わってくる。見る間にそれらの軌道[きどう]が変わり、自分たちの方へと向かってきている。数百体の巨躯が猛然[もうぜん]とこちらへ駆けてくる。これが野牛[やぎゅう]であれ正体不明の獣であれ、巻き込まれたら命はないだろう。

〔注:正体は放牧中のギャア=ヨトンの群れ。彼らは家畜でありながらクン=ヤンの民と複雑なコミュニケーションを取ることができるため、外部の人間である探索者たちが侵入したことをクン=ヤンの民に知られるのは時間の問題となる。これらを〈クトゥルフ神話〉によって悟ってもいい〕

 

・逃げる→

〈DEX〉判定に成功すると、小高い丘を駆け下り、麓[ふもと]に打ち捨てられている神殿めいた建造物の中に身を隠すことができる。

〈DEX〉判定に失敗した場合、逃げ出すのが遅れ、自身に迫[せま]り来る恐ろしい群れをはっきり目撃してしまう。その群れは、あまりにも狂気じみた動物の一団であった。子牛ほどの体躯の四足歩行の獣は、その太い前足に蹄も爪もなく、あちこち醜[みにく]く弛[たる]んだ皮膚には吐き気を催[もよお]すような黄色い縮[ちぢ]れ毛がまばらに生えている。その頭部は人間と猿とを歪[いびつ]につなぎ合わせたかのごとき造形[ぞうけい]で、何より悍ましいことは、それらが全て満面[まんめん]の笑みを浮かべていたということだ。目撃した探索者は、1/1D6+1の正気度を喪失する。

《神殿》へ。



 

Temple

 

《神殿》

黄金色の金属で出来た分厚[ぶあつ]い観音扉[かんのんとびら]は開け放たれている。もともとは何者かが祀[まつ]られていた神殿のようだが、台座[だいざ]の上には何の偶像[ぐうぞう]も置かれていなかった。柱や扉、小尖塔[しょうせんとう]などは、いずれも黄金色に輝く金属で作られている。

 

〈鑑定〉〈科学(地質学)〉などに成功すれば、それらがいずれも高純度の金であると分かる。

この神殿だけで何トンの金が使用されているのか、おおよそ地上ではあり得ない光景だった。

 

外を確認すれば、恐ろしい獣の群れが明確な意思を持って押し寄せてくるのが見える。急いで扉を閉じないと、そのままここへ突っ込んでくるだろう。

力を合わせれば、重い扉を閉じて閂[かんぬき]を掛けることができる。少しの間をおいて、巨大な獣が神殿に突進する重い音が何度も響き、その度に神殿がひどく軋んだ。

しばらく息を殺していると、じきに物音は止み、神殿を揺らす僅かな地響きが遠ざかっていく。充分な間を置いてから外に出れば、遥か地平に消えていく獣の群れを見ることができる。

 

・神殿を出る→

獣の群れは、また地平の彼方、金色の尖塔が聳[そび]える都市の方へ去って行ったようだ。都市へ向かうまでの道のりに自分たちが身を隠せる建物は見当たらず、もし平原であの群れに巻き込まれてしまえば、今度こそ命を落とすかも知れない。ここは人間の立ち入るべき領域ではないのだと、強い危惧[きぐ]を覚えるだろう。

〔注:なおも都市の方へ進むのであれば、再び獣の群れを登場させてもいい。たとえ死んでもそちらへ行きたいと探索者が望むのであれば、ギャア=ヨトンに跨ったクン=ヤンの民を登場させて《エンドC》へ向かってもいいが、推奨はしない〕

 

円盤を持っている探索者が〈目星〉〈聞き耳〉などに成功すると、自分の持っている円盤がどこかへ引きつけられているように感じる。不思議な磁力に従って行けば、神殿外、裏手の地面に向かって強く引かれているようだ。掘り返すと、バラバラに砕かれた金属製の偶像が埋められていた。それは円盤と同じ金属に見え、隕鉄めいた不思議な光沢[こうたく]を放っている。

 

〈DEX〉などで組み立てることも出来るが、像を復元[ふくげん]するのであれば、その全貌[ぜんぼう]が蟇じみた姿を持つ、慄然[りつぜん]たる邪神の姿を模[かたど]った偶像だと理解してしまう。0/1D4の正気度を喪失する。

〔注:ここはかつてツァトゥグァが祀られていた神殿。ツァトゥグァ信仰の衰退[すいたい]とともに打ち捨てられた。通常のツァトゥグァ像はクン=ヤンの民の分解光線により破壊されたが、トゥルー金属により作られツァトゥグァの加護を受けたこの像だけは完全に破壊することができなかった〕

 

・復元した像を神殿内の台座に据[す]える→

その瞬間、神殿の壁が小さく震え始めたことに気づく。神殿全体が、遠目にも分かるほど輝きを増し始めた。

また地響き。観音扉の隙間から外を見やれば、再び獣の群れがこちらへ向かってきているのが見える。いや、先ほどとは何かが違う。その無数の獣の背に、人間のような影が跨っている。

獣の群れは、諦めて帰ったのではなかった。それは『報告』のために戻っていたのだ。知性ある悍ましい獣に跨る人型の何かは、精神の放射でもって探索者たちに明確な――そして底無しの悪意を届けるだろう。

 

〈目星〉に成功すると、彼らが引き立てている奴隷の中に、手や脚を失った人間のシルエットを見つけてしまう。

〔注:このままクン=ヤンの民が到着するのを待つ場合、彼らによって捕えられ、そのまま《エンドC》へ向かうことになる。コミュニケーションを試みようとする探索者がいるかも知れないが、脱出の道へ誘導することを推奨する〕

 

・地下世界からの出口を探す→

小道を戻り、壁伝いに探していくと、やがて空気が吹き込んでいる洞窟を発見する。入口付近を見ても人が頻繁[ひんぱん]に立ち入っている様子はない。

暗く狭い洞窟を覗き込むと、その先に青白い燐光が揺れていることに気づくだろう。奥の暗がりに、人影のようなものが見えた。

《洞窟神殿》へ。



 

Cave Temple

 

《洞窟神殿》

洞窟内は、熱のない燐光を放つ銀の燭台[しょくだい]があちこちに立てられ、朧[おぼろ]げに辺りを照らしている。左右に続く石積[いしづ]みの壁には様々な図形が彫り込まれ、奇怪な楔形文字が綴られていた。時折、爬虫類[はちゅうるい]めいた2足歩行の生物が人間のような生物を追い立てている浅浮彫[あさうきぼり]が、挿絵[さしえ]のように添えられている。

また洞窟の奥に遠ざかる人影――煤[すす]ぼけたツナギを着た男の背中がぼんやりと見える。疲れ切った足取りのそれは、奥の暗がりへ消えていく。

 

洞窟を進んで行くと、通路の左右の壁際に、一対の巨大な像を発見する。

一方の像は蛸のような頭部を持ち、巨大な台座にしゃがみ込み足元を睥睨[へいげい]する、黄金に輝く邪神像だった。片側についた3つの目には巨大なルビーが象嵌[ぞうがん]され、どれほどの価値がつくかも分からない。

また一方は、黒く艶のある正体不明の鉱石で彫り上げた、熊とも蝙蝠ともつかない悍ましいフォルムの邪神像である。薄く開いた眼には翡翠[ひすい]が象嵌されているようだが、像自体がなにを彫って作り上げたのか見当もつかない。正体不明の磁力が発生しているのか、その周囲はどこか空間が歪んでいるように見えた。遥か地の底に存在した、明確な邪神崇拝の痕跡[こんせき]に強い嫌悪[けんお]の念が湧[わ]き起こる。

〔注:《神殿》にて邪神像を復元していなかった場合、この像を見て0/1D4の正気度を喪失する。なお、この邪神像に円盤が引きつけられることはない〕

 

〈オカルト〉〈人類学〉〈伝承(民話)〉などに成功すると、ここが到底真っ当なものではなく、信じられないほど古い時代より邪神を崇拝[すうはい]していた神殿の跡なのだと理解する。そしてそこれらを崇[あが]めていたのは人間などではなく、浅浮彫にある2足歩行の爬虫類めいた存在なのかも知れないと、直感的に察してしまうだろう。0/1の正気度を喪失し、〈クトゥルフ神話〉を1ポイント成長させる。

像に対し〈クトゥルフ神話〉に成功すると、蛸のような像の土台に彫られた楔形文字の一部が『トゥルー』と、そして熊のような像の土台に彫られた楔形文字の一部が『ツァトゥーグァ』と書いてあることが分かる。

〔注:この洞窟神殿は、太古の時代に赤く輝く都市ヨトに暮らしていたヘビ人間(あるいはその近縁種[きんえんしゅ]や祖先[そせん])の一部がクトゥルフとツァトゥグァを祀っていたもの。人類全体が一つの宗教を信仰している訳ではないように、ヘビ人間の全てがイグを崇拝していた訳ではないだろう。〈クトゥルフ神話〉の成功により、その光景を幻視[げんし]してもよい〕

洞窟を更に先へ進んで行くと、ぼろ布のような背嚢(はいのう:リュックサック)、錆[さ]びたツルハシやボロボロのロープなどが見つかる。かつての鉱夫が迷い込んだのだろうか、荷物を見ていくと、その中に雷管[らいかん]が刺さったままのダイナマイトを発見する。非常に危険なものだが、〈電気修理〉〈爆破〉などの技能を持つ人間であれば、安全な取り扱いと起爆[きばく]が可能だ。坑道を爆破し、この悍ましい地下世界と地上とを繋ぐ通路を塞ぐことができるかも知れない。当然だが、自身が地下や坑道にいる状態で爆発させることは自殺行為だ。ダイナマイトを使用するのであれば、地上に出て安全が確保されてからにするべきだろう。

〔注1:このダイナマイトは、明治時代にクン=ヤンへ迷い込んだ鉱夫の物。1866年にアルフレッド・ノーベルが発明したダイナマイトは、明治中期には日本でも販売され、鉱山などでよく使用されていた。なお、ここに迷い込んだ鉱夫たちは全てクン=ヤンの民に捕らえられ、物言わぬ奴隷イム=ブヒと成り果てている〕

〔注2:KPが望むのであれば、このダイナマイトを〈DEX:ハード〉などで起爆できることにしてもよい。しかし素人による取扱いのミスは、時に致命的な結果を生むだろう。手元で爆発してしまった際のダメージは、ルールブックのものを参照されたい〕


 

ふと、また円盤がどこかへ引っ張られるような感覚を覚える。見れば、洞窟の入り口の方から、のっそりと大きな影が近づいて来る。燐光に照らされ、その姿が露[あら]わになる。巨大なサイのような体躯、爬虫類めいた鱗[うろこ]を持つ肌には黒い毛皮を纏[まと]い、奇形[きけい]の猿じみた、あるいは人間めいた顔面の額の中央には灰色の角を生やした、地下世界の悍ましい怪物だ。首から下げた金属板が奇妙な磁力に反応している。清沢村の山で見た個体に違いなかった。

〔注:怪物(ギャア=ヨトン)の姿を初めてはっきり見た人間は、0/1D6の正気度を喪失する〕

 

怪物は探索者たちに敵意[てきい]を示すことなく、円盤の方をじっと見つめている。それが揺れる方向に首を動かしているようだ。円盤を下に下げると、怪物の首も下がる。上手く体勢を誘導[ゆうどう]すれば、怪物の背に跨ることもできそうだ。もし乗りこなそうと試みるのなら、この円盤が手綱[たづな]の代わりになるかも知れない。

 

探索者の髪や服のすそが、何者かに引っ張られる。そちらを見ると、青く透けた人間たちがいた。いや、人間と呼ぶのは性急[せいきゅう]だろう。それらは、あるべき頭部を全く失っていたのだから。

首の生々しい断面には筋肉や神経、黄色がかった脂肪の層までもがはっきりと見えた。その青く透けた人型のものは、ある者は褌[ふんどし]のみの殆ど全裸体[ぜんらたい]で、ある者は煤にまみれたツナギを着て、あるものは皮膚を全て剥[は]がされた惨[むご]たらしい姿であった。彼らは青ざめた手を伸ばし、明確な意図をもって探索者たちの袖を引く。首の断面に空いた気道[きどう]の穴から、粘つく泡がぷつぷつと弾[はじ]ける。ここからは帰さないと、声なき声で訴えるように。1/1D4+1の正気度を喪失する。

〔注:彼らは非物質化の術を施されたイム=ブヒであり、かつてクン=ヤンに迷い込んだ鉱夫たちである。既に自我はなく、ロボットのようにクン=ヤンの民の命令に従うだけの存在と成り果てている。探索者からの攻撃は素通[すどお]りするが、彼らから探索者へは幽[かす]かな引力めいた力で干渉[かんしょう]を及ぼしてくる〕

・引かれるままに従うことを選択する→

探索者は青ざめた首無しの幽霊たちに導かれ、また元の地下平原へ戻ってくる。外には無数の人面怪物と、それに跨るアメリカン・インディアンのような風貌の男たちがいた。

洞窟側に人面怪物が回り込み、逃げ場を失う。もはや大人しく彼らに従うしか道はないだろう。その先に待つ探索者の運命を示すかのように、首無しの幽霊たちが青い風にさらわれていった。

《エンドC》へ。

・自分の足で逃走する→

探索者が逃げ出そうとすると、半透明の幽霊じみた存在にあちこちを掴[つか]まれ、引っ張られる。気を抜けば元の地下平原の方へ追い立てられてしまいそうだ。この地下世界から逃げたいのであれば、急いで脱出経路を探さなくてはならない。

先導する探索者の〈ナビゲート〉にペナルティー・ダイスを1つ追加し、判定を一度だけ行う。〈ナビゲート〉の判定はKPが行い、ロールの成否はPLに開示しない。もしこの判定に失敗した場合、先導する探索者の〈アイデア〉によって今の道が正しいかどうかを検証するチャンス、つまり再度の〈ナビゲート〉で道を選び直せるかのチャンスを一度だけ与えてもよい。その際のペナルティー・ダイスの追加はKPの任意[にんい]とする。

〈ナビゲート〉に成功し、地上へ向かう場合は《脱出》へ。

〈ナビゲート〉に失敗した場合は《ンカイ》へ。

途中で怪物に跨ることにした場合は《動物使い》へ。

〔注1:上記〈ナビゲート〉判定の成否[せいひ]はPLに開示されないため、ここでのプッシュ・ロールは不可とする。同様の理由で、選択ルール『幸運を消費する』の使用も不可とする〕

〔注2:〈ナビゲート〉を行うのは先導する探索者1名を想定しているが、道を別[わか]つことを覚悟の上であれば複数人が試みてもいいだろう。それぞれが違う道を示したとしても、最終的に誰の案内に従うかは自由だ〕

〔注3:〈ナビゲート〉に地上へ向かう道を見出した上で、PLが望むのであれば更に深層へ潜[もぐ]っていくこともできる。もちろん、その場合は《ンカイ》へ〕

 

・怪物に跨る→

どのタイミングであれ、全員が怪物に跨った時点で《動物使い》へ。

Charging Buffalo

 

《動物使い》

探索者が背に跨ると、何ら指示を与える間もなく、怪物は猛然と走り出す。青ざめた人影は振り切られ、それでも名残を惜[お]しむようにその手を伸ばす。

代表者は一度だけ、この怪物を操[あやつ]るために〈乗馬〉〈動物使い〉などを試みるチャンスが与えられる。ただし、代表者がこれまで神話生物を操った経験がない場合は、判定にペナルティー・ダイスを1つ追加する。代表者が何らかの狂気に陥[おちい]っていた場合は、更にペナルティー・ダイスを1つ追加する。

〔注:プッシュ・ロールに失敗した場合は、「とても飛び降りることなど叶わない速度で、鋸歯[のこぎりば]のように切り立つ岩場を一直線に駆けていく……」などと描写して、強制的に《ンカイ》へ向かわせてもいいだろう〕

 

・〈乗馬〉〈動物使い〉などに失敗した→

その怪物は、指示をした方向へ向かうことはない。何か意思を持っているかのように、一つの洞穴[ほらあな]へ向かって猛然と走り出す。

逃げ出すのであれば飛び降りるしかないが、地面は切り立つ岩場になっているような場所ばかりで、安全に飛び降りることは難しい。無理に飛び降りるためにはそれぞれが〈POW〉に成功する必要がある。落下時に2D6+1の耐久力を失うが、〈跳躍〉に成功すればダメージを1D6減衰することができる。

飛び降りた後は、自らの足で脱出するしかないだろう。《洞窟》の〈ナビゲート〉判定へ。

飛び降りず、このまま怪物に乗り続ける場合は《ンカイ》へ。

 

・〈乗馬〉〈動物使い〉などに成功した→

怪物を自在に操ることができる。指示をすれば、上方へ向かう道に進むも、あるいは更に下方へ向かう道へ進むも思いのままだろう。

上方に向かう場合は《脱出》へ。

下方に向かう場合は《ンカイ》へ。

地下平原に戻る場合は、下記の描写の後《エンドC》へ。

 

『洞窟の外には無数の人面怪物と、その背に跨るアメリカン・インディアンのような風貌の男たちがいた。洞窟側に人面怪物が回り込み、逃げ場を失う。もはや大人しく彼らに従うしか道はないだろう。その先に待つ探索者の運命を示すかのように、首無しの幽霊たちが青い風にさらわれていった。』

 


 

N'kai

《ンカイ》

迷宮めいた地下洞窟を進んで行く先、探索者たちは漆黒[しっこく]の闇に包まれていく。今は自身が上[のぼ]っているのか、下[くだ]っているのかも分からない。この地下世界へやって来てから、いったいどれほど経っているのだろう。飢[う]えも渇[かわ]きも感じなかった。時折、脇腹[わきばら]や頬[ほほ]にヌメヌメとするものが掠[かす]めたが、はっきりと視界に捉[とら]えることはできなかった。

輝くほどの漆黒の中で、小山のようなものが眼前[がんぜん]に聳える。光源など全く無いというのに、その小山――巨大な蟇[ひきがえる]じみた慄然[りつぜん]たる邪神の弛[たる]んだ皮膚、その皺[しわ]のひとつひとつまでもがハッキリと見える。邪神はでっぷりとした腹をゆすり、吐き気を催[もよお]すようなため息を一つ吐くと、薄く目を開いて探索者を見据[みす]えた。0/1D10の正気度を喪失する。

 

今この瞬間、邪神が腹を空かせているかどうかを〈グループ幸運〉で判定する。ただし、この時点で一時的・不定・永久的を問わず狂気を発症している人間がいた場合、一人につきペナルティー・ダイスを1つ追加する。狂気の気配が、邪神の食欲を扇情的[せんじょうてき]に刺激しないとも限らないからだ。

〔注1:首に金属板を提げたギャア=ヨトンはツァトゥグァの加護を受けており、食われることはない。邪神に身を寄せて頭[こうべ]を垂れていてもいいし、あるいは説明なく消え去ってもいい〕

〔注2:万一、探索者がツァトゥグァの信奉者であったとしても、上記の判定は変わらないことを留意[りゅうい]されたい。むしろ信奉者であれば、率先[そっせん]してその身を捧[ささ]げても良いはずだ〕

 

・〈グループ幸運〉に成功した→

幸運にも、この邪神の腹は満ちていたようだ。ゆっくりと目を閉じた邪神は鼻から生臭い息を吐きだして微睡[まどろ]み始める。

そのまま待っても何も起こることはないが、少しでも探索者が音を立てると、邪神はまた眠たそうに瞼[まぶた]を薄く開ける。その目には何の興味らしいものも読み取れず、ぞっとするような感覚を背筋に覚えるだろう。

ややあって、その邪神は小虫を追い払うようにでっぷりとした手を振る。パチンと脳裏に音が弾け――次の瞬間、探索者は見知らぬ坑道にいた。

《脱出》へ。

 

・〈グループ幸運〉に失敗した→

不運にも、この邪神は空腹だった。一つ舌なめずりをすると、ゆっくりと上体を起こし、怠惰[たいだ]に太った指先を探索者に伸ばす。逃げ出そうと背後を見ても、そこはツルツルとした壁に変わっている。いつの間にか小さなドームに閉じ込められたようになっており、ここには自分たちと邪神しか存在しない。

邪神は、ここにいる人間のうち最も〈幸運〉の低い人間から順に食べていくだろう。

〔注:〈幸運〉の値が同じ探索者がいた場合、〈SIZ〉の高い人間から優先して食べられる。〈SIZ〉も同じ値であった場合は、より〈STR〉の高い人間が犠牲者となる〕

 

悲鳴が聞こえるのは一瞬だ。ほんの一瞬の後、枯れ枝[かれえだ]と粘液[ねんえき]を一緒に噛[か]み砕[くだ]くような音がして、仲間の声は掻き消えた。1/1D6の正気度を喪失する。

探索者が1人食べられるごとに、残りの人間はまた〈グループ幸運〉で判定する。この際も、狂気を発症している人間がこの場にいた場合、一人につきペナルティー・ダイスを1つ追加する。判定に失敗した場合、次に〈幸運〉の低い探索者が食べられることになる。

邪神は空腹が満たされるまで、食事を止めることはないだろう。ただその時を待ち望む以外、矮小[わいしょう]な人間にできることなどありはしない。

邪神に食べられた探索者の冒険はここで終わる。他の探索者がいずれかの結末を迎えた後、《エンドD》へ。

 

・途中で邪神の空腹が満たされた場合→

どうやら、邪神の腹は満ちたようだ。ゆっくりと目を閉じた邪神は鼻から生臭い息を吐きだして微睡み始める。

そのまま待ち続けても何も起こることはないが、少しでも探索者が音を立てると、邪神はまた眠たそうに瞼を薄く開ける。その目には何の興味らしいものも読み取れず、ぞっとするような感覚を背筋に覚えるだろう。

ややあって、その邪神は小虫を追い払うようにでっぷりとした手を振る。パチンと脳裏に音が弾け――次の瞬間、探索者は見知らぬ坑道にいた。

《脱出》へ。



 

Escape

 

《脱出》

坑道の奥、地の底から、何か悍ましい気配が染[し]み出してくる。むせるような獣臭、地響き――振り向けば、暗い洞窟にぽっかりと浮かぶ笑顔の群れが自分たちを猛然と追ってくる。風が吹く先へ逃げなければ。速く、もっと、速く。

〔注:KPが望むのであれば、ここでギャア=ヨトンたちとのチェイスを行うことが出来る。廃坑道にハザードとなるものは多い。むき出しの竪坑や崩落した道、小さな人間が腹這[はらば]いでやっと通れるほどの近道、地下水で滑る地面、重金属が溶け出した有毒の水で満たされた広場、金網で阻まれた通路などが考えられる。平原でのチェイスであれば到底勝ち目は無いが、狭い通路を縫[ぬ]うように走り抜けるのであれば人間にも勝機があるはずだ。自由に障害を作り、スリルのあるチェイスを演出して欲しい。不運にも追いつかれてしまった探索者は、多数の怪物に取り囲まれ、為す術[なすすべ]もなく全身を果物のように齧[かじ]られていくだろう〕

 

無我夢中で洞窟を走り抜けていく探索者。勾配[こうばい]は段々と急になり、道幅は狭くなっていく。空気が道の先へと抜けていく。草[くさ]いきれの匂いがしてくる。光が、外界の光が見えてくる。

ついに探索者は、悍ましい地下世界からの脱出を果たした。背後を見ても、これ以上自分たちを追ってくる者はいなかった。

 

・坑道をダイナマイトで爆破する→

《エンドA》へ。

 

・坑道をそのままにして帰る→

《エンドB》へ。



 

End A

 

《エンドA》

廃坑道にダイナマイトを仕掛け、起爆する。雷管が弾け、爆轟[ばくごう]がニトロゲルに伝わり、一瞬その体積が大きく膨[ふく]らむ。光、耳を叩く轟音[ごうおん]。

あちこちで連鎖的[れんさてき]に崩落が起きた。破砕音[はさいおん]、世界が壊れてしまいそうなほどの地響き。頂[いただき]から、山が崩れていく。この山はあちこち穴だらけだ。その全てが崩落すれば、一体どうなってしまうのか。

山道を駆け下りていく探索者を、地響きが追いかけてくる。無我夢中[むがむちゅう]で山を下り切ると、一つ巨大な破裂音[はれつおん]がし、辺りが土埃[つちぼこり]に包まれる。

長い間があり――じきに晴れた視界の中、背後を振り返る。そこにはあちこちが歪に潰れた不格好な山と、地滑[じすべ]りを起こした斜面に古い坑道の支柱が突き出ているのが見えるばかりだった。清沢村で人面犬が目撃されることはもう二度とないだろう。全ての穴は、塞がったのだ。

 

――日本国には、炭鉱[たんこう]や閉山[へいざん]したものを含め、2000を超す鉱山が今も存在している。



 

End B

 

《エンドB》

命からがらに脱出した探索者。今もなお、この山には地下世界への入り口が幾つも開いているのかも知れない。目に残忍[ざんにん]な知性を湛[たた]えた人面の怪物が、その笑顔が脳裏に焼き付く。再び会ったとき、あれはきっと自分たちの顔を覚えているだろう。

運が良かった。今回はただ、運が良かっただけなのだ。この村の近くにいる限り、気が休まることは二度とない。

 

今も全国各地には、操業中の鉱山が存在する。日本で、そして世界では、炭鉱や地下鉄や様々な事業で、地面を深く深く掘り進んでいる。

無数の穴のいずれかが、またあの場所へ繋がらないと一体誰が保証できるだろうか。今日も、明日も、人は穴を掘っている。また次の日も。また次の日も。



 

End C

 

《エンドC》

探索者が導かれた場所は、巨石造[きょせきづく]りの円形闘技場[えんけいとうぎじょう]だった。

闘技場の中央に引き立てられ、次々に集結[しゅうけつ]する悍ましい人面の怪物に囲まれる。抵抗はほとんど意味を為[な]さない。身体のあちこちを果物のように齧[かじ]られていく。死を願うほどの苦痛は、いつになれば終わるのだろう。かすんでいく視界の中、ふと目を向けた円形闘技場の観客席で、奇怪な装身具[そうしんぐ]を身に着けた鷲鼻[わしばな]の人間たちが狂熱[きょうねつ]に浮かされたように自分たちを見つめている。残酷[ざんこく]なショーは、意識の途絶[とぜつ]とともに終わりを告げた。

時が間延[まの]びした地下世界で、それから幾日[いくにち]が経ったのか。頭部や四肢[しし]の一部を失った探索者の肉体は機械的に蘇生され、意思も言葉も持たぬ奴隷として動き出す。地下世界への入り口を見張る歩哨[ほしょう]となり、清沢村の山中に放たれる。いずれ、この地で首のない人間の幽霊が目撃されるだろう。新たな都市伝説が生まれたことを、喜ぶ心は既に無く――。

〔注:探索者は死亡する。その肉体は首や四肢の一部を失い、非物質化され、未来永劫クン=ヤンの民の奴隷となる〕



 

End D

 

《エンドD》

最期に見た景色は、巨大な口の中から見た外の光景だった。目も眩[くら]む漆黒[しっこく]に囲まれた世界で、仲間の驚愕[きょうがく]する顔が見えたかも知れない。いや、あれは幻覚だったろうか。その中に、自分の両親や、旧[ふる]い友人の顔も混ざっていたような気がする。どこまでが現実で、どこまでが真実で、どこまでが自分で、どこまでが世界なのか。意識が、思考が、自我[じが]が、眩[くる]めく闇に溶けていく。黒々とした粘液に、自分が作り替えられていく。

我に返ったという感覚はない。もしかすると、元々自分はこうであったのだろうか。遥[はる]か地の底の闇の世界で、名状しがたき存在になり果ててしまったことを、嘆[なげ]く心は既に無く――。

〔注:探索者は名状しがたき粘液状の存在となり、ンカイでツァトゥグァを崇め続ける存在となる。既に人間としての自我はないだろう〕



 

Reward

 

《クリア報酬》

エンドA:2D8の正気度回復

エンドB:2D6の正気度回復



 

Remarks

 

《備考》

本シナリオは、結井ななきそ様主催のシナリオ企画『風説たまゆら電報局』のため、人面犬という(日本ではあまりに有名な)都市伝説と、ゼリア・ビショップ/H.P.ラヴクラフト著『The Mound(墳丘/墳丘の怪/俘囚の塚)』をイメージソースにして制作したものです。都市伝説とクトゥルフ神話の融合は、自分の中でも非常に楽しい試みでした!

クトゥルフ神話世界における人面獣身の怪物はネズミ人間やブタ人間など様々ですが、ここであえてのギャア=ヨトンです。こいつと出会ったことある人がどれほどいるでしょうか。僕はありません。

ンカイに迷い込んでしまった際の判定はかなりシビアにしていますが、このシーンに限らず、諸々の判定については探索者の技能やステータスによって適宜どのように調整しても構いません。最後は幸運頼みになるので、逆に選択ルール『幸運を消費する』を採用して遊んでも楽しいかもね!

 

タイトルの『苦難の民』とは地下世界クン=ヤンに住み暮らす【クン=ヤンの民】を、『陰界』とはクン=ヤンから更に地中深くに位置する世界【ンカイ】を示唆しています。つまり『クン=ヤンの民はンカイと消ゆ(K'n-yanians are gone with the N'kai)』こそ本シナリオの隠された、そして真のタイトルなのです(この言葉遊びは日本語でしか成立しないね! 他の言語圏の人、ごめん!)。

クン=ヤンの民は太古の時代から地下世界に住まう一族で、トゥルー(クトゥルフ)や名付けられざりしもの(ハスターの化身とも)、蛇神イグなど様々な神を崇めています。かつて地下世界では、更に地下深くに位置するンカイで怠惰に微睡むツァトゥグァが信奉されていましたが、それらを崇めていた者は追放され、殺され、改造されて駆逐されました。ですが広大な地下世界のこと、今もなおツァトゥグァを崇める生き残りがいても良いのではないかと思い、人間と獣の混血であり知性を持つ家畜生物ギャア=ヨトンをその信奉者としました。

クン=ヤンの民は地上の知識を持つ人間を(運が良ければ)歓迎してくれますが、金や銀が潤沢に採れる地下世界のことが地上に知られるのを強く嫌います。彼らの管理下に置かれれば二度と地上の土を踏むことはありませんし、利用価値が無くなったり、強く反抗したりする人間は円形闘技場に送られ、そこで残酷な娯楽として消費されて無残な死を迎えます。そればかりか、残った死体は機械的に蘇生され反物質化され永遠の奴隷にされます。なんて恐ろしいんだ。彼らには人の心がないのでしょうか。

 

小ネタとして、登場人物の灰原鷲作という名前は『The Mound』に登場するアメリカン・インディアンの老人、Grey Eagleから取っています(《動物使い》の英語タイトルCharging Buffaloも同作の登場人物名です)。やっぱりホラーと言えば、主人公に意味深な警告を投げかける信心深い老人ですよね。映画『キャビン』でもそう言ってた。

僕のシナリオは、登場人物名や地名、各章の英字タイトルなどにもちょくちょく遊びを入れているので、気づいたらニヤッとしてくださいね!

 

最後に、本企画にお誘いくださった結井ななきそさん、テストセッションに参加してくださった方々、そして応援してくださった多くのTRPGプレイヤーに特大の感謝を!!

03 文町.png

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