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渡辺明名人の疑問「将棋の初手でこれを指したら負けという“必敗”の手はありませんか?」 脳研究者の答えは…
text by

雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byKei Taniguchi
posted2021/01/13 18:00
Number将棋特集第2弾で対談を行った池谷裕二東大教授と渡辺明名人
池谷 2019年に、アメリカで世界最速のスーパーコンピューターの計算速度を超える、新しい原理で作動する「量子コンピューター」が開発されて世界中が驚きましたが、もう翌年の2020年には、その量子コンピューターさえも1万年かかる計算を、わずか3分で済ませる量子コンピューターが中国で開発されました。スーパーコンピューターでは計算不可能であることが証明されている計算が可能になったのです。そうすると何ができるか。将棋の手が全て計算できちゃうんですよ。
今はまだ将棋の手をしらみ潰しに計算するには、最速のスーパーコンピューターでも何億年、何十億年とかかります。だからAIは大局観みたいなものを使って絞り込んで、その範囲の中で良い手を出しています。AIですら全部は計算できていない。だけど量子コンピューターはそれができてしまう。一番いい手は何かの「真の答え」が出てしまう。そうなるともう何かを変えないといけないでしょう。人間側が将棋のルールそのものを変えない限り楽しさが続かない。
渡辺 先手必勝の手順や初手でこれを指したら負けという“必敗”の手はありませんよね?
池谷 将棋では「ない」ことが数学的に証明されていますが、実はチェスではあるんです。絶対に負ける最初の一手というのが。AIと対戦してその初手を指すと、その時点で「あなたの負け」と表示される。一手詰(笑)。将棋は奥深いゲームで、そういう単純な解は存在しません。どの駒を最初に動かしても、なんとか逆転できることが分かっています。その点では個性を発揮する余地は残されている。
渡辺 それでもAIに対するこの食傷気味な感じは拭えません(笑)。
池谷 しばらくすると、また少し時代は変わってくると思います。学習理論で同じような話があるのです。遺伝子による頭の良さは個人差があります。つまり、良い遺伝子を持っている人が有利だと。でも、優れた脳を発達させた人は少し話が違います。なぜなら脳は学習によって性能が向上するからです。いや、本当を言えば、そのために脳があるんです。遺伝子で決まっているデフォルトから自由になるために。
つまり、学習や教育による「伸びしろ」によって、生まれついてのちょっとした差異は十分に無効化される。だから世の中は面白いんですよね。ただ、時代が進んで、効果的な学習や教育方法ががっちりと確立されて、脳の学習能力が「これ以上は学習できません」と飽和するくらい、脳が成長できるようになったら、また振り出しに戻るのです。今度はまた個人の元々の能力差、つまり地頭の良さが効いてくるんです。
生まれてから「よーいドン」で学習を初めて、いかに素早く脳を飽和させるだけの成長競走だったら、スタート地点ですでに高い位置にいる人がゴールに近くて単純に有利ですからね。
渡辺 最初は頭のいい人が強い。その後はいい教育を受けた人が強い。さらにそれが行き着くと、また地頭のいい人が強くなると。
池谷 将棋は今2つ目の「学習」の段階にあるんでしょう。だから、まだまだ将棋は面白い。これはしばらく続くのではないでしょうか。
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