ユーザーの体験に価値
SmartTimes グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー 高宮慎一氏
オフラインでは、ユーザ価値は機能的価値から体験価値へとどんどんシフトしている。例えば、アップルの本来の価値は単一の製品が機能的に優れているということではなく、統一感のある製品ラインアップ、製品と統合されたソフトウェア、さらには店舗のデザイン、マーケティングなどアップルをというブランド全体を通した一体感のある体験にある。
体験価値へのシフトは、オンラインでも起こっている。クラウドファンディングのKickstarterは2009年に米国で設立された。先進的な製品の開発プロジェクトに資金を支援すると、報酬としてその製品がいち早く手元に届き、開発者の感謝のコメントや謝辞がクレジットされたり、関係者のパーティーに招かれたりする。支援した製品の開発が失敗に終わっても資金は戻らず、報酬も届かないがユーザはそのリスクを負ってでも、支援することでしか得られない特別な体験を買っているのだ。日本の社会貢献活動を支援するクラウンドファンディングのReadyforでもユーザは共感する活動を応援し、自分もその活動に参加できることが価値となっている。
難しいと思われていた体験のオンライン化もコロナ下で大きく進展している。音楽ライブのオンライン配信では、韓国のアーティストBTSのオンラインライブは191か国、99万人が視聴、チケットだけで約44億円の売上をあげている。BTSの所属するBig Hit Entertainment(BHE)のビジネスモデルは革新的だ。単なる芸能事務所ではない。ファンコミュニティや配信事業プラットフォームにチケットやグッズ販売、IPの二次利用を展開している。10月に上場した直後には時価総額1兆円に到達した。
BHEのモデルではファンは受動的に音楽を聴きグッズを買うだけでない。BHEがIPを開放している楽曲を使って、「TikTok」などのSNSに二次創作動画をあげ、拡散している。いわばユーザもBTSの活動の一部として参加しているのだ。
ユーザがコンテンツをただ消費するのではなく、配信者と視聴者の双方の立場を持ちながら、コミュニティを形成している。アル社が11月にローンチした00:00Studio(フォーゼロスタジオ)はマンガ家が作品を描いているところをライブ配信する。ファンはそれを見ながら応援課金をするという実験的で面白いサービスを手掛けている。
成果物に対して対価が払われるのではなく、成果物が作られる過程に焦点をあてそこに参加することの価値に振り切っている。今後、ユーザが求める価値は機能から体験、さらには自分も体験の一部となる参加価値へと移っていくだろう。新しい価値が生まれるところにビジネス機会がある。
[日経産業新聞2021年1月8日付]日経産業新聞をPC・スマホで!今なら2カ月無料
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