もっとも、今回のような表現や描写をすべて止めよというつもりはない。
当時の状況や人々の意識(差別や偏見)を伝えるため、あえて刺激的な言葉づかいをしなければならないことはある。そこにいちいち註釈をつけるのも、場合によっては野暮になってしまう。
また創作物である以上、全体を見るべきという意見もあるだろう。これから公開される部分で、植民地主義への反省が出てくる可能性があるからだ。物語の伏線さえ許されないのであれば、それはそれで息苦しい。
さらに今回の場合、特定のツイートだけが過度に注目されてしまったとの思いも、もしかすると制作陣のなかにはあるかもしれない。もともと、シュンのツイートも、元ネタの日記も、かなり軍国主義的で政治的に危ういものだったからである。
シュンは、ルーズベルトの死去を「天罰が下った!」「心地いい」と喜ぶいっぽう、ムッソリーニの処刑を「ああ、残念だ!ちくしょう、米英め!本当に鬼のような奴等だ!」と悲憤慷慨。ヒトラーも「常々から祖国を愛し、愛する祖国のために一生を捧げてこられた」と讃えている。アメリカ兵を「ヤンキー」と罵り、「米英撃滅」を誓うのは、一度や二度ではない。
このような調子のアカウントだったのに、なぜこれだけ炎上するのか、切り取りではないか――。なるほど、そういう割り切れない気持ちもわからないではない。
しかし、である。