茨戸アカシアハイツでは、入所者と職員あわせて92人が新型コロナウイルスに感染した。亡くなった入所者は17人で、うち12人は搬送されずに施設で亡くなった。法人の内部調査と市の報告書から浮かび上がってきたのは、数々の問題点だった。遺族の一人は、「“命の選別”をしたんですよ」と訴える。クラスターの発生で介護現場が崩壊していた。(HTB北海道テレビ放送制作 テレメンタリー『介護崩壊 ~救えなかったクラスター~』より)
■保健所「施設で見てください」
このとき入院を断った理由について、市は“病床のひっ迫”を挙げる。この頃、市内では日におよそ20人の感染が判明、患者数は病院の受け入れベッド数をオーバー、ホテルへの移し替えなどにより、何とか満床を防いでいる状態だったという。
施設内ではクラスター認定から2日後の4月30日、初の死者も出た。5枚の遺体袋を置こうとし、「使い方を説明しましょうか?」と発言した保健所職員に怒りがこみ上げたと話す施設の職員もいたという。
■「“出来ない”と泣く看護師もいた」
感染は職員にも広がっており、入院や自宅待機、さらには家族の反対を受け辞める職員も続出。51人いた医療・介護職員は11人にまで減った。内部調査資料には「怖いけどどうしよう、ほっとけない」「下痢もひどい。痰もひどい。血を吐く」「1フロア40人を1人でみなければならない。“出来ない”と泣く看護師もいた」「おむつをトイレのバケツに山盛りに/異臭がひどかった」といった証言が克明に記されている。
「家に帰れない人とか、車に泊まっている人とか、毎日夜勤に入っている人とか、いつ行っても同じ人しかいなくて…。介護崩壊の状態だったと思いますね」(大友医師)。
10人ほどの職員で90人前後の入所者を見る状態で、食事は1日2回が限界だった。「酸素もボンベだし、サクション(痰の吸引機)も家庭用の簡易なものしかないし、病院と同じレベルのことをどうしてできると思うんだろう、と」「今までは人を救うことが仕事のメインの考え方だったんですよね。ただ今回は救うというよりは…。救いようがない」(佐藤さん)。
「最初は咳だったけど、次の日は酸素が必要になって、その次の日には亡くなるという状況で。数時間くらいで亡くなる人もいました」と大友医師。施設内でわずか17日の間に12人の入所者が亡くなった。
■配置されていた医師「何かあれば病院に回すだけの医者だから」
介護老人保健施設、通称”老健”は、病気やけがで入院した高齢者が自宅へ戻るためリハビリを受ける”短期入所施設”だ。健康管理のため、入所者100人に1人の割合で常勤の医師の配置が義務付けられている。国は「新型コロナウイルス陽性の高齢者は原則入院」としながらも、医師がいることを理由に老健での陽性の入所者の留め置きを容認していた。そのため、全国で大きなクラスターが発生し富山県の老健では15人が、千葉県の老健でも14人の入所者が亡くなっている。
茨戸アカシアハイツは運営法人の幹部は「何かあれば病院に回すだけの医者だから、コロナ患者に何か医療を、と言っても難しかったでしょう」とコメント。本人も、何度尋ねても「何も答えられない」「何もないんだって」の一点張りだった。
そもそもリハビリが主な目的であるため、医療設備は最小限。ほとんどが相部屋で感染症に弱い作りだ。また、設立当初とは違い、認知症や介護度の高い入所者も増えている。「今は入所する人の平均が90歳。病気がいくつもあるし、家にも帰れないというのが老健になっちゃった。そこへコロナの人を入れるっていうのは無理な話だ」(平山医師)。
■「レントゲンひとつ撮られないで亡くなった」
5月1日に感染がわかった当時87歳の女性の家族は、「入院を求め続けていたのに」と話す。「汚れたシーツ、汚れた洋服、そういう状態で」「職員はどんどん入院させているわけですよね。なのに、なぜそこに入っている老人だけは、年寄りだからということで入院させなかったのかって」。
女性は5月11日に容体が急変、家族が最後に見た姿は、テレビ電話越しの苦しげな表情だった。翌12日未明、心肺停止の状態で見つかった。茨戸アカシアハイツから初めて患者が搬送されたのは、この日の午後だった。
「レントゲンひとつ撮られないで、状況がわからなくて、ただ亡くなったわけでしょう。で、戻ってきたら骨箱ですよ。腰椎を骨折していたので車いすではありましたけど、自分で食事もできるし、話も普通にできました」「“命の選別”をしたんです。やっぱり。私たちはそう確信しています」(遺族)。
■「何が一番必要かを判断する責任者がいなかった」
クラスター認定から27日後の5月25日には、中止されていた入浴支援も再開した。1日2回だった食事も3回に戻った。感染したり、濃厚接触者になったりしていた職員たちも復帰。施設内に陽性者はいなくなった。
■明らかになった札幌市の対応の遅れ
クラスター認定の2週間前(4月15日)、同じ建物内のデイケアで陽性者が出た。6日後の4月21日には利用者一人の感染と職員一人の発熱が発覚、しかし市は電話の調査だけで「デイケアとアカシアには往来がほぼない」と判断。施設では普段通りの生活が続けられた。そして市は4月24日になり、「デイケアとアカシアの入所者が同じ機能訓練室を利用していた」こと、「従業員も同じ配膳室やロッカー室を使っていた」ことを初めて把握したという。
結果、最初の患者が出てからわずか1週間で入所者42人、職員9人が感染した。市は「より慎重な聞き取り調査が必要だった」と対応の遅れを認めたものの、内容に関する取材には答えなかった。
以後、札幌市は高齢者施設の陽性者は全て病院へ搬送し、すぐに現地対策本部を設置するようになり、クラスターが発生した施設では、死者が出ていない。
■「自分事になっていないところがいっぱいある」
9月、茨戸アカシアハイツで診察に当たった大友医師は、その経験を少しでも多くの施設に知ってもらおうと活動している。力説するのは“ゾーニング”の重要性だ。施設の平面図を使い、実際に感染者が出た時にはどうエリアを分けるか考える。参加した特別養護老人ホームの職員は「発生場所によっては何十人にもうつることがわかった」、介護老人保健施設の職員は「ゆとりのある職員配置にはなっていないので、想定しておくことの大切さがよくわかった」と話す。
茨戸アカシアハイツには、8割しか職員が戻っていない。心に傷を抱えている人も多くいる。立ちはだかるのはウイルスだけなのだろうか。(HTB北海道テレビ放送制作 テレメンタリー『介護崩壊 ~救えなかったクラスター~』より)