新型コロナウイルスによる感染拡大を食い止めるための切り札として、米国企業で製造されたワクチンの接種が2月下旬にも日本で始まる見通しです。接種をめぐっては一部で副反応を心配する声もあります。
今後の見通しについてワクチン学が専門の東京大学医科学研究所の石井健教授にインタビューしました。前後編でお届けします。
――菅義偉首相は1月4日の記者会見で、2月下旬にも米国の製薬大手ファイザーのワクチンの接種が始められるよう準備していることを明らかにしました。これについての感想は。
通常はワクチンの開発には10年以上かかるところを、これほどの短期間でワクチンを実用化したのは驚くべきことです。ファイザー、モデルナ、アストラゼネカといったどの製薬会社も、開発、治験など全てのプロセスをしっかり踏んできていて、通過しなければならないプロセスを跳び越す(ワープ)ことはしていません。直列で行うところを並列にすることで時間を短縮したのです。有効性、安全性、信頼性、検査データの透明性、どれをとっても高いレベルのワクチンです。
しかも日本政府は複数の国から複数のワクチンを1億2000万人分確保し、われわれの手の届くところまで持ってきたのは奇跡に近いといっていい。日本ではワクチンが開発できていない中、この2カ月間、行政のしたことは大変な功績だと思います。
一方で、「確保したのが遅い」という批判の声も聞かれます。ただ、ワクチン産業の人や確保するために努力してきた行政の人からみると違和感を覚えるのではないでしょうか。
トランプ米大統領がもし歴史上に名を残すのであれば、ワクチンの迅速な供給を目指すプロジェクト『ワープスピード作戦』によって開発を成功させたことになるのではないでしょうか。ワクチン開発で工程をワープすることは最もふさわしくないので、「頼むからワープしないでくれ」と思っていたのですが、ファイザー、モデルナ、アストラゼネカの3社は、いずれもワープすることなく見事に開発をやり遂げました。
――一方で、ワクチン接種による副反応を心配する声も根強くあります。
今回のワクチン開発で唯一クリアになってない問題点が、接種を受けた人の長期的な安全性の確保です。接種が始まってから時間がまだ十分に経過していないため、10万人規模の臨床試験では出てこなかった副反応が、世界中で数百万人が接種を受けることによってまれに見つかることがあります。
――接種後の短期間に全身にアレルギー症状が出るアナフィラキシーという副反応が出たという報告もありますが。
アナフィラキシーのある人は臨床試験では除外されているので見つかりませんでした。しかし、実際に多くの人に接種が始まると臨床試験では出てこなかったアナフィラキシーの事例が出てきます。こうした副反応が出た時に、「あなたもアナフィラキシーになってしまう」といった報道が世界中のメディアでトップニュースとして伝えられました。
ただ一般的にワクチン接種を受けると、一定比率でアナフィラキシーは起きます。効果のあるワクチン接種は痛みを伴うことも少なくありません。接種後に腫れることもありますが、こうしたことも事前にきちんと説明がなされていればパニックにはなりません。メディアが副反応の事例でこうした短絡的なリアクションをして、正しい情報を伝えないのが問題で、これはわれわれ研究者を含めた課題です。
多くの人が接種した後の経過をきちんと見るためにはある程度の時間が必要です。そのためにも日本も慌てて接種をする必要はなく、慎重に副反応を見極めながら進めればよいと考えます。一気に大量のワクチンを接種すると、いまでさえ大変な保健所や医療機関では人手が足りなくなり対応できなくなる恐れもあります。優先度の(リスクの)高い人から順に時間をかけて接種した方がより安全性は高まるわけで、まれにみられる副反応をキャッチしながら、時間をかけて接種を実施すべきです。これから始まる日本のワクチン接種は「急がば回れ」と言いたいです。
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